カードゲーム世界にTS転生したら、初戦敗退したヴァンプデッキ使いでした   作:銀層

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天上院

場所は、天上院グループの上層フロア。

全面ガラス張りのラウンジの一角にて、重役たちが見下ろす夜の秋葉原。

その中心で、カードゲーム部門を統括する――天上院 涼音(てんじょういん すずね)は、手元の端末に映るログを指で操作していた。

 

「ねぇ~、つぼおじ。予選を突破した選手の中で、注目してる子っている?」

 

反対側の席に座るおじさんは、重厚な壺の柄が入った羽織をまとい、紅茶を静かに啜っていた。

 

「……つぼおじじゃない。壺謀斎だ」

「まず、黒羽ルナ。私が10%の力で構築した壺デッキを相手取り、あの状況から勝ち切った。これは素直に見事だ」

 

「たしかにね。あのヴァンプデッキで、つぼおじのデッキアウトも読まれてたよね」

 

壺こもりは、初見で見抜くことは難しい。

ルナは転生しており、その知識があったため対応することができた。

 

「即死による攻撃があれほど綺麗に刺さればな。つぼおじじゃない。壺謀斎だ」

 

「でもさ、あのときつぼおじの手札、結構悪くなかった? 本調子じゃなかったと思うな~」

 

「ふむ、確かに手札事故の気配はあった。だが、10%というのは、あの型の“完成度の上限”の話だ。実力としては、妥当な評価だろう。つぼおじじゃない。壺謀斎だ」

 

涼音はふふん、と少し鼻を鳴らして端末をスワイプする。

 

「他には? 私はね、龍ヶ崎レイの“連撃ドラゴン”かな。一番、成長が速いと思う」

 

「……俺も、そう感じている。彼女には、抜かれる予感がある。まだ未完成だが、伸びしろが異常に多い」

 

「へぇ~、あのつぼおじが抜かれるって思うなんて、相当じゃない?」

 

「うむ。あの連ドラの“成長の息吹”は本物だ。つぼおじじゃない。壺謀斎だ」

 

「私はね、氷堂 霞の“凍零”も捨てがたいと思ってるし、榊原 機子の“ユニゾンしていくスタイル”もパワフルで好き」

 

「いい目をしている。どちらも素晴らしい構築とプレイングだ」

 

「アンノウンナンバーズのメンバーらしき子が潜ってるみたい」

涼音はふと、ログの中のひとつのデータに目をとめる。

 

「天上院さんも察したか。――零崎レイ。バディのスキルも、限りなく黒に近い。調査の強化と、必要があれば俺への連絡を」

 

つぼおじの目が細くなる。

 

「了解。つぼおじも、なにかあったら言ってよ」

 

「壺謀斎だ」

 

 

~~

 

会場近くのファミレスには、予選を勝ち抜いたプレイヤーたちが集まっていた。

夜も深まりつつある店内で、ドリンクバーのグラスが小さく鳴る。

 

「予選突破、おめでとう!!」

誰かの声に合わせて、全員がグラスを掲げて乾杯する。

 

「まさか、この街でカードゲームすることになるなんてね」

機子がハンバーグプレートを前にしながら笑った。目の奥には、どこか誇らしげな光があった。

 

「機子、どうして参加したこと言ってくれなかったの?」

ルナが頬を膨らませる。声に少しだけ怒気が混ざっている。

 

「ごめんごめん。……だって、予選敗退したら恥ずかしいじゃん? ひっそり参加して、ひっそり帰ろうと思ってたんだよね」

「そもそも、自分が予選通過できるなんて思ってなかったしさ。だから、通ってから報告すればいいかなって」

 

「……許すわ」

ルナは呆れながらも、笑って機子の頭をごしごし撫でた。

 

「その気持ち、わかります」

霞がソーダを口に含みながら、静かに言った。

「負けたときって、言い出しづらいんですよね。でも――それ以上に、勝てたときの喜びがあるから、カードゲームってやめられない」

 

「私って、ネガティブ系なんですよ」

「少し人と話すとき勇気を出しています」

霞は少し微笑んでいる。

しかしながら、霞以上にコミュ障はこの場にいる。

 

龍ヶ崎レイだ。

 

その会話を、レイはじっと黙って聞いていた。何か言いたげなのに、口が動かない。

表情は固く、言葉を紡ぐタイミングを探しているようだった。

 

「レイさん、大丈夫……?」

霞が心配そうに覗き込む。

 

しかし、その隣から、グランバーンがふわりと語りかけた。

 

「氷堂殿、すまない。これでも、レイは頑張って意思表示をしているのだ。氷を溶かすように、ゆっくりと時間をかけて、言葉を出せるようにしてやってほしい」

 

「……ふふ。まるでお父さんみたいですね、グランバーンさん」

 

「名前が長いだろう。バーンで構わない」

少しだけ照れたようにグランバーン――バーンが答える。

 

「私はバディースキルを与えているだけ。急成長を促しているのは、黒羽殿のサポートおかげだ」

 

「最初のショップ大会の頃からずっと支えてくれた」

バーンの声に、誇りがにじむ。

 

「そんなことないよ、バーン」

レイが、ぽつりとつぶやいた。

「バーンの優しさがあったから、前に進めた。……もちろん、ルナにも助けてもらった。みんながいたからだよ」

 

少しずつ、言葉がこぼれ落ちてくる。

その場にいた誰もが、レイの成長を、ほんの少し誇らしく思っていた。

 

たった一言。でも、それはきっと、彼女にとって大きな一歩だった。

 

本当に――微笑ましい。

 

けれど、そのことを言葉にしてしまえば、きっとこの空気は壊れてしまう。

照れや気まずさが入り込み、この場のあたたかさがすり抜けてしまう気がした。

 

だから、あえて何も言わなかった。

 

誰もが、気づいていながら――ただ、静かに笑っていた。

それが、たぶんいちばんいい。

 

~~

 

ファミレスの中に、金属が擦れるようなカシャカシャという音が響いた。

忙しない台車の音。それだけなら厨房からの注文運びかと思うだろう。

 

だが、運ばれていたのは料理ではない。

――巨大な壺だった。

黒服の男が両手で押す台座の上に、堂々と鎮座している。

 

その横を歩いていたのは、天上院 涼音。

この大会の主催者であり、カードゲーム部門を牛耳る天上院グループの若き重役。

現役高校生にして、業界の中心人物。

 

「えっ、あの……天上院!? なんで、こんなところに……」

機子が明らかに動揺していた。

「VIPが来るような店じゃ、ないよね……」

霞も少し緊張した面持ちで、声をひそめる。

 

しかし彼女たちは、確かに――こちらに向かっていた。

予選を突破した俺たちのテーブルに、真っすぐに。

 

「予選突破、おめでとう」

天上院 涼音は軽やかに笑った。

「予選通過者が何人か集まってるって聞いたから、ちょっと見に来たの」

 

……おかしい。

この展開、原作にはなかった。

 

このシーンはレイと霞でファミレスで食事をするシーンだ。

天上院が来るイベントなんてなかった。

それはもっとずっと後――たしか原作の20話あたりだ。

 

今のこれは、完全にイレギュラーだ。

原作ルートから外れている。

 

俺の中で、警戒の灯がともる。

 

「VIPと話すってなると、緊張するなぁ……」

機子は笑ってごまかしていた。

その明るさが、逆にぎこちない。

 

「そんなに固くならないでよ。ただ、ちょっと会いに来ただけだから」

涼音は肩をすくめて言った。

「でもね、正直言って……この大会で予選を突破した人たちの実力、AIの想定の3倍以上出てるのよ」

 

3倍。

 

……原作では「2倍」だったはずだ。

 

涼音の言葉に、脳がぐらついた。

小さな違和感の積み重ねが、確信に変わる。

 

レイが原作以上に強い。

本来予選を突破しなかったはずのルナや機子が勝ち残っている。

 

それだけで、ここまで世界の“流れ”が変わるのか……?

 

予測不能のバタフライエフェクトが、今まさに始まっている。

 

「天上院さん、さすがに目立つから……やめておいた方がいいよ」

 

壺の中から、どこかくぐもった声が聞こえてきた。

 

カシャ、と音がして、壺の口から人の顔が――にゅるっと飛び出す。

 

つぼから、まさかの人物が頭を出した。

 

「……つぼおじ!?」

その場にいた誰かの声と同時に、店内の空気が一瞬凍る。

 

ファミレスの、ただでさえ騒がしかった空間が、別の意味でざわつき始めていた。

 

「つぼおじ、ここでは頭を出さないでって言ったよね?」

天上院はぴしゃりと声を飛ばす。

「あなたはもう、存在自体が軽犯罪なんだから」

 

その場にいた全員が言葉を失った。

……少なくとも、俺以外は。

 

レイは少しビクついた様子で、テーブルの端に身を引いている。

普段は無口でも、それなりに落ち着いているレイですら、これは無理か。

 

「ほら、みんなびっくりしてるじゃない。つぼおじは、壺の中にもうちょっと入ってなさい」

「……つぼおじじゃない。壺謀斎だ……」

 

その主張、何度目だよ。

 

俺は……まあ、驚かなかった。

というか、原作で知っていた。

 

予選の時、あいつの隠しキャラスポットもファンブックで把握してたし、出てくるタイミングも想定内だ。

むしろ他のやつらのリアクションの方が面白い。

 

「私はゲテモノに慣れてるから大丈夫だよ」

ルナが笑いながら言うと、つぼおじ――いや、壺謀斎が反応する。

 

「黒羽……ゲテモノじゃない。壺謀斎だ」

 

「ルナ、この……頭おかしい人を、知ってるの?」

機子が少し引き気味に言った。視線は壺から逸らしつつ。

 

「予選で戦ったからね」

「あぁ~……そっか」

「あんなのと、よく……戦えるね……」

霞も若干引いている。が、さすがに言葉は選んでいた。

 

「ルナさん、すごいですね……これだけ個性的な人と戦うなんて……」

 

“個性的”というオブラート、厚さ1cm以上。

 

場の空気は若干ざわついたままだったが、不思議と笑いも混じっていた。

 

「このつぼおじ、意外に強いのよ」

「黒羽さんと戦っていたとき、実は10パーセントも実力を出していないわ」

天上院がゆっくりと語り始めた。

 

「えっ……」

 

一瞬、耳を疑った。

 

あの“ネタキャラ”的な風貌と登場、

壺に潜んで、妙な語尾で名前を訂正し続ける変人。

あの鉄壁のツボカードと山札削りがすごかったけど……あれが10パーセント?

 

「このカード、強かったでしょう?」

 

《巨大壺亀》

8コスト/1/33

相手に1枚ドローさせる。

疲労状態でもブロック可能。

破壊耐性、即死耐性持ち。

 

「これは、切り札じゃないのよ。中盤を支える壁よ」

涼音のその一言で、空気がまた一段と凍る。

 

「……えっ?」

 

思わず、機子の口から素の声が漏れる。

 

「このカード、いつも5ターン目には着地するの。壺謀斎のデッキでは、当たり前のようにね」

 

「……体力33を、5ターンで……?」

機子は思わず黙り込む。明るい表情が、見たことのない真顔に変わっていた。

 

破壊耐性と疲労状態でもブロックできる大型モンスターを5ターンに着地されることを考えており、みんな考え始めている。

どう対処するかと考えているのだろう。

 

「でしたら、地と自然の2色ですか」

 

霞はいつもの落ち着いた声で静かに言った。

まるで天気の話でもするように淡々と、だが的確に構築を読み取っていく。

 

「おそらく、黒羽さんと戦ったときは地単でしょうね。壺系のカードは自然にも多いですけど、あの速度と制圧力なら単色のほうが安定しますし」

 

思考がブレることなく整理されている。

どこまでも冷静に、事実と構築の噛み合わせだけを見ていた。

 

「さすが、予選突破者だな」

つぼおじが、低く感心したような声を漏らした。

 

その言葉に、涼音が何気なく補足する。

 

「つぼおじのプレイヤーランク、天上院グループ内で10位よ」

「つぼおじは頭おかしいけど、カードは……強いわ」

 

涼音の中では、それがごく自然な評価のようだった。

 

「天上院さん、いろいろと間違っている。つぼおじじゃない。壺謀斎だ」

 

壺の中から、何度目かの訂正が飛ぶ。もはや誰も驚かない。

 

けれど次の一言は、誰もが無言になる内容だった。

 

「私も、つぼおじの50%の実力」

 

――沈黙。

空気が凍りつく。

 

20話時点で、作中最強格のひとりとされる天上院 涼音。

その彼女でさえ、50パーセントで互角って

 

「どんだけ強いんだよ、つぼおじ……」

 

内心で呟いた言葉は、きっと俺だけじゃなかったはずだ。

“ネタキャラ”だと思っていた存在が、冗談では済まされない領域にいた。

 

涼音は、そんな空気を感じ取ってか、ふっと笑みをこぼす。

 

「そして――私たちも、この大会に出るわ」

「つぼおじに関しては……50パーセントでセーブさせるわ」

 

ファミレスの空気が、また一段と引き締まった。

まるでそこだけ、異質な空間に変わったかのように。

 

圧倒的なライバルの登場に少し胸が躍ってしまった。

原作とは違ったルートに乗っており、先の展開がドキドキしてしまう。

 

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