「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第十一章 夏の終わりと再始動

夏休みが終わり、実家から大学へと戻った僕たち四人──

高橋、松田さん、剣崎さん、そして僕──は、誰からともなく、ぼんやりとした日々を送っていた。

 

「……俺、最近集中できねぇんすよ」

 

ボクシング部のミット打ち中にそう漏らしたのは、高橋だった。

いつものように鼻歌まじりに冗談を飛ばす彼が、どこかうわの空で、ジャブのキレもない。

 

「……あの夏の日々が、まるで幻だったような気がしてさ」

 

「“幻”というより、“幻惑”だったろ」

 

剣崎部長が、クールに言った。

が、彼自身、手元のパンチがやたら正確すぎて機械的すぎる。逆に気持ちがこもっていないのがバレバレだ。

 

「俺は最近、なぜか目覚ましより早く目が覚めるようになった。心がざわついて仕方がない」

 

黒づくめの松田さんは、今日も黙々とランニングをしながら、突然ポエムのような台詞を口にしていた。

 

──僕はというと、毎晩、ふとした拍子に実家の廊下の匂いとか、夕飯の支度の音を思い出しては、スマホを手に取ってしまう。

 

でも、母さんからの連絡は「干し椎茸そっちにも売ってるかしら?」くらいのものだった。

 

「これじゃ、日常になじめねぇな……」

 

と、そんなある日──

 

「なあ、お前、見たか?」

 

高橋が、目を丸くして僕にスマホを突きつけてきた。

 

「なにを?」

 

「お前の……いや、“あの人”の……ブログだよッ!!」

 

「……は?」

 

急いで見せられた画面。

そこには、見慣れた、いや、よく知ってるあのフォント、あの余白、そして──

 

《母さんのほほん日記》

〜自然光と愛情に包まれて〜

 

みなさんこんにちは。今日はお庭のミントを摘んで、お昼は冷製パスタにしました。

息子が帰省していた間、ほんとうに楽しくて、ちょっと張り切りすぎちゃったかも。

写真は、帰る日の朝に撮った一枚。ちょっと恥ずかしいけど、夏の思い出ってことで……

 

──添付画像:

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

あの、あの白いリネンのワンピース姿で、朝の縁側に座ってる母さんの姿。

柔らかい逆光と、笑顔。まさに“反則級”。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………っっっっしゃああああああああ!!!!!」

 

最初に立ち上がったのは松田さんだった。

拳を握り、まるで何かの試合に勝利したかのようなガッツポーズ。

 

「アカンてこれは……伝説ふたたびや……」と、高橋が白目をむいている。

 

剣崎さんはといえば──

 

「読者登録した」

 

「お前が一番冷静に暴走してる!!」

 

この日を境に、四人は少しずつ“正気”を取り戻していった。

 

ボクシング部の練習後、ひそひそとスマホを開き、ブログの更新を確認するのが日課となり、

なぜか「母さんが次に紹介しそうな料理」を予想する謎の賭けも始まり、

ついには松田さんが「コメント欄に書くべきか否か」で3時間悩むという事件まで起きた。

 

母さんの知らぬところで、僕たちは“あの夏”の続きを、少しだけ夢見ていた。

 

そして、そのブログのコメント欄には今日も──

 

「ミントパスタ、今度真似してみます!」

「ワンピース姿、素敵でした」

「“また”お会いできる日を楽しみにしてます」

 

“また”の意味が、どこまでも深くて切ない。

 

けれど、誰もそれを言葉にしようとはしなかった。

 

──母さんの、静かなブログ。

それはまるで、“四人の聖闘士”をつなぐ、目に見えない糸のようだった。

 

 

 

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