神憑き霊能者   作:泰然

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遅くなりました、すみません……。


6話 葬儀

「婆、ちゃん……」

 

 

 

 無意識にベッドに横たわる婆ちゃんに向かって呟き、恐る恐る近付く。

 不意に皺くちゃの手に触れ、思わず顔を強張らせて項垂(うなだ)れる。身体に伝う熱がヒヤリと石を触っている感覚に襲われ、その場に崩れた。

 不思議と涙は出ず、床のタイルをただ呆然と視線を泳がせる事しか出来なかった。

 婆ちゃんが死んだ。

 ただその現実を突きつけられ、何も言葉が出てこない。その横で舞桜がベッドに近付いて、必死に呼び掛けている。

 

 

 

「お婆さんっ、起きてよ! 落ち込んでないでっ、兄さんも名前呼んでよ!」

 

 

 

 舞桜の呼び掛けには応えられず、無言のまま揺らされている婆ちゃんの顔を見る。

 薄情者と呼ばれるだろうが、本当に涙が出ない。親族が亡くなるのに、何も流れない。幼い頃に両親を亡くした時も、年齢もあって泣かなかった。

 だが当然、気持ちは消沈しているのは確かだ。俺の唯一、最後の育ての親。失ったものが大きすぎる。

 落ち込む側で、ウーが姿を現して三つの勾玉を指さす。

 

 

 

「モリ坊、その勾玉を舞桜に持たせろ」

「何で……?」

「遺体を片付ける前に持たせろ」

 

 

 

 理由は説かず、首飾りの勾玉を舞桜の首に掛ける。

 怪訝な顔のまま舞桜は無言で受け取り、静かに先生が入ってくる。腕時計を見ながら、死亡時刻を告げる。

 

 

 

「十八時、二十五分……。これから部屋を片付けたその(のち)、ご遺体を家に運ぶ手筈となります。待合室でお待ちください……」

 

 

 

 俺たちは看護師さんに案内され、待合室の長椅子のテーブルで会話の無いまま静寂に響く無機質な掛け時計の秒針が時を進める。

 思い出したように、俺はあの勾玉の正体が何なのか、神人混淆とは何なのか聞き出す。ウーは腕を組みながら神妙な面持ちで、鼻を鳴らす。

 

 

 

「あれは人間と神を混ぜる行為、並大抵の力では成し得ない術だ。何故この儀式に踏み込んだかは、舞桜に関係している」

「舞桜に……?」

 

 

 

 聞き返すとウーは腕組を解き、俺の隣、長椅子に腰掛ける。

 ウーは指先を持て余しながらテーブルの縁を弄り、喋り始めた。

 

 

 

「文字通り、舞桜は霊が不完全に視えて対処することが出来ない。そこで井戸の神の力を借りてモリ坊、余、水鬼(すいき)をかけ合わせた」

「でも、それだったら儀式に必要なのは舞桜じゃないのか? 護ってもらうなら、俺が入るよりその方が適切だろ?」

「阿呆、守護だけが対処ではない。魑魅魍魎を認識する事が何よりの武器になる。人間の霊もハッキリ認識できるモリ坊を入れて力を与え、完全に視えるようにする。これがババの狙いだろう」

「だから俺が儀式に参加したのか……」

 

 

 

 てか、やっぱり井戸にも神様居るのか……。

 ん? 待てよ、井戸水の神であれば龍が相場が決まっているはず。何で鬼なんだ?

 ウーに聞き返そう振り返ろうとした時、看護師が待合室に訪れる。どうやら、葬儀屋の手続きをどうするかの相談らしい。

 それについて問題ないと、看護師に告げて俺はある事を思い付いた。

 

 

 

「あの……婆ちゃんが亡くなった原因って何ですか?」

 

 

 

 出し渋るような表情を浮かべ、看護師さんは重い口を開く。

 

 

 

「……原因は、心臓弁膜症。血液の一部が逆流を起こして、体に綺麗な体液が循環されない症状。千代さんの年齢なら、起こり得る病気だけど……最初に運び込まれた時は、その予兆が無かったの。それに、この症状で容態が急変するのは……どうしてもおかしい。だから、最終的な診断は()()()()

「……そうですか」

 

 

 

 告げられた看護師さんからの言葉を反芻し、気の無い返事で答えて呪いが脳裏を掠める。

 こちら側としては、原因不明の肩書を並べられても霊媒師という生業上、殺されたのだと納得がいく。もちろん高齢という事もあるが、朝の出来事が符合し続けて婆ちゃんやウーの説明を聞けば、何もかもが理解できる。

 だが、呪いで殺された事実が重くのしかかり、悲しみより怒りが湧いてくる。

 霊が視える、ただの一般人なのに……ここまでされる義理も無いし、婆ちゃんを殺す必要も無い。拳を強く握り締め、指を白く染め上がる。

 感情を抑えようと握る手を振り払い、ズボンのポケットに固い物が当たる。その固い物を認識し、やらなければならない事を思い出す。

 

 

 

「親戚に電話しないとな……」

 

 

 

 こんな事をするのは初めての為、正直気が進まない。

 ポケットに手を滑らせ、スマホで連絡を取りながら舞桜が座る方を目で追う。放心状態の舞桜の横に寄り添うよう、ウーが隣に腰掛けて髪を撫でる。撫でられる眉一つ動かさず、舞桜は置かれた人形のように微動だにしない。

 やるせない気持ちに(さいな)まれ、俺は自分のスマホを強く握り締めながら親戚に対応していく。電話口で婆ちゃんの姉妹、深く関わりのある人物一同、驚きの声色を上げる。

 内心、九十二歳まで()()()()()、大往生だろ。ましてや、この仕事を生業にしてる人間は、本来こんな年齢まで生きられない。楽にも死ねず、人の業と欲に翻弄されて身勝手な人間までも救わなければいけない。丞さんのように、虎の尾を踏んで無残に呪い殺される。もちろん、俺の両親も。

 卑屈に考えながら電話対応を終わらせ、病院を出る際に看護師と先生に頭を下げる。車に乗り込み、再度先生に頭を下げながら家に戻った。

 車内では相変わらず、舞桜は一言も喋らずに太陽が沈んだ深海色の空を見上げている。

 バックミラー越しに見る彼女の顔は、酷く赤く腫れていた。ふと、舞桜は鏡越しに視線を合わせて閉じていた口を開く。

 

 

 

「ねぇ、兄さん……。何でお婆さんは亡くなったの……?」

 

 

 

 舞桜の言う通り、婆ちゃんが亡くなった朝方の出来事を伝えていない為、詳細を知らない。

 家に着くまで簡潔に説明し、病院で何故入院をしていて息を引き取ったか、言葉を紡いでいく。神人混淆の神事を無理矢理強行して婆ちゃんが舞桜に加護を齎した話をすると、自分に垂れ下がった三つの勾玉を握り締めて、口を縛るように噤んで声を殺しながら涙を流した。

 次第に嗚咽する音量は小さくなり、舞桜は隣に居るウーに質問する。

 

 

 

「この勾玉で悪霊とか視えるようになったりとか、護ってもらえるのは有難いけど……何でアタシ、最初からウーちゃんのこと認識できてたの?」

 

 

 

 舞桜の言う通りだ。

 本来、霊を認識できる範囲がモヤッとした煙の表現のはずが、ウーの事を最初から人のように目視で確認できていた。

 舞桜の疑問に、ウーは眉頭を吊り上げながら腕を組んで唸り続ける。唸り続けた結果、名案と言わんばかりに舞桜に近付いて指を立てる。

 

 

 

「家族の一員だから! これじゃろ!」

 

 

 

 真剣に耳を傾けたのがバカらしくなった……。

 重要な事を口にするかと思いきや、突拍子もないただの思い付きだ。ウーなりの励まし方だと思うが、聞いて呆れながらハンドルを動かして家に辿り着く。太陽は当然沈み、辺りは真っ暗だ。

 すると、家の敷地には車が数台停まっている。何台かは見知った車が散見出来るが、心当たりの無いモノも多い。

 いつもの場所に停め、車から降りると同時に俺の下に知り合いやら婆ちゃんの姉妹が駆け寄ってくる。その中で、(うち)と深い関わりのある分家(ぶんけ)佐竹(さたけ) 義則(よしのり)じいちゃんが一歩前に出る。

 

 

 

「盛安……。婆さま、亡くなったんだべ? やり(がだ)、わがんのが?」

「まぁ……なんとか」

 

 

 

 俺がそう言うと、よぼよぼの身体を傾けながら他の人を扇動する。

 長い白髪を(なび)かせ、玄関に向かいながら他に来た知人に指示を出していた。何も言わず協力してくれる人達のお陰で、少し心が温かくなる。

 その横でウーは着物の袖口を口元に寄せ、細く鋭い目尻を更に吊り上げながら嘲笑する。

 

 

 

「カカカッ。義則の奴、随分(ずいぶん)と老いたなぁ。まるで草臥(くたび)れ人参じゃな」

「おい。親戚なんだから、それぐらいにしとけ」

 

 

 

 俺はウーの額にお灸をすえる為にデコピンをかます。

 

 

 

「あいたっ!? 何する、モリ坊……」

 

 

 

 額を赤く染めた部分を両手で擦りながら、涙目で訴えかけてくる。

 俺は溜息を吐きながら、不穏な心が流されていくのを感じた。これも多分、ウーのお陰と解釈して三人で家に入ろうと地面を蹴る。

 そこにタイミングよく、葬儀屋の車が入ってきた。恐らく、婆ちゃんが来たのだろう。

 関係者の人が車から降りて一礼し、後ろから遺体となった婆ちゃんが姿を現す。台車に乗せられた婆ちゃんは、葬儀屋さんに玄関へと運ばれて消えていく。

 

 

 

「兄さん……」

 

 

 

 その姿を目で追っていた舞桜は再び瞳に涙を溜め、まだ何処か、心に区切りが出来ていないのだろう。

 婆ちゃんがまだ、死んでいないのではないかと……。

 そんな舞桜の蜂蜜色の髪を搔き回し、励ますように撫でまわす。

 

 

 

「……涙脆いな、舞桜は」

「う、うるさいっ……。だってまだ、信じられるわけない……こんなのっ……」

 

 

 

 強がる舞桜の言葉には、覇気が無いまま俺の手を振り解こうともしない。

 それだけ心が疲弊している証拠だ、大事な祖母を亡くした痛みは暫く癒える事は無いだろう。その中で、生き残った家族が摩耗した魂を保てるように支えられるかは、自分の役目だ。

 俺がしっかり、舞桜の家族として守る義務がある。絶対に……。

 そう心の中で誓いを立てる横で、ウーのニヤニヤした顔を尻目に我が家へと入っていく。

 

 もう中ではお供えする食べ物や神棚封じで施され、その場に婆ちゃんが白い掛物を敷かれて横たわっている。俺は思わず、婆ちゃんの顔を舞桜、ウーと覗き込む。始めて見る死に顔のはずだが、俺の感覚がおかしいのか、不思議と綺麗な顔立ちだと感じた。

 恐らく、死に化粧を少し施してもらったのだろうが、突然起き上がってきそうな雰囲気さえある。バタバタと親戚が家中を駆け巡る中、不自然にその音が小さく聞こえた。

 そして、葬儀屋の男性が婆ちゃんの顔に白い布を被せて俺たちに一礼する。顔が隠れた事により、舞桜は何か隔絶された気持ちを抱いたのか、覆い被さるように(むせ)び泣いた。

 

 

 

「お婆さんっ……っ……」

 

 

 

 舞桜の慟哭(どうこく)する光景に触発され、押し出るような涙をグッと堪える。

 視線を畳みの下に落としていると、ウーが指先で俺の肩を突く。ウーに振り向くと、顎で奥を指し示し、親戚一同が俺を見ていた。

 眉間に皺を寄せながら、無言でウーを見つめると着物の裾に腕を通して腕組をする。

 

 

 

「モリ坊に話があるんだろう。無論、ババのことでな……」

「婆ちゃんの……?」

 

 

 

 聞き返しながらウーの後方の居間に陣取る親戚の方に近付く。

 長方形の練炭式のコタツ暖炉の奥に、義則じいちゃんが腕を組みながら座っている。その周りを取り囲むように、婆ちゃんの姉妹や親戚が並んでいる。

 俺は義則じいちゃんの反対側に座り、話を待つ。

 

 

 

「盛安……おめぇ、婆さまの後継ぐのが?」

「そのつもりです……。婆ちゃんの遺言なんで……」

 

 

 

 継ぐという旨を説明し、視線をテーブルに落としながら唸った。

 

 

 

「んだげ……神社の土地の話も、聞いでっぺ?」

「はい……」

「んだげ……土地の話がら身を引げ」

「……何でですか?」

 

 

 

 義則じいちゃんは腕組みを解き、両膝に手を置きながら声を漏らす。

 

 

 

「本家のお前が、血引いでる。死を絶やす前に、盛安と舞桜だけでも……」

「じゃあ、買収の話が成立したら……神社と里奈さんはどうなるんですか……?」

「仕方ねえげど、神社は移すしかねぇべな……。日高見さんの血は絶やしたくねぇ……特に、直系はな。考えでけねぇか?」

 

 

 

 その言葉に歯を食いしばりながら呆れた。

 義則じいちゃんの中に、里奈さんの所在を心配する考えがない。旦那を亡くし、独り身で神社を支えた人物を蔑ろにできる心根が心底信じられなかった。

 煮えたぎる憤りを隠しながら自分の拳を強く握り締め、胡坐(あぐら)に目線を移す。その横に、静かに正座で耳打ちをするウー。

 

 

 

「家の問題は複雑だ。憤慨する気持ちも分かるが、家を守るための致し方ない犠牲だと思え……」

 

 

 

 ウーの言葉に納得がいかなかった。

 俺が守りたいのは、家系ではなく家族と自分の身の回りにお世話になった人だ。簡単に切り捨てられる事ではない。

 だが、家の問題で仲違いするのも気まずくなると感じ、無難な答えを義則じいちゃんに目を伏せながら言葉を投げる。

 

 

 

「……考えておきます」

 

 

 

 どうすればいいか分からない為、曖昧な答えで返答し、取り敢えず先延ばしにする。

 話が一段落付いた事で、親戚は俺に声を掛けながら玄関へと列をなして帰って行く。俺はまだ泣いている舞桜の下に、足音を消しながら近づいていく。

 俺の後ろに憑いていたウーが先に舞桜の下に畳を擦りながら膝を折り、憂慮した面持ちで背中を擦る。俺は経ち尽くしながら、不意にどうしたいか舞桜の背中に語り掛けたくなった。

 

 

 

「舞桜は家族として、今後どうしていきたい……?」

 

 

 

 投げかけた言葉に舞桜は振り返りもせず、婆ちゃんに抱き着いて声をくぐもらせながら涙声を出す。

 

 

 

「……っ。そんなのどうでもいい……今はお婆さんを弔いたい、それだけ……」

「そう、だよな……」

 

 

 

 当然の問いに、声をどもらせながら視線を落とす。

 先の事を考えても仕方ないと区切り、明日の本格的な死に化粧と通夜に備えて眠る事にした。

 

 

 翌日早朝。眠ることが出来なかった俺は、早々に婆ちゃんの下に足を運んだ。

 そこには、昨日の体制のまま泣き疲れて目の周りが赤く腫れた舞桜が頭を預けて眠っていた。俺は舞桜を起こし、親戚が来る準備をするように促す。

 頷きながら赤い目を擦り、洗面台へと向かって行く。暫く時間が経過し、昨日来た葬儀屋の男性が訪れ、親戚が続々と集まってくる。

 皆、婆ちゃんが寝ている場所に集められ、死に化粧を黙々と眺めていた。綺麗に御色直しされた姿を見て、舞桜は息を漏らしながら目に涙を浮かべていた。

 一方のウーは縁側で座り、退屈そうに庭を眺めていた。全部の工程が終わり、葬儀場へ運ぶために棺に入れられていく。

 持ち運ばれる中、婆ちゃんの姉妹の一人が家族に体を預けながら号泣する姿が見られた。その姿を通り過ぎ、俺たちは葬儀場に向かう為に車へ赴く。

 

 外に出る間際、見知った人物が驚いた表情と私服姿で訪れていた。

 今日の依頼主である、天音 煕だ。

 

 

 

「葬儀……?」

 

 

 

 呟きながら瞳孔を開かせ、一直線に俺を見据えていた。

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