時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
「え〜っと……なにがどうなったの?」
一波乱起きてからしばらく経った後、工房に舞い戻ってきた少女たちを見てリップルは首を傾ける。
先ほど凄まじい魔力のぶつけ合いをしていたキャロルとレイニィに加え、リップル自身も覚えのない金髪の少女の姿がそこにあった。
燃える髪を揺らめかせながら、説明を面倒がるように視線を逸らして腕を組むレイニィ。
その隣で自分たちと争っていた魔術師————キャロルと見知らぬ金髪美少女がイチャついている。というよりキャロルが一方的にくっつかれている。
「ママ抱っこして」
「ママじゃないよ……」
状況も理解できないが、キャロルと少女が交わしているやり取りもリップルにとって不可解極まりないものだった。
「この短時間でふたりの間に子どもが……?」
「なわけねーだろ! 思考放棄すんな!」
舌打ちとともに部屋の奥にあるソファーへ勢いよく腰を下ろすレイニィ。
金髪少女に密着されながら、キャロルは出会い頭と正反対な雰囲気を醸し出している赤髪の少女を見て眉を曲げた。
「疑問が増えるばかりで一向に解消されないのだけれど、まずあなたは何なの?」
「それはこっちのセリフ……と言いたいところだが、魔導学府にくる連中なんざみんな同じようなものか」
「あ〜っと、あいつはレイニィ=アバンギャルド。私と同じはぐれ魔術師」
依然近づき難い空気をまとうレイニィの代わりに、その横へ駆け寄ったリップルが慌てて補足してくれる。
心なしかキャロルに怯えている様子。また部屋のなかで暴れられたら敵わないと、この場を円滑に回そうとしているのだろう。
「邪神の遺物って複数取り込むと普通の人間は大抵耐えられなくて精神崩壊を起こすんだけど、この子は体が別の人格を生み出して負担を分散させてるんだよね〜。魔術的に貴重なサンプルだから私も研究したいって思ってるんだけど……」
「オイ、勝手に人のこと喋ってんじゃねえよ。燃やすぞ?」
「お〜こわ……この感じだとしばらくは
なるほど、とキャロルは心のなかで呟く。ひとまずレイニィという魔術師の性質は把握できた。
魔術の使用を可能にするために人間が邪神の遺物を取り込む行為は、すなわち邪神の自我を体内に内包させることを意味する。
遺物を取り込めば取り込むほど魔力量や魔術の精度は向上するが、同時に邪神の自我に精神を侵食されるリスクも高まる。複数種類の遺物ともなればその影響は計り知れない。
故に高い等級判定を受けているような魔術師は、本人も相応に我の強い人物であることがほとんど。言い換えれば元からまともな精神状態ではない、とも。
レイニィの場合、二重に存在する人間の人格をひとつの肉体に宿すことで邪神の自我に侵食されるリスクを軽減しているとのことだが…………その体質は先天的なものなのだろうか? 何にせよそうそうあるケースではない。キャロルから見ても物珍しい存在だった。
「私もレイニィもほかに行き場がないけど、魔導学府の連中ともなんかそりが合わないからよくつるんでんの」
「ふうん」
遅めの自己紹介を聞きながらキャロルは瞳を横へ流した。
「じゃあこの子は?」
一見キャロルとそこまで歳の変わらない金髪の少女は、うっすら嬉しそうな微笑みを保ったまま視線を交わしてくる。
突然抱きついてきた彼女が現れた途端にレイニィが戦闘行為を中断したのでひとまずキャロルも抑えたが、その素性もママと呼んでくる理由もわからないでいた。
話し合いができる雰囲気になったのは好都合だが。
「そいつはシャーロット。魔術師みたいだが……どういうわけかここに来るまでの記憶を失ってるらしい。しつこく付きまとってくるから、いまは仕方なくオレの家で面倒見てやってるんだ」
「ねーそれ私初耳なんだけどぉ〜。経緯は知らないけど居住区で匿うのって危なくない? 言ってくれればここに置いてあげるのに〜」
「オメーに任せたら実験に利用しかねないだろが」
「そ、そそそ、そんなことぉ、ないよぉ?」
リップルに対して目で釘を刺した後、レイニィは警戒心をしまわないままキャロルへと意識を戻す。
「次はお前の番だ。制服なんか着てるが……ただの女学生じゃないだろ。なんでシャーロットに母親だと思われてる?」
「それはわたしが聞きたいけど」
「ねえ抱っこ〜」
「えぇ……? もう……」
先ほどからしがみついてくる少女——シャーロットに根負けしたキャロルは、おもむろに彼女の膝に手を回して抱きかかえる。
身長もほぼ同じだが、甘やかされて嬉しそうな笑顔を咲かせる彼女はキャロルよりも無邪気で幼く見える。
記憶喪失————魔術の世界では実験の副作用や事故の影響等で稀に耳にする事象だ。
この小さな女の子がどのような過程でそうなったかは知る由もないが、それよりもキャロルは彼女から感じる魔力に妙な気配を感じていた。
親近感……と表現するのが正しいのだろうか。
他人という気がしない。そう言えるほどシャーロットが宿す魔力とキャロル自身の魔力には近しい雰囲気があった。
しかしよくよく考えてみると、これは初めての感覚ではない。
——アーサーだ。すなわちキャロルと兄妹の間柄である人物と同じ気配をシャーロットは漂わせているのだ。
「シャロちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ」
微笑みを絶やさずに頷くシャーロットに思わずぐっときてしまう。
思えばキャロルには弟や妹がいなかったので、こうして直球で甘えられるのは初めての体験である。よく事務所に遊びにくるララも、ここまで素直ではなかったし。
「馴染んでんじゃねえよ。チッ………………オレには食いもんしかせがまないくせに」
「……? なんて?」
「なんでもねえよ!」
ぼそりと何かをこぼしたレイニィがそっぽを向く。
「じゃあ次はわたしの番だね」
キャロルはシャーロットを抱えたままレイニィの対面まで移動すると、設置されていたソファーの背もたれにゆったりと身を預けた。
「わたしはキャロ。……個人的に調べたいことがあって、
「そんな分かりきったことを言われても信用できねえよ。なにかを探るためにわざわざオレたちに喧嘩ふってきたんだろ? まずはそこを詳しく教えろ」
「だから先に手を出してきたのはそっちなのに……」
「言葉の綾だ。悪いと思ってるからこうやって譲歩してるんだろ。主にリップルのアホのせいだが」
「えぇ〜? まあその通りなんだけどもぉ〜……。てかレイニィも熱くなってたんじゃん? お互い様じゃね〜?」
「ノーコメント」
そんな返しをされて豆鉄砲を食らうキャロル。
そうか、信用を試されているのか……と遅れて察する。
ここにきてからどこか新鮮な心持ちだったが、たぶん敵か味方がはっきりしていたこれまでの環境とはちがうからだ。
——そうなると、どうする?
ふたりの口振りからして、魔導学府に滞在している魔術師には派閥のようなものがあるらしい。穏便に済ますには、キャロルの目的が彼女たちを脅かすものでないことが大前提。
正直に言うと……めんどくさいと思った。まわりくどい交渉も気遣いも。
ので、ちょっとストレートな質問を投げてみる。
「まずは聞きたいのだけれど、あなたたちは邪神教の人間?」
「「ちがう」」
ハモった。
レイニィとリップルは顔色ひとつ変えないまま、その質問に対する回答があらかじめ決まっていたかのように揃って即答してみせた。
「だってアイツらなんか怖くねぇ〜? 魔術に対する姿勢っていうかさぁ。こっちはもっと研究をエンジョイしたいってのに」
「オレはそもそも魔術を学ぶためにここにいるわけじゃないし、誰ともつるむ気もない」
「え〜? 寂しいこと言わないでよ〜」
「いちいちベタつくな気持ち悪い」
ふたりのじゃれ合いを眺めながらキャロルは考える。
邪神教の一員でないのなら敵対する可能性は軽微か——と、キャロルのなかで秘密を明かす決意が固まった。
「ごめんなさい、わたしの本当の名前はキャロル=ベルスーズ。一等星級魔術師。訳あって邪神教に関する情報が欲しくて、魔導学府にきた」
今度はレイニィとリップルの目が丸くなり、しばし沈黙がその場を満たす。
「……お前知ってるか?」
「ううん。てか一等星にそんな名前の魔術師いたっけ?」
あまりピンときていない様子の反応が返ってきた。
しかしふたりが邪神教と無関係というのであれば、キャロルのことを把握していないのもおかしな話ではない。
魔導学府は外部の情報が入りにくい場所。つい最近一等星になったキャロルの顔と名前を一致させられる者は少ないだろう。
「ていうか一等星って……たしかにキミの魔力量はすごいけどさ、それはちょっと盛りすぎじゃな〜い? 魔術師にとってその称号がなにを意味するのか分かってんの〜?」
「そう言われても…………ほんとのことだもん」
リップルからキャロルへの眼差しが見栄を張る子どもに向けるものになる。さっき返り討ちにあったのをもう忘れたのだろうか。
「いまの話をまるっきり信じるかはさておき……邪神教のことを探りに来たんだったら、正解だな」
「うん?」
「なにせ……」
一瞬、言い淀む素振りを見せながらもレイニィが続けた。
「この施設を運営している“プロフェッサー”たちは…………全員が邪神教の幹部で構成されているんだからな」
「…………本当に?」
キャロルの片眉が上がる。
欲していた情報の核心に触れる発言が、目の前で飛び出した。
何かあるとは思っていたが…………そもそもの成り立ちからして
「オレからもひとつ聞きたい」
「ん……?」
「お前、邪神教のことを調べてどうするつもりだ?」
そう尋ねてきたレイニィの瞳の奥に、ぼんやりと闘志のようなものが灯った気がした。
レイニィとリップルは邪神教徒ではない。身分も明かした。
以上のことを踏まえつつ、キャロルは包み隠さず言い放つ。
「壊す。——わたしの自由な世界に、奴らは不要なものだから」
その答えを聞いた瞬間、レイニィの目の色が変わるのがはっきりと分かった。
彼女はまたすこし悩むような仕草を見せた後、まっすぐにキャロルを捉えながら対面のソファーまで歩み寄っていく。
「義理を果たしたら放っておくつもりだったが……気が変わった」
「え?」
「力を貸すぞ。…………オレもなァ、アイツらをぶっ潰すためにここにいるんだよ」
口角は上がっているが、そう言って手を差し伸べるレイニィの瞳には負の感情を体現したかのような憎しみが揺らめいていた。
キャロルはこの目を見たことがある。
いや……正確に言えば、この感情に覚えがあるのはかつての自分——邪神ゾアだ。
迷宮に領土を侵食され、仲間を殺され、絶望の淵に立たされた人間がそれを宿す姿を、ゾアは何度も目の当たりにしてきた。
(————復讐、か)
長い間思い返すことがなかった感情を前にして、キャロルは懐かしむように瞼を閉じた。