カードゲーム世界にTS転生したら、初戦敗退したヴァンプデッキ使いでした 作:銀層
ローカルな店舗のこじんまりとしたカードショップ大会。
アニメでは、ここからすべてが始まる。
正直、緊張で胃が痛い。
でもそれ以上に、心臓がうるさいほどに高鳴っていた。
原作が、いま目の前で動き出す。
カードショップのドアをくぐると、すぐに目に入った。
ひとりの少女が、デッキを抱えて静かに佇んでいた。
凛としていて、目に宿した熱はまっすぐ。
無駄な言葉はなく、立ち居振る舞いのひとつひとつが鋭い。
――龍ヶ崎レイ。
まさに“主人公”って雰囲気だった。
顔立ちは整っているけど、それ以上に“空気”が違う。
中心にいるべくして存在している。そんな説得力がある。
……やっぱ、レイは本物だな
アニメで何度も見た彼女の姿が、いま目の前にある。
それだけで、鼓動が跳ね上がる。
ただ、座っているだけなのに。
ワクワクしてしまう。
「あれ~?ぼけ~っとして、どうしたの?」
「……初心者大会に、参加しようと思っている」
「けれど、ルールが……少し、あやふやで」
そう言って、彼女――龍ヶ崎レイは眉をわずかにひそめた。
クールな外見とは裏腹に、その言葉には素直さが滲んでいた。
「だったら、教えてあげよっか?」
「……いいのか?」
レイの目が、すこしだけ驚きに見開かれる。
「もちろん。初心者に優しいのが、カードゲーマーってもんでしょ?」
にこっと笑って、そう言った自分に、少しだけ照れる。
原作のルナだったら、煽り散らかしてボロボロにやられてしまっている。
『え~? ルールも知らないのぉ? マジで? ヤバくない?』
あの頃のルナは、口が悪かった。煽るのがクセになってて、特に“格下”っぽい相手には容赦なかった。
それでいて、あのときの龍ヶ崎レイは――無言で固まって、ただ俯いてた
レイは今、人混みの中でたたずんでいた。
背筋は伸びてるし、視線はぶれない。凛として、格好いい。
けど、その手は少し震えてた。
声も出せず、どこに行けばいいのかも分からず、ただじっと周囲を見ている。
そう、彼女は“強い”けど、“一人ではうまく立ち回れない”んだ。
コミュ障。それが、原作を観ていて分かった彼女の弱点だった。
それでも、ここまで来た。
人混みのカードショップに、ひとりで足を運んできた。
それだけで、彼女にとっては大きな一歩だ。
~~
「ルナと一緒にゲーム、してみよっか」
「まずは流れを覚えてね」
「今回は私がわざと負けるから、安心して」
「そのかわり、どうすれば勝てるかをちゃんと覚えて」
ゲームの説明って、ただルールを教えることじゃない。
一番大事なのは、“面白さ”を伝えること。
だからこそ、勝ち方をしっかり理解してもらいたい。
「このゲームは、相手のライフを20点削ったほうが勝ちなの」
「まず、デッキから5枚ドロー。これが最初の手札ね」
「いらないカードを1枚、コストゾーンに置いて。これで1コスト貯まった」
「1コストのカードがあれば出せるけど……今の手札にはなさそうだね。私はチャージだけしてターンエンド」
「次のターン、また1枚コストチャージして2コスト。だから――」
「“子ドラゴン・キッド”を召喚!」
2コスト 2/2のモンスターを場に出す。
「出したターンは攻撃できないから、このままエンド」
「今、コストが3になったから、“ドラゴンドロー”が使えるね」
山札を3枚めくり、ドラゴンカードを2枚手札に加える。
「そうそう、ばっちり」
「このターンは前に出したキッドで攻撃できるよ」
「……私は2点、ライフを受けるわ」
「じゃ、私のターン。3コストで“蝙蝠の叫び”発動。
──1/1のバッドを3体、召喚するわ」
「攻撃できないからターン終了ね」
次のターン、キッドで攻撃。
でも、バッドが1体、ブロックに入る。
「モンスターは、召喚ターンじゃ攻撃できないけど、ブロックはできるの」
キッドの攻撃力2で、バッド(体力1)は破壊。
ただし、キッドも1ダメージを受けて、体力は1に。
さらに、攻撃したモンスターは“疲労状態”になる。
「私のターン。疲労状態のモンスターは、敵のモンスターの攻撃されるようになってしまうの」
バッドでキッドを攻撃。
キッドの体力は1なので、倒れる。
バッドも攻撃を受けて同時に破壊。
そんなふうに、モンスターの攻撃とブロック、そしてライフの減らし方をテンポよく一通り伝えた。
レイは、最初こそ戸惑っていたが――さすが原作主人公。呑み込みが早い。
カードのテキストに目を通すたびに、理解のスピードが増していく。
「……ふむ、つまり“テンポ”と“盤面の維持”が重要なのだね」
~~
「ありがとう。ゲームの流れが分かったよ」
レイは小さく頷いて、手札を整えながらそう呟いた。
「……私たちは“精霊持ち”だから、バディスキルっていうのがあるの」
「そのへんは、バディに聞いてみてね」
「わかった。あとでバーンに教えてもらう」
一応、説明はこれで終わり。だけど、レイのほうが少しだけ口を開いた。
「……それにしても、私のこと、こわくないのか?」
ぽつりと、呟くように言った。
不意を突かれて、思わずきょとんとする。
視線を向ければ、レイは相変わらず無表情。
でも、その目は、どこか試すようだった。
確かに、レイは“こわく見える”かもしれない。
真っ直ぐで、凛としていて、どこか近寄りがたい。
その立ち姿には王のような気品があって、中学生の多感な時期ならなおさら、距離を取ってしまうかもしれない。
でも――
「うーん……ぜんっぜん、怖くないよ?」
「……そうか」
ほんの少しだけ、レイの眉が緩んだ気がした。
たぶん、彼女にとって“普通に接してくれる相手”って、意外と少ないんだろうな。
「実はね、このデッキ……誰か、名前も知らない人が送ってきたものなんだ」
そう言って、レイは少しだけ目を伏せた。
「それと一緒に、手紙が入ってた。“本当の家族に会いたければ、強くなれ”って」
静かな声だった。
でも、どこか震えているようにも聞こえた。
「……たしかに、前から思ってた。この世界に、どこか違和感があるって。
自分だけ、何かがズレてるみたいな……そんな感覚」
「きっと私は、“ここにいる人間”じゃない。
でも、それが何なのか分からなくて──人と距離を置くようになった」
その矛盾。それが、彼女を孤独にしていた。
原作では語られなかった、レイの核心。
1話から5話までかけて、少しずつ描かれる彼女の孤独と成長。
今、ほんの一部だけ、それが明かされた。
「なるほどね」
俺がそう言うと、レイはじっとこちらを見つめてきた。
「……疑わないのか?」
──疑うわけがない。
こっちは全部、原作で見てきたんだ。
でも、それを口に出すわけにはいかない。
だから、俺はただ、笑って言った。
「あなたが言ってるんだから、そう信じるしかないでしょ」
レイの目が、ほんの少しだけ、やわらかくなった気がした。
「そうだ。このカード、3枚あげるね」
俺は、そっとカードを差し出す。
──《ドラゴンエッグ》
2コストの呪文。
山札の上から1枚をめくり、それが《ドラゴン》なら手札に加えることができる。
さらに、このカードは呪文発動後に、そのまま“コストゾーン”に置けるという特殊効果つき。
序盤の安定性を支える、地味だけど強力な1枚だ。
「いいのか? 本当に……これを私に?」
レイは、驚いたように目を見開いた。
「私のデッキとは、かなり相性がいいカードだ。……だからこそ、これは君にとっても大事なものでは?」
「もちろん。だからこそ、渡したいんだよ」
俺は軽く笑ってみせる。
「このカード、きっと君の力になってくれると思うから」
しばらく黙っていたレイが、やがてゆっくりと頷いた。
「……ありがとう。大事に使うよ」
レイの好感度が、少し上がった気がする。
……原作とは、確実に違うルートに乗っている。
でも、それが悪いとはまったく思わない。
むしろ、俺としては“こうなってほしかった”展開だ。
これはルナが主人公の、二次創作――
あの時、俺が脳内で何度も描いていた、ifの物語。
原作じゃ救われなかった彼女たちを、救いたくて。
そう。この世界を、自分好みに“書き換えて”いくのは――たまらなく楽しい。
~~
本来、原作の1回戦では――俺が、レイと戦うはずだった。
でも、なぜか対戦カードが変わっていた。
レイとは、決勝で当たる組み合わせになっている。
つまり、この時点で原作ルートからズレ始めているってことだ。
だが、それが悪いとは思わなかった。
むしろ、このルートのほうが、ずっと望ましかった。
レイは、1回戦をしっかり勝ち抜いていた。
そのプレイングは冴えわたり、隙がない。
ああ、やっぱり“主人公”だ――そう思わされるほどに。
「……ルナ、勝ったよ」
レイがそう言ったとき、声にはほんの少し、くすぐったそうな響きがあった。
慣れていない感じ――けど、それでも勇気を振り絞って話しかけてくれたのが分かる。
きっとこの“嬉しさ”を、誰かと分かち合いたかったのだろう。
でも、そういう経験があまりないから、どこかぎこちなくなってしまう。
その不器用さが、少しだけ愛おしく感じた。
「さっすが~レイ。
本当に初心者とは思えないプレイングだったよ」
「カードの回し方、めちゃくちゃきれいだった」
俺がそう褒めると、レイは恥ずかしそうに小さく笑った。
「君が、丁寧にルールを教えてくれたからだよ」
「それに、《ドラゴンエッグ》のおかげで、デッキがすごく回った」
原作じゃ、10話あたりで初登場するサポートカード。
序盤の展開力を底上げし、バディースキルとの相性も抜群。
私は、思わず手を差し出していた。
レイに向かって、軽く手のひらを上げる。
──ハイタッチ。それだけの、何気ない動作。
けれど、レイは一瞬、戸惑ったように目を泳がせた。
「……え?」
その反応に、少しだけ胸が締めつけられた。
きっと彼女は、こういう“当たり前の喜びの共有”に、慣れていないのだ。
「勝ったときは、こうやって祝うんだよ」
私はそう言って、にこっと笑った。
少し間があってから──
「……うん」
おそるおそる、レイの手が伸びてきた。
小さくて、繊細で、でも震えるほど真剣な手。
ぱちん、と音が鳴ったわけでもない。
ただ、そっと手のひらが触れ合っただけ。
でも、その一瞬で、レイの表情が少しだけほころんだ気がした。
このルートは、原作とは違う。
レイの弱さに寄り添って、そっと支えるルナ。
そんな物語が、確かに今、始まっている。
私は、この展開が本当に好きだ。
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