【書籍化】時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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65.幕引きと乱入者

「うぅわっ⁉︎」

 

 歩行が困難になるほどの揺れが足元まで届き、リップルは裏返った声を上げた。

 

 魔導学府全体が戦場になっている。

 戦闘行為が禁じられているこの場所でこれほどの騒ぎが起これば工房の魔術師たちも異変を察知して出てきそうなものだが、不思議とその気配はない。

 

「どわあッ⁉︎」

 

 怪訝な顔で長い廊下を移動していたその時、リップルの眼前で壁を破壊しながら何かが横断した。

 瓦礫と巻き上がる粉塵のなかにうっすらと確認できたのは三人分の人影。そのうち動いているものは二つ。

 

「アザレア! 大丈夫!?」

「……問題ありません」

 

 それは二人の女騎士だった。

 どちらも顔は知っている。キャロルの知り合いの聖騎士たちだ。

 

 大柄な方は大剣を床へ突き立てて肩を上下させており、戦闘で負傷したのか右肩は自身の血で赤黒く染まっていた。

 双剣を携えた小柄な聖騎士が慌てて駆け寄る。

 

「ったく手こずらせやがって……」

 

 小柄な聖騎士——リコットがそう吐き捨てたのにつられてリップルの視線が下を向いた。

 上背のある聖騎士・アザレアにマウントポジションをとられるかたちで何かが倒れ伏している。

 蜘蛛人間。端的にそう表現できる怪物がそこに横たわっていた。

 しかしすでにアザレアたちに制圧され意識を失っているのか、肥大化した体は徐々に平均的な成人男性の体躯へ戻り、背中から生えた無数の足も液状化してすぐに原型を失くしていった。

 

「……! こいつ、門番の……」

 

 傍らで立ち尽くしていたリップルから驚愕の声が漏れる。

 蜘蛛の化け物に変貌していた人物は魔導学府の“プロフェッサー”の一人であり、学舎の門番を務めている魔術師だった。

 おそらくは邪神アトラの魔術を用いて魔物化していたのだ。一体どれだけの遺物を取り込めばここまで肉体が変貌するのだろう、と恐れ交じりの疑問が浮かぶ。

 

「あれ? あんた魔術師の……」

「あ、リップルです〜。キャロルちゃんの知り合いの」

「あ〜そうそう、そうだった。なんでホールドアップ?」

 

 不意に声をかけられて反射的に両手を挙げるリップル。

 べつに悪いことをしたわけじゃないが、聖騎士を前にするとつい身構えてしまう。

 

「っ……」

「アザレア⁉︎」

 

 大剣が床へ落下した騒音を聞いてリップルが後ろを振り返る。

 彼女の後方には膝をつき背中を丸めたアザレアがひどい顔色で息を荒げている姿が見えた。

 

「……毒ですね。術者の魔力自体に毒素が含まれていたようです」

「はぁ……⁉︎ なんで魔術師(コイツ)自身は平気なのよ!」

「先ほどの姿を見るに、適応できるよう自らの肉体を造り変えていたのでしょう」

 

 冷静な口調で推論を並べるアザレアだったが、その表情からは見るからに生気が減衰していた。

 邪神アトラ由来の迷宮内では毒の沼などが広がっていることが多いが、魔術自体は「糸」の延長線上にあるものしか確認されていない。

 遺物を大量に摂取することで毒の魔術を発現させることも不可能ではないが、通常その時点で術者の魔力が変質し当人にとっても有害なものとなってしまうため、これまで使い手とされる者は確認されていなかった。

 だが逆に毒素に適応できさえすれば、その魔術を完全に我が物にできる。

 アザレア、リコットと対峙したこの邪神教の魔術師は自分の肉体を魔物へ近づけることでそれを実現したのだろう。

 

「あー……ちょっとすみません」

「え?」

 

 人見知りを発動しながらもリップルはおそるおそるアザレアへ歩み寄り、爛れている肩の傷口に触れた。

 魔術師が扱う「吸収」には魔力由来のものを吸い取り、自らの魔力へ変換する力がある。

 三等星程度の実力があれば魔術による毒を無害なものへ変質させながら吸収することも可能だ。

 

「どうですか?」

「……かなり楽になりましたね」

「え、ちょ、あんま動かさないほうが」

 

 すべての毒素を吸収し終えると、息を整えたアザレアが躊躇なく右肩を回してみせる。

 毒を抜き出しただけで外傷を治したわけではないので痛みは続いているはずなのだが、この程度の傷には慣れっこなのだろうか。

 やはりこれくらいタフでなければ聖騎士は務まらないのか?とリップルは引き気味に思った。

 

「驚いた、吸収魔術ってやつ? こんなすぐに毒抜きできる魔術師がいるんだね」

「事務所を構えてた頃に、何度か同じ毒を治療したことはあったから……」

「ありがとうございます。助かりました」

 

 感心するように言ったリコットに続いて感謝の言葉を口にしたアザレアへ、ついたじろいでしまうリップル。

 今のように素直な反応をされたのは随分と久しぶりだった。

 それこそ…………レイニィに魔術を教えていたとき以来だ。

 

「……! あれは」

 

 リップルが戻れない過去に意識を持っていかれそうになったその時、倒壊した壁から見える外の景色にリコットが反応した。

 学舎の一部が崩れ、瓦礫の山で炎の魔術師が戦っている。

 相手取っているのは同じく魔術師の集団のようだが、そのどれもが不気味なほど同じ雰囲気の魔力を発していた。

 

 不気味な集団に対し、炎の魔術師は昂る感情をそのままぶつけている。

 行き場のない感情を。

 リップルが植え付けてしまった願望を。

 

「……もう、いい……」

 

 それがどうしようもなく哀しくて、空しくて、見ていられなかった。

 彼女に対する贖罪の気持ちからか、あるいはかつての自分が抱いていた願いの不毛さを見せつけられているようで、我慢ならなかったからか。

 とにかく、一刻も早く彼女を止めたいと思った。

 

「もういいよ……! レイニィ!」

 

 大勢に囲まれ防戦を強いられている炎の魔術師の姿を見て、リップルはいち早く壁に空いた風穴から身を乗り出す。

 

「はっ? ちょっとあんた!」

「リコットさん」

「ん⁉︎」

 

 外へ飛び出したリップルを引き止めようとした矢先、背を叩かれたリコットが振り返る。

 奥の空間が暗がりで満たされた長い廊下。

 そこに並んでいる無数の工房の扉から、皆どこか似通った顔立ちをした少年、青年、壮年の男、老人が現れ二人を見つめていた。

 

「うわっ……⁉︎ なにコイツら⁉︎」

「少なくとも味方ではないでしょう」

 

 痛む体に鞭を打って、アザレアは大剣を構え直す。

 数の差は圧倒的。リコットはともかくアザレアは肩の負傷のせいで動きも鈍っている。

 

 だがその程度では退く理由にはならない。

 すでに敵地にいる身だ。仲間と合流するその時まで、自分たちは戦わなければならない。

 それが、聖騎士の務めだから————。

 

「……? なんか」

 

 リコットが言い終わるよりも先に、それは起こった。

 

 目視できたのは光の筋。

 光線……としか言いようのない輝きが幾筋も視界に走り、その全てが自分たちを取り囲む魔術師たちの心臓をピンポイントで貫いていく。

 

 眩いほどの魔力の光。

 その光と同じ速さで動くことのできる聖騎士を、リコットとアザレアは一人だけ知っていた。

 

 

 

 

 自分が何者であるのか分からない。

 それはこの世の何よりも恐ろしいことだと、レイニィ=アバンギャルドはあるとき思った。

 

 記憶はその人間が何者であるかを定義するのに重要な要素だ。

 それが抜け落ちているレイニィの体には、やがてその要素を補完しようとする働きが生じ始めた。

 取り込んだ遺物の性質に則した人格を形成し、自分から全てを奪ったと思われる存在を追跡し、破壊しようとする欲求。それこそがレイニィにとって自分を定義する記憶の代わりだった。

 

 命を落とす直前、自分を終わらせた存在のことだけは覚えている。だから最初に憎しみを向けるとするのならその人物が正しいと考えていた。

 

 そしてその人物は、おそらく今目の前にいる男。

 

「クッソ……!」

 

 がむしゃらに炎を解放するレイニィだったが、彼女の放つ火炎、拳、プラズマの刃は悉くが()()()()へ届くことはない。

 レイニィは何も存在しない虚空へ攻撃を続けているに等しく、回避も要さない教皇側は圧倒的な数の差を彼女へ押しつけるだけで事足りていた。

 

「レイニィ=アバンギャルド。貴様がこの場所を訪れたときは、僅かではあるが心躍った」

 

 いちばん最初にキャロルやレイニィの前に現れた青年の教皇が固定された表情のまま独り言つ。

 

「学び舎の工房だけに留まらず、私は“落とし子”の素質ある者に対してその特性をより活性化させる結界を魔導学府全域に敷いていた。だがそのように後天的に覚醒を促した人間は天然のそれよりもやや性能が劣る」

「ッ!」

 

 レイニィの振り下ろした踵を動かずに止めた後、教皇は彼女の右足首を握り込むと人間離れした膂力を相乗させて容赦なく彼女を瓦礫の山へと叩きつけた。

 

「が……っ……!」

 

 重たい衝撃と痛みがレイニィの胴を貫き、思うように呼吸することもできずにその場でぐったりと仰向けになる。

 

「その点貴様は有用だった。ほかの邪神の遺物を取り込んだことでアザフォースとの接続が弱まることも危惧していたがその様子もない。保険としては申し分ない素養だ。生き延びようとした貴様の、あるいは貴様の生存を望んだ何者かの判断は賞賛に値する」

「ッ……!」

 

 物のようにレイニィの首を鷲掴みにし、教皇はその体を宙へ吊るした。

 

「貴様の存在価値はもはや一つだけ。故に歓迎しよう。貴様という、終わる機会を見失った哀れな個体を」

「うっせんだよウダウダウダウダ……‼︎」

 

 下半身から噴き上がらせた炎の勢いで強引に教皇の手から抜け出したレイニィが空中で身を翻す。

 

「テメェの目的なんざどうでもいい……! いや、それ以外だって! 何もかもがどうだっていいんだよ‼︎」

 

 レイニィの瞳に映っているのは復讐を遂げるべき相手。

 だが彼女を真に突き動かしているものはそれだけではなかった。

 

「なるんだ、オレは……私は……!」

 

 自分は何かにならなくちゃいけない。

 復讐は生き方を縛る鎖だ。そんなものは通過点に過ぎない。

 邪神教を壊滅させるという目標を達成したその先にこそ、レイニィが至るべき存在があるはず。

 

 復讐という鎖を壊して、本当の「自由」を手に入れる。

 それがこの体を突き動かす意志。

 

(……『自由』?)

 

 自然と脳裏によぎったそれは、レイニィの肉体に刻まれていた記憶から炙り出されたものだ。

 ——そうだ。ならなきゃいけないものは「怪物」だった。

 誰にも侵害されない、「自由な怪物」に……。

 

 

「————レイニィイイイイイイイイイイイイイイイイ‼︎」

 

 

 聞き慣れた声が鼓膜を揺らし、弾かれたようにレイニィは真横を振り向く。

 その声の主は宙に浮かんでいたレイニィの懐へ一直線に飛び込んできた。

 咄嗟に受け止めるも勢いのまま一緒になって瓦礫の上を転がる。

 

「レイニィ! よかった無事だったぁ〜!」

「リップル……! なにしやがるこんな時に!」

「もういい! もういいから!」

「はぁ……⁉︎」

 

 合流して早々支離滅裂な言動をするリップルにレイニィは当惑する。

 

「もういいんだよ……怪物なんてならなくていい……。あれは人が志すようなものじゃなかった。私たちには、ちゃんと生きるべき日常があったのに……」

「……なんで、お前がそんなこと…………」

 

 目に涙をにじませながら訴えるリップルの表情を見た瞬間、リップルのなかで()()()()()()()冷たい記憶が浮かび上がってきた。

 

 リップルはこの魔導学府で初めて出会った魔術師だ。

 胡散臭くて信用ならない、どこにでもいる平凡な。

 

 だが————おかしい。今、目の前にいるのはこれまで見てきたリップルではない。

 いつもの取り繕った顔はどこにもない。

 嘘の匂いを感じない、彼女の本当の姿。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「記憶がなくなっても、あなたはやっぱりレイニィだ……! 私の理想を叶えようとしてくれるよく出来た弟子だ……! でももういい! 私が全部悪かったから!」

「なにを言って……」

「怪物にならなくたって冒険はできる! 世界中を旅できる! レイニィが本当に望んでたのは、そういう魔術師でしょ⁉︎」

 

 知らない話を聞かされている。

 でもなぜか、リップルの言葉は妙にレイニィの心を揺さぶった。

 

 奥底から見覚えのない記憶が迫り上がってきて、それが大きくなるにつれて意識が遠のいていく。

 

「……オレは……」

 

 魔力が燃えていた髪が黒へと還り、やがてレイニィは瞼を閉ざすとリップルの胸元へ静かに倒れ込む。

 思い出したものを手放さないようにと、リップルは彼女の背中に手を回して寄り添うように身を寄せた。

 

「愚昧ここに極まれりだな、魔術師リップル。貴様は別の私を呼び寄せるための材料としても釣り合わない不出来な存在だった」

「……⁉︎」

 

 邪神教の教皇、そして並行体である魔術師たちがリップルへ殺意の照準を向ける。

 

「退いてもらおう。貴様が世界にもたらせる変化は、もう無い」

 

 埃を払うのと同じ。害虫を駆除するのと同じ。

 掲げられた教皇の平手はリップルの頭部が在る空間そのものを掴むようにして虚空を握り、それを潰さんと指先に力を込めた。

 

 

「——————!」

 

 

 しかしその行動は、瞬きの間に奔った光によって阻まれた。

 

 教皇の瞳に初めて驚愕の色が差す。

 リップルたちを取り囲んでいた教皇自身とその並行体。数十にも及ぶアザフォースの魔術師たちを、その光はまさしく瞬殺で終わらせた。

 

「…………うんッ。予想はしていたが、ここまでぞろぞろと標的が揃っているとは驚きだッ」

 

 光が人の形を成して静止する。

 リップルたちの前に立った()()は、抜き身の得物をそのままに彼女たちへと振り返った。

 

 助けてくれた————?

 わずかな静寂。

 状況を読めずに硬直していたリップルだったが、一秒後に微笑を貼りつけた青年から飛び出した発言は彼女の思考を一層漂白するものだった。

 

「君は……違うようだなッ。親しいようだから、できることなら揃えて葬りたかったところだがッ」

「え?」

 

 刹那、光の刃が振るわれる。

 リップル————ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 確実に命を奪うための一閃が解き放たれた。

 




前回更新時にお知らせできなかったので改めてご報告しますと、

【書籍化】します!!

詳細は活動報告まで。


同時にちょっとした予告をしておきますと、あと1~2話で4章が終わる予定で、次の5章でこの作品は一区切りになる想定です。
その5章もこれまでの章より短くなる構成をイメージしています。
いろいろ散りばめてはきましたが大体は回収できる……はず(不安)
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