時止めのキャロル〜かつての邪神はいま、少女となって魔をふるう〜   作:陸そうと

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9.兆しと遭遇

 これは自分のミスだ、とキャロルは改めて認識し眉をひそめた。

 

 迷宮で「石化」魔術による時間停止を使ったときは……正直力を振るう楽しさで周りが見えていなかった。

 それに加えてデビルーナの実力……というよりも人間の魔術師の実力を見誤り、「石化」魔術の存在を知覚されてしまったことも大きい。

 

 まだ未発見であるはずの邪神ゾアの亡骸。そこから得られる未発見であるはずの魔術。

 その存在の露見は、今後の立ち回りを考えると非常に面倒な事態である。

 

 しらばっくれよう。

 そう心に決めたキャロルは口元に指を当てて、精一杯無知な少女を装いながら口を開いた。

 ヒトの世における「かわいい」は、いかなる局面でも通用するらしいとデビルーナとの初対面で学んだから。

 

「なんのことだか……キャロル、わかんない」

「えっ、なにっ、突然きもちわるい……」

「あなたに言われたくないけど」

 

 つい先ほど媚びるような態度をとってきた人間の返答とは思えず、キャロルはすこしイラッとくる。

 

「はぁ……? 変にとぼけるのとかやめてよね。こっちは計画のために発見済みとそうじゃない魔術に関して隅々まで調べ上げてんだから」

「なんか最初の印象とちがうよね、デビルーナ」

「そりゃ営業スマイルは作るわよ。ていうか、印象ちがうのはお互い様でしょ」

 

 デビルーナのほうもまた微かな苛立ちを表すように、指先でこつこつと天板をつついた後で空気を張り直すように咳払いをする。

 

「あたしを糸から助けたときの感覚からして……瞬間移動ってのもなにか違う。あの認識のズレはたぶん、時間に干渉するタイプの魔術。当てはまるとすれば————」

 

 ほんの一瞬つむった瞼を開けて、

 

「——最凶の邪神、ゾアの『石化』とか」

 

 ほとんど確信を持ったうえで、それは言い放たれた。

 

「どう? 当たってる?」

「…………チッ」

「はあっ? なにその反応! 感じわっる!」

「部屋でいきなり襲うようなヒトに言われたくはないかな」

 

 見るからに不機嫌な態度へ変わったキャロルが、その感情を訴えるように空になったグラスの中でスプーンをかき回して音を立てる。

 もはや腹の探り合いをする必要もなくなったデビルーナは、身を乗り出しながら本題に戻った。

 

「まだ世に知られてない、ゾアの魔術が使えるんでしょ? 邪神教のなかにも派閥が確立されてない未発見の邪神の力が行使できるんでしょ? その遺物はどこで手に入れたの⁉︎」

「ちかい……」

「あなたも魔術師なら、魔術をもっと普遍的なものにしたいでしょ? あたしに力を貸して。あたしの目的を果たすには、まだ見ぬ邪神の力が必要なの! 一緒に邪神教のてっぺんとろうよ!」

 

 強まる語気とともに距離を詰めてくるデビルーナの顔から離れつつ、キャロルは縮こまった姿勢のまま言った。

 

「頼ってくれるのは悪い気はしないけど、そんな胡散臭い話には乗ってあげられない」

「え〜……?」

「だいたい邪神の復活なんて……本気で言ってるの? 仮に実現したとして、きっと大勢の人間が死ぬよ」

「言ったでしょ、人の手で邪神を制御するって。そんなことには絶対にしない。……方法はまだ、考えてないけど」

「それは無理な話だよ」

 

 切り捨てるようにキャロルが言った。

 

「理解が及ばないものをコントロールすることはできないでしょ。なにせ理解ができないんだから。そういうものにできることは拒絶か……できなければ壊すだけ」

「見てきたように言うじゃん。やっぱりアンタ、普通の魔術師じゃないでしょ」

「ご想像にお任せする。想像するのは得意でしょう? ヒトなんだから」

「……あたしの」

 

 一拍間を置いた後、沈んだ表情でデビルーナは話し出した。

 

「あたしの生家——ナイトゴーンは、政府のライセンスを取得しないまま裏で魔術研究を続ける犯罪者一家だった」

「あなたの身の上話なんて、聞いてないよ」

「両親はもちろん政府に見つかって処刑された。まだ小さかったあたしにも容赦なく遺物を取り込ませて、実験に利用するような人たちだったから……あまり悲しいとは思わなかったけど」

 

 キャロルに話すのではなく自分で噛み締めるかのように、デビルーナはぽつぽつと言葉を繋いでいく。

 

「でも孤児院に引き取られて、魔術師がマイノリティな存在なんだって知ってからは苦労した。あたし自身の意思はともかく、魔術が当たり前な環境で生きてきたんだからね。……新しい環境に放り投げられてからあたしは、この世界に生きてる実感が持てなくなっちゃった」

 

 魔術を身に宿した者が覚える疎外感とでも言うのだろうか。

 ヒトの感覚に疎いキャロルにはまだわからないが、デビルーナは幼い頃に当たり前の存在だった魔術が、あるときから異端となってしまったことが受け入れられなかったのだろう。

 

「魔術を極めて邪神に近づく……それがあたしの生まれた意味だと思い続けてたよ。でもそうは思わない人たちのほうが多いってことを知って、あたしは世界のことがわからなくなったんだ。——だからあたしは、あたしが自信を持って生きられる、あたしのための世界が欲しい」

 

 ヒトの価値観で言えばかわいそう……と共感するのが正解なのかもしれない。

 だがしかし、キャロルが興味をそそられたのはそこではなかった。

 

(自分の生きる意味を実感できる世界……それがデビルーナにとっての、「自由」のかたちなんだ)

 

 生家であるベルスーズを飛び出したはいいものの、正直なところキャロルは自分がこれから何を成し遂げれば前世で渇望していたような「自由」が手に入るのか、具体的な目標は未だ見つけることができていなかった。

 その点デビルーナは無謀ではありつつも、その夢の輪郭をしっかりと頭に浮かべることができている。

 

 そういう面で言えば、デビルーナがすこし羨ましく思えた。

 

「パフェ、ごちそうさま」

「あたし諦めないから」

 

 とはいえこれ以上話しても不毛なだけ——と席を立ったキャロルの背中に、デビルーナが構わず投げかける。

 

「もう決めちゃったからね、あたし。ぜ〜ったいアンタを仲間に引き入れてやる」

「ぜ〜ったいお断り。わたしの与り知らぬところで、好きにやりなよ」

「い〜やどこまでも追いかけるよ。フリーで活動しようが宮廷で働こうがしつこく粘着してやる。あたし狙った獲物は逃がさないんだから」

 

 無限にやり取りが続きそうだったので、それ以上は返答することなくキャロルは喫茶店を去った。

 独り立ち早々に妙な輩に目をつけられてしまったのは面倒だが、魔術師という狭いコミュニティのなかでは避けては通れない道なのかもしれない。

 

 

(あ、そういえば宿……)

 

 店を出てすぐ、キャロルは今晩泊まる場所の当てがないことを思い出した。

 デビルーナが借りていた部屋はそもそも建物ごと迷宮に巻き込まれて消滅したし、頼みを断った手前引き返して再び彼女を頼るということもしづらい。

 

 かわいく媚びた立ち振る舞いでお願いすればあるいは、と一瞬考えたが、今のデビルーナにはもう通じない手段のようなのでどのみち手詰まりだ。

 

 街灯が多くて夜でも明るいのはさすが王都といったところだが、かといって魔術師がひとりで野宿というのも怪しまれるだろう。聖騎士に見つかったらめんどくさいことになりそうだ。

 ……いや、むしろ一旦留置場にでも連れて行ってもらって、そこで夜を明かすというのもアリだろうか。

 

「キャロルさん!」

 

 その場で立ち止まってあれこれと思考を巡らせていると、思わぬ幸運がキャロルのもとに舞い込んできた。

 

「やっと出てきましたのね。あの黒い魔術師に恫喝などされているのではないかと、わたくし心配で……!」

「さすがクーちゃん、ちょうどいいところに」

「え?」

 

 口ぶりからしてキャロルが店から出てくるのを待ち伏せていたらしいクラウディアが眼前まで駆け寄ってくる。

 キャロルは彼女が次になにかを言葉にするよりも早く、彼女が望んでいたことを提案した。

 

「クーちゃん、今夜おうちに泊めてほしい」

 

 

 

 

 基本的にフリーで活動する者が大半を占める魔術師とは違い、聖騎士は各国の政府がそれぞれ管理している……要は国家公務員に相当する。

 大国であるキャビンテッド王国直属の騎士団“アコルド”は世界中で見ても優秀な人材が揃っており、この国で騎士を目指す者にとっては憧れの存在だ。

 

「……なんか見られてるね」

 

 アコルドの本拠地である城塞から一キルーほど離れた場所にある、団員たちの寮。

 クラウディアの案内でその敷地内に足を踏み入れたキャロルは、ちくちくと肌を刺すような周囲の視線と反感に口角を上げた。

 見る限り周りの人間は全員が聖騎士。それも王都在勤の人間となれば魔術師に対する嫌悪感は他の街のそれとは比較にならないだろう。

 

 迷宮での一戦を経て改めて差異を感じたが、やはりヒトのそれは邪神や魔物の無機質でつまらない感情とは違う。

 ヒト特有の感情とは極めて複雑で深みのある、どれもおいしそうに見えるものだ。

 わかりやすく襲ってきてくれれば、正当性を持ちながら返礼(という名の蹂躙)ができるのに。お行儀のいい連中ばかりではそういう楽しみが期待できないのが残念である。

 

「気にしなくていいですわ、キャロルさん。皆さんキャロルさんの美貌に見惚れているんですの」

「やっぱりわたしって『かわいい』んだ」

「それはもう! 初めて会ったときは地上へ落っこちた天使さんなのかと——!」

 

 興奮気味に詰め寄ってきたクラウディアだったが、何かを思い出すように一変して暗い表情になった。

 

「あの……キャロルさん」

「なあに? クーちゃん」

「わたくし……キャロルさんに、話しておきたいことが……」

 

「遅いぞ、クラウディア」

 

 クラウディアに合わせて立ち止まっていると、不意に横から男性の声が飛んできた。

 

 歳は……二十代前半といったところか。アーサーと同じくらいだ。

 頭髪の色はクラウディアと同じ青だが、綺麗に伸ばしている彼女とは逆に、その男性の髪は短く刈られている。

 刃物のように鋭利な目をしていた。

 隣に佇んでいたキャロルを一瞥した後、すぐにクラウディアへと視線を戻して彼は言った。

 

「今までなにをしていたんだ?」

「本日の職務を終えた後、すこし街を見て回っていましたわ」

「そちらは?」

「……キャロル=ベルスーズさんです。ほら、昔わたくしが稽古をつけてもらっていた、ベルスーズ家の」

 

 その言葉を聞いて男性の目が再びキャロルのほうへ向く。

 

 クラウディアの上司……なのだろうか。

 どう反応すればいいか迷ったので、キャロルはとりあえず会釈だけ返しておいた。

 

「ベルスーズの……? となれば、君も“アマー”に推薦されたということか? そんな話は聞いていないが……」

「いえ……そもそもわたし、魔術師ですので」

「なに?」

「今夜の寝床に困っていたので、クーちゃん……いやクラウディアさんの部屋に泊めていただこうかと」

 

 キャロルの一言を耳にして、男性は煙たがるように眉間にしわを寄せる。

 

「どういうことだ、クラウディア?」

「ああっその……キャロルさん、昼間の迷宮騒ぎで泊まる場所をなくしてしまったみたいで。幼馴染のよしみで、力になれないかと思った次第ですわ」

 

 クラウディアの言い分を聞いているのかいないのか、男性は疑念に満ちた目でキャロルを見つめていた。

 

「アーサーから聞いたことがあるな。妹が魔術に興味を持っていると……ヤツはずいぶん頭を抱えていたようだ。あの当主殿からも許しが出るとは思えんが」

「おっしゃる通りどちらからも止められました。それで家を飛び出してきて、今に至ります」

「……なるほどな」

 

 男性の表情は変わらず冷たい。

 というかキャロルやクラウディアの身の上にやけに通じているようだが……彼は何者なのだろうか。

 

「あの……あなたは兄さまのお知り合いで——」

「くれぐれも妙な行動は起こすなよ」

 

 キャロルが言いかけたところで歩き出した男性がふたりの横を通り過ぎ、そのまま寮とは反対方向の出口のほうへと去っていく。

 周囲で一連の様子をうかがっていた聖騎士たちもそそくさと遠ざかっていくなか、キャロルはきょとんとした顔でクラウディアへと向き直った。

 

「誰? いまのヒト」

「ロイド=バハト=クルトルフ」

 

 敷地の外へと消えた彼の面影を追うようにクラウディアが目を細める。

 ため息の混ざった声音で彼女は続けた。

 

「わたくしのお兄さまですわ」

 

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