【書籍化】時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜 作:陸そうと
「何事も、邪魔をするのがおれの仕事なものでねッ」
人間の限界を超えた動きをこなした後、目の前の魔術師に向けて聖騎士プロキオンが汗ひとつかいていない笑顔のまま言った。
周囲に魔物が跋扈する魔境。そのど真ん中で会話を交わす二人の男女は双方とも尋常の者ではない。
「やはり最後にはここへ来るんだなッ。ずいぶん時間がかかったようだがッ」
「生まれつき強い誰かさんと違って、わたしは最初から今みたいな魔術が使えたわけじゃないの。……ふんふん」
改めて目の前にいる外見だけは優男な聖騎士をまじまじと観察したルゥは、何かを再確認したように頷く。
「昔からどうにも、あなたの魂だけは心の底から愛せないのよね。やっぱりアザフォース由来の存在じゃないからかしら?」
「愛されてしまっても困るのだがね。おれは世界を維持するための歯車に過ぎず、ほかの生命との関係性においても便宜上のものだけに留めることとしているッ」
「あら、そのわりにはアーくん達と楽しそうにお仕事してたように見えたけど?」
「ははッ、それを言われると弱いッ! 自粛しているとはいえ、おれも人間のことは好きだからなッ。この感情だけは誤魔化せないッ」
たわいない言葉を切り返しながら、プロキオンは再び右手の剣を一閃した。
ルゥが器用に上半身を仰け反らせると、常軌を逸した間合いの刃がはるか後方の景色を焼却し、巻き添えとなった魔物たちを灰燼へと変える。
息をするように放つ攻撃としてはあまりに規格外。
そしてそれに対して当然のごとく対処してみせるルゥもまた常識の外にある存在感を発揮していた。
「…………」
古代文明の遺産と思しき半壊した石造物たち。
それらが点在する荒野を駆け、神がかった回避行動をとりながらルゥの視線はある一点の空間に向けられていた。
肉眼では捉えることのできない空間——いや
アザフォースの力を宿す“落とし子”にのみ察知可能な奴へと繋がる世界の孔。
現時点で唯一確認されている、言うなればアザフォースの迷宮の綻びだ。
ほんの小さな隙間……文字通り点のような風穴だが、塞がることなく開き続けていることから
孔の向こうに広がっているのはこの世界を作り出している無意識——すなわちアザフォースの本体。
ルゥの目的は
「これまでと違って逃げるばかりではないんだなッ。今日で終わらせるつもりかいッ?」
軽口を叩くプロキオンに向けて、ルゥは立体的に空間転移を繰り返しながら四肢を振るい魔力の砲弾を放つ。
瞬間的な座標移動と同時に解放される無数の魔力弾はプロキオンの逃げ場を埋め尽くしながら殺到。三百六十度からの全方位飽和射撃となって彼に襲いかかった。
しかしながらプロキオンもまた目視不可能な速度で剣を振り抜き、斬撃を解放。
超新星爆発の如き輝きが彼を覆い、即座に迫りくる魔の雨を一発残らず相殺してみせた。
「ほんと、嫌になるわ」
澄まし顔のまま土埃の中から現れたプロキオンを廃墟の上から見下ろして、ルゥはわかりやすく悪態をついた。
プロキオンもまたアザフォースへと繋がる「世界の孔」を認識している。
もちろんそれは“落とし子”としての性能ではなく、
先ほどから神殿へ近づこうとするルゥを阻むように一定の行動範囲を保って戦闘を続けていた。
ルゥの勝利条件が孔へ接触することであると露見している以上、彼との衝突はもはや避けられない。
この星のすべてを見通す力を持つルゥはプロキオンをはるか彼方へ追いやることもできなくはないが、欠点としてあまりに速く動く物体は座標を捉えることが難しく、失敗するだけならまだしもそれによって致命的な隙が生じてしまう可能性もあり、迂闊に動くわけにもいかなかった。
効果範囲を広げた場合も同じ。そもそも近くにある神殿を巻き込んで飛ばしてしまう恐れも加わる、という理由もあるが。
そして……孔へ近づけたとしても、それをこじ開けるにはルゥの出力限界までに高めた魔力をぶつける必要がなる。プロキオンの攻撃を捌きながらできる芸当ではない。
おまけに孔を広げられるのは一瞬のみ。
神殿内部にある歪みはあくまで世界の不具合。本来は存在するはずのない奇跡のようなものだ。
キャロルの石化魔術によって空間に生じた虚無が瞬時に塞がれてしまうように、後からこじ開けた分の孔は
————小さい穴でも楽々通れるくらい、粉々になれたらいいのだけれど。
突拍子もないことを思いながらルゥは悩ましげに首を傾げる。
体を物理的に圧縮・縮小することは空間操作の魔術を使えば不可能ではないが、人間である以上それも度が過ぎれば死に繋がるので当然そんな手段はとれない。
「グラマラスすぎるのも考えものねぇ……」
豊かに実った自分の胸に手を置きつつため息を吐くルゥ。
不利な状況であるにもかかわらず自分のペースを崩さない彼女をプロキオンは困り笑顔で見上げた。
自分を狙う剣へ注意を向けたまま、ルゥは建造物の上でひと休みするようにしゃがむ。
「なぜなんの罪も犯していない子どもたちの命を奪おうとするのかしら? 心は痛まない? とても聖騎士がすることとは思えないわ」
「その類の質問に答えるのもそろそろうんざりしてきたが、問われたのなら簡潔に答えようッ。人間社会で問われる是非よりも、世界そのものの均衡を重視しなければならない役目だからだッ」
言い終わるのとほぼ同時に振るわれた横薙ぎの光を跳躍で回避するルゥに対し、プロキオンはそのまま間を置くことなく追撃を畳み掛ける。
「アザフォースは紛れもなく絶対的な存在ッ。いかなるものもアザフォースと対等に渡り合うことはできないッ。故にその力を手にする者がいるとすれば、同じくそれは絶対的な独裁者の誕生を意味するッ」
斬撃の嵐をくぐり抜けたルゥはプロキオンへと肉薄し、縦に振り下ろされた光の刃を素手でいなしながら彼に迫った。
剣を握る騎士の手首が白く細い指先で覆われ、魔力によって強化された握力で押さえ込まれる。
「同化が果たされてしまえば取り返しのつかない事態になるッ。そのような可能性が存在するこの状況こそ、星を脅かし、世界の均衡を揺るがしているものに他ならないッ。——ああ、君の言う通りヒトの命を絶つのは実に心苦しく悲しいことだッ。だがそれはあくまで
組み合った白い女性を瞬きを忘れた眼で見据えながらプロキオンは言い放つ。
「世界の均衡を維持するためには不要なものだッ。“落とし子”である君たちは、ただ作用するだけの法則によって生命活動を終えるッ。それ以外の答えをおれは返すことができないッ。納得が欲しいと言うのなら、そういうものだと割り切ってもらうしかないだろうッ」
残酷なことを口走っているという自覚はある。
だが同時に「仕方がないこと」という意識も彼は持ち合わせていた。
嘆いたところで現実は変わらないし、プロキオン自身世界法則に抗う意思はない。
世界の均衡を保つ概念として生まれた以上はそれに準ずる以外の行動をとろうとは考えない。反発できる
「質問されるばかりというのも芸がない気がするなッ。君はどうなんだッ?」
「わたし?」
「見たところ君の母性とやらはアザフォースの影響によって後天的に付与された仮初めの感情とうかがえる。そんな君が奴と一体化してまで成し遂げたい願望とは何か、具体的な説明を求めたいところだなッ!」
互いを弾き飛ばし、距離をとりながら何度か魔力の刃を交わす。
拮抗した戦況に変化は訪れないまま、ルゥは指先を顎へ添えると空を見ながら悩ましげな表情を浮かべた。
「あなた、子どもはいる? あるいは欲しいと思う? 結婚願望はあるのかしら?」
「いいやッ。さっきも話した通り、おれは必要以上にこの世界のコミュニティに属するつもりはないのでねッ」
「んー……」
思考するように視線を泳がせた後、ルゥはにこやかに答えた。
「じゃあ、きっと話してもわからないわ」
彼女が指を鳴らした直後、プロキオンを囲むようにして空間が揺らぐ。
例によって空間操作の魔術が働き、一秒前まではそこに無かったはずのものが雪崩のように現出する。
周囲に生息していた無数の魔物たち。
十数体にも及ぶそれらがプロキオンへ殺到するように解き放たれ、一瞬にして彼の視界を覆い尽くした。
「これはまた壮大な小細工をッ」
初めて飛び出す絵本を見た幼児のように愉快な笑顔を浮かべながら、プロキオンは剣を振るう。
小型のものも大型のものも等しく一撃で両断。それも一振りで複数体を処理していく。
しかし斬れども裂けどもその物量は変わらず、絶え間なく投下され続ける魔物からルゥの目的が神殿内へ移動するまでの目くらましと時間稼ぎであることをプロキオンは即座に推察した。
「そろそろお開きにしましょう」
先ほどいた屋外から神殿のなかへの転移を行ったルゥが独り言のように口にする。
数秒後には勘で剣を振ったプロキオンが神殿ごと切り裂こうとしてくるに違いないが、それを考慮したうえで自分が「孔」に接触するほうが先だとルゥは踏んでいた。
座標移動の直後、想定通り異様な空気を漂わせている空間の歪みが正面に見える。
間髪入れずに、ルゥは思考するよりも数段早くそこへ手を伸ばした。
「————あら?」
だがしかし、次の瞬間には眼前にあったはずの目標は消え失せていた。
いや、「孔」が消えたのではなくルゥが屋外の座標へと転送されたのだ。
それも”落とし子”が用いる空間操作の魔術とは性質が異なる。
あるべき移動過程を飛ばされたかのような奇妙な感覚。
考えること三秒。ルゥはすぐに割り込んできた邪魔者の正体に気づく。
「……キャ・ロ・ル・ちゃ~~~~~~~~ん?」
神殿から二キルーほど離れた廃墟の上に着地した後、いつの間にやら現れた娘の名前を唸るように口にして、ルゥは後ろを振り返った。
「かわいい娘を呼ぶ声じゃないね、お母さま」
銀色の髪と浮世離れした黄金色の瞳。
そして何よりヒトとは思えない圧倒的な魔力を漂わせた少女——キャロル=ベルスーズが同じ足場に佇んでいた。
「も~……おいたが過ぎるわよ? のんびり海で遊んでればよかったのに。お母さまに会いたくなっちゃった? 可愛いわね」
「ごめんなさい。お母さまの願いはもう叶わない」
「……うん?」
母の眼差しと正面から向き合いながら、キャロルは簡潔に伝える。
「わたし、あなたの邪魔をしに来たの」
黄金色の双眸に光が灯り、同時に世界が止まった。