「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第十三章 学園祭

 

秋風が吹き抜けるキャンパスに、どこからともなく甘い焼き芋の匂いが漂いはじめる頃──

我が大学もついに学園祭シーズンを迎えた。

 

ボクシング部も例に漏れず、模擬店と体験コーナーを出すことになり、

剣崎部長の冷たい一言で準備がスタートした。

 

「……派手な演出は要らない。だが客は集めろ」

 

それが一番難しいのでは? というツッコミは誰もしない。いや、できない。

 

 

準備期間。

 

──僕の周囲が落ち着かない。

 

まずは高橋。

 

「……なぁ、来ると思う? 来ちゃうと思う? いや、来てくれたら嬉しいけど、でもそれってつまり“来る”ってことで──」

 

「誰が?」

 

「君の……お母さn……ゲフンゲフン……」

 

一人でテンパってる。

 

そして松田さん。

 

なぜか模擬店用のタオルを「手ぬぐい」に統一しようと主張。

 

「いいか、屋台の基本は“魂”だ。タオルじゃなくて“手ぬぐい”。わかるな?」

 

わかりません。

 

しかもその手ぬぐいのデザインが全部「火鳥鳳凰」とか「爆裂烈拳」とかの書体。

なぜか“筆書きフォント”に命をかけてる。

 

僕「それ……どこで刷ってるんですか?」

 

松田「叔父の染物屋だ」

 

地味に本格的。

 

 

さらに、剣崎部長までもが、なぜか珍しくリーフレットのレイアウトに悩んでいた。

 

「写真……これでいいのか……いや、もっと光の角度を……」

 

「あれ? 部長、そここだわるとこですか?」

 

「……“映え”は大事だと、誰かに言われた気がしてな」

 

誰だ。誰にそんなことを吹き込まれたんだ。

 

 

──こうして学園祭は刻一刻と近づいていく。

 

僕は、もっぱら「焼きそばを焦がさない係」として地味に準備をしていたが、

 

周囲は着々と“母さん襲来”を想定した行動を取り始めていた。

 

「……なあ、母さん来るって決まってないよ?」

 

「いや、“来ない”とは言ってないよな?」(松田)

 

「いつも突然だし……」(高橋)

 

「対策はすべきだ。水着への耐性とか……」(剣崎)

 

いや、文化祭ですけど!? 普通に考えて来ないって!!

 

──そんな僕の心の叫びが届くことはなく、

焼きそばの鉄板とともに、運命の学園祭が近づいていた。

 

 

 

秋晴れの空に、祭囃子のBGMと焼きそばのソースの香りが溶け合う朝。

ついに始まった、三日間の大学学園祭。

 

キャンパスには人が溢れ、チラシを配る仮装の学生、舞台のリハーサルを繰り返す演劇部、ビラを握りしめて道に迷う親御さんたち──そんな活気に包まれながらも、

 

僕の周囲だけ、妙に“ソワソワ”していた。

 

まずは松田さん。

 

「……で、入り口の見張りは誰がやる?」

 

「見張りって……なにを?」

 

「いや、ほら、危機管理や。“不意の奇跡”に備えてやな」

 

不意の奇跡。

 

その言い回しやめてください。

 

高橋に至っては、模擬店の受付テントに座ったまま、十秒に一回スマホを確認している。

 

「……なあ、まだ来ないよな? 来てないよな? っていうか……逆に“今日来ないパターン”もあるのでは?」

 

「落ち着けって」

 

「いや……でも、あの人なら、“わざと二日目”に来るとか、あると思うんだよ……」

 

そして剣崎部長はというと、ボクシング体験ブースの横に設置した「撮影コーナー」で

なぜか延々とリングライトの角度を調整している。

 

「……光が足りない……この高さではダメか……」

 

「なにをそんなに……」

 

「映りだ。肌のトーンに影響する」

 

誰の肌のトーン!?

 

──こうして、“来るかもしれない母”への緊張感が高まる中、

 

学園祭・初日は、意外なほど平穏に終わった。

 

母さんは、来なかった。

 

高橋は「そっか……今日じゃなかったんだ……」と、若干残念そうにうなだれ、

松田さんは「嵐の前の静けさやな」と言って腕を組み、

剣崎部長は「……なら明日か」と、意味深に頷いていた。

 

いや、何を“なら”で納得してるんですか。

 

それでも──僕もどこか、胸をなでおろしていた。

 

母さんは今日は来ない。

 

明日は……明日はまだ考えない。

 

鉄板を洗いながら、空を見上げる。

 

青空に、ほんのりと雲の影が差しはじめていた。

──これは、もしや。嵐の予兆──かもしれない。

 

 

 

 

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