時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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59.迷う者と深きもの

「——あっ、いた! 君! 勝手に入ったらダメだろ!」

 

 男性が声をかけてきた直後、ララを追ってきた聖騎士が血相を変えて事務所のなかへ駆け込んできた。

 

「ああ、待ちたまえッ。この子にすこし話を聞こうと思っていたんだッ」

「え……?」

 

 やってきた聖騎士がララの手をとろうとしたその時、たおやかな所作で二人の前に歩み寄った男性がそれを引き留める。

 隊服らしきものを身にまとっているところを鑑みるに彼も聖騎士なのだろう。

 ララの目の前で膝を折ると、男性は瞬きを忘れたように大きく開かれた双眸で彼女を直視した。

 

「おれはプロキオンという者だッ。この事務所には仕事で訪問していたッ」

「し、仕事……?」

「ああッ。正直に話すと、おれが追っている人物がここに潜伏していてねッ」

 

 戦慄したララは言葉を失っていた。

 聖騎士が誰かを追う理由は限られている。ましてや事務所内の状況を見れば争い事が起きたのは確定的だ。

 キャロル、クラウディア、デビルーナの誰か————あるいはその全員が、何かしらの罪に問われている?

 

「できれば迅速に事を済ませたかったが、予想外の邪魔が入って逃げられてしまったんだッ。なにか知っているようなら教えてくれないかッ?」

「し、知ってること……?」

「本当になんでもいいんだッ。たとえば、ここの職員がよく行く場所とかッ」

 

 自然な笑みを保ちながら問いかけてくるその男性……プロキオンから視線を逸らしながら、ララは止まりかけていた呼吸を再開させた。

 

 魔術師キャロルとその仲間たちは聖騎士に追われるような犯罪をしでかす人間では————ないとは言い切れないが、少なくともこの状況へ至るまでに相応の理由があるはず。

 混乱する頭で考え抜いた結果、プロキオンの質問に対してララは絞り出すような声で返答した。

 

「ご、ごめんなさい……ララ、なにも知らないです……。なにがあったのかなって、気になって入ってきちゃっただけで……」

 

 我ながら名演技————!と、ララは目尻に涙を浮かべながら内心ほくそ笑んだ。

 聖騎士は魔物の脅威から街の人たちを守ってくれる、いい人たちだということはララも知っている。

 だが今はそれよりもキャロルたちと過ごした時間を信じたいと思わずにはいられなかった。

 キャロルたちも「いい人」だと、ララは知っているから。

 

「……そうかッ! ならいいんだッ!」

 

 男性——プロキオンは笑顔を絶やさずにそれだけ伝えると、立ち上がってララの背中に軽く触れ、控えていた聖騎士へ目配せする。

 

「ほら、行くよ」

「はい……ごめんなさい」

 

 聖騎士に手を握られながら玄関のほうへ連れて行かれる直前、ララははっきりしない不安に動かされてプロキオンの立つ後ろを振り返った。

 窓から差し込む光を背にする彼の姿には、不気味なほどの神々しさがあった。

 

 

 

 

「……うわっ、まだ死体が残ってる。ほんとに普通の魔物とはちがうんだ」

 

 一時間ほど前にアーサーが仕留めた翼竜の魔物。首がなくなったその亡骸を隅々まで観察しながら、リコットは感嘆に近い声をこぼした。

 携えていた大剣で翼の一部に切れ込みを入れるなどして耐久度を調べていたアザレアも続いてつぶやく。

 

「通常魔物は遺物を核にする、あるいは本体である存在から供給を受けるなどして魔力で肉体を形作る必要がありますが……これは遺伝子レベルで魔力と結合させられた動物のようですね。組成としては人間に近いかと思われます」

「身体機能として魔力の生成が可能な生物か……。学術的価値は高そうだけど、こうも危険なものをぽんぽん作られちゃ敵わないな」

 

 アザレアの分析にアーサーが言葉を添える。

 古き時代に先祖が邪神の遺物を摂取したことで、今を生きる人類には生まれつき魔力を生み出し操る機能が備わっている。これはほかの生き物にはあまり見られない特徴だ。

 

 先ほど倒した翼竜の存在は、何千、何万年とかけて紡がれてきた……いわば進化の過程をショートカットし、わずかな時間で新たな生物を生み出すことを可能にした魔術師がいるということを示している。

 やはり魔術というものは恐ろしい。そして底知れない。

 

「じゃあ、出発する前に立ち回りをおさらいしましょう」

 

 キャロルの一声でその場にいた皆の意識が彼女へ集まる。

 

「城に入ったことがあるわたしと……レイニィ、リップルは内部から邪神教の情報を探る。顔が割れてる兄さまたちは居住区で身を隠しながら待機。外で不穏な動きがないか見張っていて欲しい」

「もどかしい役割だが……わかった。そっちはキャロルたちに任せる」

 

 この魔導学府が教団の本拠地である可能性がほぼ確定的になったいま、政府からの正式な発令があれば軍を動かして正面から制圧することもできるかもしれない。

 だがアーサーたちリベルタ隊がこの場にいることが向こうに勘付かれてしまった以上、悠長にはしていられない。いまこの瞬間にも邪神教徒たちが逃走する可能性があるのだから。

 動くなら早いほうがいい。振り出しに戻る前に。

 

「最優先は邪神教の教皇とされる人間だ。キャロルは前に交戦したことがあったな?」

「うん。結局、死体は見つからなかったみたいだけど」

 

 アーサーの問いかけに小さく頷くキャロル。

 魔術師メイリーンを追う依頼の最中に遭遇した男のことは報告書を通して騎士団アコルドへ共有済み。

 捕縛したメイリーンの証言からもその行方は引き出せなかったが、この区域に潜伏している可能性は大いにある。

 邪神教が統率力を高めたのは教皇の存在が影響していると聞いた。奴を捕えることができれば教団解体への大きな前進になる。

 

「シャロちゃんは兄さまたちと一緒にお留守番ね」

 

 ひと通り話し終えたタイミングで、キャロルは服の袖を掴んできた金色の少女に言った。

 

「………………()

 

 そして返ってくる揺るぎない拒否。

 シャーロットは訴えを強調するようにキャロルへしがみつくと、そのまま胸元へ顔を埋めて黙り込んでしまう。

 

「……どうしよう」

「そんな嬉しそうな顔で言われてもね〜」

 

 突っ込むリップルの横を通り過ぎ、シャーロットのそばまで歩いたレイニィが背中を曲げて彼女と目線を合わせた。

 

「ごめんねシャーロットちゃん。私たち、これから危ないところに行かなくちゃならないから……シャーロットちゃんは連れて行けないの」

「やだ。キャロお姉ちゃんと……ママと一緒がいい」

「う〜ん……」

 

 困った笑顔で応えるレイニィ。

 二人で暮らしていたときには見せなかった甘えっぷりだ。

 

「アーサーなんとかしなさいよ。ママなんでしょ?」

「でも俺はちょっとだけだって……」

「ちょっとでもママはママでしょ」

 

 物申したくなるリコットとアーサーのやり取りを聞き流しながら、キャロルはふと遠方に見える城の影へ視線を向けていた。

 

(……なにか、近づいてる?)

 

 学舎から発せられている嫌な気配。

 敵が接近している————いや、何者かの魔力が遠くで膨れ上がっているのか。

 なにか大きな魔術が使われる予兆としか思えない。明らかに害意を内包している。

 

「みんな」

 

 咄嗟に警告しようと、キャロルは皆がいるほうへ振り返る。

 しかしそこに広がっていたのは、先ほどまであった廃墟が建ち並ぶ光景ではなかった。

 

「……意外。そっちからお招きしてもらえるなんて」

 

 数刻前にも見た、どこまでも続いているような廊下。

 等間隔に並んでいるのはすべて魔術師の工房の扉だ。

 城——レイニィやリップルと出会った、あの学舎と呼ばれる建物のなかに転移させられた?

 

 アーサーたちと一緒にいたとき、付近に敵の気配はなかった。違和感があったのは魔術が発動する直前……この学舎で増大していた魔力だけ。

 さっきまでくっついていたはずのシャーロットもいなくなっている。

 誰かが空間を操る魔術でキャロルたちを分断したのだとすれば、効果範囲はこの魔導学府全域におよぶ。

 凄まじい魔力量と精密な魔力操作を要する業だ。

 

 こんな芸当ができるのは……キャロルが知っているなかでは一人だけ。

 邪神教の教皇とされる男だけだ。

 

(やっぱり生きてたんだ……)

 

 狭い一本道を進みながら周囲を警戒する。

 分断が敵の目的であれば急いで外に出て再びみんなとの合流を図るべきだが、座標を自由に操作できる力が向こうにある限りイタチごっこを繰り返すだけ。

 おまけにキャロルの魔術なら壁を破壊して難なく脱出も可能だろうが、騒ぎを起こして魔導学府に滞在しているほかの魔術師たちを敵に回すのはいい手段とは言えない。

 キャロルひとりならともかく、リベルタ隊の人たちやレイニィたちにとって苦しい状況になる。

 

 ——ひとまず魔力で強化した脚でがむしゃらに走ってみよう。

 そう思考しながらなんとなく準備運動にもならない跳躍の動作をその場で行ったところで、ふと真横にある扉に目が留まった。

 

「……ん?」

 

 ほかの扉にはない木札が釘を打ち込まれて雑に固定されている。

 微妙に右側へ下がっているそれに目を凝らしたキャロルは、やたらファンシーな書体で記された()()をぽつりと読み上げた。

 

「…………ルゥ……ベルスー…………ズ?」

 

 見ているだけでその人間の愉快っぷりとおめでたさが伝わってくるような、おそらくは手書きの字。

 ルゥ=ベルスーズ————朽ちかけた木札には、統一公用言語で確かにそう書かれていた。

 

 ベルスーズ……ベルスーズといえばキャロルやアーサーの家名。代々多くの聖騎士を輩出してきた名家。

「ルゥ」という名前も聞いたことがある。

 古びた記憶だが、忘れていないということはそれなりに印象深い情報だったのだろう。

 

「……お母さま————?」

 

 そうだ。幼い頃にアーサーや父・キャベロンの口から出たのを耳にしたことがある。

 ルゥ=ベルスーズ…………それはキャベロンの妻であり、アーサーとキャロルの実母である女性の名だった。

 

 おそるおそるドアノブに手をかけ、キャロルは扉を開く。

 中にあるのはリップルの部屋と同等程度の広さの白い空間。やはり魔術師らしく実験器具や書物が散乱しているばかりで、そこにヒトの影も気配もない。

 

 なにかを期待していたわけではなかったが、肩透かしを食らったキャロルは部屋の中心まで移動するとがっかりするように小さく息をついた。

 

 

「————ここに飛ばされるとはな。これも因果か?」

 

 

 押しつぶされるような声が忍び寄り、キャロルは反射的に後ろ回し蹴りを振り抜いた。

 魔力を乗せて放たれた脚による薙ぎ払いは虚空を切り裂き、その余波で右側の壁がひび割れる。

 避けられた。おそらくはまた空間転移の魔術で。

 

「……あなたは……」

 

 視線を流した先。瞬間移動を終えた人物が部屋の奥に佇んでいるのを睨む。

 見知らぬ青年。先ほど耳にした声音も姿も記憶と一致しないが、まとっている死人のような雰囲気だけは以前会敵した邪神教教皇そのものだった。

 

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