カードゲーム世界にTS転生したら、初戦敗退したヴァンプデッキ使いでした   作:銀層

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烏丸千歳の葛藤

烏丸千歳は、生まれながらにして「戦う」ことを背負わされた少女だった。

 

彼女の血には、古来より国家と共に歩んできた陰陽師の系譜が流れている。

かつて、国家直属の調伏師団として、

暴走する精霊を封印し、

深層のダンジョンで未知のアイテムを探索する。

人知れずこの国を守り続けてきた烏丸家。

 

そして千歳は、その烏丸家の末裔にして、現代に残る“数少ない本物”だった。

 

けれど、裏側の世界は、今も変わらず存在している。

人には見えぬ影を祓い、ダンジョンでアイテムを探索し、命を懸けて“表”を守る者が、確かにいた。

 

千歳は物心がつく頃から、

カードを使い、ダンジョンを学び、己の体を酷使し続けた。

怪我をしても泣かない。空腹でも弱音を吐かない。

何があっても、与えられた任務をやり遂げる。

 

そうでなければ、生き残れなかった。

 

“その程度”で心が折れる者など、最初から必要ない。

そう教えられ育った。

 

それでも。

だからこそ。

 

笑っている人間を見ると、腹が立った。

 

(……なんで、こいつらはこんなにヘラヘラしてるんだ?)

(私は、世界のために命削ってるってのに)

 

何も知らずに笑っている奴ら。

勝手にカードで遊び、勝手に大会で盛り上がり、

自分が“特別”だと勘違いしている奴ら。

 

そんな奴らの笑顔は、千歳の胸を締めつけた。

それは嫉妬でも、劣等感でもない。

——ただの、怒りだった。

 

(……だったら、叩き潰してやる)

(本物が誰か、見せつけてやるよ)

 

だから彼女は戦う。

笑う者たちに牙を剥くために。

その笑顔の下にある脆さを暴き、叩きのめすために。

 

~~

 

負けた。

 

ただ、それだけの事実が、喉の奥にずっと棘のように刺さっている。

 

相手は、自分と同じくらいの年齢の少女だった。

名前は、黒羽ルナ。

ヴァンプ系の精霊を使い、バッドたちと戯れるように戦う少女。

どこか軽やかで、どこか“幸せそう”だった。

 

(……なにが、“楽しい”だ)

 

呪術も、体術も、ダンジョン知識も鍛え上げてきた。

並みの術師じゃ到底たどり着けないような領域まで、

千歳は——否、烏丸の後継者として、常に己を磨いてきた。

 

誰よりも早く式を組み、誰よりも体術を極め。

誰よりも早く人に“誇れる存在”になった。

 

それでも——

カード一つ。

それだけの戦いで、千歳は負けた。

 

しかも、笑っていた。あの少女は。

ただの一度も、眉をしかめることなく。

まるで遊びか何かのように、フィールドを踊っていた。

 

(……ふざけんなよ)

 

自分が何を捨ててきたか、分かっていないくせに。

こっちは血を吐くような訓練をして、ようやくここまで来たんだ。

笑って済ませられるような世界じゃない。

このゲームの裏には、命が絡む現場もあるんだ。

精霊だって暴れれば人を殺す。

 

なのに——

 

(なんで、あんな奴に、私が……)

 

胸が焼けるように痛かった。

心の底、暗く濁った井戸の底から、黒い何かが浮かび上がってくる。

自分より弱い者が笑っているなら殴ればいい。

自分より強い者が笑っているのは許せなかった。

 

「雑魚には興味ねぇ」

そう吐き捨てることで、どれだけ自分を保ってきたか。

 

でも、もう“雑魚”という言葉は、通じなかった。

目の前にいるのは、自分を超えていった者。

しかも、その少女は、

何も背負わず、何も強いられず、ただ“好き”だから強くなっていた。

それが、どうしようもなく——悔しかった。

 

「大丈夫だよ。私が認めているから」

ゆるふわで、のんびりとした声だった。

 

糸繰ひよりは、昔と変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

その笑顔に、偽りはなかった。

(なにが、“認めてる”だ……)

最初はそう思った。

 

この胸の奥の、泥のような敗北感が、そんな軽い言葉で晴れるはずがないと。

でも。

 

「苦労をしたことは絶対に報われているし。ダンジョンのアイテムがいろんなところに使われていることは知っているよ」

「だからさ、小さい躓きくらいでがっかりしないで」

その言葉が、鋭い矢ではなく、柔らかな風のように千歳の胸をなでていく。

 

「……わかってるよ。そんなの、わかってる……」

苦しいのは、わかっていても悔しいことだった。

立ち止まるたびに、自分が“追いかける側”になることへの焦り。

努力がすぐに結果に出るわけではないと、分かっていても、感情は別だった。

 

「一回助けてくれたこと。それだけで私は認めているよ」

「一族のひとから、いや世界中の誰かが馬鹿にしても、わたしがいる」

言葉が、じん、と胸の奥に染みていく。

誰かに認められることが、これほど心を救うものだとは、思わなかった。

 

千歳はふいに、目を逸らした。

その瞳が、ほんの少し潤んでいることを、ひよりには見せたくなかったから。

「……お前、ほんと甘ちゃんだな」

かすれた声で、そう呟く。

 

千歳は拳をぎゅっと握った。

胸の奥に残る、どうしようもない敗北感はまだ消えない。

けれど、それでも——。

 

「今回は負けたが、次こそは勝つ!!」

 

力強く言い切った声は、まるで自分自身に言い聞かせるようだった。

悔しさも、焦りも、全部飲み込んで。

それでも前を向こうとする、ただひたすらな意地だった。

 

「あと、ダンジョン攻略を手伝ってくれ」

 

「もちろん!!」

ひよりは、変わらぬ笑顔で即答する。

その軽さが、今は少しだけ救いになった。

 

「……少し待ってろ!! 準備してくる」

 

そう言い残して、千歳は背を向けた。

顔を見られたくなかった。きっと、まだ悔しさが滲んでいたから。

 

走り出す背中には、まだ少し影が差していたけれど、

それでも彼女は、自分の足で、前に進もうとしていた。

 

「ごめんね~、雑魚雑魚言って」

ひよりが、ほんの少し眉を下げて、ルナに向けて笑うように言った。

 

「それくらい大丈夫」

ルナは首を振った。

わざとらしく強がった口調。けれど、それは本心でもあった。

原作で知っていた。あの子が、どんな幼少期を過ごしたか。

どれだけ過酷なものを背負って、戦い続けてきたか。

 

だから――。

 

「ああいう態度を取らないと、生きていけないって。烏丸一族って、大変よね」

ひよりは、静かに言葉を重ねる。

声のトーンはあくまでやわらかく、でもその奥には芯の強さがあった。

 

「誰も知らないところで、暴走した精霊を抑えたり、ダンジョンのアイテムを使って、世界を守ってきたの」

「真面目の裏返しが、あの態度なの」

「……許してね」

 

その言葉に、ルナは目を伏せた。

まっすぐな謝罪じゃない。説明のような、弁解のような。

でも――たしかに、そこには「理解しようとする優しさ」があった。

 

「うん。……分かってるよ」

 

誰より不器用で、誰より真っすぐで、

それでも誰にも見られないところで、戦っている子。

 

(それでも……悔しいって思ってくれて、私は少しうれしかったよ)

 

「それとね」

ひよりがふと、少しだけ真剣な顔つきになる。

いつものふわふわとした雰囲気は変わらないけれど、その瞳はまっすぐだった。

 

「私は……カードゲームは、普通の人よりは強いと思うよ」

「でも、千歳には――百回やって、百回負けるくらい」

 

冗談みたいに聞こえるけれど、声色は冗談じゃない。

たぶん、それは本当のことだ。

千歳の積み重ねてきたもの。逃げなかった分の強さ。

そんなの、数字には表せないけれど、確かにそこにある。

 

「黒羽さん。あなたなら、カードゲーマーとして、千歳を支えられると思うの」

 

ルナは少しだけ目を見開いた。

 

「……支える?」

 

「うん。あの子、真面目すぎるから。一人で、なんでも抱え込んじゃうの」

「強く見えるけど、誰かがいてくれた方がきっと、ずっと楽になれる」

 

言葉は優しくて、穏やかで、あたたかい。

でも、それは――

本気で、千歳を大切に思ってるからこそ出てくる言葉だった。

 

「だからさ、お願いね」

 

ルナはうなずいた。自然と、だった。

彼女が言った「支える」という言葉の重さを、少しだけ理解できた気がしたから。

 

原作では、ひよりは千歳に助けられたあと、しばらくの間――あの態度に憤っていた。

どうしてあんなふうにしか接してこないのか。助けてくれたのに、どうして素直に優しくできないのか。

その矛盾が、彼女の中でずっと澱のように残っていた。

 

でも、それでも彼女は向き合おうとしていた。

千歳の過去を知って、苦しみを理解して、どうにかメンタルを立て直せないかと足掻いていた。

助けてくれた恩人としてじゃなくて――生きている一人の人間として、彼女を支えたかったんだろう。

 

そこには、原作で読み取れなかったものがいくつもあった。

活字の間では伝わらなかった感情、表情、沈黙。

 

ひよりは千歳を甘やかしたいわけじゃない。

突き放すことも、なかった。

ただ、並んでいたいだけ。

たぶん、それがあの子なりの「友情」なんだ。

 

(すごいな……この人たち)

 

「分かった!!」

 

『だからさ、お願いね』という返事に、ルナはこう返すことしかできなかった。

それ以外に言葉が出てこなかった。

踏み込めるような関係じゃない。けれど、きっとこの絆は大切にされるべきものだと思った。

 

そして、ルナは少しだけ背筋を伸ばす。

あの2人に恥じないような戦い方を――今、自分ができる精一杯をやろうと、そう思った。

 

 

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