時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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57.思惑と乱入者

「おう、やっと上がっ————」

 

 浴室のほうから扉を開閉する音が聞こえ振り返ったレイニィが唖然とする横で、半ば押し入るかたちで拠点に訪問していたリップルは眼福とでも言いたげに口角を上げた。

 

 シャワーから帰ってきた少女ふたりの身を包んでいるガーリーな衣服は、普段自分で着ることはないリップルが趣味で自作した一点ものである。

 編み込まれた簡易的な魔術で手軽にサイズ調整もできる優れ物だ。

 

 キャロルは正面から抱きつかれるかたちでシャーロットにひっつかれており、しかし満更でもない落ち着いた表情を保ったまま妹分のおしりを抱え支えていた。

 そう大差のない身長であるため非常に歩きにくそうにしている。

 

「髪……拭いているうちに寝ちゃった」

「だから馴染みすぎだろ」

「きゃんわい〜。私にも抱っこさせて〜?」

「だめ」

「え〜⁉︎ いいでしょそんくらい! 服とか貸してあげてるんだから!」

「わたしのことなら、後でいくらでも抱かせてあげる」

「えっ、あっ、まじ? じゃあまあ……それで…………へへ」

 

 なんとなく感じた(よこしま)な気配から遠ざかるようにリップルの横を素通りしたキャロルは、壁際に設置されていた黒いソファーに腰を下ろす。

 べつに減るものでもないので撫で回されたりする身体的接触程度であれば一向に構わないのだが、それも拒みたくなるような生理的嫌悪を覚える反応だった。

 他人にこういった感情を抱くのはケイオス以来かもしれない。

 

 ふとシャーロットの背中をさすると入眠期の放熱のせいか、じんわりとした温かさが伝わってきた。

 安心しきった寝息を耳元で感じながら、キャロルは気を取り直してレイニィに問う。

 

「それで、詳しく聞きたいのだけれど」

「ああ、“プロフェッサー”についてだな。奴らは————」

「それもあるけど、まずはあなたのことが知りたい」

「……なに?」

 

 リップルの工房でキャロルは「邪神教の情報収集と壊滅」が自身の目的であると口にした。

 レイニィとは組織の壊滅という点で利害が一致している。だからこそこうしてキャロルを居住区の拠点に招き、シャワーまで貸して協力関係を結ぶ意思があることを示したうえで今後の方針をすり合わせようと考えていたのだが。

 はやる気持ちが押し戻され、レイニィは眉をひそめて訝しんだ。

 

「オレのことって、なんだよ?」

「あなたからは邪神教に対する強い復讐心を感じる。……なにがあったの? なにをされたの? これからも行動を共にするなら、先にその理由を聞いておきたい」

「お前に教える筋合いないだろ」

「ま、まぁまぁまぁ〜」

 

 ちり、と微かに感情が昂ったことを表すように長髪の毛先に仄かな赤い光が灯る。

 同時に空気も張り詰めていくのを感じ、そばにいたリップルが猛獣をなだめるかのようにレイニィへ呼びかけた。

 

「筋合いならある。志を同じくするなら、お互いを知ることは大事」

 

 他人の復讐心に対して興味がある——と言うと人聞きが悪いが、キャロルのなかではいつの間にかレイニィという人間の情報をもっと取り入れたいという欲求が生まれていた。

 それには間違いなく、シャーロットの存在も関係している。

 

「冷炎」と「炎」————ふたつの人格の在り方に差異があるかはわからないが、事情を聞く限り少なくとも「炎」の彼女は素性もわからない怪しげな記憶喪失の少女を拠点に住まわせ、保護する良心を持ち合わせていることは理解できる。

 そんなお人好しな彼女がこのような埃まみれな場所に潜みながら機をうかがっている訳を知りたいというのは、そこまで不思議なことだろうか。

 

 いいヒトは相応に報われて欲しい。

 だから力になれることがないか知るために質問をした。

 キャロルにとってはただそれだけの、純粋で真っ当な疑問だった。

 

「お互いを知る……? ハッ、生憎だがオレは自分のことすら」

 

 不意に、レイニィが言葉を呑んだ。

 

「……? どうかした?」

 

 壊れた絡繰り人形のように震え出した彼女に違和感を覚えたキャロルが怪訝そうに半目をつくる。

 

「……オレ…………オレ、は」

 

 そう呟いて手で顔を覆ったまま項垂れたレイニィは、眠るように動かなくなってしまった。

 キャロルがその横に佇んでいたリップルへ不安げな視線を送ると、どこか後ろめたい表情とともに独り言が返ってくる。

 

「……やっぱり思い出せないか」

「……え?」

 

 リップルがこぼした言葉に疑問符を浮かべるキャロル。

 ふとレイニィへ目を戻すと、時折うっすらと赤みを主張していた黒髪は落ち着いた青白い光を放つようになった。

 

「——あ……私……」

 

 次に彼女が瞼を開けたとき、直前までの苛烈な雰囲気は見る影もなくなっていた。

 ちょうどキャロルが初めてレイニィと対面したときと同じ、物腰が柔らかく()()()()()()()()()()()ほうの人格が表に出てきたのだろう。

 

 すかさずリップルが声をかける。

 

「おはよ。一秒前のこと覚えてる?」

「……うん。キャロルちゃん……が、私のことを聞いてた」

 

 口調とともに常に臨戦態勢だった魔力の波が急激に収まっていくのを感じる。

 シャーロットの体越しに自分を見つめるキャロルへ、レイニィは心なしか気まずそうに視線を交わしてきた。

 

 それぞれの人格で記憶は共有しているのだろうか。とりあえず最初の戦闘やいまの様子を見るに、自由に人格を切り替えることはできないみたいだ。

 二重人格というよりは単に豹変と表現したほうが適切なのではないか?と朧げに考えつつ、キャロルは聞きそびれた回答を待つようにじっと対面にいる冷炎の魔術師を見つめた。

 

「……どうして邪神教と対立するのか……でしたっけ。本当に申し訳ないのですけど、私自身よくわかっていなくて」

「は……?」

「あなたが抱っこしてるシャーロットちゃんと同じです」

 

 困ったような微笑みをこぼしながらレイニィは言った。

 

「私も、故郷に関する記憶がないんですよ」

 

 レイニィがそう話した瞬間、視界の端でリップルがバツが悪そうに顔をしかめた気がした。

 明らかになにか知っている反応だが、ここで質問するとややこしくなる予感もしたので、一旦レイニィへ意識を戻す。

 

「あなたも記憶を失っていると?」

「はい。だけど……やるべきことだけは覚えています。……(あっち)の私は、そんな強い気持ちから生まれた人格でもあるんです」

「それが、邪神教に対する復讐心?」

 

 小さく頷いたレイニィが目を伏せる。

 

「邪神教は……私の大切なものを奪った。だから滅ぼさなきゃならない。それが何かは覚えていないけど……失ったものを埋め合わせるように、私のなかで燃え始めた体現者——それが、あの私なんです」

 

 未だキャロルにしがみつきながら眠っているシャーロットを見て、レイニィは微笑みながら言った。

 

「シャーロットちゃんをここに匿っているのも、なんだか自分と重ねてしまって……放っておけなかったからなんです」

 

 どうにも腑に落ちず、何気なくレイニィから外した視線をリップルへと流す。

 やはりリップルはなにも口にはしなかったが、罪悪感のようなものを訴える憂いに満ちた瞳が、先ほどキャロルが感じた彼女への疑問を確信に変えた。

 

「……ねえリップル、あなたはどうして魔導学府に——————」

 

 遠回しにリップルが隠していることを探ろうと声をかけた直後、外から飛び込んできた騒音にその場にいた全員が付近の窓へ目を向けた。

 何事かと怪訝な表情で窓際へ寄ったレイニィがかっと瞳孔を広げる。

 

「……! 逃げてッ!」

「え?」

 

 レイニィの咄嗟の警告にリップルが間の抜けた声を上げてすぐ、廃屋が半壊する光景がキャロルの視界に入った。

 なにか巨大な生き物が倒れ込み——その大質量に押しつぶされてレイニィの拠点は瞬く間に崩れ落ちてしまう。

 

「世話のかかる子たち」

 

 レイニィとリップルが崩壊に巻き込まれる前に石化魔術で時を止め、シャーロットを抱えたまま彼女たちの首根っこを掴んで外へ連れ出す。

 直後に凍結していた世界が動き出し、雪崩にも似た崩落音が鼓膜を揺らした。

 

「————いったいなにが……?」

「えっ、なに? あれ⁉︎ なんで急に外⁉︎」

「シャロちゃん、ちょっとごめんね」

「んぁ……?」

 

 戸惑うふたりを尻目に寝ぼけ眼のシャーロットをゆっくりと地面に座らせる。

 再びキャロルが顔を上げると、大穴が空いた拠点から翼竜を思わせる巨体が這い出てくる様子が見えた。

 魔物のようだが、作り物に近い生気のない気配を感じる。邪神やその遺物から生まれた眷属とはまたちがう雰囲気だ。

 

「……?」

 

 よくわからないがさっさと片付けてしまおう、とキャロルが踏み込んだそのとき、魔物の意識が自分たちではない別のなにかに向けられていることに気がつく。

 

「——煌獅子技法!」

 

 その矢先、どこからか青年の声が降ってきた。

 強烈な魔力の波動を感じ取り、キャロルは反射的に上空へ身構える。

 

 しかしながら魔力の塊はキャロルたちのいる方向ではなく崩れた廃屋へ落ちていき、荒々しく翼を振るい飛翔しようとしていた魔物と衝突した。

 落雷のような光の斬撃。翼竜の魔物は頭から首の付け根にかけて炎にくべた紙屑のように塵芥と化していく。

 

 よく知っているその気配を前にして、キャロルはぽかんと小さく口を開けて立ち尽くす。

 突然の出来事に呆然としているキャロルたちの存在を見つけたその青年もまた、驚いた顔で調子のはずれた声を上げた。

 

「…………キャロル⁉︎」

「……兄さま!」

 

 思っていたとおりの人物と目が合った。

 混乱しているような、慌てているような様子で半壊した建造物から地上へ飛び降りた青年————アーサーはキャロルたちがいる場所まで猛スピードで駆けてくる。

 

「なっ……なんで⁉︎ どうしてこんなところに居るんだ⁉︎」

「なんでって…………お仕事の一環、だけど」

「いやそりゃそうか……。にしてもこんな偶然……!」

 

 魔導学府へは依頼ではなく完全に個人の目的のために訪れたのだが、また変に勘繰られてお節介を焼かれるのも嫌なので無難な返答をする。

 キャロルはキャロルでなぜ兄がこの場にいるのか問いたかったが、同じく任務であろうことを察して尋ねる前に口を閉じた。

 

「——アーサー! ひとりで先行しすぎ……」

 

 遅れてやってくる人影が街路の奥に見える。

 アーサーを含めて五人。

 アザレア=クロービス。リコット=ヴァルゴ。グラン=ゴッツ。ロバート=ワーナー。

 すっかり顔馴染みになったリベルタ隊の面々が、そこに集結していた。

 

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