時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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58.団結と離散

「えーっと……とりあえず拠点を壊してしまってすまない。まさか人が居るとは思わなくて……」

 

 壁と天井が半分なくなったレイニィの拠点で肩を縮めながら頭を下げるアーサーに全員の視線が集中する。

 彼を含め、よく見るとリベルタ隊員の服装はいつもの隊服ではなかった。

 携えている武器を除き、なんだか普段と雰囲気がちがう。自前の衣服だろうか? いかにも潜入任務の最中ですといった感じだ。

 

「本当、わたしたち……危なく潰されちゃうとこだった」

「う……」

「レイニィのお家もこんなになっちゃった」

「すみません……」

 

 奥の壁際にあって無事だったソファーに腰を下ろしながらキャロルはどこか浮ついた表情で茶々を入れた。

 遠征地で見知った顔に出会えた嬉しさで溜まりに溜まっていた誰かをからかいたい欲が爆発しているのである。

 

「あ、いえ……私は気にしてないですよ。また別の廃墟に移り住めばいいだけですから……」

「ウチの工房に来なよ〜。ちょっと研究に協力してくれればタダで置いてあげるから」

「君たちは……キャロルの知り合い? 魔術師なのか?」

 

 顔を上げたアーサーが正面で並び立っていたレイニィとリップルへ尋ねる。

 何気ない風を装って……というか本当に無意識なのかもしれないが、初対面のふたりを前に全身に巡らせた魔力を一切緩めてはいないのは、さすがベテラン聖騎士を率いる隊長騎士といったところか。

 

 魔導学府はアーサーたちにとって敵地も同然。

 はたまた戦闘直後であることも影響してか、表情や振る舞い、見えるところには表れていないが、依然警戒を解いている様子はなかった。

 ふと横に控えている他のリベルタメンバーに目を向けると、やはり同じようにうっすらと魔力で自分の身を固めている姿が確認できる。

 

「二人はわたしの……協力者だよ。わたしも調べたいことがあって魔導学府に来たんだけど、ここの事情に詳しいわけじゃないから、いろいろ教えてもらおうと思って」

 

 確認していなかったが、もしレイニィとリップルがライセンスなしで魔術を行使しているようなことがあればリベルタ隊の聖騎士たちはそれを取り締まらざるを得なくなるはず。

 まだ大した情報は掴めていないが、聖騎士としての立場にいるアーサーたちと無用な衝突を防ぐためにキャロルは無難な回答を投げた。

 

「レイニィ、リップル、このヒトたちはわたしの兄さまと……その仕事仲間たち」

「『兄さま』?」

「お兄さんが聖騎士だなんて……珍しいね」

 

 ちょうど顔合わせが落ち着いたところで、倒壊した壁際で外を眺めていたロバートが眼鏡を直しながらキャロルたちのいる方へ振り返る。

 

「付近に敵らしき魔力の反応はなし……急いでここを離れる必要はなさそうだ。こっちに気づいたのがあの魔物一体だけだったのは、不幸中の幸いだったね」

「あの魔物……倒したあとも肉体が消滅する気配がなかったのは奇妙でしたね」

「遺物も確認できなかったしね〜」

「ああ、レイクの人造魔獣でしょ? ここら一帯を空から監視してるから、あんまり迂闊に彷徨かないほうがいいよ」

「レイク?」

 

 アザレアとリコットがこぼした疑問に対して横からリップルが回答した。

 

「レイク=ゲドニー……この魔導学府を仕切ってる“プロフェッサー”の一人だよ〜。邪神の遺物なしで人工的に魔物に近い存在を生み出す研究をしてるの。君たちを襲ったのはそいつが作った使い魔ってわけ」

「ロバート、知ってるか?」

「かなり昔の文献で見たことがある名前だ。たしか邪神教絡みの事件資料だったはず」

「……なるほど」

 

 一連の話を聞き、アーサーは思考を深く潜らせるように口元へ手を添える。

 その仕草を見てキャロルも兄たちがここへ来た理由を悟った。そもそもリベルタは対邪神教専門の部隊なのだから、よく考えたら彼らがここを嗅ぎつけるのもべつに不思議なことではない。

 

「しかし解せんな。魔術師を装って潜入したつもりだったんだが……なぜ攻撃された? ここは魔術師たちが集まる研究機関なんだろう?」

「顔が割れてるからじゃないかな」

 

 不意に疑問をこぼしたグランにキャロルが言う。

 

「リベルタは以前からあちこちで邪神教を狩る役割を政府から与えられている聖騎士たちの集まり……。公的な集団である以上、どれだけ連携がなっていない連中が相手でも、諸々の情報は把握されていてもおかしくないわ」

「ま、プロさんが司令官な時点でそういうのを隠し通すのは厳しいか。あの人の周囲にあるものは徹底的に警戒されてるだろうし」

「そうでなくても小綺麗すぎるもん君たち」

 

 渋い顔で息をついたリコットへ、またリップルが投げかけた。

 

「基本的に魔導学府へ来るような魔術師は限界極めてるっていうか、なんか独特の終わってる空気感があるんだよねぇ。世捨て人っていうか。それに比べて育ちが良さそうなヤツがぞろぞろやって来たら、それだけでも怪しんじゃうと思うよ」

「……ん、ちょっと待って。その考えで言うと、わたしはどうして警戒されなかったんだろう? 顔はバレてなくても、綺麗な学生の格好なんかしてたら怪しまれそうだよね」

「今更かい。キャロルちゃんはなんかこう……関わりたくない雰囲気とかでてたんじゃない?」

 

 失礼な……とムッと唇を結ぶキャロル。

 心労でテンションがおかしくなっていたことは認めるが、これ以上ないくらい親しみやすい立ち振る舞いを見せたはずだ。

 

「門番の前で変なことしなかった?」

「してない。自己紹介だけ」

「自己紹介? どんな?」

 

 胸を張りながら立ち上がったキャロルが大股を開く。

 

「はじめまして! わたしは可愛くてチャーミングで可憐で愛くるしい、見習い魔術師のキャロっていいます! どうぞよろしくお願いしまーすっ!」

 

 記憶を思い起こし、城へ入る前に行った口上を披露する。もちろんウインクとピースサインも忘れずに。

 

「——たしかこんなんだったはず」

 

 すぐさま冷静な顔つきに戻ってソファーへ座り直したキャロルへ向けられる視線には戸惑いと困惑と溺愛の念が入り乱れていた。

 

「ほらね」

「なにが」

「バカっぽすぎて逆に警戒する気起きないな。なるほど、こういうやり方もアリか……」

「わたしバカじゃない」

 

 失礼極まりない言葉を浴びせてきたリップル、リコットへそれぞれ抗議の念を込めてキャロルが言い返す。

 

「すみません、すこし外の空気を吸って冷静になってきます」

「壁吹っ飛んでるからもう半分外みたいなもんよ」

 

 ふらついた足取りで倒壊している壁際へ歩いて行ったアザレアを尻目に、リコットは腕を組みながら言った。

 

「つーかぶっちゃけた話、今からでもキャロルに協力要請したほうがいいんじゃない? こうなったらもう隠密行動もなにもないでしょ。この子なら情報漏洩の心配もないだろうし」

「ううむ……」

 

 示された提案に難しい顔で返すアーサー。

 苦味を噛み殺すような様相でボロボロの床とキャロルへ目を往復させながら、彼は悩ましげなうめき声を漏らした。

 

「ああもう、今回は司令も同行するはずだったのに、なんでこんなときに限って……」

「あの人が急にいなくなるのは今に始まったことじゃないけどね。もともと調査だけって話だったし、アタシたちだけでも大丈夫じゃない?」

「もちろん責務は果たすつもりだったけど、敵に捕捉されたとなると話が変わってくるだろう」

 

 頭を捻る兄にキャロルは半目になる。

 慎重なのはいいことだが、いちいち表情に出すぎなのは隊を率いる者としてどうなのかと思う。

 (キャロル)が絡まなければもう少し頼りがいのあるヒトなのかもしれないが。

 

 しばらく黙り込んだあと、アーサーは意を決したように前を向いて言い放つ。

 

「……キャロル。俺たちは邪神教の本拠地がこの魔導学府にあると睨んでいる」

「そうでしょうね」

 

 流れるように機密を話したアーサーに一瞬リコットたちが「こいつマジか」といった顔をするが、この場にいるのがキャロルとその知り合いということを思い出して開きかけた口を閉じた。

 レイニィのほうを一瞥しつつ、キャロルは静かに返した。

 

「正解みたいだよ。魔導学府の中心にある城は、邪神教幹部が運営しているみたい。わたしもさっき聞いたばかりだけど」

「……! やっぱりそうなのか!」

「詳しい話はこれからするとして……お腹は決まったみたいだね。いつも決断が遅いんだから」

「む……」

 

 次にアーサーが口にするであろうことを先回りして、キャロルは口笛でも吹きそうな機嫌で続けた。

 

「あの城を調べに行きたいんでしょう? いいよ。かわいいわたしが協力してあげる」

「……ああ、頼む」

「本当、兄さまったらわたしがいないとダメダメ」

 

 やたらと距離感の近い聖騎士と魔術師のやり取りを横で見守っていたレイニィとリップルが顔を見合わせて首を傾ける。

 聖騎士と魔術師は基本的にもっと淡白な関係のはずなのだが。

 

「ていうか〜……すっかり私たちも協力する流れだね?」

(あっち)の私も乗り気だったみたいだし……いいんじゃないかな。予定調和だよ」

 

 思いがけない増員がなされたが、キャロルたちは改めて目的がひとつであることを再認識した。

 気を取り直して作戦会議を————という雰囲気が漂い始めた頃、倒壊した壁際に佇んでいたアザレアが話の輪に戻ってきて不意に尋ねる。

 

「当面の方針が決まったところで……ひとつよろしいでしょうか?」

「ん、どうかしたのか副隊長?」

 

 そう振り返ったアーサーには目もくれず、アザレアはじっとキャロルが座っているソファー————正確にはそのさらに奥に腰かけている金髪の少女を凝視した。

 

「そこにいらっしゃる彼女は…………キャロルさんたちのお知り合いでしょうか?」

 

 聖騎士と魔術師による話し合いが行われていた今の今まで退屈そうに膝を抱えて待機していた、人形のごとき静謐さを秘めた女の子、シャーロットだ。

 

「この子は……えっと……」

「ワタシはシャーロット」

 

 ちょうどいい紹介文が思いつかずにどもったキャロルの背後から澄んだ声音が飛んでくる。

 おもむろに体勢を崩してソファーの上を四つん這いで移動したシャーロットは、反対側に座っていたキャロルへ甘えるように抱きつくと、どこか嬉しそうに微笑みながら聖騎士の皆々様へご挨拶した。

 

「キャロルはワタシの…………お姉ちゃん」

「えっ?」

「それと、ママ」

「えっ⁉︎」

 

 シャーロットの発言に対してアーサー、アザレアがそれぞれあり得ない高音を出す。

「お姉ちゃん」だけなら年下からの呼称としてはさして気にすることはないのだが、「ママ」も追加となると詳しい経緯が気になる二人だった。

 

「こら、お姉ちゃんだけって約束でしょ?」

「んー……」

「どっ……ど、どういうことですか?」

「あ、はははは…………なかなかユニークな愛称を考えるお友達だね。歳はキャロルとそう変わらないように見えるけど」

 

 すこぶる困惑した笑顔でアーサーがそう口にすると、今度はシャーロットが彼のほうへアメジスト色の視線を注いだ。

 

「…………あなた…………ちょっとだけ、ママ」

「えっ、俺も……? 俺もママ……?」

「え」

 

 母親にくっつく生まれたての野生動物のように自身に密着しているシャーロットに対してショックと言わんばかりに一層顔を白くさせつつ、キャロルは兄へ静かな苛立ちを含んだ目を向けた。

 ————なんか悔しいから、やっぱりママ呼びでもいいことにしようかな。

 

「シャーロットさん、私は、私はどうでしょう?」

「んー…………………………普通」

「普通……⁉︎」

「なんなのよこれは」

 

 玉砕されるアザレアを横で眺めて理解が追いつかないまま頬をかくリコット。

 ママだのお姉ちゃんだの、どんな基準で判定しているのやら一向に謎である。

 

「あーはい、しずかにしずかに。とりあえずお互い把握してる情報を改めて出し合いましょうか」

「シャロちゃん、たまにならママって呼んでもいいから、そこのお兄さんはやめとこ」

「わかった」

「社会的立場を考えると呼ばれても困るんだけどな俺は」

「聞けそこの兄妹」

 

 敵勢力の懐にいるとは思えない空気のまま、リコットの呼びかけで作戦会議は再開された。

 

 

 

 

 商業都市ドリスの街道をステップしながら進む幼い少女がひとり。

 ララ=ルーティは友達が経営する魔術師事務所へ遊びに向かおうとしていた。

 もちろん用事は特にない。事務所の主人のキャロルが暇つぶしに来てもいいと言うのでいつも通りお言葉に甘えさせてもらおうと思ったのである。

 

 職員のクラウディアはよくお菓子と紅茶をご馳走してくれるし、デビルーナは一歩引いた雰囲気がありつつも何だかんだ話し相手遊び相手になってくれる優しい人だし、ララにとってはすっかりこの上なく居心地のいい遊び場になっていた。

 

「……む?」

 

 事務所の前までやってきて気づく。いつもは静かな路地なのに、今日はやたらと人通りが多い。

 いやちがう。人だかりが出来ているのだ。キャロルの事務所の周囲に。

 

「危険ですのでこれ以上は近づかないでください!」

「皆さんもっと離れて!」

 

 事務所へ繋がっている階段。その入り口を塞ぐように立っているのは二人……いや三人の聖騎士だ。

 ぞろぞろと集まってくる野次馬を食い止めるように両手を広げている。

 比喩ではなく、まさしく事件現場といった様子だった。

 

 何事かと顔を上げた途端、ララの表情が一瞬で凍りついた。

 

「な……なに……?」

 

 不自然な亀裂に加えて巨大な剣で引き裂いたような傷が、事務所の入り口、壁、屋根、あちこちに大きく刻まれている。

 よくよく見てみれば周囲に立つ聖騎士はどこか鬼気迫る表情で、ただごとではない事態がこの建物のなかで起きたことをありありと訴えていた。

 数刻前に武器を持った者同士が争ったような、そんな緊張の残り香がその場にまだ漂っている。

 

「キャロルお姉ちゃんっ……⁉︎」

「えっ……⁉︎ ちょっと、なんだ君は⁉︎ 待て!」

「なっ⁉︎ こら! 止まりなさい!」

 

 考えるよりも先に四肢を振り乱したララは、小柄な体を活かして進路を塞いでいた聖騎士たちの股下をくぐり抜けて階段を駆け上がる。

 

 なにが起きた?

 魔物でも現れたのだろうか?

 キャロルやクラウディア、デビルーナたち事務所の職員は中にいるのか?

 

「ッ……!」

 

 息を切らしながら事務所の扉を開け、ほとんど飛び込むようにしてララが中へ入る。

 そこには想像していた以上に凄惨な光景があった。

 

「キャロルお姉ちゃん……クーお姉ちゃん……ルーナお姉ちゃん……?」

 

 外から見た損傷とは比べ物にならない数の直線状の破壊跡が床、壁、天井を幾筋も走っている。

 本当に魔物にでも襲われたのかと思うような、ララにとっては現実離れした景色だった。

 

「みんな、いないの……?」

 

 先ほど出し抜いた聖騎士が階段を駆け上がってくる足音を背後に感じながら短い廊下を進み、応接間を兼ねた居間へと入る。

 

 

「————おやッ」

 

 

 奇妙なことにその声が聞こえた後も、姿を視界に収めるまでは気配を感じとることができなかった。

 ララがおそるおそる声がした真横へ頭から振り返ると、本棚の隣に佇んでいる男性の存在をようやく認識する。

 

「君はここの関係者かなッ?」

 

 晴れ晴れとした、しかしどこへ向けているのかわからない胸騒ぎがする笑顔。

 目の前にいる彼がこの惨状を招いたのだと————ララは直感的に理解した。

 




敵か味方か————⁉︎

しばらく週一投稿続けてきましたが、諸事情で次回以降また不定期になるかもしれません!
できるだけコンスタントな更新を目指します……!
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