== 遡ること、数日前 ==
___ウォール・シーナ内とある貴族家の敷地にて。
「おかーさま、見て!また変な形の生き物がいたよ!」
「!?…ソフィアン……あなた、また勝手に外に出て…!」
「ご、ごめんなさい……でも、家の中じゃ生き物たちと会えないもの!せっかく、すぐ近くに森があるのに…」
「何度言ったらわかるの? あなたは
「…私、元気だもん」
「っ…いいから、言う通りにしなさい!これはあなたの為なのよ…」
「……はい」
“ソフィアン”と呼ばれた少女は、しょぼんと肩を落としながら自分の部屋へと向かった。
だが、部屋に入った途端__急いで部屋の鍵を閉めたかと思うと、また一気に明るい表情に戻ったのだ。
「…なぁ~んてね!絶対、言うことなんか聞くもんか!…おいで、ピーちゃん!」
「ピィーーー!」
少女の呼び声に反応したのは、珍しい羽根の色をした小鳥だった。
なんと少女は、母親に黙って自分の部屋で小鳥を飼っていたのだ。
勢いよく飛んできた小鳥は、少女の頭や頬をつついている。
「ははっ、くすぐったいよ…!」
その時、少女の部屋の扉が静かに開かれた。
ギィィ…
「やっぱりな……最近、お前の部屋から物音がするから、怪しいと思ってたんだ」
「ゲリセン!?…な、なんで……鍵を閉めたはずなのにっ…」
「あぁ? 鍵なら
「お、お願い!……おとーさまとおかーさまにはっ…」
「言いつけたりしねぇーよ。面倒だからな」
「よ、よかった…」
「それより、毎晩物音がする方が迷惑だ。そこで、お前に耳寄りな情報を持って来てやったぜ」
「え!?なに!なに!」
「こっちだ。ついてこい」
少女は言われた通り、“ゲリセン”という名の少年についていく__
「どこまで行くの? こっちは地下室でしょ?」
「この屋敷は無駄に広い。地下に使われていない部屋がいくつかあるんだ」
「使われていない部屋!?」
「あぁ、それに何部屋かは上部がギリギリ地上に出ていて、小さい格子付きの窓もあるから空気も循環してる。そこならお前の鳥を飼えるんじゃないか?」
「な、なるほど!それは名案だよ!」
「だろ? お母様たちがこっちに近づかないよう立ち回っといてやるから、その間にお前は地下室を確認して来い」
「うん、そうするよ!ゲリセン、ありがとう~!」
そう言って少女は嬉しそうに地下室へと駆け下りて行った。
少年はその後ろ姿を見下ろしながら、怪し気にほくそ笑む。
「ふんっ…チョロい奴め…」
この時、少年が後ろに隠していた手には何か
***
___数十分後。
少女はムスッとした顔で階段を登っていた。
「ゲリセンの嘘つき!…窓がついてる部屋なんて、
「ソフィアン!!」
ビクッ…
突然のどなり声に少女は肩をびくつかせる。
恐る恐る見上げると、階段の上には鬼のような形相をした母親が立っていた。
「…来なさい。すべて説明してもらうわよ」
「?…お、おかーさま…一体、何のこと…」
「いいから黙ってついて来なさい!!」
「…はい」
言われた通り母親について行った少女は、その道順から自分の部屋へと向かっていることに気がづいた。
きっと、小鳥のことがバレてしまったのだろう。
部屋で飼うのは諦めて、森に会いに行けばいいや。
__そう思っていた。
だが、辿り着いた先で目にした光景は、少女にとってあまりにも残酷なものだった。
**
「!?…ピーちゃん!そんなっ!!」
少女が“ピーちゃん”と名付けた小鳥は、無惨にも、机の上で串刺しになっていたのだ。
薄い板の上に仰向けになった胴体の中心に、ピックのようなものが刺さっている。
さらには、無理やり広げられた翼が細い釘で左右に固定されている。
まるで、
…ポタッ……ポタッ…
床に滴り落ちる血の音が耳に障る。
「ひ…ひどい!誰がこんなことをっ…」
パシン!
悲しみに打ちひしがれる少女の頬に、弾かれたような“痛み”が走る。
「とぼけるのもいい加減にして!あなたの奇行には、もうウンザリだわ!」
「おか…さ……ち、違う!私じゃない!!ピーちゃんは大切な友達だったんだ!」
「鳥が友達ですって? また訳の分からないことを……あなたはウォルシュ家の“恥晒し”よ!」
「そ…そんな……信じて!私はこんな酷いことっ…」
「嘘おっしゃい!!同じ
「っ……そ、そうだ!さっきまでゲリセンも一緒にこの部屋にいたんだよ!ねぇ、そうでしょ? ゲリセっ…」
その時、少女は目を疑った。
双子の兄であるはずの少年が、母親の背後で薄ら笑いを浮かべていたからだ。
「!?……ま…さか……どうして…?」
「おい、出まかせを言うな。俺はコソコソと地下室へ行くお前を見かけて、また悪さでもしたのかと部屋を確認しに来たんだ。そしたら鍵がかかっていて、不審に思ったからお母様をお呼びしたまでだ。お母様ならこの部屋の“鍵”を持っているからな」
「なっ…!?」
__嘘だ。
だが、少年が何故嘘をつくのか、少女にはすぐに理解できなかった。
考える暇もなく、母親が畳みかける。
「ゲリセンの言う通りよ。この部屋に鍵がかかっていたのは本当だわ」
「か、鍵なんてかけてない!かけられないよ!だって、私は……鍵を持ってないんだもん!」
「だから内側から鍵を閉めて、窓に吊るしたロープで抜け出したんだろ? まったく……手の込んだ犯行だな」
「…ま、窓?」
窓に目を向けると、確かにロープがかけられている。
「!?」
__偽装だ。
すぐにそう確信した少女は、母親に問いかける。
「…おかーさま。この部屋の鍵を開けようとした時……虫が出たりしなかった?」
「!?……な、何でそれを知ってるのよ!」
「さぁ、
そう言って少女がキッと向けた視線の先では、少年が眉をひそめていた。
2人がしばらく睨み合っていると、母親は少し取り乱したように声を震わせる。
「き、気味が悪いわ……とにかく、このことはゲラルドにもっ…」
「スーザン。これは何の騒ぎだ?」
そこに、ちょうど仕事から帰宅した父親が現れる。
「あなた!ちょうど良かったわ、実は…~~~~」
**
「そうか、わかった。……ソフィアン、今日のところは私の書斎で過ごしなさい。その鳥は私が埋葬しておこう」
「…はい、おとーさま」
父親はたったそれだけを少女に言いつけると、母親と少年を連れてどこかへ行ってしまった。
少女は小鳥の元へ近づくと、歯を食いしばりながら何度も謝る。
「ごめんね、ピーちゃん……ごめんっ…!」
その後、少女は涙をボロボロと零しながらも、父親の書斎へと向かったのだった。
***
___翌日。
今回のことで両親からの扱いがさらに悪化するのではと覚悟していたが、少女の不安は杞憂に終わった。
あれからというもの、こっぴどく叱られることもなければ、今後の生活に厳罰化を強いられることもない。
不幸中の幸いと言うべきか、一切何のお咎めもないのだ。
それどころか、むしろ以前よりも少女に向けられる家族の態度は良くなったようにも思える。
それも、少し気色が悪いほどに。
だが、そんなことよりも不可解だったのは、何故ゲリセンが自分を
納得のいく答えが見つからないまま、ただ無情にも時は過ぎて行くのだった。
**
少女は今まで通り、何事もなかったかのように陽気に過ごした。
あの辛い出来事を思い出したくなかったのだろう。
そんなある日のこと__
「ソフィアン、これから少し遠出をしないかい?」
父親から唐突に“遠出”の誘いがあった。
「遠出!どこに行くの?」
「実は知り合いにとても有名な博士がいるんだ」
「博士!?」
「あぁ、そうだ。その人の話はきっとソフィアンも楽しめるよ」
「行くーー!!」
行先は教えてくれなかったが、かなり時間がかかるらしい。
少女は暇つぶしになりそうな本を1冊だけ手に取ると、階段を駆け下りた。
「あれ?…ゲリセンは一緒に行かないの?」
「あぁ、ゲリセンは学校の課題があるから留守番だ」
「ふーん……そっか!」
「さぁ、出発の時間よ」
そうして、少女は両親と共に馬車へ乗り込んだ。
「ソフィアン? お母さんとしりとりでもしましょうか」
「いいね!でも、私強いよ~?」
「ふふ、負けないわよ」
道中、少女は母親と他愛もない会話を繰り広げながら、言葉遊びや手遊びで時間を潰した。
まるで、
「ねぇ、おかーさま? 後ろに積んである
「そ、それは……これから向かう土地にリンゴ畑があるそうよ。少し、頂いて行こうと思ってね」
「リンゴか~、楽しみだね!」
こうして、彼らを乗せた馬車は、ウォール・ローゼ南区へと向かって行くのであった。
=====
この時、私は既に気づいていた。
―“ 自分は捨てられるのだ ”―
…と。
だが、不思議と悲しさはなかった。
イヤ…むしろ、喜んでいたのかもしれない。
きっと、頭のおかしな私にとって、
“常識”という名の『籠の中の空』は、狭すぎたのだろう。
〜後書き〜
■ウォルシュ家について
《家柄》
ウォール・シーナ東区に豪邸を構える貴族階級の家系。代々、建築家として王に貢献。
その昔、現当主ゲラルドの祖父が王都ミットラスや地下都市の建設に携わっている。
《家族構成》
・父親 :ゲラルド・ウォルシュ
・母親 :スーザン・ウォルシュ
・双子(兄):ゲリセン・ウォルシュ (※1)
・双子(妹):ソフィアン・ウォルシュ (※2)
※1:ゲリセン:ずる賢い、狡猾という意味のドイツ語『gerissen』より
※2:ソフィアン:知恵、叡智などを意味するドイツの人物名『sophie』より
■次回予告:『#04 人は空を飛べるのか』
■おまけ
◎記事:ゲリセンがソフィアンの部屋を偽装した方法について
https://note.com/singeki_satory/n/n0aaab7df8d17