「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第十五章 カプリコーン

「よし、次の人〜! はいそこ、グローブはめて! 肘、入ってる入ってる!」

 

ボクシング部のブースは異様な盛り上がりを見せていた。

──というのも、数分前まで花柄ロングスカートの“謎の女性”がサンドバッグを打っていたからだ。

 

部員の誰もが目を奪われ、先輩たちがザワつき、部長の剣崎に至っては「技術的には問題ない」とうなずいていた。

 

だが、そんな熱狂の渦の中──不穏な気配が忍び寄っていた。

 

「……おい、松田……」

 

その声に、空気が変わった。

 

「……なんで空手部のお前がボクシング部に入り浸ってるんだ」

 

ふいに姿を現したのは、学内でも伝説の男──剣道部の藤堂。

 

鋭い目つきに、剣道着のまま竹刀を背負い、無言の圧。

 

修羅の呼び名を持つ最強の男。

 

「藤堂……ッ!」

 

松田の表情が強張る。

 

「おまえ、最近……女にうつつを抜かしてるって噂だぞ」

 

「なに……ッ!」

 

「腑抜けたその根性、叩き直してやろうか。この聖剣でな」

 

スチャ。

 

藤堂が竹刀を抜きかけたその瞬間──

 

「おー、楽しかった〜! あら、松田くん。お友達かしら?」

 

──風が止んだ。

 

まるで映画のワンシーンみたいに、時間がピタリと凍る。

 

振り返ったその場の全員が、状況を理解するより先に目を奪われた。

 

白いカーディガン、花柄ロングスカート。柔らかくまとめられた黒髪。日傘を軽くたたみながら近づいてくる“女神”──いや、母さんだ。

 

そして、その姿を真正面から受け止めた藤堂の動きが……止まった。

 

目を見開き、唇がかすかに開く。

 

(……な、なんだこの胸のざわめきは……)

 

いつもなら感情を表に出さず、竹刀一本で黙らせてきた男が、今、動けずにいた。

 

「……き、君が……例の、松田がうつつを抜かしているという……女性……?」

 

「え? うふふ、違うわよ。私はただの──母親です。おじゃましてごめんなさいね?」

 

その声に、藤堂の耳が赤く染まる。

 

(こ、これはまずい……!)

 

「あ、ああ……いえ……こちらこそ、ご……ごきげんよう……じゃなかった……お、お邪魔しましたッ!」

 

──全力で敬語を噛んだ。

 

竹刀を背負いなおす仕草もどこかぎこちなく、肩がやたらと跳ねている。

 

「藤堂さん、なにその動き……」

 

「うるさいっ!!」

 

怒鳴って、くるりと背を向ける藤堂。その背中は普段よりやや猫背気味。

 

「ま、松田ァ! この決着はまた後日ッ! 忘れるなよ……! あと……その……お母様によろしく……ッ!」

 

カカカカカ……と小走りで去っていく修羅。

 

「……なに、今の、あの威圧感どこいったんだろ」

 

「……うちの母さん、すごすぎない?」

 

母さんはというと、サンドバッグの横にあった冷えたお茶をひと口飲みながら、

 

「お友達って個性的ねぇ〜。またお会いできたら嬉しいわ」

 

と、ふんわり笑っていた。

 

──その一撃が、一番効いたのは、修羅・藤堂だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

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