高校三年の冬、僕は受験勉強の真っ只中だった。
滑り止めも含めて三校。第一志望は、ちょっと背伸びした都内の私立大学。模試の結果は微妙、判定はいつも「C」か「D」。それでも、行きたいという気持ちは変わらなかった。
そんな僕を、母さんは全面的に応援してくれていた。
……のはいいんだけど、どこかちょっとズレている。
「ほら、今朝は“勝負パン”よ!」
そう言って出されたのは、アンパン。なぜか真ん中にごまが「合格」の形にふられていた。
「これ、作ったの?」
「そうよ〜、焼印の代わりにお箸でちょんちょんって」
……もう少しで面接に持って行くところだった。
それでも、母さんなりに工夫してくれているのは伝わってきた。
朝はバナナと味噌汁という不思議な組み合わせで「脳に効くのよ〜」と言い、
夜は夜で「おでん食べる?消化いいし」からのまさかの激辛カレー。
「なんで!?」
「気合いよ!」
……たぶん、どっちかにして欲しい。
でも、そんな母さんの“応援メシ”は、実のところちょっと楽しみでもあった。
試験当日の朝。
僕がドタバタと家を出ようとした時、母さんが慌てて玄関まで追いかけてきた。
「ちょっと待って!」
差し出されたのは、小さな巾着袋。中には、カイロと、折り畳まれた手紙。
そして──いつもの「勝負パン」がひとつ。
「食べなかったらカバンに入れといて。お守り代わりにね」
その瞬間、胸の奥がきゅっとなった。
普段はうるさいくらいの母さんなのに、今日はそれ以上なにも言わなかった。
ただにっこり笑って、「いってらっしゃい」。
僕は頷いて、家を出た。
電車の中で手紙をそっと開くと、こう書かれていた。
「落ち着いて、深呼吸して。
大丈夫、あなたはやる時はやる子。
帰ったら、おでんもカレーも用意して待ってるからね。
母より」
その日、試験会場では妙に冷静だった気がする。
まるで、あの“勝負パン”と母さんの言葉が、
ポケットの中でじっと見守ってくれているような──そんな不思議な安心感があった。
⸻
こうして僕の受験は、なんとか合格という形で幕を閉じた。
大学の合格通知が届いたのは、まだ肌寒さの残る早春のことだった。
念願の進学先。嬉しかった。心の底から──のはずだった。
でも、いざ「ひとり暮らし」という現実が目前に迫ると、
段ボールに詰められていく日用品や、郵送の手続き書類、
そして、少しだけそわそわした様子の母さんの背中が、妙に胸に迫った。
「これも持って行きなさい。あっ、洗剤は液体よりシートの方が楽よ」
「あと、これ……大学の近くの地図プリントしといた。行ってみたいパン屋さんも印つけといたから」
母さんは、あいかわらずの“過保護”モード全開で準備をしていた。
けれどその笑顔の奥に、ほんの少しだけ滲む寂しさに、僕は気づいていた。
引っ越し前夜。
母さんは「ふふ、寝坊しちゃダメよ」なんて冗談を言いながら、
僕のスーツケースにそっと折りたたんだハンカチを忍ばせていた。
白地に、控えめな花柄刺繍。
それを見た瞬間、なぜだか僕は涙が出そうになって、
「もう子供じゃないよ」って強がることしかできなかった。
迎えた出発の日。
玄関を出るとき、母さんはあえていつも通りの笑顔で「いってらっしゃい」と手を振ってくれた。
白いシャツにデニム、肩には小さなエプロンの名残。
僕にとって、一番安心する、母さんらしい姿だった。
その後ろ姿が、玄関のガラス越しにぼんやり遠ざかっていく。
振り返ると、母さんはまだ手を振っていた。
──その瞬間、僕の中で、何かがそっと“終わった”気がした。
でも、それは同時に、“新しい何か”の始まりでもあった。
母さんのいない暮らし。
母さんのいない朝ごはん。
母さんのいない帰り道。
僕はこれから、それをひとつずつ、受け入れていくんだろう。
だけどきっと、何があっても変わらないのは──
あの人が、あの家で、今日も変わらず笑っているという確信だ。
だから僕は行く。
ちょっとだけ振り返りながら、でもまっすぐに前を見て。
これが、僕と母さんの新しい距離の、最初の一歩だった。