「それでさ、右ストレートの角度がさ、あの瞬間だけすげぇきれいに決まっててさ……」
松田さんの語りが熱を帯びていた。
黒のTシャツに黒ジャージ、黒マスク。全身を夜で塗りつぶしたような姿で、今日も異様な存在感を放っている。
その横で、静かにアイスコーヒーをすすっているのが、剣崎部長。無口で鋭い眼光、背筋の通った姿勢。言葉少なに見守るその姿は、まるでスパイ映画の主人公だ。さすがスーパースターの異名を持つ男。
「でさ、そのとき、たまたま剣崎が後ろにいて――」
「無駄な力は抜け」
タイミングが神がかっていた。
松田さんの話の最中に、絶妙な一言が入る。誰も止められないし、止める必要もない。
剣崎さんの一言は、たしかに正論で、しかも美しい。だがこの喫茶店に漂う“男くささ”は限界を迎えていた。
一方の高橋は、メニューを手に持ったまま、まったく目を通していない。視線は窓の外。心ここにあらず、といった表情で、まるで魂が少しだけ抜けかけているようだった。
「……おい、高橋、大丈夫か?」
僕が声をかけると、ようやく我に返ったように顔をこちらに向けた。
「……あ、うん……なんかさ……夢に出てきたんだよ、君のお母さんが……」
「何の話だよ」
その瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。
ピコン、というおなじみのLINE通知音。
嫌な予感しかしない。直感的に分かった。これは“来た”やつだ。
すぐに画面を伏せたが、隣の松田さんがやけにそわそわしている。
剣崎さんだけが「何?」と首を傾げているが、それ以外のメンツは察していた。
なんなら、もう知っていたかのように。
「なぁ……まさか、それって……」
「違う。違うから」
返事をしたが、僕の指はすでに通知を押していた。
──LINE
「新しい水着買っちゃった どう? 似合う?」
即死レベルの文面。
あわてて画面を閉じようとしたけど、隣の高橋がのぞき込んでいた。
そして、その顔色が一瞬にして変わる。真っ赤を通り越して、軽く震えていた。
松田さんのストローが「パキッ」と音を立てて折れた。
剣崎さんだけは、まだ状況を把握していない。
「水着って……今、海に行く季節じゃないよな?」
「そういう問題じゃねえんだよ、剣崎さん!」
そして、トドメの通知が鳴る。
──画像添付あり(1)
逃げられない。
視線が、3本。逃げ場なし。
「開けよ」と無言で訴えてくる目がある。
なんでだよ……俺のスマホなのに……!
「……観念しなよ」
高橋が静かに言う。
「男なら、見せろ」
松田さんはすでに“覚悟完了”の顔。
「わかりました」
仕方なく、ピッと画面をタップする。
──映し出されたのは、白い壁と廊下の明るい照明。
その中心で、僕の母さんが水色のビキニ姿でピースサインをしていた。
肌は相変わらず白く、輪郭もきれいに整っている。
シンプルなビキニと、無防備な笑顔。
背景に映り込む洗濯物が、逆にリアリティを帯びさせているのがまたなんとも言えない。
「ちょっと撮るだけだからね〜」
あの人は、きっとそう言いながら撮ったんだろう。深い意味は、ない。
──けれど。
「……無理……」
高橋が力なくつぶやいて、椅子にもたれたまま崩れ落ちた。
矢吹丈か、お前は。
松田さんは目を見開いたまま動かない。
「……松田さん?松田さん!……死んでる」
剣崎さんは、一呼吸置いてから。
「……わかった。とりあえず、もう一回見せて」
「お前もかよ!!」
──完──