神憑き霊能者   作:泰然

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初回投稿からたくさんのお気に入り、ありがとうございます。
執筆意欲がわきます~。
あと、方言のせいで読みづらいかもですけど……ご了承ください。


2話 金色に染まる五尾

 

 婆ちゃんのアシストに回ろうと、準備に入る。

 だが、里奈さんは更に苦悶の表情が一段と濃くなり始めた。

 

 

 

「怖い……。怖いよっ、千代さんっ……」

 

 

 

 しゃがみ込みながら自身の双肩を抱き、何かを否定するように項垂(うなだ)れながら髪を揺らす。

 穏やかな里奈さんが過剰に恐怖を示している事に、驚きを隠せない。瞬間的な事象に愕然と立ち尽くす俺に、婆ちゃんは強請(ねだ)るように(てのひら)を差し出す。

 

 

 

「紙と鉛筆……書くものだったら何でもいい。あぁ、それと切れるもの」

「え……」

 

 

 

 紙と鉛筆……?

 何でという言葉が浮かび、思考が停止して唖然とする。

 痺れを切らした婆ちゃんは、手で地面を強く叩く。

 

 

 

「はえぐ持ってこっ!」

「はいぃ……」

 

 

 

 すぐさま車両に戻り、車内に指定の物が無いか探す。言われ慣れているとはいえ、あの声には毎度圧倒される。

 幽霊より婆ちゃんの方が怖ぇよ……。

 

 弱音を吐きながら収納スペースを探り、運良く使わない用紙と鉛筆を見つける。その下にゴチャゴチャと詰められた奥にカッターを発見し、すぐに婆ちゃんの下に駆け寄る。

 無言で三つ受け取ると、舗装されたアスファルトの上で用紙を置いて漢字を書き始めた。

 

 この漢字、なんだっけ……?

 

 

 

「これ、なんて漢字……?」

(ひょう)。よぐ彪は、四神の白虎に例えんだ」

 

 

 

 確かに聞いた事あるかも。

 ただ、何で白虎?

 疑問は残りながら、今度は紙を切断していく。進むにつれ、俺が日常生活で目にする物に変わっていく。

 形代(かたしろ)だ。

 御払いや祈祷、人間を身代わりにした和紙で構成された人形。罪や穢れ、災いを移して川や海に流す、伝統的な手法。

 形代を使用するという事は、里奈さんの身体にあの幽霊が()()している。

 

 何となく予想はついてたけど、それを形代に移して祓うなら彪って書く必要性は……。

 

 

 

「ねぇ、婆ちゃん。形代は分かったけど、彪って書く必要ある……?」

「移した後に彪さ()せんだべ。終わった後は燃やす」

 

 

 

 納得しない答えが返ってきた。

 浄化方法の常識があまりに逸脱してる。

 驚嘆しながら婆ちゃんを眺めると、鋭い目付きで眉間に皺を寄せている。

 

 

「ただ、これで祓えればだげどな……。まだ失敗したらなぁ……」

 

 

 

 初めてだった。

 婆ちゃんの傍ら、俺が生きてきて初めて聞いた弱音だ。それだけ強い霊力を保有した化物という事――。

 少しでも躊躇すれば、弱みに付け込まれて命を刈り取られる。

 出来上がった形代を、婆ちゃんは里奈さんの背中に手で押し付ける。唸りながら瞼を閉じ、風を切る音だけが静かに鳴り響く。

 好奇の目を向け、固唾を飲む関係者。

 時間の流れと比例し、里奈さんのすすり泣く音が徐々に小さくなっていく。それを見て胸を撫で下ろすのも束の間、路面に落ちていたカッターを拾い上げ、里奈さんは自身の喉元に刺そうとする。

 

 

 

「抑えろっ、盛安っ!」

「え……?」

 

 

 

 疑問で返すころには、頬にぬるい感触と古い鉄の臭いが残った。

 嫌な臭いの正体を指で擦り、確認する。

 

 

 

「血……?」

 

 

 

 赤みを帯びた黒い色。

 少量でも、血の気が引くような色合いは反射的に嫌悪感を掻き立てる。

 それに血の出所がどこなのか、それを知るのが怖かった。

 

 

 

「盛安っ……(はえ)ぐっ、抑えろ……」

 

 

 

 カッターは婆ちゃんの右手を貫き、里奈さんの喉には届いていない。

 認識した俺はすぐに二人を引き剥がし、里奈さんを羽交い絞めにする。離す事に成功したが、里奈さんは腕と脚を滅茶苦茶に動かして逃れようと必死だった。

 完全に里奈さんの人格は乗っ取られ、幽霊に憑依された状態となっている。

 

 

 

「コロ、ス……コッ、ロスッ……」

 

 

 

 女性とは思えない声を上げ、理性の無い獣のように同じ言葉を繰り返す。

 いつも優しい里奈さんの表情は、犬歯を剥き出す悪魔そのものだった。

 抑える間、婆ちゃんは手に刺さったカッターを引き抜き、心配する関係者に囲まれている。憂慮に堪えない視線を向けられながら、婆ちゃんはあの時持ってきた木箱に手を付けた。

 

 

 

「結局……またこいづに頼むのが……」

 

 

 

 木箱を撫でながら、複雑な表情を浮かべていた。

 どこか口惜しく、自分の不甲斐無さの結果、誰かを亡くしたような。

 木箱に接触する婆ちゃんに、里奈さんは過剰に危機反応を示すように暴れ出す。持ったまま近付く婆ちゃんに、まるで恐れるような。

 

 寧ろ(むしろ)、あの木箱の中身が怖いのか……?

 

 

 

「盛安……殴ってでも祓うがらな。里奈に憑いでるバケモンは、()()()()()(やづ)ど一緒だ。こいづは……悪意の塊だ」

 

 

 

 コイツが、里奈さんの旦那さんを殺した……?

 だって、過労の脳内出血で亡くなったんじゃ……。

 

 同じ言葉を脳内で何度も反芻(はんすう)させ、混乱した頭を落ち着かせようとした。

 冷静に対処する最中、里奈さんの首が俺の方に右回転を始めた。ぎこちない制御で、油をさしていない機械人形のように。

 

 

 

「モリちゃん……イタイよ……」

 

 

 

 感情に付け込むような言葉で、里奈さんを演じる化物。

 まるで犯罪者に声を当てているような声色で、(うそぶ)いているのは明白だった。それでも身近な人の言葉に、俺の腕は無意識に緊張を解いていた。

 

 気付いた時に化物は、その場から離れていた。

 選択肢は無いと思わせる程、化物は真っ直ぐ婆ちゃんを目指して加速する。

 

 

 

「婆ちゃんっ――」

「バガこのっ! 捕まねげダメだべ!」

 

 

 

 怒号を受けながら、直進する化物を婆ちゃんは見据えていた。

 化物の気迫が只事ではないと察した工事関係者が、婆ちゃんを守ろうと駆け寄り集まる。だが、婆ちゃんは必要ないと言わんばかりに動こうとしない。

 息がかかる程の距離まで迫り、接敵する。

 それを予見できたように至近距離で木箱を開け、中から青白い閃光が波状に広がっていく。眩い光に耐えられず、自然と瞼を下ろす。

 

 徐々に目が慣れ始め、片目をゆっくり開ける。

 

 

 

「え……」

 

 

 

 視線の先に蒼白く発光する人の形が見えた。

 質素で純白な着物、金糸を編み込んだような艶のある綺麗な長い髪。

 その中で一番特徴的なのは髪と同じ色が頭には耳、お尻から五本伸びている。神々しさと煌びやかな形相は、まさに神そのものの象徴に思えた。

 

 あれは、狐……?

 

 彼女に見惚れ、意識を戻すと後ろに倒れた婆ちゃんが視界に入る。

 

 

 

「婆ちゃん!」

 

 

 

 思わず声を上げ、脚を前に出そうとした時――。

 

 

 

「案ずるな、モリ(ぼう)。ババは気絶しているだけよ。……それにしても(ひさ)しいのぅ、七五三以来ではないか。息災で何より」

 

 

 

 静寂(しじま)に響く、母に似た鈴音色のような声。

 感慨に耽る間を振り払い、この人は何て言った。人なのかも分からないが、俺の事を知っている。記憶など当然、七五三に対面していたとしても分かる訳がない。

 

 彼女は、本当に――。

 

 

 

「眩シ、イ……目ガ、痛イ……」

 

 

 

 倒れていた化物が起き上がり、目を擦りながら(わめ)く。

 それを煩わしく眺め、眉間を人差し指で押し当てる。

 

 

 

「はぁ……。せっかくモリ坊とめぐり()うたのに、水を差すでない。()()()は無いぞっ……」

 

 

 

 狐の彼女は両手を大きく広げ、一つ響きのある破裂音が反響する。

 拍手(かしわで)だ。

 清々しく鳴る響きに、思わず耳を傾けてしまう。反対に、化物は苦悶の表情で頭を押さえている。音色に耐えられないのか、ひたすら身体を動かして逃れているように見える。

 

 

 

「怖イ、怖……いよ。モリちゃん……消えちゃウヨ」

 

 

 

 同じ手口で里奈さんの口を動かし、惑わそうとする。

 理解している筈なのに、手を差し伸べようとしてしまう。憑依されたとはいえ、里奈さんの悲しむ表情は見ていられなかったからだ。

 あの時の、(たすく)さんが亡くなったあの日に……。

 

 

 

「モリ坊、幻惑に(ほだ)されるな。……穢れは元の鞘に収まるのが道理だろ。去れっ……」

 

 

 

 狐の彼女の言葉に()を取り戻し、自分でも気付かないほど化物に歩みを進めていた事に驚く。

 もう一度、彼女は両手を広げて拍手を化物に当てる直前、里奈さんの身体から黒い霧が抜けていくのが見えた。毒気が抜けたように、里奈さんの体勢が大きく崩れる。

 慌てて里奈さんを抱きかかえ、呼吸していることに安堵する。

 

 

 

「はぁ……よかった」

 

 

 

 一息ついて、視線を狐の彼女に戻す。

 今は穏やかな表情を崩さず、お互い見つめ合う。

 数秒間、時間が流れて何者なのか問いだそうとした時――。

 

 

 

「何なの、これ……」

 

 

 

 関係者側から、女性の声が聞こえた。

 その子は二十代前半、俺と同じくらいの年齢に見える。

 依頼主の人か……?

 ここまで起こった事は、一般の人には里奈さんが暴れているようにしか視えなかったと思う。

 だが、女性は明らかに狐の彼女を目で捉えていた。少なくとも、この女性には視えている。どう説明すればいいか思考する中、婆ちゃんが呻き声をあげる。

 

 

 

「うぅ……」

「婆ちゃん!」

 

 

 

 里奈さんを抱えながら婆ちゃんの下に駆け寄る。

 身体を揺すり、起こす間に狐の彼女は距離をとり始める。彼女は少し悲しそうな表情で、にこやかに微笑む。

 

 

 

「ゆっくりしたかったが、如何(どう)やら時間だな。モリ坊も、少しは逞しくなったな」

「待って! まだ聞きたい事が――」

 

 

 

 言葉を待つことなく、狐の彼女は光に包まれて消えていた。

 付随するように木箱の蓋も閉まり、詳細に中身を確認する事は出来なかった。そのタイミングで婆ちゃんが起き上がり、治療しながら状況を説明する。

 

 

 

「たぶん、あの化け物は逃げたと思う。丞さんを殺した幽霊も気になるけど……婆ちゃん、この木箱について――」

()さ帰ったら説明すっから。(いで)やぁ……取り敢えず、病院さ連れでってけね……」

 

 

 

 包帯を巻いた右手を擦り、木箱を手に取り婆ちゃんは竣工式に携わった人たちの前に立つ。

 (うつむ)きながら腰に手を回し、声を張る。

 

 

 

(わり)んだげっど、この住宅しばらく(はい)らいねぇがら。呪わいで死にでぇんだけ、そんでもいいげどや」

「私の家……ど、どうにか出来ないんですか……?」

 

 

 

 やっぱり世帯主の女性だ。

 青みかかった短い黒髪。スーツを着こなした姿は、明らかにキャリアウーマンと分かるが体の起伏は乏しい。

 余計な考えを振り払い、スーツの女性は両手で握りこぶしを作り、震えながら言葉を待った。

 

 

 

「でぎね。んだがら、竣工式も延期だ」

 

 

 

 あっさりと婆ちゃんは認め、ゆっくり俺の車に戻って行った。

 それでも納得いかない女性は、婆ちゃんの背中に罵声を浴びせる。

 

 

 

「そんなの、力の無い詐欺師の言い訳でしょ! 勝手に入り込んで、竣工式めちゃくちゃにして……。せっかく出来た私の家なのにっ……。これだから霊媒師って嫌いなのよ……自分の都合だけ押し付けて、金巻き上げて終わりなんだからっ……」

祖母様(ばあさま)に失礼だべ!」

 

 

 

 罵詈雑言に看過できなかった知り合いの関係者が掴み掛る勢いだった為、慌てて間に割って入る。

 

 

 

「まぁまぁ、皆さん落ち着いて……。すいませんけど、婆ちゃんがああ言ってるんで、片付けだけお願いします」

 

 

 

 制止を促し、なんとかその場は収まり事なきを得た。

 だが、助けたのにも拘らずスーツの女性は終始、冷たい視線を浴びせ続ける。

 

 何で俺が睨まれなきゃならんのだ……。

 

 不服な感情を押し殺し、妥協しながら自分の車に戻る。後部座席に里奈さんを寝かせ、エンジンを付けてその場を離れる。すぐ近くの病院を目指し、安全運転に努める。

 その移動の途中――。

 

 

 

「あの女子(おなご)、視えでっぺ」

「……見ただけで分かんだ」

(わり)ぃ霊媒師に(だま)さいだんだべ……自分で視えっから」

 

 

 

 当たり前のように、婆ちゃんはあの人を見抜いていた。

 過去に何があったかは分からないが、婆ちゃんを罵られて平気でいられる程、お人好しではない。

 少し怒りを募らせながら、病院玄関に辿り着く。

 

 

 

「盛安。時間掛がっぺがら、家の仕事は任せっから」

「今日は何人?」

「わがんねぇ……。百人ぐれい来んでね? あぁ、(あど)や……里奈は(うぢ)さ泊めろよ。危ねぇがらや」

「はいはい……」

 

 

 

 そう返事をして、婆ちゃんは巫女服のまま院内に入る。木箱は助手席に置かれたまま。

 背中を見送り、再び車を走らせて家路に向かう。一分で平屋が見え、人だかりに驚愕する。玄関から長蛇の列を作り、歩道にも数十人並んでいる。

 車を戻し、里奈さんを運ぼうとドアを開こうと手を伸ばす前に相談客のおじさんおばさんに取り囲まれてしまった。

 

 

 

「千代さんは?」

「今、病院に――」

「どっか悪いの?」

「ちょっと怪我を――」

 

 

 

 質問攻めに遭いながら、後部座席で寝ている里奈さんを見せると知り合いは自然と道を譲ってくれた。

 客間に布団を敷き、寝苦しくないように軽いタオルをかける。

 ふと時間を確認すると、もう短い針はお昼を告げていた。取り敢えず荷物を置き、いつものように神棚が鎮座する部屋で仕事を始める。

 ほとんど依頼の内容は肩が重いとか、誰かの視線を感じるだとか、調子が悪いとか病院の先生と変わらない趣旨のものばかり。

 その際、俺が相談客と喋るより守護霊と対話する方が疲れる。

 弱音を吐くつもりは無いが、相談しに来る人達……習慣を治す気が無い。毎回悩んでる内容を俺が当てて、それで満足するのか洋々と帰って行く。

 

 婆ちゃんはそんな事にならんのよな……何で?

 

 時間は過ぎ、依頼を終えて気付いた頃には室内は薄暗くなっていた。

 朝から濃いものを視て、聞きたい事もあるのに婆ちゃんはまだ帰ってきていない。腹も減ったが取り敢えず休憩がてら、その場に仰向けに畳へと倒れ込む。

 

 そう言えば、舞桜も帰ってきてないな……。

 

 心配しながら起き上がって荷物を出し、あの木箱が気になった。木箱を取り出して蓋に手を伸ばし、中身の正体が分かればあの狐が何なのか知ることが出来る。

 

 この中に、何が――。

 

 

 

「モリ坊~、飯まだ~?」

 

 

 

 何か、数時間前に聞いたような――。

 

 声の方に振り向くと金色(こんじき)の毛並みが、夕暮れに照らされた狐が五尾を揺らしていた。

 

 何故にいる?

 

 

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