知に飢えた悪魔   作:赤道さとり

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~前書き~

今回は、関連作品【進撃の巨人~もう一人の選択~】における以下の話と一部リンクしております。
・#06 出会い②:ハンジ・ゾエ
・#09 能ある鷹

↓それでは、本編へどうぞ↓




#07 落とし穴

 

 

___2週間後。

 

 

ウォール・マリア南区の土地を駆ける馬車の中に、エルヴィンとハンジの姿があった。

目的地は【訓練兵団ウォール・マリア南区訓練所】。

 

 

「ハンジ。()()()()は間に合ったか?」

 

「はい、一応。ですが急繕いだったのもあり、実際に本人の体を計測してからまた微調整が必要かと思われます」

 

「そうか、わかった。……最初に話したことだが、彼女は訳あって性別を詐称している。そのことを知っているのは私とハンジ、それから彼女と同郷の訓練生一人だけだ。くれぐれも周囲に疑われないよう気を付けてくれ」

 

「それはもう!お任せあれですよ!」

 

 

そう言ってハンジは得意げにポンっと胸を叩いて見せた。

 

エルヴィンは小さく頷き、さらに話を続ける。

 

 

「それから、出身地は君と同じく『クロッツ村』ということにしてある」

 

「うぇえっ!?……そ、それはどういう理由で?」

 

「理由は先程と同様、()()()()だ。詳細は言えない……あまり詮索しないでやってくれ。辛い過去だ…」

 

「えぇ、まぁそういうことでしたら……って、しまった!一昨日故郷の知り合い*1から電報を受けたのですが、今年は私の村からもう一人訓練生が入団したはずです!ワンダ・テイラーという…」

 

「あぁ、事前に手を回しておいた。テイラー訓練兵にも性別のことは言わず、出身地だけは事情があって隠していると」

 

「さ、さすがですね…」

 

 

そう言って今度はホッと胸を撫で下ろすハンジ__しかし、内心では世話役を立てるほどのエルヴィンの熱心さに少しだけ違和感を抱いていた。

 

 

(その子を訓練兵団に引き入れたのは、『()()()()の当事者となり身寄りを失ったから』とだけ聞いている……しかし、エルヴィンさんがそこまで肩入れするなんて、一体どんな子なんだ?)

 

 

そんなことを考えながら、ハンジがチラチラとエルヴィンの顔を伺っていると…

 

 

「…気になるか?」

 

「へっ!?」

 

「ふっ、顔にそう書いてある。……そうだな。一言でいえば、()()()()()()人を惹きつけてしまうような子だ。ハンジ、君も会えばすぐに気づくだろう。彼女の“魅力”に…」

 

「魅力……ですか」

 

「そうだ」

 

 

エルヴィンの圧に押されたハンジは、はぐらかすように視線を小窓の外へ向ける。

 

 

(かなりの自信だな。人の魅力なんてそんなすぐに見抜けるものでは…)

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___1時間後。

 

 

「…貴方はおそらく、人にはない特別なものを持っている。エルヴィンさんが貴方を世話役に選んだ理由がなんとなくわかった気がします。()()()()()ちょっと“変”ですから…」

 

「!?」

 

 

訓練所にある宿舎の一画で、世話役を担当することになった訓練生のカイル・シャルマンと対峙していたハンジは、早くも彼女の人柄に引き込まれ始めていた。

 

 

(なるほど。エルヴィンさんが言ってた、この子の魅力って……つまり、『美しさ』だ!外面(そとづら)だけじゃない、もっとこう…内面的な部分に惹かれる!まるで背中に、1本の強靭な芯が通っているような…)

 

 

そんなカイルの体をなぞるように溢れ出るオーラは、ハンジに右手を差し出させた。

 

 

「それなら、君は素直で純粋な『変人』だね……改めて、変人同士これからもよろしく頼むよ!」

 

「ハンジさんは変人というより『変態』ですが…」

 

「変態とはなんだ!変態とはぁ〜!!」

 

「ふふっ…はは!」

 

 

あどけなく笑いながら自分の手を握り返してくるカイルの表情に、ハンジはまるで弟分__いや、妹分ができたような感覚を抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___839年。

 

ハンジがカイルの世話役となってから約1年が経過した。

 

カイルは女であることを隠すため、ハンジが開発した胸の保護具(サポーター)を着用しながら訓練に参加し、宿舎では特別に用意された個室で日々を過ごしていた。

世話役であるハンジは定期的に訓練所へ顔を出しては、他の95期生とも触れ合いながらカイルの生活を支援していたのだ。

 

そんなある日。

訓練所からハンジの元へ一通の電報が届く__それは、カイルが怪我を負って()()()()()()()という知らせだった。

 

 

「カイル!無事かい!?」

 

「ピィーーーー!」

 

「ぎゃあああああ!…」

 

 

急いで馬を走らせ訓練所に辿り着いた時、ハンジの声に答えたのはカイルではなく()()だった。

 

ベッドで上体を起こすカイルに話を聞くと、足を怪我したのは立体機動の訓練中にその雛鳥の巣を踏み潰しそうになり、無理に避けたためらしい。

訓練場は危険だと考え巣を隣の森へ移動させてみたところ、その日以降親鳥がパタリと現れなくなってしまい、仕方なく自分の部屋に連れてきたのだとか__

 

 

「今日ハンジさんをお呼び立てしたのは、他でもない……その子についてです。ここへ連れてきたのはいいですが、どうにも育て方がわからなくて……何か鳥について知見などあれば、ご教示いただければと」

 

「お任せあれっ!私自身、()()()()()なんだけど、知り合いに生き物に詳しい人がいるんだ。色々聞いておくよ」

 

 

ハンジが意気揚々と一つ返事で承諾してみせると、カイルはもう一つ話したいことがあると言って「時間はあるか」と尋ねてきた。

 

そこでハンジは一旦お茶を淹れるため、給湯室へと向かったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

「はぁ…さっきは勢いでああ言ってしまったけど……困ったな、どうしよう…」

 

 

給湯室に着いたハンジは洗い場に両手をつき、頭を下げながら独り言をつぶやいた。

 

 

「専門外、か……ははっ、情けないな。これじゃまるで、()()()()()()()()のと一緒だ…」

 

 

そう言って乾いた笑いをこぼしながら、途中に寄った食堂でもらってきたパンをちぎってミルクが入った容器に落とし込む。

生地にミルクが染み込んでパンがふやけていく様をぼーっと眺めるハンジの瞳には、悲しそうに肩を(すぼ)めるゾエ爺の姿が映っていた。

 

 

「でも、きっとこれは好機(チャンス)なんだろうな。()()()トラウマを克服するための…」

 

 

ポッドを持つ手に力が入る。

 

ゆっくり傾けお茶を漉すと、ふわっと優しい香りが鼻から脳に突き抜けていった。

蒸気が顔を覆い、ハンジの眼鏡を曇らせる。

 

 

「久しぶりに帰るか……故郷へ

 

 

ハンジはそうつぶやくと、1つの皿と2つのティーカップを乗せたお盆を手に、給湯室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数日後。

 

【ウォール・ローゼ南区:クロッツ村】

 

 

コンコンコン…

 

 

日が落ち始めた頃、ゾエ爺の家を訪ねる者がいた。

 

 

「誰じゃ、こんな時間に…」

 

 

ゾエ爺は杖をつきながら玄関の扉へ向かい、取っ手を捻る。

 

 

キィィ…

 

「……ただいま」

 

 

そこには兵服姿のハンジが立っていた。

何故かその手には、ささやかな本数の花束が握られている。

 

 

「なんじゃ、それは…」

 

「あぁ、これ? かなり久しぶりだったからね、知らないうちにゾエ爺が()()()()()()()いけないと思って…」

 

「…余計なお世話じゃ」

 

「冗談、冗談!この湿っぽくて薄暗い家にゾエ爺一人では花がないだろ? 花瓶でも生けてみるのはどうかなぁ~って…」

 

「それこそ余計じゃ……まぁよい、上がれ。ちょうど夕飯が出来たところじゃわい」

 

「…それじゃ、遠慮なく」

 

 

 

**

 

 

 

家の中に入ると、数年前と何一つ変わっていないリビングがそこにあった。

よく見ると食器や家具が前よりも黒ずんでいるように見えたが、それでも雑貨という雑貨が何一つ新調されていないことにどこか安心感を覚えていた。

 

 

コトッ…

 

 

黙って食卓に座っていると、目の前にスープ皿が一つ出された。

ハンジは立ちのぼる湯気に鼻を引くつかせると、クリーム色の液体を銀のスプーンですくい、尖った口でそこに息を吹きかける。

 

 

「ふぅー…ふぅー…あっつ!……ふぅー…ズズッ」

 

 

猫のように貧弱な舌でスプーンを迎え瞼を下ろし、喉の奥の方でその味を確かめる。

温かい液体が食道を降りて行き、胸の辺りがじんわりと熱くなった。

 

ハンジはその懐かしい温もりに浸りながらゆっくり瞼を上げると、今度は眉を思いっきり下げる。

 

 

「うーーん……ゾエ爺、腕が落ちたね。私の作るシチューの方が格段に美味い」

 

「…不味いなら食わんでよい」

 

「不味いことはないさ!なんか、こう…パンチが効いてないというか、味に深みがないというか…?」

 

「…美味いシチューの作り方を伝授するために帰ってきたわけでもあるまい。何年も知らせを寄こさなかった主が、いきなり帰ってきたのには何か理由(わけ)があるのじゃろ?」

 

「……」

 

 

久しぶりの再会だというのにすかさず核心を突かれてしまったハンジは、返す言葉が見つからず、黙ってスプーンを皿の横にそっと置いた。

 

口をつぐんだまま胸ポケットから小さな布を取り出し、シチューの熱で曇ってしまった眼鏡のレンズを拭く。

まるで、頭の中を整理するように__

 

それからまた眼鏡を掛け直すと、一呼吸置いてから話し始めた。

 

 

「私がここへ帰ってきた理由は2つある。1つはゾエ爺に謝るため。もう1つは……ちょっとした()()()があるんだ」

 

「…わかった。順に聞こう」

 

「うん。……もう6年くらい前になるのかな。私が(ここ)を飛び出した日、ゾエ爺と口論になったじゃないか」

 

「そんなこともあったの」

 

「あの時の私は、自分に嘘をついていた。アレクの死を利用して抑え切れない“好奇心”を正当化しようとする自分が卑劣だと思った。()()()()()()()()んだ…!」

 

 

懺悔のように当時の心情を打ち明けるハンジの瞳は、少しだけ潤んでいるようにも見えた。

その瞳をじっと見つめるゾエ爺は、ハンジの言葉を噛みしめるように瞬きをするだけだった。

 

ハンジは自分のシチューに目を落としたまま話を続ける。

 

 

「でも、調査兵団に入って死を間近で見て行くうちに気づいた。自分は復讐のために戦っているのではない……何故人類は巨人に支配されなければならないのか、その“理由”を知りたいんだって!それに気づいた瞬間、ゾエ爺の言葉を思い出したよ……私はまさしく『知の奴隷』。ゾエ爺の言う通りだったんだ…」

 

「そのことに気づけたのなら何も謝る必要はない。わしは主を拾った時から、非凡な才を持つ子じゃと見抜いておった。自分自身でその才を潰してくれるなと、ただそう願っておっただけじゃ…」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、ハンジはシチューから目線を上げた。

照れ隠しのような笑みをこぼしながら__

 

 

「ありがとう、おかげで自分を見失わずに済んだ。私はこれからも調査兵団を続けるよ。巨人の謎は落とし穴のように底が見えない……わからないことだらけなんだ!」

 

「それでよい。学べば学ぶほど、己がどれほど無知であるか思い知らされる。そして、無知に気づけば気づくほど、より一層学びたくなる……『知の追究』とは落とし穴の中にさらに迷路が広がっているようなもの。納得がいくまで調べ尽くすことじゃ

 

「うん…!」

 

 

ハンジは元気よく返事をすると、またシチューをがつがつと啜り始めた。

それに合わせ、ゾエ爺もスプーンを持つ手を動かしながらハンジに問いかける。

 

 

「…それで、もう一つの頼みというのはなんじゃ?」

 

「あ。そうだった!…えっと、()()()()聞いて欲しいんだけど…」

 

 

そう言うとハンジはまたシチューを飲む手を止め、真剣な眼差しでゾエ爺の瞳を見つめた。

 

 

「鳥の研究について、教えて欲しいんだ」

 

「!?……ゴホッ…ゴホッ…」

 

「だ、大丈夫!? だから驚くなって言ったのに!み、水飲んでっ…!」

 

 

ハンジが水の入ったグラスを差し出すと、ゾエ爺はむせ込んだ胸を押さえながらそれを受け取る。

 

 

「すまん。不意を突かれたのでな……しかし、何があったのじゃ? あれほど鳥の研究だけは拒んでおったというのに…」

 

「ま、まぁね……あ、でも!正確に言えば研究ではなく、鳥の()()()()()()詳しく聞きたいんだ」

 

「生態じゃと!? もしやっ…」

 

「いや、私じゃなくて!えぇっと、何から話すべきか……今、ある訓練兵の面倒を見ていてね? 訳あって、その子が訓練中に森で雛鳥を拾ったんだ。それで、育て方がわからないからって私を頼ってくれて…」

 

 

ハンジは両手を駆使し、一生懸命ジェスチャーを交えながら説明を施した。

対照的に、ゾエ爺は小さく口を動かし落ち着いた声色で答える。

 

 

「…そう…じゃったか」

 

「うん…」

 

 

ハンジは両手を膝の上に戻すと、ゾエ爺の顔をチラチラと伺いながら返事を待った。

ゾエ爺は何か考え込んでいるのか、顎に蓄えた立派な白髭を何度も撫で下ろしている。

 

しばらくすると、ゾエ爺がガタッと席を立った。

それから奥の書庫へ行くと、1冊の本を手にして戻ってきたのだ。

 

 

「昔、兄さんがよく言っておった……『すべてが奇跡であるかのように人生を謳歌すべきだ』と。この世は未知数の謎に包まれておるが、その節々に手掛かり(ヒント)は散りばめられておる。謎を一つでも解き明かせば、さらに別の謎が出てくる。()()()()()()()()()。それはまさに、“奇跡”なのじゃと…

 

「奇跡…?」

 

「今わしは主の話を聞いて、その奇跡を目の当たりにした。……イヤ、奇跡を起こすことへの“希望”を見出したと言う方が近い」

 

「そ、それほど大層なものかな!? 私はただずっと、過去のトラウマから逃げていただけで偶然…」

 

いくつもの偶然が積み上げられた時、それは必然に変わる。その“変化点”が奇跡なのじゃ。主がこの村へ来たのも、兵士を志したのも、その訓練兵と出会ったことも……そして今、しばらく忘れておった兄の言葉を主が()()()()()()()()()()()も、じゃ」

 

「!?……ゾエ爺、その本はもしかして…」

 

「兄さんが生前にまとめていた壁の研究に関する学術書じゃ。()()()()以来、開けておらんかったんじゃが……ハンジ、少し昔話に付き合うてくれるか?」

 

 

そうして、ゾエ爺は双子の兄アインズの『死の真相』について、語り始めたのだった。

 

 

 

**

 

 

 

アインズはまるで知的欲求を体現したように研究熱心な男だった。

興味を持った事柄を片っ端から調べ上げ、研究に打ち込み、自分なりの学説を説いてみせるほどの頭脳も持ち合わせていた。

 

そんなアインズが晩年、没頭していたのは『壁』の研究__クロッツ村からウォール・ローゼの壁までは馬で数十分駆ける距離があったが、そんなこと関係なしによく通っていたそうだ。

 

壁とは文字通り、巨人という天敵から人類を守るための“防壁”の役割を持つ。

故に、壁は神聖なものとみなされ、調べることはおろか不用意に近づくことさえ禁じられているのだ。

 

それでも、アインズの好奇心は抑えられなかった。

壁の素材・構成要素は何か、どのように建設されたのか、いつ造られたのか__いくら文献を見漁っても、壁に関する情報がこれっぽっちも得られなかったからだ。

 

アインズは憲兵や駐屯兵に見つからぬようこっそりと壁に近づき、構造を模写したり、成分を調べるためにピッケルのような工具で削ってみたりと地道に研究を続けていた。

 

ゾエ爺は夜中にコソコソと抜け出し朝方に戻ってくる兄の身を案じていたが、同時に、それほどの熱量で取り組む兄の背中に憧れた。

だが、その“憧れ”は次第に自分と兄を比較する“劣等感”へと変わっていき、アインズが壁に通う一方で、ゾエ爺は()()()()()()のだという。

 

そんなある日。

ゾエ爺はついうっかり、アインズが密かに壁を研究していることを酒場の主人に話してしまう。

 

そして、その数日後。

ゾエ爺の元に『アインズが壁から転落した』という()()()()()()が届いたのだという__

 

 

「…あれは単なる事故などではない。兄さんは壁の秘密を守らんとする何らかの組織に目をつけられ、()()()()()のじゃ。わしが愚かにも口を滑らせたせいで…」

 

「そ、そんなことがあったなんて……そうとも知らずに私は、あの日ゾエ爺になんてことをっ…」

 

「過ぎたことじゃ、とうに気にしておらん。それに主の言葉は事実じゃった。わしはずっと、兄さんの死に目を背けてきた……じゃが、それも今日で終わりじゃ」

 

「!?……まさか、壁の研究を…?」

 

「そうじゃ。兄さんの意志を引き継ぐ」

 

「…き、危険だ!今の話を聞いて『はい、どうぞ』なんて言うはずないだろ!? そりゃゾエ爺なりにトラウマを乗り越えようとしているのはわかるけど、でもっ…」

 

「ハンジ、主がさっき言ったことじゃ。わしらが()()奴隷であるかを…」

 

「っ……わかった、参ったよ!降~参!……まったく、ゾエ爺の頑固さは折り紙付きだな」

 

 

そう言ってハンジが大袈裟に両手を挙げる素振りを見せると、ゾエ爺は片側だけ口角を上げ、キメ顔のような表情を作った。

 

 

「研究者の血じゃ。主にも同じ血が流れておる」

 

「はは、そうかもね……だけど、壁を調べることがそれほどの禁忌(タブー)だとは知らなかった。それも壁の()()()()ってわけか…」

 

「…そうじゃな。そのことについても、壁を研究する上で結論を出すべき“課題”じゃと思うておる」

 

「うん、くれぐれも気を付けてくれよ…」

 

「わかっておる。それと、鳥の件じゃが……後日、生態についてまとめた資料をお主の元へ送ってやろう」

 

「…ありがとう、助かるよ!」

 

「ほれ、シチューが冷める。さっさと食べてしまうぞ」

 

「うん…!」

 

 

ハンジは笑顔で答えると、再びスプーンを手に取りシチューを頬張った。

溶け込んだ愛情(やさしさ)を噛みしめながら__

 

緊張が解けたのか、喉の開きが良くなった気がする。

すっかり冷めてしまったシチューも、さっきより美味しく感じた。

 

無邪気な子どものようにシチューをかきこむハンジの姿に、ゾエ爺は昔の面影を重ねていた。

 

 

「…ハンジよ」

 

「ん…何?」

 

「わしの知らぬ間に……大きくなったな

 

 

ゾエ爺の柔らかい声がシチューと共に体に染み込んできた。

その温もりが目頭を熱くさせ、頬をふやけさせる。

 

ハンジは喉から溢れ出る感情を口に詰めたパンで()き止めると、冗談交じりの表情でゾエ爺の腰あたりを指差した。

 

 

「…そういうゾエ爺は、少し腰が曲がった」

 

「ふっ…余計なお世話じゃ」

 

「また……時々、ここへ立ち寄ってもいい?」

 

「あぁ、いつでも帰ってこい」

 

 

………

 

 

 

それからというもの。

 

ハンジとゾエ爺は、それぞれの道で己の好奇心を追い続ける日々を送った。

 

一方は巨人の謎を、もう一方は壁の謎を。

 

2人は時に、研究成果を見せ合い、互いの“知”を分かち合った。

 

それが()()()()()になると信じて__

 

だが、そうして数年の時が過ぎた頃。

 

2人の研究にヒビの入る出来事が巻き起こるのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___845年。

 

 

『ウォール・マリアが陥落した!!』

 

 

それは壁内世界を震撼させるほどの、未曽有の大事件だった。

 

壁を破壊できる巨人の出現により、人類は2割の人口と3分の1の領土を失い、活動領域は2つ目の壁ウォール・ローゼまで後退させられた。

 

無論、ゾエ爺たちの住むクロッツ村も巨人の侵略に飲み込まれ、村人たちはウォール・ローゼの内地に設立された難民キャンプでの暮らしを余儀なくされたのだ。

 

 

 

だが、ゾエ爺は諦めなかった。

 

持ち出せた研究資料は数少ない__巨人が攻めてくるという非常事態は、資料を選定する暇さえ与えてはくれなかった。

 

それでもゾエ爺は諦めず、壁の研究を続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

___数か月後。

 

 

難民キャンプの一画にある小屋の中に、顕微鏡をまじまじと覗き込むゾエ爺の姿があった。

 

 

「何故、今まで気づかなったのじゃ!この配列は、まるで…」

 

 

そんな風に独り言をつぶやくゾエ爺の表情は驚きに満ちていた。

 

 

「非常に興味深い発見じゃ。丸っきりとは言わんが、壁の破片には()()()()に似た組織が見られる…!」

 

 

興奮気味に何度も顕微鏡を覗き込むゾエ爺__しばらくすると、ハッと何かを思い出したように慌て出した。

 

 

「こうしてはおれん!早く、ハンジに手紙をっ…」

 

 

そう言って、引き出しから紙とペンを取り出した、その時…

 

 

ドンドンドン!

 

 

入り口の扉が勢いよく叩かれた。

 

扉をこじ開けてドタバタと入ってきたのは、武装した憲兵たち。

その胸元には『中央第一憲兵団』と刻まれている。

 

銃口を向けられたゾエ爺は、額に汗を浮かべながらギロリと振り向く__

 

 

「シュタインズ・ゾエ。貴様を()()()()()()()で…」

 

 

即刻、逮捕する!!

 

 

 

*1
知り合い=ワンダの父ゼルダのこと






〜後書き〜

ゾエ爺と仲直りして、2人ともトラウマを乗り越えることができました。

そのきっかけとなったのが関連作品でのワンシーン(カイルが鳥を飼う)だったというわけですね。

次回から本作の最終局面へと話が進んでいきます!


■次回予告:『#08 ゲイリー・ワルツ』

■おまけ
◎訓練所からの電報
「カイルが怪我をして動けない」という知らせは、ハンジにすぐ来てほしいがためにサトリッジ教官が内容を少し誇張して送ったものだそうです。
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