「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第九章 突然の水着回

「それでさ、右ストレートの角度がさ、あの瞬間だけすげぇきれいに決まっててさ……」

 

松田さんの語りが熱を帯びていた。

黒のTシャツに黒ジャージ、黒マスク。全身を夜で塗りつぶしたような姿で、今日も異様な存在感を放っている。

 

その横で、静かにアイスコーヒーをすすっているのが、剣崎部長。無口で鋭い眼光、背筋の通った姿勢。言葉少なに見守るその姿は、まるでスパイ映画の主人公だ。さすがスーパースターの異名を持つ男。

 

「でさ、そのとき、たまたま剣崎が後ろにいて――」

 

「無駄な力は抜け」

 

タイミングが神がかっていた。

松田さんの話の最中に、絶妙な一言が入る。誰も止められないし、止める必要もない。

剣崎さんの一言は、たしかに正論で、しかも美しい。だがこの喫茶店に漂う“男くささ”は限界を迎えていた。

 

一方の高橋は、メニューを手に持ったまま、まったく目を通していない。視線は窓の外。心ここにあらず、といった表情で、まるで魂が少しだけ抜けかけているようだった。

 

「……おい、高橋、大丈夫か?」

 

僕が声をかけると、ようやく我に返ったように顔をこちらに向けた。

 

「……あ、うん……なんかさ……夢に出てきたんだよ、君のお母さんが……」

 

「何の話だよ」

 

その瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。

ピコン、というおなじみのLINE通知音。

嫌な予感しかしない。直感的に分かった。これは“来た”やつだ。

 

すぐに画面を伏せたが、隣の松田さんがやけにそわそわしている。

剣崎さんだけが「何?」と首を傾げているが、それ以外のメンツは察していた。

なんなら、もう知っていたかのように。

 

「なぁ……まさか、それって……」

 

「違う。違うから」

 

返事をしたが、僕の指はすでに通知を押していた。

 

──LINE

「新しい水着買っちゃった  どう? 似合う?」

 

即死レベルの文面。

 

あわてて画面を閉じようとしたけど、隣の高橋がのぞき込んでいた。

そして、その顔色が一瞬にして変わる。真っ赤を通り越して、軽く震えていた。

 

松田さんのストローが「パキッ」と音を立てて折れた。

 

剣崎さんだけは、まだ状況を把握していない。

 

「水着って……今、海に行く季節じゃないよな?」

 

「そういう問題じゃねえんだよ、剣崎さん!」

 

そして、トドメの通知が鳴る。

 

──画像添付あり(1)

 

逃げられない。

 

視線が、3本。逃げ場なし。

 

「開けよ」と無言で訴えてくる目がある。

なんでだよ……俺のスマホなのに……!

 

「……観念しなよ」

高橋が静かに言う。

 

「男なら、見せろ」

松田さんはすでに“覚悟完了”の顔。

 

「わかりました」

 

仕方なく、ピッと画面をタップする。

 

──映し出されたのは、白い壁と廊下の明るい照明。

 

その中心で、僕の母さんが水色のビキニ姿でピースサインをしていた。

 

肌は相変わらず白く、輪郭もきれいに整っている。

シンプルなビキニと、無防備な笑顔。

背景に映り込む洗濯物が、逆にリアリティを帯びさせているのがまたなんとも言えない。

 

「ちょっと撮るだけだからね〜」

あの人は、きっとそう言いながら撮ったんだろう。深い意味は、ない。

 

──けれど。

 

「……無理……」

高橋が力なくつぶやいて、椅子にもたれたまま崩れ落ちた。

矢吹丈か、お前は。

 

 

松田さんは目を見開いたまま動かない。

 

「……松田さん?松田さん!……死んでる」

 

剣崎さんは、一呼吸置いてから。

 

「……わかった。とりあえず、もう一回見せて」

 

「お前もかよ!!」

 

 

──完──

 

 

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