神憑き霊能者   作:泰然

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1話 神憑き霊能者

 明け方、瞬きを数回。まだ部屋には日が差し込まず、まだ少し肌寒い。布団から起き上がり、体を伸ばす。

 だが、まだ眠いな……。

 寝ていたいと言う欲のまま、布団にもう一度ダイブする。すると、襖の奥から畳をこする音が聞こえてくる。

 

 

 

盛安(もりやす)、時間だよ。早く起きらいん」

 

 

 

 そう呼ぶのは佐竹千代(ちよ)、俺の祖母だ。御年九十二歳、天然パーマで白髪交じりの狸体形。だいぶ高齢だが、普通の人より元気で少し困る。

 俺は婆ちゃんに促されながらもう一度背伸びをし、布団を畳む。玄関で靴を履き、井戸の水を汲みに行く。

 井戸と言っても、そんなに立派なものではない。汲む場所が敷地の中央にある為、家族の車の出入りが出来ない。従って井戸は、マンホールで蓋をされているだけである。

 

 

 

「汲んだら祠にも水やらいよ」

「はいはい……」

 

 

 

 勝手口から顔を出す婆ちゃんの言葉を、適当に流して汲んだ水を少量、祠にかける。その流れで合掌をしてから水桶を持ち、また玄関へと戻った。

 

 毎日この作業をするのが面倒でしょうがない……。

 

 今度は神棚に供えるお米、水、御神酒、榊を用意する。ハシゴを使って丁寧に上にあげ、下に降りる。

 次に家の窓を開け、風通しを良くした後。

 再び神棚に向かい、軽く会釈をして二礼二拍手一礼。少し間を開け、一呼吸。

 

 

 

高天原(たかまのはら)神留(かむずま)()す (すめらが)(むつ)(かむ)()() (かむ)()()(みこと)()ちて――」

 

 

 

 つらつらと祝詞を唱え、終わる頃には清涼な風が吹き込む。

 

 

 

「気持ちいいなぁ……」

 

 

 

 体を撫でる風に身を任せ、畳の上で寝転ぶ。

 畳のいい匂い……。

 

 

 

「兄さん……邪魔」

「……へいへい」

 

 

 

 イグサの匂いを堪能中、仏飯器(ぶっぱんき)湯器(とうき)を持った妹に足先でつつかれる。いつも通りのゴミを見るような鋭い視線で。

 佐竹舞桜(まお)。俺、佐竹盛安の妹である。

 季節に似つかわしくない小麦色の肌が特徴で、鋭い目つきのオマケ付き。むしろ、その眼差しがクールを助長しプラスに働いている。

 蜂蜜色の長い髪は淀みなく、豊かな体系は高校生には見えない魅惑的な佇まいを魅せる。

 学校でも注目の的なのだろうが、俺とは七つも離れている。

 

 本当のところはどうか分からんが、人並みにはモテているのだろう。俺と違って。

 

 

 

「お兄。時間あるなら学校まで送ってよ」

「無理に決まってんだろ、忘れたのか?」

「あぁ、そっか。ゴメンゴメン」

 

 

 

 三年も前なのに、何で忘れんだよ。

 舞桜は片手で謝りながら部屋を出ていった。

 まぁ正直、なりたくてなった訳では無い。

 何故なら――。

 

 

 

「何で二十歳(はたち)になって視えるようになるかねぇ……。しかも妹じゃなくて俺に……」

 

 

 

 二十歳になってから急に見え始めたからだ。

 見えると言うのは、俗に言う霊が見える事。家は代々、女性が色濃く霊能力を受け継ぐ。それが明治時代から綿々と続いて、だいぶ経つ事になる。

 だが、何故か妹の舞桜(まお)に、その継承が弱く受け継がれ一家は困惑したと思う。逆に俺が継承したお陰で普通の私生活が送れず、こっちが迷惑被ってる。

 例えば買い物の帰り道、下校途中の児童に挨拶をされて、俺は透かさず挨拶を返す。その場を去ろうとして歩き出すと他の児童に指をさされながら『誰も居ないのに会話してる……キモ』とか言われる始末。

 もう一つは、妹の送迎が出来ない理由。車の運転ができない。霊が見え始めて数日経った頃、夜の山道を下ってる時に人が毎回横切る。幽霊だと分かっても、人が横切る度に精神が削られていく。

 

 あれは流石に、胆が冷えた……。

 

 

 

「盛安っ、何泣いでんだっけ……。畑の初物とウチの米、里奈(りな)ちゃんに届げらいん。今日もいっぱい相談さ来っから、済ませでこい」

「感傷に浸らしてくれよ……」

 

 

 

 項垂れながら婆ちゃんに叱られ、急いで稲荷神社に向けて自転車を漕ぐ。

 神社まで自転車で五分。玄関に辿り着いてチャイムを鳴らし、彼女を待つ。

 奥から品のある声でお手本のような日本美人が現れる。

 

 

 

「あら、モリちゃんいらっしゃい。今日はどうしたの?」

 

 

 

 艶のある漆色のショートヘアを揺らしながら、慎ましく控えめな体で出迎える。三神里奈(みかみりな)さん、この稲荷神社の神主である。

 やっぱり綺麗だ……。同い年だったら絶対口説いてる。

 心の声を漏らしながら、野菜とお米を手渡す。

 

 

 

「これ、家で採れた初物とお米です。山で採れた物もありますけど、奉納という形で婆ちゃんから――」

「ホント! ありがとうモリちゃん。じゃあ、何かお返しに……」

 

 

 

 里奈さんは奥へと下がり、新聞紙に包んだ束の榊を持ってくる。

 

 

 

「もうすぐ無くなるって千代さんが言ってたから。これ、持っていって」

「すみません、こんなに……」

「あぁ、それと。()()()()さんに野菜を直接渡した方が喜ぶと思うから、開けてくるわね」

「あ、お気遣いなくぅ……。もう行っちゃった……」

 

 

 

 断ろうとしたが、里奈さんは足早に家から隣の社に向かい、社殿の扉を開けて待ってくれている。笑顔で待つ里奈さんを目の前にして行かない訳にもいかず、本殿へと短い階段を上がる。

 外観は鮮やかな朱色、内観は神様が描かれた板絵が上に飾られている。境界線のように下がった段差の奥に、神霊を宿した神体が安置されている本殿が見える。

 入る事が無い為、食い入るように屋内を見渡す。横で御饌(みけ)を行う為の台を里奈さんに預けられ、野菜をのせて本殿へと献上する。

 二人で手を合わせ、軽く目を閉じる。

 すると、微かに何かの気配を感じ瞼を上げる。

 

 

 

「あっ」

 

 

 

 白い狐がタケノコを食し、呆然と見つめる間に嚥下(えんげ)する。

 軽い足取りで社殿を出ていき、後ろを振り返ると白狐は大きく欠伸をしていた。

 

 

 

「どうかした?」

「いや、狐が……」

「あぁ……モリちゃんは視えるんだもんね。お供え物が嬉しかったんじゃないかな。……私は視えないから羨ましいな」

 

 

 

 里奈さんの言葉に、少し物悲しさを感じた。

 その表情を見つめる最中、御神体から強い風が吹き込む。一瞬の出来事に、目を何度か瞬きを繰り返す。

 先程まで見えていた白狐は、風に吹かれたように忽然と消えていた。

 

 それに、なぜ屋内から風が流れたんだ。換気する為の小窓は閉め切られているはずなのに……。

 

 

 

「あれ……?」

 

 

 

 横で里奈さんが声を上げ、視線の先を辿る。

 安置されている御神体の小さな扉が開かれていた。中には少々くすんだ芦毛色に束ね結ばれた物があった。

 

 

 

「あれ、何ですか……?」

 

 

 

 尋ねると、里奈さんは御神体の扉を閉めながら口を動かす。

 

 

 

「これはカラカラさんの宝毛(ほうもう)。一代目が神様の眷属を助けたことから始まって、荒れた大地に神社を建立(こんりゅう)した。五穀豊穣を願う一代目は、眷属の白狐の白毛を拝借して御神体として納めた。そこから町は発展し、秋が彩る季節に豊作になった。それでモリちゃん、何でカラカラさんって呼ばれてるか知ってる?」

「はい、婆ちゃんから聞いたことは……」

 

 

 

 カラカラさん。

 

 名前の由来は、旧暦にお祭りが催されていた時代。その神社の周辺は、大豆畑が広大に占めていた。例大祭に訪れた近郷近在の参拝者が収穫間近の豆畑が踏み荒らされて豆が『から』になった事で愛称を込めてカラカラさんと呼び名がついた。

 

 もちろん今は、大豆畑は無い。

 社の周りは民家や学校が建てられ、少し離れた場所に畑やら田園風景が存在している。

 

 

 

「あら、もうこんな時間。竣工式(しゅんこうしき)に遅れちゃうっ」

「ここの戸締りはやっとくんで、里奈さんは準備してきてください」

「ゴメンね、モリちゃん。はぁ……こういう時、(たすく)さんがいてくれたらいいんだけど……。あっ、ゴメンね。モリちゃん、千代さんによろしく言っといてね~」

「はーい。……もう一年になるか」

 

 

 

 自宅に戻る里奈さんを見送りながら、()さんを思い返す。

 三神 丞、里奈さんの旦那さん。

 約一年前、心労が祟り脳内出血により亡くなった。三日前から体調不良を訴え、衰弱していく過程を見るのが辛くて見ていられない程に。

 彼はよくウチの婆ちゃんの手伝いをしてくれるくらい、頻繁に出入りする事が多かった。

 推測でしかないが、婆ちゃんに色々教わっていたのだろう。傍から見ても敬慕の念を抱いているのは明白だった。それが影響して人を助ける事に躊躇(ためら)いが無く、肝試しに寺を徘徊するガキ共をお祓いしたり、神職以外の仕事を手伝ったり。

 その志の半分は、婆ちゃんの所為(せい)でもある。『困ってたら助ける、人でも霊でも。施しようの無い悪意の塊は、殴っても祓え』、仕事の際によく使う。

 俺にも呪いの言葉のよう、耳にタコが出来るほど聞かされた。

 

 思い返しながら戸締りをし、階段を下る。

 ふと、視線の左端に何か動いたように見えた。首を動かすと、今は使われていない錆て朽ちたジャングルジムに典型的な白装束の女の霊が木陰に溶け込むように佇んでいる。

 

 

 

「――っ」

 

 

 

 霊と視線が合い、思わず息を吞む。

 生気のない蒼白い肌、虹彩を失った深海のような黒い瞳、光を吸い込む黒い長髪。人間味を感じないはずなのだが、あまりにもハッキリ視える。それだけ怨恨が深い、念の力が強い。

 ただ、今まで視えた事が無い。

 

 これだけ怨みが強ければ、気付いたはずなのに。何で今になって……。

 

 

 

「あれ? モリちゃん、まだいたの? 早く戻らないと、千代さんに怒られるよ~」

 

 

 

 里奈さんの声で我に返り、冷汗を拭う。

 視線を戻すとそこには霊は居らず、一息つく。自転車で出ていく里奈さんを目で追うと、さっきまで目を合わせていた幽霊が追随している。

 

 アイツ、里奈さんに憑りついてる。

 

 

 

「俺がなんとか――」

 

 

 

 いや……あんな化物、どうやって祓う?

 祝詞、清めの塩、日本酒でどうにかなるのか?

 一先ず自転車に乗って、婆ちゃんに相談するしかない。

 家路に立ち漕ぎで向かい、ひたすら走る。

 

 到着早々、自転車を乗り捨てて玄関に向かう。玄関に少しお客さんの行列ができ、勝手口から入ろうとすると――。

 

 

 

「あがんなっ! バガこのっ!」

 

 

 

 屋内から巫女装束を纏う婆ちゃんの怒号が響き、停止する。

 婆ちゃんは酒瓶を持って、俺の頭にかけ始めた。

 

 

 

「婆ちゃんっ……何すんだよ!」

「穢れに気付がねぇで、家さ上がんでねっ! バガでねぇのか……」

 

 

 

 方言の激昂に呆気とられ、塩を撒かれる。

 塩塗れにされた後、祝詞を唱えながら背中を擦られること数分。列席者に見守られながら婆ちゃんは一息。

 

 

 

「何で神社さ行って(のろ)わいで帰ってくんだっけ……」

「いや、奉納した後に今まで見た事ない幽霊に会って――」

「三神の娘は、どごさ行った!」

 

 

 

 凄い剣幕で捲し立て、婆ちゃんは俺の腕を掴んで里奈さんの所在を聞いてきた。

 

 

 

「しゅ、竣工式って言ってたけど、場所までは――」

「安藤さん()の隣だがら、車ですぐだ!」

「車って……婆ちゃんがダメって言ったんじゃ――」

「ぐずらぐずら言わねぇで、乗せろ!」

 

 

 

 強引に押されて車に乗り込み、少し遅れて婆ちゃんが助手席に座る。

 米や塩、日本酒の他に見た事も無い手のひらサイズの木箱を風呂敷に包んで大事に持つ。気になりつつ視線を戻すと早く出せと言わんばかりの婆ちゃんの眼光に気圧され、軽自動車を動かす。

 移動中、隣からブツブツと念仏なのか、何か呟いている。ほとんど聞き取れず、空狐とだけ聞こえた。

 確か、狐の格式の由来だったかな。

 疑問は残りつつ、目的の場所についた。

 里奈さんが祝詞を奏上し施主や工事関係の方々が参列している。粛々と行われる中、婆ちゃんは構うこと無く里奈さんの下に足を鳴らす。

 

 

 

「里奈っ! こっちゃ来い!」

「えっ、千代さん?」

 

 

 

 驚愕する里奈さんを他所(よそ)に、婆ちゃんは自分の下に引き寄せる。

 説明も無いまま強引に進み、ことの事情を知らない建設会社の社長が声を上げる。

 

 

 

祖母様(ばあさま)っ! 説明も無しに神事の邪魔は――」

「穢れに奏上させんのが……おだづなよっ!」

 

 

 

 その一声に、関係者全員たじろぐ。

 透かさず婆ちゃんは、持ってきた米と塩、日本酒を里奈さんの口に含ませる。

 

 

 

「里奈。(ゆす)がねぇで、そのまま吐げ」

 

 

 

 言われた通り、里奈さんは含んだ物を吐き出す。

 含んだ物が出ると思っていたが、墨の色をした粘液が飛び出してきた。

 皆、驚愕の色が隠せず、あまりの光景に退いていく。

 

 

 

「ゲホッ、ゲホッ……な、何で――」

 

 

 

 吐き出した直後、里奈さんは突然咳き込みだした。悶えながら身体を崩し、その場に座り込む。

 それに気掛かりなのは、あの幽霊の姿が見えない。あれだけ異様な気配をただよらせる化物が。

 

 いや、もしかして――。

 

 

 

「ほれ、盛安。仕事、始めっと……」

 

 

 

 相談をいつも受ける婆ちゃんの柔和な表情は無く、真剣な眼差しで刺してくる。

 これは、大仕事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

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