カードゲーム世界にTS転生したら、初戦敗退したヴァンプデッキ使いでした   作:銀層

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ダンジョン攻略

 

「てめぇ〜ら、ダンジョン行く準備はできているか?」

 

千歳が言い放つと、手には小ぶりな巾着袋のようなものを握っていた。

深い藍色の布地に、古い陰陽の印が刺繍されている――見た目は簡素だが、中身は“底なし”だ。

中は術式で空間が拡張されており、千歳が触れたものをほぼ無制限に吸い込める構造になっている。

 

それでも、なんでもかんでも持ち帰れるわけじゃない。

ダンジョンをクリアしなければ、蓄積されたものはすべて“無”に帰す。

だからこそ、彼女は道中であろうと気を抜かない。

 

千歳が巾着の奥から、一本の黒金色に輝く“鍵”を取り出した。

冥府のカギ――パックから出たレアアイテム。

牙のように鋭く、魔力を宿した紋様が柄に刻まれている。

 

「――開門」

 

千歳が低く呟いた瞬間、空間が歪んだ。

 

現実と異界の境界が、まるで水面のように揺れ始める。

その中心に、“扉”が現れた。

漆黒の金属でできた巨大な扉。

装飾のない重々しい板が、軋むような音を立てて開かれていく。

奥からは冷たい風と共に、土の匂いと古い血のような空気が流れ出してきた。

 

ルナは一歩、足を踏み出す。

肌に刺すような緊張感。

心が覚えている――これは、カードゲームの演出ではない“本物”の気配だ。

 

「入るよ」

 

ルナの声に、千歳とひよりが無言でうなずく。

 

三人は、ひとり、またひとりと冥府の扉をくぐり抜けた。

その瞬間、空気が一変する。光を拒むような闇が、森の中に重くのしかかっていた。

 

「……ここは、闇の森みたいだな」

 

千歳が周囲を警戒しながらつぶやいた。

木々はねじれ、地面は湿った黒い苔に覆われている。

どこかから、かすかな呻き声のようなものが聞こえる気がした。

 

「光属性でメタってくるタイプじゃなさそうね。むしろ、闇の中でこちらを試してくる感じ」

 

千歳は冷静に分析する。

 

闇属性のカードを入れたものしか入れないダンジョン。

そのため、メタ系のことも考えていたようだった。

ただ、俺は原作を知っているためどのようなダンジョンか知っている。

ダンジョン主まで難なく探索を行えている。

 

ただの暗闇ではない。この森自体が、何かを探っているかのような気配を持っていた。

 

「……気を抜くなよ。黒い影みたいなやつが、バトってくるぞ」

 

千歳が言い終わると同時に、森の奥からガサガサと音がした。

 

「負けても身体的負傷はない。ただ、ダンジョンから烏丸神社に戻るだけだ」

 

千歳は淡々と告げた。

任務のようなもの。感情を切り離すような口調だった。

 

「お前が負けても、戻るのはお前だけ。私たちはそのまま探索を続ける」

 

ルナは軽く頷く。

それがこの世界のルールだ。負ければリタイア。ただ、それだけ。

命に別状はないが、それでも悔しさと無力感は確実に残る。

 

「私が森の中でアイテムを探ってくる。その間、影の相手を引きつけておいて。……デコイになってくれ」

 

言葉の棘を感じ取ったが、それが彼女なりの信頼の証だと分かっていた。

千歳はそうやって人と距離を取る――本心を見せる代わりに、任務を渡す。

 

「了解」

 

ルナは短く答える。決して軽い任務ではない。だが、恐れてもいなかった。

 

「実力は……まぁ、普通のカードゲーマーより少し強いくらいだから、雑魚モブなら問題ないと思う」

 

千歳が笑いながら肩をすくめた。

 

「問題はボス。ダンジョンの主だね。あれだけは、いつも“理不尽”がついてくる」

 

千歳は静かに呟いた。

森の中に広がる気配は、確かに何かを孕んでいた。

闇の気配、霊のうめき、圧力のような静けさ。

 

~~

 

視線を下ろすと、足元には黒ずんだ雑草が群生していた。

一見するとただの雑草。しかし、ダンジョンの草木は人類の科学では解明できない特殊性を持っている。

 

千歳は雑草を見て、鑑別しているようだった。

この鑑別も烏丸家に受け継がれてきた。

 

「特別な除草剤や害虫駆除に使われるらしいよ。ただ、大量に作れないからプレミアムがつくけどね」

「人間の作るものよりも効くんだって。政府がこっそり納品してるみたい。……表には出さないけど」

ひよりが呟くように言った。

 

その言葉の意味を、理解していた。

原作にもあった。現実離れした物語や神話――あの“嘘のような出来事”の一部は、ダンジョンの素材が関係していたのだ。

 

「千歳って、すごいよね」

 

ぽつりと、ひよりが呟いた。

その声音には、ただの賞賛以上の何かが滲んでいた。

 

「ダンジョン内のアイテムを鑑別する知識も叩き込まれてるし……未鑑定のものがあれば、地上に戻ってからの処理や報告、全部ひとりでやることになる」

「その負担まで考えて、今の行動を決めてるんだよね」

 

彼女の視線の先では、千歳がしゃがみ込み、見慣れぬ植物を慎重に採取していた。

茎の断面を確認し、匂いを確かめ、手元の小さな帳面に細かなメモを取っている。

効能も分からない、危険性すら未知数の素材。

それでも、誰かの役に立つかもしれないから――そんな動きだった。

 

「……だけど、私には分からないんだよね、あの子の苦労」

 

ひよりの言葉は、どこか遠くを見つめるようだった。

感じようとしても、届かない。手を伸ばしても、掴めない。

同じ時間を過ごしていても、なお越えられない壁がそこにある。

それが悔しかったのか、寂しかったのか――それは本人にすら分からなかった。

 

そんなひよりの揺れを、ルナは静かに受け止めていた。

 

「そうだね」

 

柔らかく返事をしたあと、ほんの少しだけ笑ってみせる。

 

「でもさ、ひよりさんがいるから……千歳、頑張れてるんじゃないかな」

 

ひよりがゆっくりとルナの方を見た。

ルナの言葉は、思い付きじゃなかった。原作で読んでいた。

どれほどひよりの存在が、千歳にとって救いになっていたか――知っていた。

その事実を、ただ伝えたかった。

 

「……余計なことだったら、ごめんね」

 

言いながらも、言葉はどこか優しかった。

慰めなんて受け取らないかもしれない。むしろ、煩わしく感じるかもしれない。

それでも、口にしなければいけなかった。伝えずにはいられなかった。

 

「……ありがとうね」

 

ひよりの頬が、少しだけ緩んだ。

その変化に、ルナもまた微かに笑みを返す。

 

「よし……千歳の邪魔になる前に、私たちは影を片付けちゃおう」

「集中できるように、私たちがやれることをやろう」

 

木々の間から、再び黒い影が蠢き出していた。

森の奥に潜む敵意に向かって、ふたりは静かに歩き出す。

 

 

~~

 

ダンジョンの木漏れ日のような淡い光が揺れる中、影とひよりは静かに対峙していた。

カードを置く音だけが、森のざわめきに紛れて小さく響く。

 

「ふふ、やっぱりこういう空気の中でやるのって、ちょっとわくわくするよね~」

 

ひよりは、微笑みながら手札を整える。

対する影は無言。黒い霧のような気配をまといながら、盤面を冷静に見つめていた。

 

ひよりの使うのは、《終命精》のデッキ。

一見、華奢で壊れやすそうな人形たち。だが、その真価は“壊れること”にある。

破壊された瞬間、相手のモンスターを巻き添えにする死のドールたち――。

その戦術は、穏やかな彼女の性格とは裏腹に、実に苛烈だった。

 

《終命精・アリスドール》が相打ちし、影の場から《黒牙の亡者》が同時に消える。

 

「ふふ、ごめんね~。この子たち、道連れにするのが得意なんだ~」

 

さらに場には、ひよりのバディ《終命精・リゼット》が構えている。

バディースキルもひよりらしい控えめな力――終命精が5体以上破壊された時、たった1体を蘇生する。

強い効果ではない。だが、ひよりは淡々と、確実にその条件を満たしていく。

 

戦いはまるで、儚く美しい儀式のようだった。

淡々と破壊し、淡々と戻す。無駄がなく、だがどこか寂しげな戦い方。

 

精霊もち――という肩書を持つ彼女だが、その中では実力は下の方。

煌びやかでもなく、派手な逆転劇を見せることもない。

それでも、確かな実力はある。

精霊の力に頼らずとも、彼女のプレイングは丁寧で、静かに相手を追い詰めていく。

 

やがて影の盤面が静かに崩れた。

最後の一撃ではなく、じわじわと削り取られるように。

 

「……勝った、かな?」

 

ひよりは静かに勝利を確認すると、ふわりと微笑んだ。

その笑顔は、誰かを打ち負かして得た勝利ではなく、影と向き合い切ったことへの満足だった。

 

「ありがとう、楽しかったよ~。こういう勝ち方しかできないけど……私なりに頑張ってるの」

 

影の返答はない。ただ、かすかに霧がほどけたように見えた。

 

カードを片付けながら、ひよりは空を見上げる。

闇の森の奥で、陽光に似た一筋の光が差し込んでいた。

 

地味でも、陰でも――

誰かのために続ける限り、その戦い方もまた尊い。

 

 

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