「ねぇ、ブログってどうやって始めるの?」
……ある日のLINEにそう書かれていたとき、僕は正直、冗談かと思った。
「母さんが? ブログ?」
けれど、翌週には本当に始まっていた。
タイトルは──
《母さんのほほん日記》
「日々の小さな喜びや、季節の移ろいを綴るの。写真も添えてね」
と母さんは言った。
ふんわりしたタイトルに、手作りの庭や季節の花、家庭料理の写真。
たしかに“母さんらしい”ブログだった。
──最初のうちは。
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事件が起きたのは、三つ目の記事。
タイトルは「久しぶりに着てみたワンピース」。
母さんは白いレースのワンピースを着て、自宅の縁側で笑顔を浮かべていた。
写真は逆光で、ふんわりと輝いていて──確かに綺麗だった。
それはもう、想像以上に。
「え、これ……誰が撮ったの?」
「スマホでタイマーセットして自分で撮ったのよ〜」
自撮りだった。
そしてこの“奇跡の一枚”が、SNSで拡散された。
《まるで昭和の名女優》《この人、誰?》《奇跡の主婦現る》
──コメント欄は一気に騒がしくなり、ブログの閲覧数は急上昇。
気づけば、“美人すぎる主婦ブロガー”として、プチ炎上気味になっていた。
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僕の元には、剣崎さんから冷静なLINEが届いた。
「……これは思ったよりまずい」
続いて高橋からは、「お前の母ちゃん……すごくない……?」
語彙を失っていた。
そして松田さんからは、謎のショートメッセージ。
《“女神の記録”、我々で守護すべし》
──ちょっと待て、なんだこの展開。
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母さんはというと、コメント欄のざわつきをどこ吹く風。
「なんかね〜、最近“PR案件”とかってメールが届くのよ? なにかしらこれ〜」
「あと、写真の撮り方教えてくださいって、同年代の方からも」
──すごい。母さん、開花してる。
でも僕は焦っていた。
大学の誰かにバレたら……また“芸能人の息子”疑惑が再燃する。
僕「母さん、あの……少しだけ、投稿の内容とか、落ち着かせた方がいいかも」
母「え? なんで? ほら、これ見て。お花もきれいに撮れたでしょ?」
いや、それ、背景の窓に母さんの姿写ってるから!!
しかも、ちょっと着崩れた部屋着とか……!
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結局、“美しすぎる主婦ブロガー”の話題は一部ローカルメディアにも拾われたが、
本人が「なんか面倒ね〜」とあっさり記事を削除してくれたことで、騒ぎは収束した。
それでもブログは続いていて、
いまでは本当に“季節の花と家庭の味”を地で行く、ほのぼのブログに戻っている。
「最近、コメントも穏やかでいい人ばかりなのよ〜。
ほら、“優しさに癒やされました”って書いてあるの」
──そういうときの母さんの笑顔は、なんというか、
写真よりもずっとまぶしくて、僕は何も言えなくなってしまう。
そして今朝。
新しい記事のタイトルが通知で表示された。
『久しぶりの水撒きと、涼風の午後』
どうか──今度こそ、写真の背景に“何も映っていませんように”。
僕は祈るようにスマホを開いた。