時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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56.追憶と出自

 邪神同士の覇権争い——すなわち邪神大戦が起こっていた太古の時代において、邪神たちが相手取っていたのはほかの邪神だけではない。

 地上に生きる種族、他の存在すべてが彼らにとって排除するべき敵対勢力だった。

 

 なかでもゾアの記憶に比較的強く残っているのは、やはり人間だろうか。

 ひとりひとりは極めて脆弱。だがどれだけ叩き潰しても、何度吹き飛ばしてもまた徒党を成して襲ってくる、よくわからない生き物。

 

「よし、この場で待機だ。奴らが()()()()を行っている隙に仕留める」

 

 迷宮範囲内に侵入してきた騎士たち——その長らしき男が部下にそう釘を刺している様子が見えた。

 

 邪神は常に「迷宮」と呼ばれる、かたちある魔術を身にまとって行動している。

 生きた魔術である邪神が用いる捕食器官。効率よく他を淘汰するための機構。

 ヒトという脆弱な身でその害意を受け止め、対処することは限りなく不可能に近い。故にその魔の手が自分たちだけに向けられる状況を避けることが、戦いの場を成立させる際に求められる条件だった。

 

 つまりは邪神討伐を目的とする場合、同等の存在とされる邪神との交戦中を狙うのが定石だったのである。

 存在そのものが格上である邪神の意識が、自分たちのみに割かれるという最悪の事態を回避するために。

 

 邪神と相対する——それは大抵の場合は死を意味する状況だが、黎明の時代においてはそれでも打ち勝とうと立ち向かう人間たちが数多くいた。

 ただの無謀ではなく、砂金を探り当てるような小さな可能性でも、確かに希望が望める行為であると信じられてきた。

 漁夫の利を狙う一見卑しいようなこの戦法も、その執念がもたらしたもの。

 

「かかれッ!」

 

 タイミングを見計らって、騎士たちはゾアと対峙している別の邪神と同じ方向から攻め立てる。

 二体の邪神の迷宮が互いに影響力を奪い合っているこの状況に乗じて、そのうちの一体であるゾアを滅ぼそうと動いた。

 

 ————捩れ、歪み、世界が消え、また顕れる。

 街ひとつを潰すほどのおぞましい巨体から伸びた無数の触手が振り抜かれ、「石化」で凍りついていた空間が崩壊と再生を瞬時に行う。

 一度でもまともに受ければ戦闘不能どころの話ではない規格外の破壊。それを体から伸ばした触手の数だけ解放する。

 

 勝負は一瞬で決した。

 邪神ゾアの放った超広範囲の連鎖爆撃により、相対していた別の邪神ごと騎士たちは生きた痕跡も残すことなく消し飛ばされ、世界から排除された。

 

 騎士たちの誤算は邪神ゾアが後に大戦を制する最凶の邪神であることを知らなかったことと、ゾアが行使する魔術について情報が不足していたこと。

 それらを把握していれば、()()()()()()()()()で挑むような真似はしなかっただろう。

 

 やがて人々の間では邪神とは自然災害のようなものだという認識が広がり始める。

 大地や海、風に対して敵意を抱く者はそういないように、邪神を一種の生物として、それらしい敵意をもって接する人間は存在しないに等しかった。

 

「君がゾアかッ。お初にお目にかかるッ!」

 

 そんな世間の認識に逆らうように、黒い荒野と化した戦場に単身でやってきた者がひとり、ゾアの前に立った。

 これといった特徴のない————そもそもゾアからしてみれば人間などどれも似たようなものだが、その身ひとつで邪神の前に現れた割にはほかの騎士たちと出で立ちにそう変わりはなかった。

 

「ここまできてなんだが、実のところおれに君と敵対する意思は今のところないッ! こういう仕事をしていると頼りにされる機会も多くてなッ、とりあえず様子だけうかがいに来させてもらったッ!」

 

 ゾアの耳には届かない雑音を散らしながら、彼は腰元の長剣を引き抜く。

 言葉通り敵意はない。あるのは極めて単純な興味だけだった。

 

「だが手ぶらで帰るのも忍びないッ。こちらの攻撃がどれほど通用するか、一度試してみてもよろしいだろうかッ? ああ、特にそちらの手を煩わせることはないッ」

 

 男の全身から湧いてきた魔力が長剣の刃へと収束していく。

 とてつもない熱量。

 次に繰り出される破壊力の途方もなさが感じとれるほど、男が放つ魔力の強度は常軌を逸していた。

 通常のヒトでは到底考えられない、むしろ邪神に近い存在感まで漂わせている。

 

「こちらで勝手に済ませるので、どうか気にしないでくれッ!」

 

 気遣いあふれる言葉とともに、男はゾアに対して世界を震撼させるような馬鹿げた斬撃を解き放った。

 

 ————いや、勝手なことを抜かすなよ。

 心の底から面倒に思いながらも、ゾアは魔力で耐久度を上げた触手を束ねて即席の障壁を作りつつ、初めてヒトに対して防御の構えをとった。

 

 格の低い邪神や眷属であればひとたまりもないであろう人智を超えた一撃。

 世にも珍しい痛みという不快感を得たゾアは、相応のカウンターとして石化魔術による衝撃波を男へ集中させた。

 

「うんッ、思ったとおり凄まじいなッ! 人間が相手にするものじゃないッ!」

 

 ——数秒前とは真逆の位置に立っていた男が曇りなき称賛を送ってきた。

 確実に滅するつもりで攻撃を仕掛けたつもりなのだが、あの速度の広範囲爆撃を回避したのだろうか。ヒトとは思えない運動能力。

 すこしは手応えのある相手らしい。どうでもいいことだが。

 

「君と本気で戦うことはこの先もなさそうだが、立場上ひそかに見守らせていただこうッ。では失敬するッ!」

 

 好きなことだけして好きなことだけ言った後、男はすぐにその場から姿を消してしまった。

 ヒトを特定の個体として覚えることは殆どないが、唯一の経験だったので彼と過ごしたわずかな時間はなんとなく輪郭を帯びた記憶として残っている。

 

 

 

 

 居住区の一角に位置する、廃屋に廃棄品を敷き詰めて作られたレイニィ=アバンギャルドの拠点。

 その奥にある浴室は、レイニィの「炎」と「冷炎」の魔術を応用して設計された固定術式によって王都の一流ホテル並み——とまではいかないが、お湯も水も好きなだけ使っても尽きることはないという、その場しのぎにしては理想的なインフラが確立されていた。

 

 詳しい仕組みは知らないし興味もないが、少なくとも小規模でないと成立させるのは難しい極めて複雑な魔術で構築されているはず。

 おそらく定期的に魔力を供給するだけで給湯器や貯水タンクの役割を果たしている何かが稼働するシステムだろう。

 

「髪、流すよ」

「ん〜」

 

 全身の衣を取っ払ったキャロルは決して広くはない浴室で、同じく一糸まとわぬ姿のシャーロットと身を寄せ合い、カーテンかと思うほどボリュームのある金髪を抱きかかえた。

 手にとったシャワーで石鹸の泡を洗い流すと、新鮮な蜂蜜に日の光を通したような煌めきが瞬く。

 

 魔導学府までの道のりではろくに体を清める暇がなかったので、拠点でシャワーが浴びれるとわかったキャロルは()()の前に使わせて欲しいと頼んだところ、レイニィは渋々それを承諾。

 現在はなぜかついてきたシャーロットと一緒に体を洗いっこしているという状況である。

 

「つぎ……ママのも洗ってあげる」

「またママって言った。あのね……わたし、シャロちゃんのお母さんじゃないと思うよ? 歳だって、たぶんそんなに変わらないでしょう?」

「……ワタシ、三歳」

「そんなばかな」

 

 冗談のつもりにしては真剣な顔つきで年齢を教えてくれたシャーロットは、すぐに不満げな顔に変わってつぶやく。

 

「………………でも、ママはママだと思う」

「頑なだね」

 

 むん、と難しい顔で唇を結んだキャロルが腕を組む。

 この女の子——シャーロットは記憶喪失とレイニィに説明されたが、とりあえず現在は意識のほうは判然としているようだし、意思疎通も問題ない。

 だがキャロルのことを「ママ」と呼称することだけは、当人はもちろん保護者であるレイニィにも噛み砕けずにいた。

 

「わたしは(つがい)を持ったことはないし、子孫を残すための生殖行為なんかもしたことはないよ。わたしはあなたのお母さんじゃないし、なれない」

「え〜…………………………」

「わたしの名前はキャロル。いい? キャ・ロ・ル」

「きゃ……きゃろ…………キャロ、ル………………ママ」

「惜しい〜」

 

 なにが面白いのか、肩を落としたキャロルを見てムフフと笑ってみせるシャーロット。こういう感情の起伏が読みづらいところは本当に三歳児みたいだ。

 

「ママにはなれないけど、お姉ちゃんはどうだろう」

「お姉ちゃん?」

 

 魔力の気配が近いこともあってか、キャロル自身シャーロットに対してあまり感じたことのない親しみを覚えているのも事実。

 日頃から交流しているララと同じく、妹分ということであれば受け入れやすいと思ったので、何気なくそんな提案をしてみた。

 

「キャロルお姉ちゃんで、我慢してくれないかな」

「……お姉ちゃん」

「それともキャロお姉ちゃん、のほうが……お揃いって感じがするかな?」

 

 しばし考え込むように視線を下げた後、探るようにシャーロットは続けた。

 

「『お姉ちゃん』は…………ワタシとあなたを、繋げてくれるものなの?」

 

 アメジストの双眸がキャロルの黄金とかち合う。

 シャーロットが宿す魔術の面影だろうか。その瞳の奥にヒトならざる存在を強く感じ、キャロルは無意識に体内の魔力を起こしかけた。

 

「……うん。わたしにとっては、兄弟や姉妹は、親よりも強い繋がりを感じさせるもの」

 

 難しいことは考えなかった。

 ベルスーズ家の人間を思い浮かべたとき、兄の顔が真っ先に浮かんだから、キャロルはそう答えた。ただそれだけのことである。

 その言葉を聞いたシャーロットは満足するように口角を上げる。

 

「じゃあ……キャロお姉ちゃんで、いい」

「いいんだ」

 

 案外あっさり納得してくれて拍子抜けする。

 

「フフ」

「おおっ?」

 

 喉に引っかかっていたものが解消されたかのような清々しい笑顔を浮かべたシャーロットに飛びつかれ、キャロルは足を滑らせその場で尻もちをついた。魔力で守っているので痛みはないが。

 なんだかよくわからないけど、嬉しそうにしてるならまぁいいかと一旦強引に呑み込む。

 

「フフフ…………キャロお姉ちゃん、ママ」

「混ざってる、混ざってる」

 

 この上なく幸せそうな様子で密着してきたシャーロットの温もりと鼓動が直に伝わってくる。

 

 邪神教の秘密を探りにはるばるやってきたというのに、また別の謎が増えてしまった……という渋い気持ちが半分。

 かわいい妹ができて嬉しい、という弾んだ気持ちがもう半分といった心持ちだった。

 




最近諸事情で書く時間が足りず文字数が減衰気味……!
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