時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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7.共感と再会

「今の、魔術……? キャロルが助けてくれたの……?」

「不思議そうな顔してるね。一応、あなたには借りがあるから」

 

 なにが起きたのか理解できない、といった様子で目を泳がせているデビルーナを横目に、キャロルは離れた位置にいる灰蜘蛛と邪神教徒の男を交互に視界に入れた。

 

 男のほうもキャロルを見やり、邪魔をされた苛立ちが滲み出た歪んだ顔つきで口を開く。

 

「大いなるアトラへの捧げ物が……まだ残っていたか」

「うるさい」

 

 冷淡な声音が悪寒を誘う。

 男が瞬きをしたわずかな時間でキャロルはその真横まで歩み寄り、赤子の手を捻るように、容易く男の右腕を捩った。

 

「は? ……あっ……⁉︎ うわっ、ああああああ⁉︎」

「……うるさいって」

 

 不細工な螺旋状に変形させられた男の腕がだらんとぶら下がる。

 キャロルは動揺する男を尻目に体内の魔力を起こすと、再びその姿を世界から消失させた。

 

「ぎっ……⁉︎」

 

 一秒も経たないうちに今度は男の両脚が歪曲し、バランスを失ったその体は運良く眼前の岩場に落ちた。

 またしても突然姿を現したキャロルは苦痛に顔を歪め芋虫のような身動きしかとれない男を静かに見下ろす。

 

「あなた……アトラを信仰する邪神教徒……ってことだよね」

「ひっ……⁉︎」

 

 左腕を残して四肢の大半が使い物にならなくなった男の目の前で膝を折り、キャロルは依然穏やかな眼差しを彼に注いだ。

 

「べつに……あなたがどういう思想を抱いて、どんな生き方を選ぼうと……わたしは興味がないの。だから普通にしていれば怒ることもないだろうし、関わることもなかったと思う」

 

「でも」と最後に付け加えながら、キャロルは男の首を掴む。

 

「わたしのものに手を出そうとするなら、そうも言っていられないの」

「あっ……⁉︎ な、は、放せぇ……!」

 

 残った左腕をばたつかせながら虫のように抵抗する男を引きずってキャロルが向かったのは——警戒するようにその場で固まっている灰蜘蛛のもとだった。

 

「お前のもの……? なにを言って……。な……なにをする気だ……⁉︎」

「デビルーナはわたしと知り合って、わたしに甘いものを食べさせてくれて、わたしに悪戯をしようとした子。つまり……わたしの『世界』の一部になった。だからデビルーナは……もうわたしのものなの」

「キャロル……?」

 

 困惑するデビルーナには目もくれず、キャロルはしっかりとした足取りで男を引きずりながら灰蜘蛛のほうへ向かっていく。

 

「あなたのお仲間でしょう。始末をつけさせてあげる、アトラの子ども」

 

 そう言ってキャロルが腕を振り抜くと、岩場に転がった男の体が灰蜘蛛の目の前で止まった。

 

「……! 待っ——!」

 

 男の存在を認識するや否や、灰蜘蛛はその体を捕食し始めた。

 悲鳴にもならなかった呻き声が咀嚼する蜘蛛の口内から漏れ出てくる。

 

 同じ魔術を宿した者は最初こそ同じ眷属だと認識されるが、時間とともにその誤魔化しは通じなくなる。ここまで人間の血と臭いを撒き散らせば尚更だ。

 魔物が邪神教徒のことなど認知しているわけもなく、迷宮に入り込んだ以上、他の生物はことごとくが捕食対象である。

 

「おいしかった?」

 

 灰蜘蛛が男を喰らい尽くすのを待った後、キャロルが薄く笑って問いかける。

 次に灰蜘蛛が狙うのはもちろん、眼前に佇んでいる彼女だ。

 

 白い少女に巨足を突き立てようと灰蜘蛛が動き出した後、

 

「パフェのほうがおいしいと思うよ」

 

 キャロルの瞳が黄金色に煌めき、同時にこの迷宮から色が失われた。

 幼少期より持続時間と規模を拡張させた「石化」の魔術。

 今のキャロルであれば、この程度の範囲なら倒れることもない。

 

 モノクロの彫像と化した灰蜘蛛の目と鼻の先まで肉薄したキャロルは、指先にそこそこの魔力を込め、前方の空間に向けてそれを弾いた。

 

 衝撃が伝播し、ガラスが砕け散る騒音とともに空間ごと灰蜘蛛の胴体が爆散する。

 そして生まれた虚空は一秒も待たずに世界の修正力によって()()()()()()、その際の衝撃波によって残飯のような灰蜘蛛の脚も塵となって宙に消えた。

 

「……アハッ」

 

 自然と笑みがこぼれる。

 

 迷宮を構成する魔力の供給をになっていた灰蜘蛛が消滅し、同時に周囲を取り囲んでいた小蜘蛛たちも魔力となって霧散していく。

 

 徐々に迷宮が解体され現実へと景色が還っていくなか、想像以上の力を見せたキャロルにデビルーナは言葉を失っていた。

 

「……アトラの肉片か」

 

 灰蜘蛛が滅びたあと、地面に残された魔力の塊を拾い上げたキャロルは細めた目でそれを観察した。

 迷宮を生み出していた邪神アトラ——その体の一部。いわゆる邪神の遺物と呼ばれる魔術の源だ。

 

「これ、食べる? デビルーナ」

「い、いらない……」

「そう」

 

 呆然としたまま首を横に振るデビルーナから視線を外す。

 キャロルは遺物を見つめながら考えるように少しの間沈黙したあと、それを自分の口へと放り投げた。

 

 直後に体内で発芽する不快感。

 邪神アトラが内包する魔術と、そこへわずかに宿っている自我がキャロルの「世界」を刺激した。

 

 試してみたいことがあったのだ。

 意識を集中させてアトラの自我が宿っている魔力を辿る。

 

(わたしの予想が正しければ……)

 

 体内をめぐる魔力の中から砂粒よりもはるかに小さいアトラの自我を特定し、それをキャロル自身の魔力で攻撃する。

 細胞よりもさらに極小。情報の世界に及ぶ最小単位での魔力操作。

 邪神ゾアの意識をそのまま残した、転生体であるキャロルだからこそ可能となる神業だった。

 

 結果、アトラの自我はキャロルの魔力に耐えきれず崩壊した。

 アトラの持つ「世界」——すなわち魔術の概念だけをキャロルの体内に残して。

 

「なるほど…………これがあなたの見ている世界なんだ」

 

 そう口にしたキャロルがおもむろに右の人差し指を立てる。

 細い指先から形成されたのは——魔力で構成された糸。紛れもない、邪神アトラの「魔術」だった。

 

 邪神ゾアであれば、自我を破壊した時点でその邪神の魔術を使うことなど出来はしなかっただろう。例外を除いて、邪神は基本的に自分以外の存在に対する共感性というものが欠けているのだから、どのみち人間同様その「世界」の生みの親である存在なくして魔術は使えない。

 

 だがヒトに生まれ変わって、キャロルの中に多少なりとも他者への共感というものが芽生えたのだろうか。アトラの意識を借りなくとも、アトラの魔術が使える。

 邪神由来の精神力と、ヒトとしての他者への理解。そのハイブリッドが邪神の自我を必要としない魔術の行使という結果を生み出した。

 

 突き止めていけば——キャロルはどれだけ遺物を取り込んでも正気を保っていられる唯一の魔術師になるかもしれない。

 もっともそれは「正常な判断能力を保っているか」という観点で見た場合であって、元々の彼女がヒトの価値観でいう「正気」を備えているのかはわからないが。

 

「ちょ、ちょっとキャロルそれ……!」

「あ……無理に動かないほうがいいんじゃないかな」

 

 全身に裂傷を作ったデビルーナが脚を引きずりながらキャロルのもとへやってくる。

 

「それって蜘蛛の邪神……アトラの魔術だよね……?」

「うん。たったいま遺物を食べたから、使えるようになったの」

「で、でもアンタ! 魔物を倒すときにも魔術使ってたよね……? なんの魔術かは知らないけど……。なんでふたつ以上の遺物を取り込んで平気でいられるわけ⁉︎ どれだけ精神力が強くたって、そんなすぐに馴染むわけないし……!」

 

 デビルーナの狼狽えようを見て、キャロルは内心しまった、と苦い顔をした。

「石化」による時間停止は、ほとんどの人間にとって何が起こったのかを認識することは難しい。だからキャロルがすでに魔術を所持していることはわからないと踏んでいたのに。

 

 いや……思い返してみるとデビルーナは宿で基礎的な身体強化だけを見てキャロルの実力を見抜いていた。

 となれば「石化」の全貌はわからないにしても、何かしらの魔術が発動していることくらいは理解できてもおかしくないかもしれない。

 なるほどこれが「三等星」。ちょっと彼女を舐めすぎていたみたいだ。

 

「まあ……いいじゃない、生きて外に出られたんだから」

「いやぜんっぜんよくないから!」

「土足で踏み込んでくるヒトは嫌いだよ」

「調子いいこと言ってんじゃないわよ。ていうかさっき言ってた……アレなに? 一体いつあたしがアンタの所有物になって————」

 

 

「そこのおふたりは生存者ですの⁉︎」

 

 思いがけず投げかけられた呼びかけに反応して、キャロルとデビルーナは同じ方向へ首を揃えた。

 いつの間にか迷宮は完全に消滅しており、周囲の光景は事が起こる前にふたりがいた宿——が建っていたであろう更地に戻っていた。

 

 辺りを囲んでいるのは街中に突然現れた迷宮の様子を興味本位でうかがいに来た野次馬と……騎士の制服に身を包んだ、上品な雰囲気の少女だった。

 状況から考えて迷宮の対処に駆けつけた王都の騎士団員なのだろうが……あまりに若すぎる。外見だけ見ればキャロルとそう変わらない。

 

 それ以上に不可解だったのは、その少女がキャロルの顔を見るや否や目を丸くさせて驚愕の表情を浮かべたことだった。

 

「…………キャロル……さん?」

「え?」

 

 なぜか自分の名前を呼んだ騎士の顔を、キャロルは凝視する。

 

 まだ幼さの残る大きな瞳。

 手入れが大変そうなボリューミーな長髪をなびかせる彼女の姿が、幼少期の記憶と重なった。

 

「……クーちゃん?」

 

 そこに立っていたのはキャロルの幼馴染。

 ベルスーズ家と深い交流があった聖騎士の家系・クルトルフ家の令嬢——クラウディア=クリシス=クルトルフだった。

 

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