知に飢えた悪魔   作:赤道さとり

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~前書き~

・村を飛び出し、訓練兵団⇒調査兵団へ入団するまでの話です。
・今回から1話辺りの文章量が少し多くなります。(たぶん)

↓それでは、本編へどうぞ↓




#05 レンズを通した世界

 

 

___832年。

 

それは、ハンジが12歳になる年のことだった。

 

 

「アレクが……()()()!?」

 

 

突然の訃報に、動揺を隠せないハンジ。

 

 

「そんなっ…どうして!? ついこの間、調査兵団に入団したって知らせがあったばかりじゃないか!」

 

「すべては電報に書いてある通りじゃろう……巨人に襲われて死んだのじゃ」

 

「で、でも!アレクは訓練成績も良かったんだろ!? 最終順位も10位以内だったって!それなのにっ…何故!?」

 

「初陣だったのじゃ……“実戦”と“訓練”とでは違う」

 

「だけど!これじゃあっ…」

 

ハンジ!!……辛いのは、()()()じゃ…!」

 

 

ゾエ爺は少し声を強めながら縋りついていたハンジの手を引き剝がすように握ると、周りを見よと言わんばかりに目配せをした。

電報を受け、村人たちがゾエ爺の家の前に集まって来ていたのだ。

 

ハンジは悲壮感を漂わせながら村人たちの顔を順に見る__その中には、悔しそうに歯を食いしばるオーウェンの姿もあった。

 

 

「ねぇ、オーウェン……君なら何か聞いてるだろ?……アレクは何故、巨人なんかにやられてしまったんだ!?」

 

「……」

 

 

だが、オーウェンは気まずそうにハンジから目を背けてしまい、口を開こうとしない。

 

 

「何か知ってるんだろ!? 答えてくれよ、オーウェン!」

 

「…よさんか、ハンジ」

 

「だって電報にはアレクの最期が書かれていない……私は真実を知りたいんだ!」

 

 

ハンジはゾエ爺に歯向かいながら、今度はオーウェンの腕にしがみつく。

切実な瞳で声を震わせながら訴えかけ、掴んだ袖を揺らし続けていると、とうとうオーウェンが折れた。

 

 

「わかったよ……ゾエ爺、ハンジには話そう。きっとアレクも、隠してほしいなんて思ってないさ」

 

「……好きにせい」

 

「ありがとう。……ハンジ、よく聞いてくれ。アレクは……~~~~」

 

……

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___約1年後。

 

 

「本当に行くのか、ハンジ…」

 

 

物寂しそうな声色でそう問うのは、食卓の傍で杖をついて立つゾエ爺だった。

 

 

「あぁ、もう申請も通した」

 

「…そうか」

 

「……」

 

 

ハンジは衣類や日用雑貨を詰め込んだ大きな皮の入れ物を背中に担いだまま、シンクに置いてあったグラスに水を汲み、ぐいっと飲み干してみせた。

それからまたグラスをシンクに戻すと、静かに喋り出す。

 

 

「私の名前だけど、ゾエ爺の姓を使わせてくれて助かったよ。おかげで申請は問題なく通った……ゾエ爺には感謝してる」

 

「…そうか」

 

「それと、ドレイクにゾエ爺の家の手伝いや隣町へのお遣いは頼んでおいた。彼なら頼もしくやってくれるだろうからね」

 

「…そうか」

 

「それじゃあ、研究頑張って……私は行くよ」

 

「……」

 

 

素っ気ない返事を繰り返していたゾエ爺だったが、しまいには黙り込んでしまった。

 

しばらく見つめ合う2人__痺れを切らしたハンジが何も言わずに背を向けると、ゾエ爺はそれを引き留めるように言葉を投げかける。

 

 

「…待つのじゃ、ハンジ」

 

 

その声が放つ緊張感に自然と足が止まった。

ハンジはゾエ爺に背を向けたまま静かに答える。

 

 

「……何?」

 

「主は()()()()()兵士になろうとしておる?」

 

「それなら前にも話したじゃないか……私はアレクの意志を引き継ぐ。アレクが成し遂げようとしていたことを追うよ。彼に…報いるために…」

 

「…違うな。わしにはそうは見えん」

 

「!?…そ、そんなのっ…」

 

 

ハンジは振り向きざまに食卓へ両手を押し付け、少し声を荒げて訴える。

 

 

「ゾエ爺に何がわかるっていうんだ!」

 

「主が兵士になろうとしておるのは、巨人への興味……いわゆる『好奇心』からじゃ。それを隠さんとアレクの死を()()()()()のは見逃せん」

 

「…ち、違う!私は本当にっ…」

 

「ハンジよ。人の『好奇心』というものは、誰かに言われてどうこうできる代物ではない。自然と体の内から湧き水のように溢れてくるものじゃ。人間本来の“欲求”に近い……主はその湧き水が人より多いだけで、なんら恥ずべきことではない」

 

「…あぁわかった、恥ずかしがらずに本当のことを言うよ!私が兵士になろうとしているのは『復讐心』からだ!アレクを殺した巨人どもを蹴散らしてやりたい!!」

 

「それは本心か? 主の『好奇心』に誓って、そう言えるのか?」

 

「……()()()()()()…?」

 

「そうじゃ……『好奇心』とは云わば、神が与えし“知”への欲求。わしらは『知の奴隷』なのじゃよ

 

「!?」

 

 

ハンジは何を言っているのかわからないと言った様子で身体をわなわなと震わせ始める。

 

 

「…さ、さっきから何を言って…」

 

「主はアレクの死に挫折した。理不尽に思えて仕方ないからじゃ……が、それと同時に疑問も湧く。何故アレクは死んだのか、巨人とはどんな存在なのか……『知りたい』……そう思ったに違いない」

 

「っ…」

 

 

図星だったのか、返す言葉が見つからなかったハンジは、ただ拳を握りしめるだけだった。

 

ゾエ爺は体の正面に杖を構え直すと、両手で背筋を押し伸ばすように姿勢を正した。

そして、静かに言い放つ__

 

 

「挫折を愛せ。疑問を抱き続けよ……“チャンス”は、苦境の最中(さなか)にある」

 

「!?」

 

 

ハンジは一瞬目を見開いたが、そのまま何も言わずに顔を俯けてしまう。

ゾエ爺も黙ってハンジの言葉を待った。

 

顔の角度に沿って斜め下に傾いた眼鏡のレンズが、太陽光を反射してほんのり光っているように見える。

それ故、ハンジがどんな表情をしているかよくわからなかったが、次の一言で心境は伺えた。

 

 

「なら、ゾエ爺は……()()()()()()()()()()()()…?」

 

「!?……それは、どういう意味じゃ…」

 

「アレクから聞いたんだ!ゾエ爺はずっと追いかけていたアインズさんを超えるために、鳥を研究して壁の“その先”を見ようとしているんだって……でも実際は違う!本当はゾエ爺だって壁に興味があるはずだ。それはゾエ爺が密かに書きまとめている『学術書』を読めばわかる!」

 

「な、なんと……主、いつの間にそれをっ…」

 

「なのにゾエ爺は壁に一切手を出さない……それは、『好奇心』から逃げているからじゃないのか!?

 

「!?」

 

「何年も一緒に住んでいるってのに、ゾエ爺がアインズさんの話を私にしたことは一度もなかった……今こそ本心を話してくれよ!ゾエ爺は一体、何に怯えているんだ!!

 

「……」

 

 

黙り込んでしまったゾエ爺の顎元では、立派に蓄えられた白髭が小さく震えている。

 

ハンジは肩を上下に動かして荒れた息を整えると、指先で眼鏡を押し上げながら口を開く。

 

 

「…ごめん、言い過ぎた。けど、今のゾエ爺に私を止めることはできない……行かせてもらうよ」

 

「そうじゃな、わしにその資格はない。じゃから、ハンジ……()()()()()()()()()

 

「あぁ、肝に銘じておくよ…」

 

 

ハンジはそう一言だけ吐き捨てると、玄関の扉を静かに開け、振り返ることなくその場を後にしたのだった。

 

 

…バタン。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

【ウォール・マリア南区訓練兵団訓練所】にて。

 

 

「次!……貴様だ!貴様は何者だ!!」

 

「はっ!ウォール・マリア南区クロッツ村出身、ハンジ・ゾエです!」

 

「クロッツ村か……貴様はその辺境の地から、何をしにここへ来た!」

 

「壁の向こうに蔓延る巨人どもを、すべて蹴散らすためです!!」

 

 

そう豪語するハンジの瞳は、レンズの奥で確かに鋭い光を放っていた。

その眼光の力強さに感銘を受けた教官は、贔屓目(ひいきめ)が漏れ出るほどに嘆美する。

 

 

「ほぅ…いい眼をしているな。調査兵団へ捨て置くには惜しい人材だ。貴様の覚悟とやらを(とく)と見させてもらおう!」

 

「はっ!!」

 

 

こうして、村を飛び出たハンジの『訓練兵生活』が幕を開けたのだ。

 

 

 

**

 

 

 

訓練兵団へ入団してから数週間。

ハンジは日中の訓練を終えると、夕食も早々に、どこかへ姿を消すようになっていた。

 

訓練所の寮から少し先へ行ったところには、訓練には使われない小規模な森がある。

そこに佇む簡素な小屋の中に、ハンジの姿はあった。

 

ハンジはランプの灯りを頼りに、せっせと何かを()()()()()()ようだ。

 

 

 ―“『アレクは巨人の猛攻撃から逃れる際、かけていた眼鏡が割れてしまったんだ…』”―

 

 

垂れ落ちる汗を拭いながら、必死に目の前の工具と向き合う。

 

 

 ―“『その時、レンズの破片が目に刺さり、視界を奪われていたところに巨人の魔の手が伸びた。それがアレクの“死因”だ…』”―

 

 

思い出していたのは、1年前にオーウェンから聞き出したアレクの最期。

 

 

(アレクの遺品にあった眼鏡は、戦闘中に落ちないよう頭に括り付ける紐のようなものがついていた…)

 

 

ハンジは少し慣れない手つきで、細かな部品を次々と組み立てていく。

 

 

(でも、紐じゃダメだ!すぐに切れてしまうし、固定も弱いからズレてしまう……もっと丈夫で耐久性がある素材じゃないと…)

 

 

そうして出来上がったのは、フレームから頭のバンドまで()()()()()()何ともゴツゴツとした眼鏡だった。

ハンジは早速それを装着すると、外に出てすぐ目の前にある木に登ってみた。

 

 

「うはぁっ…ダメだ!耐久性はあるだろうけど、頭動かしにくいなこれ!それに、すごく重い!!」

 

 

そう言って木から降りると、また小屋の中に戻る。

 

 

「…とは言え、一度明日の訓練でも着けてみるか。フレームの耐久性だけでも確認しないと……って、もうこんな時間!? まずい、消灯までに片付けて戻らなきゃっ…」

 

 

などと、独り言をつぶやいている時だった__

 

 

キィィ…

 

「ここで何をしている、ゾエよ」

 

「ひっ……さ、サトリッジ教官!?…ち、違うんです!こここ、これはですね? えっと、あのっ…」

 

「…直に消灯時間だ。ひとまず寮へ向かうぞ」

 

「へ?……は、はい…!」

 

 

裏返った声で返事をしたハンジは、広げていた工具を慌てて片し、小屋を後にした。

 

サトリッジは黙ったまま、ハンジの少し先を歩いている。

その後頭部を不思議そうに眺めていると、サトリッジが振り向くことなく話を切り出した。

 

 

「先ほどの問いについてだが……おおよその見当はついている。貴様はあそこで戦闘時の眼鏡を改良していたのだな?」

 

「!?…よ、よくお分かりで…」

 

「貴様の装備が日々進化していることは、教官として気づいていた。夕食後にこそこそ抜け出していることもな…」

 

「そ、それはっ…」

 

「本来であれば処罰の対象となるが、今回は特別に見逃してやろう……その代わり、条件がある」

 

「!?」

 

 

最悪の事態は免れたと安堵しながらも、ハンジは恐る恐る聞き返す。

 

 

「…その、条件とは…?」

 

「貴様が納得がいくまでその装備を改良し、必ず完成させることだ」

 

「え…」

 

「ゾエよ。貴様の発想力は異才を放つ。その開発は他の兵士の役に立つかもしれん……これからは教官棟の隣にある技巧室を使え、私が許可する」

 

「なっ!?…え!…い、いいんですか!?」

 

「あぁ。但し、必ず完成させると誓え」

 

 

思ってもみない提案に心躍らせたハンジは、あまりの嬉しさに鼻息を荒くしながら答えたのだった。

 

 

「もちろんです!!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数か月後。

 

訓練所の近くにある針葉樹の森では、いつものように立体機動の訓練が行われていた。

 

 

ップシュゥゥーーーー………ザクッ!!

 

 

機械的に動く巨人の“模型”。

そのうなじにつけられたクッションが、鳥のように舞う“影”によって瞬く間にえぐり取られた。

 

影は次から次へと木々の隙間を縫うように推進していく。

 

その軌道の先にいたのは、ハンジだ。

 

 

()()()……これなら、行けるぞ!!)

 

 

興奮気味に飛び回るハンジの目元にきらりと光るのは、2つの四角い枠__その枠から伸びる帯は後頭部で3本に枝分かれし、ハンジの頭をがっしりと覆っている。

 

 

(教官の助言もあって、バンド部分の良い素材を手に入れられた……伸縮性と柔軟性、それから強度も問題なし!)

 

 

演習が終わると、ハンジはいつものように訓練場の水飲み場へ行き、浴びるように水をがぶ飲みする。

その時、何となく胸の内に引っかかっていた思考が口に出た。

 

 

「戦闘中の視力を補助し、目を守る保護具……うーん、単なる『眼鏡』と表現するには()()()()()()が多いな」

 

 

ハンジはそう言うと、顎に手を添え、しばらく首を傾げる。

 

そして、何か閃いたのか、左手に右の拳をポンッと乗せながら目を輝かせたのだった。

 

 

「よし、こいつは『ゴーグル』と呼ぼう!これが私の、発明品第一号だ!!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___836年。

 

ハンジが訓練兵団を卒業する日、訓練所では【新兵勧誘式】が開かれた。

 

 

「…それでは!今この場に残っている諸君らを、新たな調()()()()()()()として迎え入れるとしよう!」

 

 

壇上の上で、唾を飛ばしながら声を張り上げるのは、調査兵団第12代団長のキース・シャーディスだ。

 

 

「心臓を捧げよ!!」

 

「「 はっ! 」」

 

 

号令に従い、ビシッと敬礼を決めるハンジの瞳の中には、野心の炎が狼煙(のろし)を上げていた。

 

 

(このゴーグルに映った巨人は一匹たりとも逃さない!必ず仕留めてやる!!)

 

ググッ…

 

 

左胸に当てる拳に力が入る。

 

 

(だから、見ててくれよ……アレク…!)

 

 

そう心で唱えながら、ハンジは空を仰いだのだった。

 

 

 

 

 

 

=====

 

 

 

この時、私は全く気づいていなかった。

 

とんだ“勘違い”をしているということに__

 

 

_アレクの死に報いたい。

_巨人は仇であり、憎むべき敵だ。

 

 

そんな風にレンズを通して見る私の“世界”は、

 

どうしようもなく、呆れるほどに、

 

 

…狭かったんだ。

 

 

 






〜後書き〜

完全に反抗期ですね、ハンジ…可愛らしいです。

ハンジとゾエ爺の口喧嘩の中で出てきたセリフ↓

『挫折を愛せ。疑問を抱き続けよ……“チャンス”は、苦境の最中(さなか)にある』

は、アインシュタインの数ある名言を組み合わせ、著者の解釈を交えて考案したものです。

偉人の名言って何故こうも胸に刺さるのか・・・

次回、エルヴィン登場!


■次回予告:『#06 憎しみを頼りに』

■おまけ
◎シェイキッド・サトリッジ教官
関連作品【進撃の巨人~もう一人の選択~】で主人公カイルたち95期も担当した教官です。関連作品の方でも少し描きましたが、サトリッジ教官はハンジのことがかなりお気に入りのご様子。

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