カードゲーム世界にTS転生したら、初戦敗退したヴァンプデッキ使いでした 作:銀層
放課後、俺たちは駅前の喫茶店に入っていた。
日が傾きかけた窓際の席、ふたり分のアイスココアが静かに汗をかいている。
向かいに座るレイは、黙ってストローをくわえながらも、どこか沈んだ表情を浮かべていた。
「……やっぱり、学校じゃうまくいってないんだね」
俺がそう口にすると、レイはわずかに目を伏せて、カップの縁をなぞった。
「うん。カードショップとかでは、普通に話せるんだけど……学校じゃ、どうも浮いてるみたい」
その言葉に嘘はない。
龍ヶ崎レイは、確かに強い。
つい先日も校内試合で全勝し、他を寄せつけない圧倒的な戦績を叩き出した。
だが、それがかえって周囲の反感を買った。
「“精霊持ち”ってだけで、変な目で見られる」
「大会の代表に選ばれるのも、決まってるようなもんだから……嫉妬されても、仕方ないんだけどね」
苦笑まじりのその声は、どこか諦めを帯びていた。
しかも、レイは寡黙だ。
感情をあまり表に出さず、必要最低限しか話さない。
それがまた――周囲との距離を広げていた。
しゃべらないのが、余計に気に食わないって思われてるんだろうな
「そういうキャラで通してたつもりはなかったんだけど……気づいたら、そうなってたみたい」
「気にしないでいいよ。強いのはいいこと。嫉妬している人たちってそこまでだからね」
俺の言葉に、レイはようやく目を上げた。
少しだけ、笑ったように見えた。
「……ありがとう、ルナ。やっぱり、君と話すと落ち着くよ」
小さく笑ったレイの声は、どこかホッとしたような響きを持っていた。
校内では孤立しがちで、周囲からの視線も冷たい。
でも、今この場所だけは、彼女がほんの少し肩の力を抜ける場所になっているようだった。
私は、ストローをくるくる回しながら微笑む。
「カードショップの人と仲良くなれただけでも、十分前進だと思うわよ」
「……うん」
「学校はさ、ただ“行ってる”だけで、えらいんだから。
ムリに仲良くしようとしなくていいんじゃない?」
レイは一瞬きょとんとした顔をして、それから小さく笑った。
「……そう言ってくれると、ちょっと楽になる」
その笑みは、ふわりと消えそうなほど儚くて――でも、たしかに温かかった。
私はテーブルに指を立てて、軽く突くように小声で言った。
「今日もバトルしてくれるか?」
いつものようにレイが尋ねてくる。どこか当然のように、けれど少しだけ遠慮がちに。
「もちろんよ♪」
にっこりと笑って答えると、レイの隣に浮かぶ巨大なドラゴン――グランバーンが、やや呆れたように口を挟んだ。
「しかし、週に三度もこちらへ通わせているのだ。黒羽殿に過度な負担を強いているのではないか?」
「電車で三十分の移動。それも毎度となると、少々気を遣わせている気がしてならないのだが」
その言葉に、レイが慌てて手を振る。
「バーン、そんなこと言わないでよ」
「私は大丈夫だってば。むしろ、こっちのほうが楽しいし♪」
くすっと笑って返すと、グランバーンの竜眼がじっとこちらを見据える。
「……黒羽殿が居なかったら、レイは今頃どうしていただろうな」
「バーンっ……!」
レイが頬を染めて目をそらす。
でも、私はそれを無理に茶化したりはしなかった。ただ、少し微笑んでみせる。
「ふふっ、でもレイちゃん、前よりちゃんと喋れるようになってきたわよ?」
「うん……カードショップでも、毎日10戦はしてるし。軽い挨拶くらいなら、ちゃんとできてる」
「その通りだ」と、バーンが頷くように言葉を続けた。
「黒羽殿の助言の通り、少しずつ前に進んでいる。だからこそ、強くは言えない……とはいえ、私としてはレイ自身の力でも踏み出してほしいと思っている」
「……ちゃんと、自分でもやろうとは思ってるよ」
レイがそう呟いた時、その横顔はどこか決意を秘めていた。
バーンは、静かに瞳を閉じる。
「ならば、私から言うことはない。今のレイなら、きっと乗り越えられるだろう」
そう言って、彼は静かに沈黙へと戻っていった。
……まったく、お堅いけど、やさしいバディだ。
「さ、じゃあデュエルの準備、しよっか♪」
私は軽くデッキを取り出しながら、レイに笑いかけた。
今日もまた、彼女とバトルできる。それだけで、何だか一日がちょっと特別になる気がしていた。
~~
バトルの戦績は、8勝2敗。
レイがティア1の《ドラゴン》を握っていても、俺のヴァンプが圧倒している。
……いや、正確には“圧倒させてしまっている”のかもしれない。
だって、そりゃそうだろう。
あっちは、カードゲームを始めてまだ一週間の初心者。
しかも、学校の喧騒の中でようやく数回まわせた程度のプレイ経験。
一方で俺は――
死ぬほど、やった。
現実世界で、ヴァンプという不遇種族を愛して、組み直して、回して、研究して。
ファンデッキだと鼻で笑われても、それでも大会に出て、何度も何度も叩き潰されてきた。
気がつけば、いつだって頭の中は“勝つための回し方”で埋め尽くされていた。
そんな俺が、原作知識あり・未来カードの性能も把握済みの状態で転生して――初心者に負けるわけがない。
それが勝てないようなら、何のためにこの世界に来たのか分からない。
……とはいえ。
あのレイが、“2”をもぎ取っていること自体が、異常なんだ。
普通なら、10戦して1勝できれば御の字の差がある。
それを2勝。しかも、どちらもギリギリのラインでの逆転劇だった。
これはもう――“さすが主人公”とでも言うべきか。
たった一週間でこの仕上がり。
この先、カードプールが広がり、構築に深みが増していったら……?
今のうちに勝っておくしかない。
いつか、逆転される日が来ると焦りは常に持っておいた方がいい。
たぶん、抜かれることはわかっているつもりだ。
~~
「少し、トイレ行ってくる」
レイが席を立ち、店の奥に消えた。
その瞬間――
「黒羽殿、いつもありがとう」
静かに、けれどはっきりとした声が、俺の耳元に届く。
グランバーンだ。
普段はレイの影のように佇んでいる彼が、自ら話しかけてくるなんて珍しい。
「学校では、あの子は孤独だ。……話し相手としてあなたがいてくれることに、感謝している」
その声には、どこか年長者のような深みがあった。
バディというより、まるで父親のように、レイを見守っている。
「レイは特別な子だ。オーラが違う。――人間というのは、“少し違う”だけで差別を始める生き物だ」
静かに、理性的に。
けれど、その言葉には確かな怒りと、悲しみが混ざっていた。
「防衛本能として組み込まれている。それは理論として成り立っており、人類が群れを形成し、高度な文明に到達するために必要な“分断”だった」
「……でも、そのせいでレイさんが苦しんでいるのは、つらいですね」
思わず、私はそう返していた。
「彼女は“ドラゴンの血”を引いている。その異才なオーラと、あの寡黙さが……人との距離を生んでしまっている。悪気がない分、余計にね」
「グランバーンさんって……すごく賢いんですね。そんなふうに考えたことなかったわ」
「バーンでいいよ。この世界では、その名は少し長いだろう?」
「ふふ、確かに。……わかったわ、バーンさん。私、レイさんとこれからも仲良くしていくつもりだから」
「……ありがとう。何かあれば、遠慮なく相談してくれ。こちらも、できる限り応える」
その声は、レイに対する“絶対的な信頼”と“深い慈愛”で満ちていた。
彼にとって、レイという存在はただの“契約者”なんかじゃない。
――本当に、大切にされているんだな。
そう、感じさせるだけの言葉と静かな優しさが、そこにはあった。
やはり、原作のシーンを思い出してしまっている。
レイが初めて「仲間」と呼べる存在を得るのは、次の公式大会――秋葉町バトルロワイアル編からだ。
それまでは、どこか閉じた世界で戦っていた。
彼女の傍にいたのは、ただ一体の精霊――グランバーン。
人の言葉を話し、知性を持つそのバディは、彼女の力であり、心の支えでもあった。
孤独。誤解。嫉妬。そして、精霊持ちというだけで向けられる視線。
それでも、彼女は折れなかった。
沈黙を貫き、勝利を積み重ね、自らの価値を証明してみせた。
苦しみの中で、自分を信じて前に進む――。
だからこそ、その先に待つ“仲間”の存在が、何よりも温かく、輝いて見えるのだ。
成り上がり。それはいつの時代も、人の心を強く惹きつける。
レイの物語もまた、その王道を歩んでいた。
~~
「今日も楽しかったよ。もっともっとしよう」
「また、あそぼうね~」
笑顔を浮かべながら、ルナは手を振った。
「絶対にだよ」
――本当に、夢のようだ。
推しデッキで、推しキャラになって、この世界を駆けている。
ただそれだけで、心が躍る。カードをめくる手が震える。
毎日が、最高に楽しい。
もっともっと強いヴァンプカードを生み出したい。
もっともっと、この原作のキャラクターたちとバトルを楽しみたい。
そう思える今が、きっと人生でいちばん幸せだ。
この世界に来られて、本当によかった――。