「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第十四章 虹の伝説

学園祭二日目の朝。

 

晴天。焼きとうもろこしの匂いが風に乗って流れ、ステージでは軽音サークルのサウンドチェックが鳴り響いていた。

 

──にもかかわらず、僕の周囲はどこか“燃え尽きた”ような空気に包まれていた。

 

「……ああ、やっぱ今年はナシか……」

高橋は焼きそばを焼きながら、鉄板の上に頬をのせそうな勢いでうなだれている。

 

「“女神”は降臨せんかったな……」

松田さんは早くも締めのコメントのような口調で、ボソッと呟いた。

 

「いや、勝手な期待ですし……」

僕は言いながらも、スマホの画面を胸元でギュッと握った。

 

昨夜、母さんから届いたLINE──

 

「今年はちょっと都合がつかなくて、行けそうにないの。ごめんね。楽しんでね♪」

 

それを朝、三人に見せたときの落胆たるや。

松田さんは拳を握り「くっ……!」と苦悶の声を漏らし、

高橋は「……なんか腹減らなくなってきた」と食欲を失い、

剣崎さんですら「……残念だ」と眉をほんの少しだけ下げていた。

 

──というわけで、ボクシング体験ブースは絶賛“やる気喪失モード”に突入。

 

松田さんはグローブの紐をゆるめたまま座り込み、

高橋は「体験希望の方はご自由にどうぞ〜」と棒読みで呼びかけ、

剣崎さんは……一人でサンドバッグを無心で殴っていた。たぶん、それが一番真面目。

 

僕自身も、「母さんは来ない」とわかっていても、

どこかぽっかりと心に穴が空いたような気がしていた。

 

そんなときだった。

 

──「あ、ここねー!」

 

聞き慣れた声が、まるで空からふってきたように響いた。

 

一瞬、全員が硬直。

 

振り返ると──

キャンパスの石畳を、帽子を押さえながら走ってくるひとりの女性がいた。

 

白のカーディガンに、花柄のロングスカート。

顔に日焼け止めを塗っているのか、少し白っぽい頬に、

見慣れた笑顔がふわりと浮かんでいた。

 

「えっ……えっ!? なんで!?」

僕は思わず叫んだ。

 

母さんが、そこにいた。

 

「やっぱり来たくなっちゃって〜。朝起きたら晴れてるし、電車空いてたし、なんかもう……ね?」

 

無邪気にそう笑う母さんの横で、

松田さんが静かに立ち上がり、震える声で呟いた。

 

「……奇跡……この地には奇跡が存在する……」

 

高橋は両手で顔を覆って「うそでしょ……」と半笑いで崩れ落ち、

剣崎さんは「来た」と一言だけ言い、サンドバッグへのワンツーが止まった。

 

「みんな、久しぶり〜♪」と母さんが手を振る。

 

僕はもう、何も言えなかった。

 

……そしてこの後、さらなる騒動が待っていることを、このときの僕はまだ知らない。

 

「あら、驚かせちゃった? ふふ、なんだか青春って感じね〜」

 

 

僕は、もはや覚悟を決めていた。

 

「母さん、せっかくだし……サンドバッグ、やってみる?」

 

何気なく言った一言だった。

まさか──あんなことになるなんて、思いもしなかった。

 

「えっ、私が? いいの? ちょっとだけね」

 

そう言って母さんは、手を差し出す。

 

剣崎部長が、無言でグローブを手渡す。

松田さんは、まるで“試合前の選手を見る目”でじっと母さんを見つめていた。

 

そして──

 

「じゃ、こう?」

 

母さんが軽く構えた、その瞬間。

 

「っ!!」

剣崎さんがわずかに息を呑んだ。

松田さんに至っては、なぜか片膝をついた。

 

「……あれは……“美の構え”……」

「まさか……女神の拳……ッ」

 

「いやいやいや! 母さんただの主婦だから! ほんとに!」

 

しかし、サンドバッグに向かって繰り出されたワンツーは──妙に“形”ができていた。

フォームが、冗談抜きに美しい。

背筋が伸び、軸がブレない。腕のしなり、体重移動……どれもが自然で、滑らかだった。

 

「経験……おありなんですか?」

 

松田さんの問いに、母さんは首をかしげて笑う。

 

「え? あるわけないじゃない。そんな時間もなかったし。でも、なんか楽しいわね、これ」

 

この一言で、近くにいた一年生部員たちがほぼ全滅。

 

「えい!」

 

母さんが下からパンチを振り上げる

 

剣崎「あれは!伝説のウイニング・・・」

 

はい、そこまで。

 

 

──その後。

 

「女神は……戦士だった……」

「この構え、伝説になる……」

「うちの部、マネージャー枠でなく“選手”として……」

 

と、部員たちは謎の会議を始めていた。

 

「……僕、いまちょっとだけ、本気で母さんが“天才”なんじゃないかって思ってます」

 

「なぁ……ボクシングって、やっぱ“センス”だよな……」

 

──こうして、“学園祭最大の衝撃”は幕を上げたのだった。

 

そして僕は、心の中で静かに叫んでいた。

 

(……なんで僕の母さんは、何やってもバグるんだよ!!)

 

 

 

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