【書籍化】時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
キャロルが飛ばされたログハウスは、最初に転送された砂浜のすぐ近くに位置していた。
一部の富裕層の間でリゾート地として愛されている南の国・アロウ。
キャロルの母であるルゥ=ベルスーズは、以前からその一角を拠点のひとつとして利用しているようだった。
「ちょっと、重いんだけど」
「いつにも増して甘えん坊ですわ〜」
「んー…………」
広々とした共用空間にある大型ソファーに並んで座るクラウディアとデビルーナ。
その膝の上で横たわり、キャロルはしばらくの間ふたりの温もりを噛みしめていた。
クラウディアの太ももに頭を乗せてぼんやりと天井を見るキャロルの脚をつつきながら、デビルーナはからかうように笑った。
「ずいぶんしおらしいじゃん。さてはしばらくあたしらに会えなくて寂しかったんでしょ?」
「うん」
「え?」
「クーちゃんとデビルーナに会えて、今すごく嬉しい」
「あ……ああ、そう?」
想像していたよりも素直な言葉が返ってきて、調子のはずれた声がデビルーナからこぼれる。
こういう時のキャロルは精神的にまいってる状態ということは経験則から何となく理解できるが……。
「キャロルちゃん、わたしには甘えてくれないの?」
どこか気が抜けているキャロルに対し、金髪の少女を抱えて向かい側にあるソファーに座る女性——ルゥがほんのり寂しそうな顔で尋ねた。
いつの間にか水着から黒いドレスのような出で立ちになっている。
初めて会う母を疑念が込められた目で一瞥しつつ、キャロルは小さく答えた。
「あなたのこと、よく知らないし」
「え〜⁉︎ そんな悲しいこと言わないでよぉ! ママずう〜っとキャロルちゃんのこと見守ってたのにぃ!」
「そんなことより、聞きたいことが山ほどある」
クラウディアとデビルーナの脚に寝そべったまま体の向きを変えて、キャロルは気怠げに母と視線を交わした。
「あなたがわたしのお母様だと仮定して、どうしてクーちゃんたちと一緒にいるの?」
「仮定じゃなくて本当なのになー……」
「シャロちゃんがあなたをママって呼ぶのも意味がわからないし。シャロちゃんのママはわたしなんだけど。ついでにお姉ちゃんなんだけど」
「えっ、どゆこと?」
「どういうことですの……?」
戸惑うデビルーナとクラウディアに構わず、キャロルは静かな力強さを秘めた眼差しをルゥへ送り続ける。
対するルゥは依然面白がるような微笑を浮かべながら言った。
「ふふ……『お姉ちゃん』っていうのは、その通りかもね」
「は?」
「ああもう、いちいち威嚇しないのっ! そんなふうにキャロルちゃんのこと育てた覚えはありませんっ!」
「わたしも育てられた覚えはない」
「いい加減にしろ」
唐突に入り込んできた低い声が渋滞気味の空気を切り裂いた。
キッチンらしきスペースから水の入ったグラスを片手に現れたのはクラウディアの兄・ロイド=バハト=クルトルフだ。
「くだらん漫才をしている場合か? プロキオンに存在を知られた以上、今この瞬間にも奴がここへやってくる可能性があるんだぞ。さっさと話すべきことを片付けろ」
「ほら、あなたのせいで怒られた」
ルゥへ八つ当たりしながらキャロルはふと気づく。
プロキオン————と、今ロイドは確かにその名を口にした。
「も〜ロイドちゃんもこわぁ〜い……。でもわたしからじゃなくて、そちらのお二人さんから説明してもらったほうがキャロルちゃんも納得するんじゃないかしら?」
笑みを絶やさずにクラウディアとデビルーナへ視線を送るルゥ。
驚きつつも、引き受けるようにデビルーナが最初に口を開いた。
「襲われたんだよ、プロキオンっていう聖騎士に。
「え?」
「ええ、襲われましたわ……。それでお兄様とルゥ様に助けていただきましたの」
クラウディアの浮かない表情を目の前に捉え、キャロルは目を丸くさせた。
「——プロキオンって男ね、彼は人間じゃないわ。この星を守るためだけに稼働している防衛機構が形を成したもの。『星の騎士』……なんて呼ばれることもあるようだけれど」
「……星の騎士」
シャーロットを抱きかかえたまま補足するルゥの言葉を聞いて、キャロルの中でまた一つ点と点が結ばれた。
キャロルが魔導学府を訪れた当初の理由は二つ。
一つは邪神教の情報を探ること。
もう一つはクラウディアを悩ませている悪夢に関する情報を見つけることだ。
魔導学府とはアザフォースと交信できる“落とし子”を量産するための施設で、聖騎士プロキオンはそれを狩ることを目的としている……らしい。
求める情報が手に入るかは五分五分だったが、結果としてこれらの疑問はすべて繋がっていた。
魔導学府の工房で教皇から聞き出した話を合算すれば、自ずと答えが予測できる。
つまり……つまりだ。クラウディアもまた————
「——その子も“落とし子”だったの?」
二階の吹き抜けから声を発したのはリップルに支えられたレイニィ。
このログハウスに移動してから寝室で休めていた体がある程度回復したらしい。
わずかにおぼつかない足取りで階段を降りながら、彼女は直前の問いと繋げるように言った。
「あの人は“落とし子”の体質を持つ人間だけを狙ってたから……逆に言えば彼に襲われたなら……」
「うん、レイニィちゃんの言う通りね」
くだけた笑顔で応じたルゥが再び話し出す。
「この世界はアザフォースが内包する迷宮のようなもので、“落とし子”はそれを好き放題できる力を秘めている……って話は、もうみんなにしたわよね? キャロルちゃんたちもあの工房で聞いてるだろうし」
「どうしてあなたがそれを知ってるの?」
「言ったでしょ~? ずうっと見守ってきたの、わたし♡」
疑問に対してはっきりしない回答を寄越してきた母を静かに睨むキャロル。
誇張など抜きに何もかもを見通しているかのような言動が、うっすらと鼻についた。
ただのハッタリとも思えないところが、余計に。
「以前から誰かが語りかけてくるような、おかしな夢に悩まされていたことは確かですわ」
「四つ足の怪物と戦ったとき……クーちゃんが事前に砲撃を察知してくれたときもあったよね。あれも“落とし子”としての能力ってこと?」
「せいかいっ」
ウィンクとともにルゥが口を挟む。
キャロルは嫌がるかもしれないが、どことなくルゥの仕草はキャロルに似ているとその場の全員が思っていた。
「アザフォースの魔術は空間を操る力だと思われがちだけど……すこし捉え方が小さいわね。空間という括りじゃなくて、世界そのものを操る魔術だと思ったほうがいいわ」
「世界を操る……ですか?」
「うん。この世界に存在するあらゆるものを知覚して、それらを操作する力。だからクラウディアちゃんは視界の外にあるものでも認識して、攻撃の接近を事前に知らせることができたってこと。“落とし子”としての初期段階のひとつ……いわゆる千里眼のようなものね」
「……あなたがそんなことを知っているのも」
「そう」
訝しむキャロルに指を立てながらルゥは答える。
「わたしも他のみんなと同じ、“落とし子”ってわけ」
思い返せばすでにそれは示されていた。
教皇やレイニィと同じ瞬間移動、もとい空間操作の魔術をルゥはこのわずかな時間のなかで何度も行使している。
おそらく練度・精度ともにほかの“落とし子”とは比べものにならないだろう。
いや、北部に存在する魔導学府からキャロルたち複数の人間を同時に南部区域まで転移させた事実を考えると、もはや邪神教教皇の力すらも上回っているかもしれない。
「自慢じゃないけど、わたしの“落とし子”としての力は他の子たちとも別格みたいでね~……範囲で言ったらこの星にあるものなら何だって知覚できるし、好きに移動したりもできるの」
「ルゥ様はその力でわたくしたちを助けてくれたのですわ」
「……本当に危なかったわ」
思い出したくない記憶をたどったデビルーナがこぼす。
「キャロ坊がいない間……プロキオンって聖騎士が突然訪ねてきてね。最初はなんかの依頼かと思ったんだけど、急にクラ子に襲いかかって……。そこのシスコン騎士がいなかったらマジで死んでたかも」
デビル―ナが視線を流した先、腕を組みながら静かに壁に寄りかかるロイドへキャロルたちの目が集まる。
数秒の沈黙の後、説明する必要性を感じたのか気だるげに彼が話し始めた。
「俺は任務を終えて帰還ルートの途中にあったドリスに立ち寄っただけだ。そこであの男の姿を見つけ……どうにも嫌な予感がしたのでな。念のため目的地へ同行したら、あとはお前たちも知る通りだ」
「ロイドさんでも尻尾を巻いて逃げるくらい厄介な相手なんだ」
「あの男は人間の物差しで測れる存在じゃない。斬れるイメージが湧かない以上、逃げることが最適解だと判断した。……尻尾を巻いたわけではないがな」
いじりを含めたキャロルの物言いに対して微かに抵抗しながらロイドが返す。
茶化しはしたがロイドの「臨界絶技」でも歯が立たないとなれば普通の人間が正面からプロキオンと戦って勝利することはほぼ不可能と言えるだろう。
「それで路頭に迷っていたところを、わたしがここに
うとうとしているシャーロットの頭を撫でながら茶飲み話であるかのようにルゥが語る。
状況説明は終わった。
あとに残ったのは淀んだ疑問と、先の見えない不安だけ。
「シャーロットちゃんおねむかしら?」
「んー……」
「あらあら。ちゃんとベッドで寝ましょうね~」
「待って」
まどろむシャーロットを抱えてソファーを立ったルゥを制止したキャロルは、その澄まし顔にわずかに尖った眼光を向けた。
「まだあなたの目的を聞いてない」
「わたしの目的?」
きょとん、と少女のように小首を傾げるルゥ。
人畜無害な雰囲気をまとう様子はやはりどこか嘘くさい。
有害であることを隠しているとまでは言わないが、出会った当初から対峙するキャロルたちを煙に巻こうとするような、不誠実さを彼女から感じていた。
——そうだ、誠実であるはずがない。
なにも言わずに家を出て家族を捨てた「母」。そんな人間が他者に対して対等な振る舞いをするはずがない。
……
同じだから…………間違いなく彼女は自分の母だと理解させられる。
「わたしは誰よりも自由な存在になりたい。そのために聖騎士になる運命が邪魔だったから、自分からベルスーズの家を出て行った。お父様からも、兄さまからも離れた。…………あなたは、どんな理由であの人たちを遠ざけたの? お母様」
静かに母の瞳を見つめながらキャロルは問う。
ルゥ=ベルスーズという人間には、最優先事項として念頭に置いている何かが確実に存在するはず。
キャロル=ベルスーズが自由を志すように、その体と魂を突き動かす何かが。
「————ふふ、ふふふっ」
シャーロットを抱える腕にわずかな力が入る。
キャロルの口からようやく自分を「お母様」と呼ぶ声が聞こえたからか、嬉しそうに笑いながらルゥは娘へと向き直った。
「遠ざけてなんかいないわ。だってわたしは……今までずうっと、あの子たちのそばにいたもの」
「……?」
「そうね、べつに隠すつもりもなかったけど…………」
ありきたりな表現をするのなら、まさしくそれは母性に満ちた柔らかな微笑みだった。
「わたしね、母親になりたいの」
「……………………は?」
空気が抜けたような声がキャロルから漏れる。
ほかの面々もルゥが発した言葉の意味を呑み込むのにしばしの時間を要した。
直前の発言が戯言の類ではないことを証明するように、ルゥは抱いているシャーロットを愛おしそうに触れながら言った。
「生まれたときから思ってたの。周りにあるもの全部が好きで好きでたまらなくて、まるで我が子のようだって」
「……なにを言ってるの?」
「母性なんてもともと一方的な感情だけれど、それでもやっぱり形式って大事じゃない? 名実ともにこの世界の母親になれるなんて……そんなことが本当に実現できたなら、どれだけ夢心地なのかしら」
眉をひそめるキャロルたちを意に介すことなく、ルゥ=ベルスーズはうっとりとした表情のまま嘘偽りのない願望を吐露した。
「だからわたしはアザフォースと一つになりたいの。アザフォースになって…………正真正銘
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