勿体ぶるウーに胸をざわつかせ、次の言葉を告げる。
「それはな……モリ坊が盛貞によく似てるんでな。能力を持たせるつもりは無かったんだが、成長するにつれ……我慢出来んくて。余の存在を認識できるように、付与させた……」
呆れた。
故人を悼んで懐かしむのは分かるが、似ているだけでここまでするか……。
俺たち兄妹は憐みの目を送りながら、ゆっくり視線を外して食器を拭く。真剣に聞いて損した気分だ。だから舞桜に霊感があっても不完全で、対処する術が無いのか。
こんな理由で付与され、悩んでいた自分が馬鹿らし……。
まぁ、今回の件でウーには助けられた訳だし怒る事でもないけど……。
「そうそう!
そうだと言わんばかりに、ウーは肩を揺らしながら大口で笑う。
毎度、心を読むのだけやめてくれんか……。会話がおかしくなる。
片付けも終わり、明日の仕事に支障が出ない程度に自分の部屋に戻ろうと踵を返す。だが、未だに高笑いをするウーにも嫌気がさし、注意する。
「お前な、いい加減に――」
直後、客間の廊下から足音が聞こえる。
少し汗ばみ、着崩した里奈さんだ。まだ起きたばかりなのか、瞼の周りが少し腫れている。
「モリちゃんに舞桜ちゃん……。今日はいっぱい迷惑かけちゃったみたいで、ゴメンね……」
壁に
俺はコップに水を注ぎ、テーブルに置く。
余程喉が渇いていたのか、一気に飲み干して息を大きく吐いた。いつもの優しい瞳で、俺に声を掛ける。
「モリちゃん、千代さんにもお礼を言いたいんだけど、今はどこに?」
「ふて寝じゃないですか。さっき喧嘩しちゃったんで……」
「モリちゃん、千代さんと喧嘩したの? それって、私の
「いや、俺が婆ちゃんとじゃなくてっ――。里奈さんの所為でもないんですけど……」
失言だった。
里奈さんには、ここに居るウーの姿は視えない事をすっかり忘れていた。その場はあやふやに誤魔化し、今日遭った事を話す。
その事で里奈さん、丞さんを襲った化物を退治することが出来た事を
「ゴメン、泣いちゃって……。でも、これから丞さんの分まで神社を守り抜かないと」
気持ちを切り替えたのか、里奈さんは胸に拳を作りながら気合いを入れ直した。
これ以上、厄介になる事は出来ないと里奈さんは立ち上がりながら玄関に向かう。夜道で襲われるのではと
「敵方も悪霊を消されたんだ。こちらに警戒して、すぐ攻撃する事はないだろう。それに、余の子も居る事だしな」
その言葉を信じ、俺たちは玄関で里奈さんに手を振りながら見送った。
春先とはいえ、夜の風は頬を軽く熱を奪う。
そんな中、舞桜は後ろに居るウーに視線を定め澱ませた口を開く。
「ウーちゃん……。お婆さんと仲直り、してね……?」
「何だ舞桜、憂いてくれるのか? まぁ、それはババしだいだろうなぁ……」
ウーは複雑な顔を指で擦りながら答え、舞桜は地面を見つめてしまった。
そんな落ち込む妹の頭を、慰めるつもりで手で数回撫でる。煩わしかったのか、舞桜は手で払い除けて顔を背ける。
「気安く撫でんな……」
語気が強くなったことで、少しは元気になったようだ。
相変わらず、感情を隠すのが下手だな。
兎に角、今後の事は明日考えよう。
対策にしても、婆ちゃんが居ない事には始まらない。今日はもう寝よう。
楽観的に捉え、俺たちは家に戻って明日に備えて就寝する。
曇天の翌朝、目を覚ますと舞桜は朝練なのか早々と朝食を済ませて電車に向かって行った。いつものように祝詞を奏上してから依頼名簿を確認する。
確認の為、今日予定の依頼者写真を眺めていた。明日の項目に、見覚えのある顔が目に留まる。
これって、あの時の女の人……。
竣工式で来ていた女性が、
毛嫌いしていた割に、依頼するなんて……ツンデレか。
「盛安、ちょっとございん」
後ろから声が掛かり、外へと婆ちゃんに案内される。
背中を追う途中、少し違和感を感じた。
婆ちゃんの息が異様に乱れている。その居心地の悪さに疑念を抱きながら、家のマンホール蓋の井戸を挟んで二人で立つ。婆ちゃんは勾玉が三つ垂れ下がる首飾りを持ち、こちらに振り向く。
「有卦さま、そごに居んだべ?」
「
俺の背後から霧のように、ウーが這い出てくる。
一段と重い面持ちで、腕組をしながら睨む。
確認した婆ちゃんは息切れを起こしながら、俺に視線を移す。
「はぁ……。今から、
言われた通り、そのまま直立状態で待機する。
静寂の中、婆ちゃんは瞼を閉じて何かを待っていた。数秒経ち、一面の鳥類が鳴き止み雲の隙間から俺達を照らすように日差しが顔を覗かせる。
婆ちゃんは瞼を上げ、その場でお辞儀をする。
一回、二回、三回……。
次に手を重ね、
一回、二回、三回……。
いつも使う作法とは違う回数で三度終えた後、その場にしゃがみ込む。
すると、地鳴りが響き始めてマンホールの蓋が少しずつズレていく。静かに水が溢れ、円形に波及するのではなく、一直線に俺の足下に集まってきた。続けてウーにも同様に水が迫り始める。
次第に水は這い上がるように俺達の身体に纏わり付き、水中で泳げるほどの大きさへと変化していく。包まれても呼吸は出来るし、目も痛くならない。不思議な感覚に身を委ね、即座に心地よさが支配する。
が、そんな気持ちに反して婆ちゃんの様子が
その変化に気付くと同時に、婆ちゃんの右腕から突然血が
驚く間もなく反対の左腕、腹の辺りからも血が噴き出し始める。
なんだこれ……。
「ウー! どうなってんだ!」
「……恐らく呪いだろう。
淡々と答えるウーに対し、俺は不自由な水の中で必死にもがく。
このままだと、婆ちゃんが死ぬ……。
状況を覆そうと水の壁を叩き、自力で抜け出そうと腕を振り上げる。だが、それを制止するようにウーは腕を前に出す。
「無駄だ。神人混淆は神と人間を融合させる儀式、止める事は許されん」
「誰と融合させんだよ! 何でこのタイミングで――」
不可思議な現象に語調を強く訴えるが、いつものような癖でウーは眉間を人差し指で押しながら苦悶の表情を浮かべる。
「近付いているのに、気付いたんじゃろ。これも
どういう意味だ……?
この儀式を今やらないといけない理由があるのか?
何も分からない。反芻思考を繰り返す中、纏っていた水は逃げるようにみるみる退いていく。それが婆ちゃんの首飾りの勾玉に吸い込まれ、マンホールの蓋が閉じられた。
力を使い果たしたように、その場に婆ちゃんは倒れ、息を切らす。駆け寄りながら意識が飛ばないよう、必死に呼び掛ける。
「婆ちゃん……!」
「盛安……」
腕を掴みながら何か訴えようとしていたが、俺はすぐ車の助手席に婆ちゃんを乗せていつも通っている病院に急ぐ。運転中、独り言のように婆ちゃんは憔悴しきる声で絞り出す。
「アンダの両親……。
「……」
お父さんとお母さんの名前に、言葉が詰まる。
両親が死んだのは俺が七歳、舞桜が生まれたばかりの頃に同じ病魔に侵され、他界した。丞さんと同様、生気を失ったように痩せ細って。それに婆ちゃんが関わり、殺した理由が分からない。
熟考する隙も与えず、後部座席で鎮座するウーが答える。
「モリ坊……。霊感を持って、何故両親が認識できないか……分かるか? 喰われてるんだ、魂ごと。これは三神の
家族の死が、丞さんにも繋がる……?
ウーは表情を崩さず、俺を真っ直ぐ見つめる。何か話そうとバックミラー越しに覗いてくるが、首を横に向けて何かを濁すように景色を覗く。
払拭できない疑念を抱き、ハンドルを握り締めて早急に病院へと向かう。病院玄関前に到着し、車を降りて車椅子を持ってくる。ドアを開け、婆ちゃんを抱えようと手を伸ばすと力強く腕を掴んだ。婆ちゃんは掠れた声を絞り出しながら、真っ直ぐ瞳に語り掛ける。
「盛安……よぐ聞がいんよ。このお務めは、人の念も視えない念も一挙に受け取る……。んだがら、辛いごともあっと思う。そんでも……盛安を頼る
「うん……」
頷く俺を見ると、婆ちゃんは優しく微笑み返す。
優しく抱きかかえながら車椅子に乗せ、看護師さんに容態を伝える。すぐ手術室に運び込まれ、具合が急変しないように長椅子で
一時間が経過して赤いランプが消灯し、いつも面倒を見てくれる黒の長髪で男性の先生が出てきた。
「先生っ……」
駆け寄り声を掛けると、何やら溜息を吐きながら呆れるように頭を横に振る。
「この間せっかく手の穴、治療したのに……。今度は三か所に刺し傷なんて……。守られてなかったら、千代さん死んでたよ?」
そう言い残しながら立ち去り、手術室から婆ちゃんが運ばれてくる。
台車を覗き込むと、いつもと変わらない血色のいい顔で寝ている。その後は入院期間、必要事項の際の電話など色々説明され、昼前に帰宅する。
デジャヴのような光景が家の前に広がり、また相談客の列が長蛇を成している。今日の人数を捌きながら、夕方を迎えた。
最後の一人を終え、仕事は終了。
明日の依頼名簿を確認する為に、紙を捲る。ページを進め続けて朝方、目に入った女性の所で手を止める。
霊能者が嫌いで、冷酷そうな女性。
嫌悪の対象である霊能者に依頼するなんて、それだけ
明日に来るらしいから、準備だけでもしておくか――。
「ただいまー」
今日の帰りは早く、舞桜が帰ってくる。
「おかえり――」
返事を返すのと同時に、突然電話が鳴り響く。
スマホの画面を確認すると、病院から着信だ。
恐らく、婆ちゃんが駄々をこねて毛布とか色々持参しろの催促だろう。
「もしもし――」
明るい口調で対応するが、看護師さんが電話越しで慌てながらバタバタと聞こえてくる。
「盛安くんっ。千代さん容態急変して、どうなるか分からないから……早く来て!」
楽観的に捉えていた思考は、一気に崩れ去る。
舞桜を車に乗るように指示し、すぐに病院へと向かった。駐車場に車を停め、裏扉のインターホンを鳴らす。
二階の病室に案内され、反響する廊下を進む。道中、周りの看護師さんが掻き分けるように奔り回っていた。
目的地の引き扉に手をかけ、ゆっくり開ける。
そこには、ベッドに一人で横たわる黄色い肌をした婆ちゃんが口を開けながら瞼を閉じていた。