時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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60.子と繁栄

「魔物の体は魔力で構成されているけど、実体はあるんだ。邪神の遺物も同じ。アレは一見生き物の肉片に見えるけど、その実すさまじく高密度な魔力の塊なんだよ」

 

 パーティーホールにも似た広大な暗がりから聞こえてくる中性的な声を耳にして、アーサー=ベルスーズは剣を握る手に力を入れ直した。

 周囲には十数体の怪物——キャロルの協力者の言葉を信じれば人工的に造り出された「魔獣」というものだろう。

 翼が生えているもの、前脚よりも巨大な牙が生えた四足歩行のもの、無数の触手をぶら下げているもの。様相はさまざまだ。

 

「かつて実在したとされる邪神たちもそうだったのかな? もしそうならすごいロマンだよね。ただの魔力の塊が明確な意思を持って生命活動を行っていたなんて。いや、この場合はそもそも邪神とは生来的にエネルギー状の体を持つ古代生物だったと考えるべきか。もしかすると人間とほかの動物の関係性のように、邪神たちも同じ肉体の形式をとっているだけでそれぞれがまったく別種の生物だったなんてこともあり得るかもね。……ねえ、君たちも気にならない?」

「……生憎そういった分野には疎くてね」

 

 魔獣たちの後ろに隠れながら蘊蓄(うんちく)を語る人物——おそらくは邪神教徒に向けてアーサーが張り詰めた声で応答する。

 彼の背後には状況が理解できていないように呆けた顔で固まっているシャーロットが佇んでいた。

 

 キャロルやリベルタ隊メンバーと分断され、転移させられた先は魔術師の工房らしき場所……。正確な座標はわからないが、おそらくは居住区の中心にある城のなかだ。

 人造魔獣を操っているところを見るに相手は話に聞いていたレイク=ゲドニーという邪神教の魔術師だろう。

 本人の実力は未知数だが、それを測る前にまず自分たちを囲んでいる魔獣の軍勢をなんとかしなければならない。

 

「ロマンのない奴だなぁ……。僕はそういう思考停止した奴がいちばん嫌いなんだ。君って聖騎士だよね? それなら納得だ。もっと外の世界に興味を持ったほうがいいよ」

「確かにいくつになっても学びは重要だが、君のような引きこもりに言われるのは少々腑に落ちないな」

「……なに?」

「長い間ここに留まって他者との関わり方を忘れてしまったのかな。一方的に喋ることは対話とは言えないよ…………レイク=ゲドニー」

「んん? 講釈を垂れているのか? 魔術師であるこの僕に? 聖騎士の君が?」

 

 さりげなく名を呼びかけてみたが、否定しないということはレイク本人で間違いないのだろうか。想像していたよりも随分若い。

 

「知能が劣る奴と話すのは疲れるんだ。いいよ、お喋りはこれで終わりにする」

 

 レイクの言葉に従うように、彼の隣に待機していた魔獣がアーサーたちへ飛びかかってくる。

 

「ちょっとごめんよ……!」

「きゃあっ」

 

 咄嗟にシャーロットの手を引いて駆け出したアーサーは、薄暗いホールの壁を隅々まで見渡して出口が存在しないという事実を確認した。

 

「煌獅子技法!」

 

 逃げ回るのも限界がある。

 魔獣の数を減らしつつ、隙を見て司令塔であるレイクを仕留めるしかない。

 

金の鬣(ゴルバン・メイン)!」

 

 左腕でシャーロットを抱えたアーサーが右手の剣を横薙ぎに振るうと、炎を思わせる黄金の魔力が魔獣の軍勢に向けて拡散した。

 火炎放射器のように放たれた魔力の波は一撃の威力こそ控えめな一方、襲いくる魔獣たちの体に火種となって付着。

 瞬時に黄金の炎が魔獣たちの全身に広がり、その肉体を焼き尽くしてしまう。

 魔力で体が構成された通常の魔物には効きが弱いが、動物等の細胞を基盤とした人造魔獣には通用するはずとアーサーは考えていた。

 結果は思ったとおり、もってこいの技である。

 

「贅沢な魔力の使い方だね。もったいない…………魔術師になればそれなりに大成できていただろうに」

「いまの邪神教はなにを企んでいる? ここは本当に研究のためだけの施設なのか⁉︎」

 

 アーサーは着地しつつ、密かに近づいてくる魔獣がいないか付近に魔力を張り巡らせて探知しながらレイクへ尋ねた。

 並んでいる魔獣たちの体の隙間から見えたのは魔術師と言うにはあまりに特徴のない装いの青年。

 黒のシャツに黒のパンツ。魔術師とは元来学者に近いものだが、年若い外見も相まって彼のそれは未成熟な学生のような印象を受けた。

 

「それを疑ってるからここまで来たんだろ?聖騎士。ま、僕も教皇がなに考えてるかは詳しく知らないんだけどね。自分の研究だけ続けられれば文句はないし。……ああ、でも最低限害虫駆除くらいは役に立たなきゃね」

「……!」

 

 地面の下から迫り上がってくる振動と魔力の気配を察知し、アーサーはすぐさまシャーロットを抱えたまま左へ跳躍する。

 床を突き破って出てきたのは端的に表現すると龍と見紛うような巨大な芋虫。

 体勢を立て直すとともに即座に剣でそれを両断するも、飛び散った体液でアーサーの視界が塞がった隙を突いて別の魔獣から伸ばされた触手が槍のように彼へ殺到した。

 

 だがそれもギリギリで回避し、アーサーはすぐにレイクの方へと目を向ける。

 ずいぶん距離を離されてしまったが、突破力に優れた破角流の技なら瞬間的に脚回りに注ぐ魔力を増やすことで一気にヤツへ肉薄することも可能だ。

 煌獅子流で人より無意識下の魔力操作に慣れているアーサーなら、この咄嗟の状況でもそれが実現できたはずだった。

 

「……っ?」

 

 急に半身が軽くなり、その後なにが起こったのかアーサーはすぐに理解する。

 左腕に抱えていたはずのシャーロットがいない。

 冷たい汗が全身から噴き出すのを感じ、アーサーは後方へ振り返ると先ほど避けた触手の先を見上げた。

 

「——シャーロットちゃん!」

「……いたい……っ」

 

 アーサーが立つ正面側に鎮座していた魔獣。海洋生物のような外見をしたそれが伸ばす触手に絡めとられたシャーロットが、天井すれすれの位置まで縛り上げられていた。

 

「君が手強いのはわかったからさ、だったら分かりやすい弱みを突いていくよね。予想できたことだと思うけど?」

 

 依然見下した口振りで語りかけてくるレイクを睨む。

 当然警戒はしていた。だが魔獣とやらの触手がこうも精密に動かせるとは。

 

「さて、魔物や魔術師と殺し合いをしてるような連中がおとなしく攻撃を受けてくれるとは思ってないし……実際君ほどの実力者なら体が自然と反撃しちゃうでしょ? へたに抵抗されてこれ以上実験体を減らしたくないんだよね。こっちから手は出さないからさ、自分で首をはねておくれよ。やらないなら、もちろんこのガキを絞め殺す」

「…………」

 

 冷えた指先で剣を握り直しながらアーサーは活路を探した。

 レイクを仕留めること自体は不可能ではない。だがシャーロットの命を保障できるほどの()()をアーサーは持っていない。

 

 友人の一人……ロイド=バハト=クルトルフが得意とする絶技があれば遠距離からでもシャーロットを拘束する触手とレイク本人を同時に斬ることができたかもしれないが、彼の技を再現するにはまだ必要な感覚が出来上がっていない。

 迷っているうちにシャーロットはレイクのすぐそばまで引き寄せられ、一か八か全速力で——という僅かな可能性も消え去った。

 

 詰み、だろうか。

 こういう場合を考慮して聖騎士は複数人で行動するのが基本だというのに。しかし今それを口にしても仕方がない。

 深く息を吸って動揺を抑えつつ、アーサーは静かに手にある刃を首元へ近づける。最後の瞬間まで打開策を思考しながら。

 

 まだ選択肢があるとすれば、ダメ元でロイドの「臨界絶技」を真似てみることくらいか。

 四つ足の怪物を仕留めようとした時のように、なにかを差し出せばあるいは……。

 

「い……痛い……」

 

 不意に、シャーロットの声が空間にこだました。

 

「はな、して……」

「ああ放すとも。彼がくたばった後にね」

 

 苦しそうに喘ぐシャーロットに実験動物でも見るような冷たい目を向けるレイク。

 アーサーの首筋に赤が伝う。

 もう時間がない。絶技を発動させるために、アーサーは瞬時に脳が沸騰するような集中力を発揮させる。

 

「どうして……こんなこと、するの……?」

 

 だがその集中は、想定外に急変した状況によって雲散した。

 

「————は?」

 

 肉が破裂する音と、おびただしい量の体液が床とぶつかる音。

 そして驚愕から目を見開いたのは、アーサーだけではなかった。

 

「……ひどい。……ひどい……!」

 

 シャーロットだ。

 自分を縛っていた触手を引きちぎり、自力で脱出したシャーロットが呪詛のような言葉をつぶやきながら歩き出す。

 彼女の全身からは、この空間にいるだけで息苦しくなるような圧迫感を帯びた膨大な魔力が絶え間なく発せられていた。

 

「なんだ……? お前、一体なにを…………?」

 

 狼狽するレイクの横を、暗闇に濡れた金色が通り過ぎる。

 なにもできずに固まる彼など視界に入っていないかのように、シャーロットは傍らで控えていた触手を持つ魔獣の前に立った。

 

 再び伸ばされた触手がシャーロットを貫かんとする。

 だが射出された肉の槍は彼女に届くことはなく、小柄な体から放出され続けている魔力の壁に阻まれてしまう。

 直後その魔力は鋭利な実体を形作ると正面にいた魔獣へ突貫し、その巨体へ風穴を開けた。

 

「……⁉︎」

 

 戸惑いからレイクが声にならない叫びを上げる。

 まだ息があった魔獣はグリーンカーテンのごとく触手が垂れ下がっている口元からお返しと言わんばかりの業火を吐き出した。

 しかしその炎もシャーロットへ到達する前にことごとく霧散していく。

 

「……許さない」

 

 シャーロットの瞳が怪しく輝く。

 直立したまま魔力を収束させた彼女がそれを解放すると、彼女自身が受けたものと同じ——いや、温度や出力が数段底上げされた火炎となって目の前の魔獣を包み込んでしまった。

 

「……この子たちを操っているのは、あなた?」

 

 瞬く間に灰の山となった魔獣からシャーロットが振り返ると、その紫眼はまっすぐに後退するレイクを捉えていた。

 

「受けた魔術をそのまま……いや、増幅して返した……? まさか『反映』の魔術……っ? そんなものを、一体どこで————!」

「こたえて」

「ッ……! お前たち!」

 

 レイクの呼びかけでホールの奥から姿を現した魔獣たちが一斉に遠距離からの攻撃をシャーロットへ仕掛ける。

 巨大な翼が巻き起こした突風の斬撃。悪魔が吐き出す炎。増殖する肉塊から飛び出た質量攻撃。

 そのすべてがシャーロットの周囲に展開された魔力障壁と衝突した瞬間にあっけなく散っていく。

 

「受け切っただと……⁉︎」

 

 シャーロットの周囲で彼女の魔力が歪み、風や炎、異形の物体へと変化しそれぞれの魔術を放った魔獣たちのもとへと還り、彼らを呑み込む。

 立ち尽くすレイクの周り、暗闇に潜んでいる残りの魔獣たちもシャーロットに怯えるように呻き始めた。

 

「あなたがワタシにしたこと…………ぜんぶ、お返しするから」

「なにを……っ⁉︎」

 

 シャーロットの意識がレイクへ向けられた途端、暗闇に身を隠していた魔獣たちの視線が彼へ集中するのがわかった。

 

「待て、なんで……! なにをしてるお前たち! その敵意は僕に向けるものじゃない! やめろ、止まれ————!」

 

 辺り一帯で蠢いていた魔獣たちが同時に飛び出し、レイクの体へ覆い被さっていく。

 彼の悲鳴も三秒もすれば咀嚼音に混ざり聞こえなくなっていった。

 

「……これは」

 

 凄惨な景色にアーサーが言葉を呑む。

 通常の魔物も似たような行動をとることがある。奴らは自らが元となった邪神とは別種の存在であっても、自分より強いものであればその意思に従うケースがあるが……。

 それと同様に、シャーロットが魔獣たちを操ったのだろうか。それほどまでに彼女を脅威的に感じたと?

 

 核にしていないとはいえ、人造魔獣とやらも魔力を扱う以上はそれを抽出などするかたちで少なからず遺物が利用されてはいるはず。とすれば性質的には通常の魔物とさほど変化はない。あり得ない話ではないだろう。

 

「…………いたい」

「……! だ、大丈夫?」

「縛られたとこ……痛い……」

 

 瞳に涙をにじませてその場で蹲ってしまったシャーロットへ駆け寄ると、アーサーは改めて恐ろしいほどに整ったその横顔に目を向けた。

 

 ほんのすこし前に出会ったばかりの、初対面の少女。

 だというのに、不思議とアーサーはその顔をよく知っているような気がした。

 

 

 

 

「前会ったときより、ずいぶん子どもっぽくなったようだけど」

 

 部屋に現れた——見た目は別人だがおそらくは邪神教教皇と思しき青年に対し、キャロルは冷めた眼差しを注ぐ。

 やはり光の灯っていない目で返してきた教皇は、続けて生気のない声で口にした。

 

「前の()()()は貴様に壊されてしまったのでな」

「と、いうことは、やっぱりあのとき仕留め損ねたわけじゃなかったんだ。本気で吹き飛ばしたつもりだったから、不思議に思ってたの」

「疑問に思うことでもあるまい。現に貴様という実例がいるのだから」

 

 鬱陶しそうな顔でキャロルは小さく眉を動かした。

 教皇は確かに一度キャロルに殺されている。だが()()()()()()再びこうして現れた。

 それが示すこととはつまり、奴は自らの魂を別の存在に移し替える力があるのだろう。

 ——そして今の言動からして、奴はキャロルの正体にも気づいている。

 

「聞きたいことが山積みなのだけれど、とりあえずこの部屋について教えてくれる? どうして入り口にお母さまの名前があるの?」

 

 教皇の背後に見える閉じ切っていない扉。そこに掛けられている札を顎で示しながらキャロルは問う。

 ルゥ=ベルスーズ————キャロルが物心つく前にベルスーズ家から出て行ったという母親の名前が、なぜかこの工房に刻まれていた。

 

「説明する必要があるのか? 彼女が以前までこの魔導学府に滞在し、この工房を利用していただけのこと」

「じゃあ今はどこに?」

「それはこちらが聞きたい。彼女は協力者として極めて優秀な魔術師だった故、叶うならば手元に置いておきたかったが……唐突に姿をくらませた。未だ行方知れずだ」

「協力者……?」

 

 母——ルゥ=ベルスーズは教団の一員ないし、それに連なる魔術師だった?

 キャロル個人としては関心の薄い情報だが、アーサーにはあまり聞かせたくない事実だ。

 

「これも何かの縁というもの。どうだ、貴様に不都合がないと言うのなら、彼女に代わって我々の研究の助力をするというのは。貴様の体質は研究材料としては至上のものだからな。無論、貴様が望むものは可能な限り実現すると約束しよう」

「意味がわからない。順序ってものがあるでしょう。ヒトと話すのが苦手なの? 邪神教がここでなにをしているのか、まずはそれを話すのが先じゃない?」

「ほう、すでにメイリーンから聞き出しているものかと考えていたが……思えば奴は、ここに足を運んだことはなかったな」

 

 散らかった部屋を一通り見渡した後、教皇はまた無機質に話し始める。

 

「以前は文字通り雑多な魔術を探求するための凡庸な場所であったが、私がそれを改めさせた。より深く、より真に迫るための秘奥————ただ一つの原点を求める場所として」

 

 色のない視線がキャロルの黄金色の瞳とぶつかる。

 教皇の表情はぴくりとも動いていなかったが、心なしかその声音は弾んでいるように思えた。

 

「あらゆる邪神の祖————アザフォースとの接続が可能な“落とし子”の捜索と、その制御方法の模索。この魔導学府は、そのために存在する施設だ」

 




キャロルの魔術モチーフはクトゥルフ関連でありつつもそこからさらに解釈を広げて某シリーズに登場する某怪獣から拝借したものになりますが、シャーロットの魔術の元ネタもそれとお隣さんくらいの関係だったりします。
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