秋風が吹き抜けるキャンパスに、どこからともなく甘い焼き芋の匂いが漂いはじめる頃──
我が大学もついに学園祭シーズンを迎えた。
ボクシング部も例に漏れず、模擬店と体験コーナーを出すことになり、
剣崎部長の冷たい一言で準備がスタートした。
「……派手な演出は要らない。だが客は集めろ」
それが一番難しいのでは? というツッコミは誰もしない。いや、できない。
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準備期間。
──僕の周囲が落ち着かない。
まずは高橋。
「……なぁ、来ると思う? 来ちゃうと思う? いや、来てくれたら嬉しいけど、でもそれってつまり“来る”ってことで──」
「誰が?」
「君の……お母さn……ゲフンゲフン……」
一人でテンパってる。
そして松田さん。
なぜか模擬店用のタオルを「手ぬぐい」に統一しようと主張。
「いいか、屋台の基本は“魂”だ。タオルじゃなくて“手ぬぐい”。わかるな?」
わかりません。
しかもその手ぬぐいのデザインが全部「火鳥鳳凰」とか「爆裂烈拳」とかの書体。
なぜか“筆書きフォント”に命をかけてる。
僕「それ……どこで刷ってるんですか?」
松田「叔父の染物屋だ」
地味に本格的。
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さらに、剣崎部長までもが、なぜか珍しくリーフレットのレイアウトに悩んでいた。
「写真……これでいいのか……いや、もっと光の角度を……」
「あれ? 部長、そここだわるとこですか?」
「……“映え”は大事だと、誰かに言われた気がしてな」
誰だ。誰にそんなことを吹き込まれたんだ。
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──こうして学園祭は刻一刻と近づいていく。
僕は、もっぱら「焼きそばを焦がさない係」として地味に準備をしていたが、
周囲は着々と“母さん襲来”を想定した行動を取り始めていた。
「……なあ、母さん来るって決まってないよ?」
「いや、“来ない”とは言ってないよな?」(松田)
「いつも突然だし……」(高橋)
「対策はすべきだ。水着への耐性とか……」(剣崎)
いや、文化祭ですけど!? 普通に考えて来ないって!!
──そんな僕の心の叫びが届くことはなく、
焼きそばの鉄板とともに、運命の学園祭が近づいていた。
秋晴れの空に、祭囃子のBGMと焼きそばのソースの香りが溶け合う朝。
ついに始まった、三日間の大学学園祭。
キャンパスには人が溢れ、チラシを配る仮装の学生、舞台のリハーサルを繰り返す演劇部、ビラを握りしめて道に迷う親御さんたち──そんな活気に包まれながらも、
僕の周囲だけ、妙に“ソワソワ”していた。
まずは松田さん。
「……で、入り口の見張りは誰がやる?」
「見張りって……なにを?」
「いや、ほら、危機管理や。“不意の奇跡”に備えてやな」
不意の奇跡。
その言い回しやめてください。
高橋に至っては、模擬店の受付テントに座ったまま、十秒に一回スマホを確認している。
「……なあ、まだ来ないよな? 来てないよな? っていうか……逆に“今日来ないパターン”もあるのでは?」
「落ち着けって」
「いや……でも、あの人なら、“わざと二日目”に来るとか、あると思うんだよ……」
そして剣崎部長はというと、ボクシング体験ブースの横に設置した「撮影コーナー」で
なぜか延々とリングライトの角度を調整している。
「……光が足りない……この高さではダメか……」
「なにをそんなに……」
「映りだ。肌のトーンに影響する」
誰の肌のトーン!?
──こうして、“来るかもしれない母”への緊張感が高まる中、
学園祭・初日は、意外なほど平穏に終わった。
母さんは、来なかった。
高橋は「そっか……今日じゃなかったんだ……」と、若干残念そうにうなだれ、
松田さんは「嵐の前の静けさやな」と言って腕を組み、
剣崎部長は「……なら明日か」と、意味深に頷いていた。
いや、何を“なら”で納得してるんですか。
それでも──僕もどこか、胸をなでおろしていた。
母さんは今日は来ない。
明日は……明日はまだ考えない。
鉄板を洗いながら、空を見上げる。
青空に、ほんのりと雲の影が差しはじめていた。
──これは、もしや。嵐の予兆──かもしれない。