~前書き~
※注意※
本作でもモブリットが出てきますが、関連作品【進撃の巨人~もう一人の選択~】での時期的にハンジは分隊長になる直前の為、ハンジのことは「分隊長」ではなく「ハンジさん」と呼ばせるようにしています。ご了承ください。
↓それでは、本編へどうぞ↓
『話をしようじゃないか!』
犯罪歴のある徴兵者を収監していた古城の付近の森に、ゲイリー__もとい、ゲリセンの声が響き渡る。
張り出た崖の先で、睨み合うゲリセンとハンジ。
しばらく沈黙が続いたのち、先に口を開いたのはハンジだった。
「話をしようったって、この状況じゃできないだろ? ……そこで、提案がある」
「…何だ」
「私が代わりに人質となろう」
「ハッ…そりゃいい!」
ハンジはゲリセンの反応を受け、両手を挙げながらゆっくりと近づいて行く。
「武器は所持していない、この通りだ。私があんたの目の前まで行ったらその人を離せ」
「あぁ、いいだろう」
「ハンジさん!危険です!!」
ゲリセンの後に声を張り上げたのは、ハンジの部下モブリットだ。
ハンジは振り返らず、背中で会話を交わす。
「モブリット。そこの憲兵さんたちにもう少し下がるよう伝えてくれないか?」
「し、しかし…!」
「大丈夫。何も問題ない。君は
「っ……わかりました」
「あぁ、頼んだよ」
ハンジがゲリセンの元へ辿り着き、人質が解放された。
モブリットは血が流れ出ていた人質の首元を布で押さえつけながら、安全な場所まで避難させる。
それから憲兵たちをゲリセンが納得のいく距離まで下がらせたのだった。
**
こうして、場は整った。
「ようやく2人きりで話ができるね、ゲリセン」
「あぁ、この時を待ち望んでいたぜ? ソフィアン」
ゲリセンはハンジを正面に立たせることで銃弾の盾にし、刃物の切っ先はハンジの胸元へ向け続けながら話を続ける。
「家族の再会だ。思い出話に花を咲かそうじゃないか……おっと。家族と言ったが、今のお前はなんだっけか? あの爺さんの娘だとかほざいてたな」
「そう、私はハンジ・ゾエ。生まれ変わったのさ。あんたに
「フン…負け惜しみか? 敗者ほどよく吠えるとはお前のことらしい」
「へぇ…ならあんたは勝者だとでも?」
ピクッ…
「イヤ? もっとより高貴なものだ……俺は、“成功者”になるはずだったんだよ!!」
突然、ゲリセンが声を荒げる。
さらに、ハンジの言葉が耳に障ったのか、ゲリセンはこれまでの経緯を武勇伝のようにぺらぺらと語り始めたのだ。
**
幼少期、2人がまだ6つの頃。
ずる賢く狡猾な性格をしたゲリセンは、この頃からすでに野心を抱き始めていた。
ある時、区の領主が主催する晩餐会に家族で参加し、そこでゲリセンは幻滅した。
自身の父ゲラルドが堕落していることに気が付いたのだ。
当時の父は曾祖父が築き上げた地位にかまけ、美味い商談話に耳を傾けないなど、利益の追究をおろそかにしていた。
ゲリセンはそれが許せなかった。
『自分ならもっと高みを目指せる』__その野望はいつからか、彼の中に潜む棘を研磨していったのだ。
そして、7つになる頃。
ソフィアンが両親に内緒で鳥を飼い始めたことに気が付いたゲリセンは、あることを思いついた。
それは、『家業の継承権を
社会通念上、男児が家業を継ぐというのが常識だ。
しかし、先に産まれたとは言え、ソフィアンとは“双子”というのが引っかかる。
さらにソフィアンが天才的な頭脳を持つことからも、後継ぎの座を奪われる可能性が万に一つもないとは言い切れない。
だが好都合なことに、ソフィアンはその天才肌故に
両親はソフィアンのことを『病弱な子だ』と周囲に嘘のたまい、屋敷の中に軟禁し、学校にも通わせていなかったのだ。
そのような背景もあり、ゲリセンは両親にソフィアンを
それが、例の【小鳥虐殺事件】*1である。
事件後、いよいよソフィアンの扱いに困り果てた両親に対し、ゲリセンは人伝に聞いた情報として『子が生まれ過ぎた家では抱えきれなくなった子どもを里子に出すこともあるらしい』などと助言した。
とは言え、貴族家から里子を出したとあっては、評判に響きかねない。
そこで両親はソフィアンを遠くの地へ捨て置いたのち、娘は『病気で亡くなった』ことにして葬儀も行い、戸籍さえも偽造したのだ。
これで、ゲリセンの邪魔はいなくなった。
それからはすべてが上手くいったように思えた。
学業では常に首位を獲得し、良家との縁談も決まった。
元凶の始まりは、いよいよ家業を継ぐことになった845年のこと__
『ウォール・マリアが陥落した!!』
それはゲリセンにとって“大打撃”となる知らせだった。
ウォール・シーナにある名門校を卒業後、家業を手伝っていたゲリセンは事業拡大のため、大きな賭けに出ていた。
ウォール・マリアの土地を大量に買い占め、そこに新たな工業都市を築き上げる計画を立てていたのだ。
しかし、都市の建設途中に訪れた
工業都市建設計画はゲリセンの独断で進めていた事業だったこともあり、彼は家を追い出されてしまう。
そうして、放浪生活を強いられたのち、ゲリセンが辿り着いたのはウォール・ローゼ南区にあるトロスト区近辺の街だった。
そこでの商売はやりやすかった。
襲撃事件があったばかりで人が溢れていて管理が杜撰__偽名で潜り込むのに打ってつけだった。
それまで内地だった土地が最前線となったことで土地の価格は下落__買い占めるチャンスだった。
避難民たちの対処に憲兵たちが駆り出されていることで闇取引が横行__売り手はすぐに見つかった。
『このまま行けば、またウォール・シーナでの地位を取り戻せるかもしれない…』
そう考えたゲリセンは、様々な犯罪に手を染めていったのだという__
………
…
「わかるか? この屈辱が……俺は底辺からまた這い上がってやるって心に決めたんだ!お前に邪魔されなきゃ俺は、成功者に返り咲いた!!」
唾を飛ばしながら喚き散らすゲリセン__しかし、ハンジは至って冷静だった。
「何故そこまで、『成功者』にこだわる? ゲリセン、あんたは失敗を恐れ過ぎた……それが、あんたの“落ち度”だよ」
「なん…だと…?」
「失敗を恐れ、受け入れる覚悟もない者が成功者にはなれる筈もない」
冷ややかに放たれたハンジの言葉が、ゲリセンの眉間に血管を浮かび上がらせる。
「ハッ…めでたい脳みそしてやがるな? 失敗した人間がどれほど惨めか、この身で味わった!もう二度と失敗は許されない……お前はそんな地獄を味わったことがあるか!?」
「あるよ。嫌になるほどね……成功の裏にはいつも失敗が潜んでいる。何なら、まだ
「なら、俺の話が少しはっ…」
「だが!失敗は『不成功』を意味しない……失敗の経験は、次の成功の糧となるからだ」
「…
「こじつけなんかなじゃい。あんたは人から搾取し、得たものだけで測ろうとするから本来の価値を見出せないんだ。人の価値はその人が得たものではなく、その人が
「は…さっきから論点がズレてねぇか? 一体、何を……!?」
その時、ゲリセンの脳裏に酒場での光景が過る__
―“『ゲイリーよ。成功者になろうとするでない……価値のある人間になるのじゃ』”―
思い出したのは、ゾエ爺の言葉だった。
目の前にいるハンジとゾエ爺の姿を重ねたゲリセンは、片側だけ口角を上げてほくそ笑む。
「ハハ…なるほど、な。あの爺さんの娘ってのは本当らしい」
「分かってもらえてよかった。ちょうどそのことも聞きたかったんだよ……ゲリセンなんだろ? ゾエ爺の研究を憲兵に告発したのは」
「あぁ、壁の研究がご法度だってことは噂に聞いていたからな。まさかあそこまで憲兵が本格的に動く事由だったとは驚きだが……で、それを知ってどうする? ここで仇でも討つか?」
「そうしたいのは山々だけど……まずは理由を知りたい。ゾエ爺とは酒場で仲良くしてたんだろ? なのに、何故…」
「別にお前の爺さんと友達になったつもりはない。向こうが勝手にかまってきただけさ……俺としては、危うくなった時にいつでも憲兵の盾に差し出せる『身代わり人形』としか見ていなかったぜ?」
「じゃあ、憲兵はあんたを見逃してゾエ爺の研究阻害を優先した、と…?」
「だから俺も驚いたと言っただろ? しかし、お陰で一時はやり過ごせた……爺さんには
ピクッ…
それまで平静を保っていたハンジの目が、ほんの少しだけ尖る。
「…そんな軽い言葉を並べれば罪を償えるとでも? ゾエ爺の親切心を踏みにじるな」
「いやいや、俺は可哀そうだと思ったんだ」
「可哀…そう?」
「そうだ。あの爺さんはかなり用心深かった。それなのに、俺なんかと関わっちまったせいで人生を台無しにしたんだ。とんだ
「…黙れ」
ハンジの声色が強まる__だが、ゲリセンは構わず続けた。
「…イヤ、待てよ。爺さんが俺にご熱心だったのは、俺がお前と似てるからじゃねぇか?」
「もういい、それ以上は…」
「俺に娘の面影を重ねてたんだろうな。可哀そうに…」
「わかったから、少し黙ってくれないか?」
「つまり、あの爺さんの失敗は……
「黙れと言った筈だ!!」
突然、ハンジが声を荒げる。
さらにハンジは勢いよくゲリセンの胸ぐらをガシッと掴むと、崖の縁まで一気に押しやったのだ。
瞬時に反応したゲリセンは、ハンジの首元にナイフの腹を当てつけて動きを止めさせる。
「オイオイ、まさかここから突き落とす気か? 兵隊さんのお前がそんなことしていいはずねぇよな…」
「そうだ、できない。だが……それ以上ゾエ爺を侮辱してみろ!私の手が
そう言ってハンジはぐぐっと拳に力を入れながら、キッと鋭く睨みを利かせる。
すると、ゲリセンは壊れたように笑い出した。
「くっ…はは……あっははは!!」
「…何がおかしい」
「俺はな? 何も和解のためにお前をここへ呼び出したわけじゃない」
「へぇ……なら、さっきまでの会話は何のためだったんだ」
「そりゃあ、お前……
「まさか、最初から死ぬ気でっ…」
「あぁ、そうさ!」
威勢の良さに気を取られた瞬間__
ガッ!……グルンッ!
ゲリセンの蹴りがハンジの足元を払った。
さらにその勢いを利用して、ハンジの体を引っ張って回転させたのだ。
「死ぬのは、お前だがな!!」
形勢逆転__今度はハンジが崖の縁に追いやられてしまった。
ハンジは胸ぐらを掴まれた状態で、崖先から上半身を押し出されている。
足先で何とか踏ん張っているが、ゲリセンが手を離した途端、ハンジの体は転落するだろう。
ジャキジャキジャキ!
息を合わせたように、ゲリセンの背中へ銃口が向けられる。
しかし、ゲリセンは動じない。
「おっと、撃つなよ? こいつが落ちても良いってのか!?」
「くっ…」
憲兵たちは引き金にかけた指をどうすることもできず、ただゲリセンの出方を伺うしかなかった。
その姿をゲリセンは鼻で笑う。
「フッ…所詮、兵士ってのはちょろいもんよ。こうして人質を取れば何も出来やしない」
「な…何がしたいんだ。ここで私を落とせばゲリセン、あんたは確実に撃たれる…」
「だろうな? だが、俺は
「!?……なるほど、そうか…」
そう言うと、ハンジはチラッと崖下に目を向ける。
「オイ、どこ見てやがる。確認したって無駄だ。打ちどころが良ければ……なんて高さじゃない」
「そうみたいだね……ゲリセン。最後に一つ、聞かせてくれ」
「…何だ」
「あんた、
「ハッ…俺は自分しか信じない。そうやって成功を手にしてきた!」
「そっか。……話せてよかったよ」
「は? 待て、お前っ…」
「さようなら、ゲリセン」
バッ!
「なっ…!?」
ゲリセンの腕を払い、背中から落下していくハンジ__ゲリセンは想定外の展開に思わず、堕ち行くハンジの姿に夢中になった。
その時、落下するハンジの周囲から発せられる風の音とは別に、蒸気音のようなものが混ざって聞こえてきた。
プシュゥゥ――ッ…
音の正体は立体機動で崖の側面をなぞる、モブリットだった。
「ハンジさん!!」
叫ぶモブリット__すると、ハンジは空気抵抗を受けながらも、必死に腕を伸ばす。
そして…
パシッ!
「大丈夫ですか!?」
「あぁ。流石だ、モブリット。君なら来てくれると思ったよ…」
「こんな無茶な作戦……本当に落ちてたかもしれないんですよ!?」
「はは……でも、成功したじゃないか」
「いくら何でもワイルドすぎます!!」
「あはは、ごめんごめん」
無事にハンジの体を受け止めたモブリットは、そのまま軌道を描きながら崖の上まで登る。
それと同時に、銃を構えていた憲兵たちが崖先で唖然としていたゲリセンを取り押さえ、その腕に手錠をかけたのだった。
**
ハンジがモブリットと共に崖先へ戻ると、憲兵たちに囲まれたゲリセンが地面にうずくまっていた。
その無様な背中を見下すように、ハンジは言葉を投げかける。
「残念だったね、惜しかった」
「…黙れ」
「本っ当ぉ~に惨めだよ。
「もうどうでもいい、何もかも…」
「最後にいいことを教えてあげようか」
「…五月蝿い、黙ってろ」
「人を信用しない奴は、誰からも信用されない……それが、あんたの“敗因”さ」
「黙れっつってんだろ!!」
ゲリセンの怒号がこだまする。
ハンジはその反響音が消えるのを待った。
それから憲兵に後を託すと、そのまま振り返り、モブリットを連れて歩き出したのだ。
「クソッ!…クソがぁぁぁぁ…!!」
去り行くハンジの背中に、ゲリセンの嘆き声がしがみついてくる。
だが、ハンジは構うことなく歩を進める。
その足取りからは、迷いも、悔いも、感じられなかった。
一歩、そして、また一歩__過去の因縁を断ち切るように、ハンジは大地を踏みしめて行くのだった。
………
…
次第にゲリセンの声は聞こえなくなり、自分とモブリットの足元で奏でられるジャリジャリという小さな足音だけが、ハンジの耳に入ってきた。
その心地よい音へ身を寄せるように、ハンジは自然と口を開く。
「モブリット。今回のこと、他の皆には言わないでくれ」
「…わかりました」
「ありがとう」
ハンジは一言お礼を言うと、両腕を後頭部で交差させ、少し背を反らすように脇腹を伸ばした。
落下の際に感じる浮遊感は立体機動で慣れているはずなのに、何故か肝が冷やされた感覚を覚えていた。
これまでに感じたことのない“緊張感”と“嫌悪感”__それらが与える精神的ダメージが、体の不調となって表れたのかもしれない。
「はぁ…いつの間にか私は変わってしまったよ。巨人ならまだしも……人に対して本気で『死んでくれ』と思った感覚は初めてだ」
それを聞いたモブリットは、言葉を選ぶように少し間を開けてから答える。
「…事情を知らない身で言うのもなんですが、あなたは間違ってなかったと思います」
「君は気遣い屋だね。だけど……私に
「……」
モブリットは言葉を返すことが出来ず、ただ俯いた。
その様子を察したハンジは、少し申し訳なさそうに視線を外す。
そして、遠い空の黄昏に向かってポツリと小さくつぶやいたのだった。
「人間って、怖いなぁ…」
〜後書き〜
“成功者”に固執し、失敗を認めないゲリセン。
挫折を愛せなかった人間の末路を描いてみました。
『人の価値とは、その人が得たものではなく、その人が与えたもので測られる』
上記はアインシュタインの名言の一つですが、この言葉は至極胸に刺さりました。
物書きという身として、作品を通して誰かに感動を与える__そんな人間になれたらいいなと思います。
■次回予告:『#11 知に飢えた悪魔』
※次回、ハンジのスピンオフ最終話となります。
■おまけ
◎モブリットの立体機動装置について
モブリットは崖へ向かう途中、ハンジから【最悪の想定】として「自身が崖から落とされた場合に立体機動で助けてくれ」と指示されていました。
本編にあったハンジの台詞『君は私の言った通りにしてくれ』はその指示のことを差し、モブリットはそれを察しています。
ハンジがゲリセンから事の経緯を聞き出して時間を稼いでいる間、モブリットは人質を預け、近くの兵団施設まで馬を走らせて立体機動装置を借りに行っていました。
ようやく戻ってきた時にはハンジが崖に追いやられていたので、かなりギリギリだったそうです(笑)