【書籍化】時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
『ああ、だめだめ。そんなことしたらケガしちゃうわ』
邪神教教皇によって外界から遮断された異空間。
キャロルが魔力を叩きつけて強引に結界を突破しようとしていたところ、どこからともなくそれを遮る声が聞こえてきた。
『お外も大変なことになってるみたいね。でも安心して、ここはわたしが何とかしてあげる!』
「誰?」
初めて聞く声。……邪神教の幹部?
追撃をしようとしていた片足を静かに下ろして周囲を探るキャロルだったが、結界を構成する教皇のもの以外に魔力は探知できなかった。
『大丈夫、すぐ迎えに行くからね。わたしの可愛い可愛い、キャロルちゃん♡』
周囲が明るくなる。
魔力濃度の薄い現実の空気を吸いこんで、キャロルは先ほどの異界から現実へ戻ってきたことを自覚した。
——また転送された。しかし今度は教皇の手によるものではない。
「……!」
同時にキャロルは瓦礫の山を走り抜ける。
事態を理解するよりも先に面識のある人間が殺されかけている現場が視界の奥に見え、咄嗟に「石化」を発動させた。
到達時間は一秒以下。時間を止めないと間に合わなかった。
空を切り裂く光の刃が少女の首を捉えるよりも早く、キャロルの靴底が振るわれた剣身を受け止める。
「——うんッ? 君は……」
そのまま剣を弾き、呑気に首を傾げるその青年に向けて魔力を込めた蹴りを放つ。
当然のごとく刃で防がれたが、距離を離すことには成功した。
「キャ……キャロルちゃん」
「どういうこと、これ」
気絶したレイニィを抱えているリップルも、キャロルの問いかけに対して戸惑うように首を振るだけだった。
キャロルが結界に閉じ込められる前と今とではまるで状況が変わっていた。
自分たちを取り囲んでいた邪神教教皇とその同位体はどこにもいない。つい先ほどまであれだけの数が並んでいたというのに、だ。
「これはややこしくなってきたなッ…………うん、困ったッ」
「その恰好……あなた聖騎士?」
「いかにもッ」
笑みを絶やさずにその聖騎士は答えた。
有無を言わさず人を殺そうとした人間の顔とは思えない。
キャロルが臨戦態勢に移りかけていると、張り詰めた空気に待ったをかけるようにこちらへ近づいてくる足音が四方から聞こえてきた。
「おい!そっちに誰かいるのか!」
まず集まってきたのはリベルタ隊のメンバー二人。確かグランとロバートと言ったか。
それに続くように別の人間も近づいてくる。直前まで戦闘を行っていたのか、心なしか最初の二人よりも魔力濃度も高いようだ。
やってきた四人の聖騎士たちは瓦礫の上にいるキャロルたちを視認するや否や、揃って目を丸くさせた。
やがてその内の一人であるアザレアがつぶやく。
「……司令……⁉」
「やあ諸君ッ。おれが不在の間、よく頑張ってくれていたみたいだなッ! 健闘を称えようッ。おれは素晴らしい部下を持ったッ!」
意識を失っているレイニィを除き、キャロルとリップルが困惑するように眉をひそめる。
リベルタ隊の人間が「司令」と呼ぶ人物。
それらしき人間に心当たりがあるとすれば、いつかの食堂で隊の面々の口から名前が挙がっていた……。
「…………プロキオン司令?」
最後のピースがはまるように、キャロルの背後からきょとんとした声音が飛んでくる。
情報の整理が追いつかないまま後ろを振り返ると、穏やかに目を閉じたシャーロットを背負って歩み寄ってくるアーサーの姿が見えた。
「やあアーサーッ、お疲れさまだッ」
「間に合ったんですね! 聞いていた通り、ここは邪神教の巣窟で————」
「説明してくれる?」
安心したように笑みをこぼしながら近づいてきたアーサーの言葉を遮って、キャロルは冷めた眼を「司令」と呼ばれた人間へ向ける。
ただならぬ空気を察したのか、アーサーを含めリベルタメンバーたちも司令官の回答を待つように言葉を呑んだ。
「あなたは何者?」
「キャロル、この人は……」
「いいッ、おれの口から話そうッ」
慌てて仲裁しようとしたアーサーを制止しつつ、青年は溌剌な態度で続ける。
「おれはキャビンテッド王国において聖騎士序列第一位の座を受け持っているプロキオンという者だッ。彼らリベルタ隊の創設者であり、司令官でもあるッ。君はキャロル=ベルスーズだなッ? アーサーから話は聞いているぞッ!」
「そんなことはどうでもいい」
キャロルの喉奥から苛立ちを孕んだ声音が発せられた。
「どうしてレイニィを殺そうとしたの? この子はわたしたちに協力してくれた味方だったのだけれど。あなたはどういう仕事を与えられてこの場に来ているの?」
「……っ?」
一瞬の間を置いて、リベルタの聖騎士たちの表情が驚愕と疑念に染まる。キャロルが最初に口にした疑問への反応だ。
彼————プロキオンは困ったように微笑みながら返答した。
それは物を知らない子どもへ言い聞かせているかのようだった。
「うんッ…………どうしたものかッ。この話はトップシークレットなものだから、あまりヒトに話すわけにはいかないのだがッ……」
「“落とし子”……でしょう?」
不意に聞こえた横槍へ皆の視線が集中する。
いつの間にかリップルが抱えていたレイニィが目を覚ましてキャロルたちの立つ方向を睨んでいた。
苛烈な火炎を放出していた髪の毛は黒色に戻り、口調も落ち着いている。「炎」の人格の代わりに「冷炎」が表に出てきたのだろうか。
「あなたが始末した邪神教の人間も……私もそう。あなたは“落とし子”の体質を持った人間だけを狙っていた……」
「“落とし子”……?」
「プロさん?」
聞き慣れない言葉にアーサーたちが動揺する。
それは教皇から真実を聞いていたキャロルとレイニィ以外の人間は把握していない情報のはずだった。
先ほどまで自分たちを包囲していた教皇の姿が見えないことを再確認しつつ、キャロルはプロキオンへ意識を戻す。
レイニィを斬ろうとしたことは確かだが、妙なことに「敵」だという雰囲気が無いのは、
「あの……司令、俺も何が何やら……。説明を求めます」
「……ふむッ」
自分たちに共有されていない情報の存在を知ったアーサーは恐る恐る尋ねる。
隊長である彼にも事前通達がなかったということは政府から直々に命じられた最重要事項である可能性が高い。
つまるところ司令官としてではなく、聖騎士プロキオン個人に与えられた任務だとアーサーは読んでいた。
その場合は部外者になるリベルタ隊メンバーへの情報共有義務はないが、どこか嫌な雰囲気を肌で感じたアーサーは尋ねずにはいられなかった。
プロキオンはしばし考え込んだ後、まるで緊張感のないマイペースな手つきで剣を握り直すと表情ひとつ変えないまま言い放つ。
「すまない、とりあえずそこの彼女を斬った後で改めて話そうッ!」
猶予もないまま、再び光がレイニィの首筋に向かって疾った。
「——————」
同じく、冷めた顔つきのまま白く細い右脚が一閃される。
先んじて蹴りを振り上げていたキャロルのつま先が剣の側面と衝突し、軌道が逸れたことでプロキオンの斬撃は空を斬ることとなった。
鋼が叩かれた衝撃が鈍い音となって空気を揺らす。
続いてキャロルが「石化」による空間爆砕を交えた回し蹴りを放つが、プロキオンはこれを全身を魔力で固めることで正面から耐えてみせた。
衝撃波で吹き飛ばされても大地から足が離れることはなく、一直線に地面を抉りながら彼は数メルー先で踏ん張っていた姿勢を崩す。
「……うん、困ったなッ。短期間で二度も容易ではない状況に出くわすとは、なんともままならないッ」
教皇のように空間操作を利用して回避したのではない。
魔力の防御——正攻法だけで世界法則を利用するキャロルの攻撃を防いだ。この事実だけでもプロキオンという聖騎士の異常性が見て取れた。
「ちょっと待てキャロル……! 司令もちゃんと説明してください!」
「……うんッ。このままでは埒が明かないようだし、効率的に事を運ぶためにはそれも必要かッ!」
瞬きを忘れたような大きな眼光が周囲で戸惑うアーサーたちを順番に見回していく。
「これから話すことはキャビンテッド王国政府とおれが個人的に結んでいる契約に関わるものだッ。極秘事項ゆえ、あまり他人に喋ってくれるなッ。——まず、おれは人間ではないッ!」
「…………は…………?」
アーサーに続いてリベルタ隊の聖騎士たちが揃って言葉を失う。
決して剣を鞘に納めようとはしないプロキオンの一挙手一投足に注意を向けながら、キャロルも静かに彼の言葉に耳を傾けていた。
「正確に言うと肉体的には人間だが、
その場の誰も、言葉を挟むことはできなかった。
彼が話す言葉、語る内容の意味はすべて理解できる。
ただあまりに荒唐無稽だったから、それが事実であることを脳が拒んでいるのだ。
「……プロさん、なに言って」
「一部の人間が“落とし子”と呼ぶ特異体質を持つ人間はこの星を破滅に導く可能性があるッ! 故に均衡を保つためにも命を絶たなければならないッ! ……そこにいる彼女が“落とし子”であるのなら、おれは彼女を殺さなければならないッ! ざっくりとした説明は以上だッ! 理解したのなら、邪魔はしないでくれると助かるッ!」
——「効率的に事を運ぶために」と先ほどのプロキオンは口にした。
事情を説明すれば手を引いてくれるだろうという意図の発言だったのだろうか。一通り話し終えた彼は、キャロルやアーサーたちの反応をうかがうように無言のまま視線だけ送ってくる。
(星の防衛機構……
他の誰も身動きがとれないでいる中、キャロルだけが出揃った情報を総合してプロキオンの真意を推測することができた。
“落とし子”が世界を破滅に導くというのは、この世界の創造に関わっている邪神アザフォースの覚醒に関する事柄だろう。
教皇の話によればアザフォースは現在休眠状態。
意思のない存在だからこそ、被造物である星は自由な活動を行えているし、そこに生きる人間や動植物も自然に則った生命活動を行えている。
——だが、そこに明確な「意思」が宿るようなことがあればどうなる?
教皇はアザフォースと一体化し、自らの手で世界を終わらせることが最終目標だと主張していた。
そのような馬鹿げた可能性がアザフォースの力を宿す者……すなわち“落とし子”全員にあるとしたら?
「しかし……そうか、君たちは知らなかったのだなッ、ベルスーズ兄妹。彼女の子どもというのなら、承知の事実と思っていたがッ」
「彼女って……」
目を見開いたアーサーの言葉が詰まる。
理解を拒絶する思考が答えに辿り着こうとしたその時、彼の背中に身を預けていたシャーロットがゆっくりと瞼を開いた。
「……………………ママ?」
瞬間、その場にいた内の数人が姿を消した。
●
次に瞬きをして最初に感じたのは、あたたかい日差しと頬を撫でる海風。
リゾート地。そんな印象が真っ先に浮かぶ砂浜にキャロル
キャロルが反射的に周囲を確認すると、そこには先ほどまで魔導学府にいたはずの人間が数人。
リップルとレイニィ、そしてシャーロット。聖騎士の人間は綺麗に省かれている。
「えっ、ここどこ……?」
「…………」
途方に暮れた様子のリップルとレイニィの横で、キャロルは何かを感じ取ったように瞼を閉じる。
魔導学府で見た工房の看板に、教皇やレイニィと同じ空間操作の魔術。
あらかじめヒントは提示されていた。
「キャロルさん?」
不意に、背後から聞き馴染んだ声が投げかけられる。
振り返ったキャロルの顔を見て、声の主はみるみる表情を明るくさせながら砂の上を駆け出した。
「キャロルさん! キャロルさんですわーっ!」
「クーちゃん」
南国の土地に合わせたような白のワンピースを身につけた幼馴染が一直線に飛びついてきて、戸惑いながらもキャロルはそれを受け止める。
続いてさらに奥の方から歩いてくる人影に気づくと、その組み合わせでさらに困惑することとなった。
「お、来たんだキャロ坊。とりあえずお疲れ」
「デビルーナと…………ロイドさん?」
やってきたのは麦わら帽を被った、バカンス中とでも思わせるような出で立ちのデビルーナと————相変わらず聖騎士の隊服を着たクラウディアの兄・ロイド。
なにがなんだか分からない、とクラウディアの胸元でキャロルは改めて眉間にしわを寄せる。
気温や景色を見るに南部地域のどこかに飛ばされたようだが、どうしてそこにクラウディアたちが居る?
「————あら、思ったより反応が薄いのね」
キャロルたちが呆然としていると、抱いていた疑問のすべてに答えるように別の方向から誰かが言った。
傍らに設置されていたパラソル。その下にあるビーチチェアに女性が寝そべっている。
まるで緊張感のない雰囲気をまとって起き上がった彼女は、大きく体を伸ばした後で勿体ぶるようにゆっくりとキャロルの方を振り向いた。
これもまた浮かれきった露出の多い水着だが、そんなものには目がいかないほど銀色の長髪が幻想的で特徴的な女性。
馬鹿みたいなハート型サングラスが外されると、その下からはキャロルによく似た黄金色の瞳が並んでいた。
「おひさしぶり、キャロルちゃん。赤ちゃんぶりかな? 元気に育ってくれて、ママとっても嬉しい!」