神憑き霊能者   作:泰然

4 / 6
二日三日見ない間にたくさんの高評価ありがとうございます。
正直、驚いてます……。


4話 恩恵が齎す弊害

 ノックをせず扉を蹴破り、警戒しながら入る。

 

 

 

「舞桜ッ!」

 

 

 

 舞桜が手前で怯えながら里奈さんが寝ている布団を見つめる。

 膝が笑うように小刻みに震え、小さい声が漏れ出していた。

 

 

 

「り、里奈さんの身体に……黒い霧が……」

 

 

 

 霊感が弱い舞桜には黒い霧に見えているらしいが、その正体は里奈さんに憑りついていた白装束の化物だ。咄嗟(とっさ)に舞桜の前に立ち、化物は興味が無いのか妹に対して見向きもせず動こうとしない。

 覗き込むように里奈さんの顔を凝視する姿が、今までの比じゃない。垂れ下がる黒髪が里奈さんの顔に纏わりつくように、髪先が触れている。

 片目が髪のベールから覗く度、背筋が凍る。飛び出る程の眼球を全く動かさず、顔を下へと近付けていく。眠りに()いている里奈さんの顔面が徐々に漆黒が呑みこむように覆われていく。

 同時に室内は濁った嫌な(にお)いが充満し始め、鼻を押さえたくなる。

 何だ、この臭い……。

 まるで水が滞った沼に、生き物の死骸を放置したのと同等の臭い。強く残る死臭に耐え、化物に近付く。里奈さんに絡みつく髪の毛を解こうと、強く握り締める。

 琴線に触れたように、化物はゆっくり顔を俺に向けて首を伸ばして近付く。至近距離まで詰め、充血した瞳で凝望(ぎょうぼう)する顔立ちは虚無としか言いようがない。

 恐怖しながら顔を強張らせる中、化物の口角が上がり始める。

 

 

 

「うっ――」

 

 

 

 笑った。

 面のように貼りつけた表情が、描かれるような三日月で口端(こうたん)が限界まで伸びていく。僅かな口から確認できる歯肉には土気色の塊がこびり付き、それが血である事が分かった。

 近付くたびに、強い異臭が鼻にこびりつく。

 あまりの恐怖に手の力が抜け落ち、抵抗する気力が徐々に削がれて祓うという気持ちも失われていくように感じた。

 

 殺される……。

 

 その言葉が脳内を埋め尽くし、反芻する数秒。

 化物の背後から激しく窓ガラスが開かれ、そこには空狐が着物の袖を捲りながら立っていた。準備が出来た空狐は飛んで屋内へ化物の髪を鷲掴み、外に投げようと力を込める。

 

 

 

「ほぉれ、捕まえた」

「アァッ! 痛イッ!」

 

 

 

 反射的に化物は声を上げ、里奈さんの周りに憑りつく髪の毛が千切れる音と共に離れていく。それでも抵抗する化物は畳にしがみ付こうと、必死に爪を立てて反対に動く。

 

 

 

(わずら)わしいなぁ……。往生(おうじょう)、せいっ!」

 

 

 

 力技で空狐は投球をするように大きく振りかぶり、化物を地面に叩き付ける。着地点の先には、何故か婆ちゃんが立っていた。

 

 

 

「婆ちゃん! いつ帰ってたの!」

「そんなのいいがらっ、台所の井戸水持ってこ! 舞桜は御神酒(おみき)!」

 

 

 

 化物の首を掌で押さえながら絶叫し、急いで台所へ向かう。その最中も、化物の呻き声は平屋に反響し続けて耳に残響する。

 ろ過した水樽を桶に入れて外に向かう。

 同じように舞桜も神棚の御神酒を持ち出し、婆ちゃんに手渡す。その間も空狐は自身の腕に化物の髪を巻き付け、抑えている。

 婆ちゃんは井戸水を手に取り、化物の髪にかけ始めた。

 それまで(うごめ)く髪の毛が瘴気を放ちながら縮んでいく。化物自体も覇気が無くなり、苦悶の表情で大人しく、空狐の腕も解放された。

 

 家の井戸水がここまで強い効力を発揮する事に、思わず感心する。普段は料理と飲み水とか神事、畑に使うだけで有難みを感じ無かったが井戸の祠を大事にしようと心に誓う。

 

 一方、化物は首を動かしながら反抗して婆ちゃんが差し出す御神酒を口を開かず噤む。

 手で()じ開けようとするが、近付いた指を逆手に取って嚙み千切ろうと歯を鳴らす。それを隣で見ていた空狐は化物の頭と顎を押すように両手で抑え、無理矢理口を開ける。

 

 

 

「こっちは夕餉時に腹の虫が鳴って邪魔されて、腹が立っとるんじゃ……。さっさとしろ、馬鹿者がっ!」

 

 

 

 憤る空狐のお陰で開口することが出来、そこに御神酒を流し込む。

 嚥下する動作を確認し、苦痛で喉を抑え始める化物。追い打ちのように婆ちゃんが祝詞(のりと)を唱えると、体の痙攣が無くなっていった。

 浄化されたように化物は静穏な顔を見せ、冷淡さが残っていた瞳と肌は生気を取り戻したように()くなっていく。

 最期は瞼を下ろし、顔を(ほころ)ばせて夕闇の深海へと安らかに消えていった。

 みんなで見上げる最中、婆ちゃんの複雑な横顔が気になり、目が留まる。

 

 

 

「あんな悪霊さ、一年以上苦しんで……。あんな顔して()がいだら、(おご)らいねぇ……。(あやづ)らいで、可哀そうだっちゃやぁ……」

 

 

 

 言葉の意味すべて理解する事は出来ないが、あの化物が元凶では無い。

 多分、そう言う事だろう。

 静寂の中、打ち破るように誰かの腹の虫が鳴る。不意に空狐に目線を移し、呆れた顔を向ける。

 

 

 

「違う違う。余じゃないぞ!」

「あ、アタシのお腹……鳴っただけ」

 

 

 

 舞桜は気恥ずかしさから視線を逸らし、隠しているようだが耳が真っ赤でバレバレ。

 整理したい事もある為、みんな居間でカレーを食す事に。四人テーブルを囲み、食事を交えながら話す。

 先ず一つは、婆ちゃんが言っていた丞さんの死因が先刻浄化した化物の正体。あれが何故、丞さんを狙う必要があったのか。それをまず聞きたい。

 

 

 

「婆ちゃん。何で丞さんは、あの化物に殺されたの……?」

「……」

 

 

 

 押し黙る婆ちゃんは口に運ぶスプーンを止め、静かに器に戻す。

 婆ちゃんは下向きに、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

 

 

「……丞はウチの弟子みでぇなもんだ。他人優先、自分は後回し。教えは守るす、駄々なんかこねね。そいづが祟って、遅がれ早がれ……死んでだんでねぇがなぁ」

「……」

 

 

 

 切なく呟く言葉の重さに、俺はただ黙って聞く事しか出来ない。慰藉(いしゃ)の言葉が浮かばない、息子のように可愛がっていたのは俺もよく知っている。

 

 

 

「んだげど、丞が亡くなる一か月前……土地買収の電話が来たんだどさ。神社、売れってや」

「何で神社……?」

 

 

 

 不審な点に思わず聞き返す。

 土地であれば、山とか広い空き地を買い取る方が手間はかからない。ましてや、宗教法人は株を持たない。ビジネス上の意味で買収するのは困難。

 それに、こんな小さな神社を買い取った所で無価値なのでは。

 思案する間に、空狐が旨そうにカレーを頬張りながらニヒルに笑う。

 

 

 

「カカカッ。モリ坊、それは表向きの方便(ほうべん)よ。脅迫という揺さぶりをかけ、本当の狙いはカラカラさん。もとい、神社に眠る土地の恩恵を享受する事が日願成就とするが目的。そこで奴らからしたら邪魔者である(たすく)、里奈を殺す必要がある。そこで手っ取り早く、そこらの浮遊霊を悪霊化させ、三神(みかみ)家を襲わせた。まぁ、この夫婦もよく嫌がらせに耐えたものよ。これからも継続されるだろうが……」

「土地の恩恵って……?」

 

 

 

 空狐が説明する土地に関して、舞桜が聞き返す。

 

 

 

「舞桜が定住するこの土地で、災害で(こうむ)ったことはあるか?」

「……無い、かな」

「それだけ加護する力が強く、町全体が厄難が訪れない。地震、干ばつ、洪水、暴風。それら厄災を退け、稔りを静かに迎える。米が不作なんぞ、一度も無い。これだけでも、欲に駆られる阿呆(あほう)が奪うだけの根拠が生じ、三神家に因縁が残る。だから悪霊を仕向け、今度は里奈を討つ(あたま)になったのよ。今度は返り討ちにしてやったがな!」

 

 

 

 意気揚々と胸を張り、自慢気にドヤ顔を見せる。

 その空狐の態度が気に入らないのか、婆ちゃんは怒鳴りながら弾劾する。

 

 

 

(だい)のせいで……丞が死んだと思ってっけ! 丞は……有卦(うけ)さまの――」

「……すまんな、ババ」

「――っ」

 

 

 

 空狐の悲痛な瞳に、婆ちゃんは(きびす)を返して自分の部屋に行ってしまった。当時の詳細は分からないが、婆ちゃんも思う所はあるような、複雑な表情をしていた。

 まだ、カレー残ってるのに……。

 思いながら残りのご飯を終え、気まずい雰囲気の中で舞桜と二人で食器を洗う。空狐は見慣れないテレビに夢中になり、独り言を繰り返す。

 そんな中、沈黙に耐えかねたのか、舞桜があの二人の関係性について述べる。

 

 

 

「ねぇ、兄さん。お婆さんとあの狐、丞おじさんと何があったのかな……」

「うぅん……。推測でしかないけど、空狐に何かしらの原因があったのか……。それとも、お互い思う事があったのか――」

 

「モリ坊、いい加減その空狐という名はやめんか? 聞き慣れんくて、こしょばゆいぃ……」

「うわっ!」

 

 

 

 毎度毎度、心臓が飛び出るわ……。

 割り込むように空狐が肩に頭をのせてくる。食器が洗いづらいと指摘し、渋々と頭を上げる。そのやり取りに何が不満なのか、舞桜は怪訝な視線を向ける。

 

 

 

「な、何だよ……」

「別に……」

 

 

 

 ジト目のまま、何事も無かったように食器を洗い続ける。

 先程の質問に答える為に、俺は空狐に背中を見せながら会話をする。

 

 

 

「それで、空狐が嫌ならなんて呼べばいいだよ」

「ババは有卦さまと呼ぶからなぁ……。同じよう呼んでくれても構わんぞ!」

 

 

 

 背中にも伝わる程、空狐は興奮が抑えきれずに飛び跳ねているのが分かる。

 それも、耳が大きく風を切る音が聞こえる程。

 

 しかし、呼び名を決めるにしても……どうすれば――。

 空狐ノ有卦って愛称で呼ぶには変換し(にく)いし、正直どうでもいいような気も――。

 

 

 

「ウーちゃん……」

 

 

 

 舞桜が小さく愛称を呼び、空狐は嬉しそうな声を漏らしながら瞳を光らせて妹に抱き着く。

 

 

 

「おぉ……舞桜。ヌシからそう呼ばれて、余は……余は感涙の極みぃ!」

「ちょっ――やだ、離れてよ! もうっ……」

 

 

 

 押し退けるように空狐の顔を手で抑え、嫌な顔で意思表示する。

 だが、どことなく笑顔のようなものも垣間見え、声にも色が付いている。少しは元気になったと、兄なりに胸を撫で下ろした。

 ウー、か……確かに呼びやすいかもな。でもなんか、ちょっと犬っぽいな。

 

 心の中で笑いを堪え、じゃれ合う二人を余所(よそ)に、まだ一つウーに聞いていない事があった。

 俺が何故、二十歳(はたち)で霊能力が開花したか。その理由を、まだ聞いていない。

 食器を拭きながら向き直り、ウーに訊ねる。

 

 

 

「なあ、ウー」

「おぉ……モリ坊も余のこと、ウーと……。これぞ、これぞ感涙のきわ――」

「いや、もういいから」

「なんじゃ、ツレナイのう……。して、何だ?」

「何で俺が二十歳に、霊感が付いたんだ?」

 

 

 

 その問いにあっさり答えてくれると思ったが、ウーは神妙な面持ちで腕を組む。

 二十歳を(さかい)に開花する事が、そんなに重い選択なのか。ずっと唸り続け、ウーは眉間に人差し指を押し付け、しばらくしてから腕を下ろす。

 俺と舞桜はウーの言葉を、固唾を飲んで見守る。

 そして、数秒の沈黙を経て重い口が開く。

 

 

 

「それはな……」

 

「……」

「……」

 

 

 

 勿体ぶるなぁ、コイツ……。

 そんなに重い話なのか、俺の霊感……。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。