夏の陽射しがまぶしい朝、僕は東京駅のホームに立っていた。
手には帰省の荷物。久々の実家。胸の内に広がるのは、懐かしさと、ちょっとした緊張。
──というのも、今回は一人じゃなかった。
「なぁ、本当に大丈夫か? いきなり家族のとこ行くなんて…」
高橋が荷物を持ちながら、おずおずと尋ねる。
「呼ばれてもいないのに行くのって、ちょっと失礼じゃない?」
冷静に言いながらも、サングラスを外そうとしない剣崎さん。
「問題ない。“守る者”は場所を選ばない。それが聖闘士だ」
と真顔で言う松田さん。今日も全身黒尽くめ。荷物は異様に重そう。
きっかけは、僕がぽろっと「今年の夏休みは実家に帰る」と言ったことだった。
それを聞いた三人が何を思ったのか、「お母様にご挨拶を」と言い出し、いつの間にか同行することに。
──何なんだ、この“護衛団”みたいな空気。
新幹線の中でも、みんな妙に静かだった。
松田さんは窓の外に向かって「この地に再び女神が現れるのか…」とか言ってるし、
剣崎さんは黙々とプロテインバーを噛んでるし、
高橋に至っては、ずっと僕のスマホの通知音に反応してビクッとしている。
やがて到着した僕の実家。玄関を開けると、懐かしい匂いがした。
「ただいまー」
「おかえりなさい、あら…まあ!」
エプロン姿の母さんがリビングから顔を出した。
──ここで、全員が静止する。
母さんの登場と同時に、空気が一瞬ピタリと止まったのだ。
「まぁ、まあまあまあ……! 本当に来たのね……」
高橋はほぼ失神状態。
松田さんは「女神……」と呟き、深く頭を下げている。
剣崎さんだけが、あいかわらずクールに「想定の範囲内」とかつぶやいてた。
母さんは、というと、にこにこと皆に麦茶を出しながら
「息子の大切なお友達、ね。ようこそ、こんな田舎へ」
この一言で、三人は完全にノックアウトされてしまった。
*
滞在初日の夜。
夕食は、母さん特製の手料理がズラリと並んだ。
「すごい……これ全部……」
「ええ、みなさん育ち盛りでしょう? お肉もたくさんあるわよ」
「女神は、我らを飢えさせぬ……」と松田さん。
高橋はまた泣いていた。
剣崎さんは「あの煮物、レシピを知りたい」と真剣な顔で言っていた。
──そして翌日。
町内をみんなで散歩していたところ、何気なく母さんが「八百屋さんに寄っていこうかしら」と言いだした。
そこからが早かった。
町の人々が次々と現れる。
「おや、○○さんじゃないか」「久しぶりね〜」「お帰りなさい!」
──まるで英雄の帰還。
そして、その流れでなぜか“ファンクラブ”が町内で発足されることになる。
名付けて、「女神親衛隊・地方支部」。
支部長は魚屋の兄貴。副支部長は町内会長。
他にも「応援団」「観察班」「記録係」など、役職がどんどん決まっていった。
当然、三人の“大学本部”メンバーたちはこの動きに黙っていない。
「……本部と支部の合同会議、必要ですね」と剣崎さん。
「町の安全は俺が守る」と松田さん。
「僕は……女神の写真だけでいい……」と涙目の高橋。
……誰か止めてくれ。
*
帰省の最終日。
僕が荷物をまとめて玄関に立つと、母さんが優しく手を振った。
「気をつけてね。またみんなでいらっしゃい」
──なんだかんだで、僕の実家は、夏の間ずっとにぎやかだった。
でも、あの人の笑顔の中心に、今も“母さん”がいてくれたことが、何より嬉しかった。
*
新幹線のホームで、僕はふと思った。
これって──もしかして、聖戦だったのかもしれない。
──女神を守る、町と青年たちの夏の戦い。
それが、僕の、ひと夏の物語だった。