「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第二十章 ボクシング新人戦

ボクシング部の新人大会当日。

僕と高橋は、リング脇の控えスペースで出番を待っていた。

 

「うわ、緊張してきた……」

「こっちはさっきから手が汗でベトベトだよ……」

 

それでも、心強い味方はいた。

部の仲間たちがたくさん来てくれていて、なかでも──

 

「頑張ってこいよ!お前らの拳に全てを込めろ!」

と、なぜか本職・空手部の松田さんが叫んでいた。

 

「応援、ありがとうございます……でも、松田さん、空手部……」

「いいんだ!俺は今日だけ“拳の兄弟”だからな!!」

 

その隣で腕を組んでいるのは、ボクシング部の部長・剣崎さん。

冷静沈着なはずの彼も、今日はややそわそわしていた。

 

そして、もうひとり──剣道部出身で、いまや我がボクシング部の“風紀担当”として活動している藤堂さんが、まるで落ち着きがない。

 

「……松田、剣崎、あれは……まだか……?」

「な、何がですか?」

「いや……その……昼だろう?ほら、そろそろ……弁当の時間帯だし……」

「……」

 

明らかに何かを待っている。

いや、正確には「誰かを」待っている。

 

「……昨日のブログに書いてあったんだよ」

高橋が僕の耳元でボソッと囁く。

「“明日は新人戦。お弁当作って応援行けたらいいな♡”……って」

 

「母さんの……ブログ……?」

 

そう、いまこの場に集う“男たち”の視線が一点に集中していた。

会場の入り口──そこに現れるかもしれない“存在”を、誰もが待っている。

 

剣崎「……試合は10時開始、彼女の移動距離を考えると……もうすぐだな」

松田「いや、朝市の渋滞があるぞ……」

藤堂「おまえら何でそんな分析してるんだ!!」

 

「おい見ろ!」

会場のざわめきが一気に高まった。

 

──その瞬間。

 

「あら、間に合ったみたいね〜」

 

白い帽子にロングスカート。

笑顔で手を振る、あの人。

 

「……母さん……」

 

三人、同時に立ち上がる。

 

松田「っ! く、来たァァァァ!!」

剣崎「ポジションA、防御体勢を──っ」

藤堂「気を抜くな!!神が舞い降りたぞ!!」

 

観客席がざわつき、他校の選手までもが「誰?」と視線を送る。

 

そんな中、母さんはふわりと近づき、笑顔で言った。

「ちょっとお弁当、差し入れにね。みんな、頑張って♪」

 

──その笑顔に、拳よりも強く打ちのめされた男たちがいた。

 

そしてリングに向かう僕は、こう思った。

「……今日の勝敗、たぶんもうどうでもいいんじゃ……」

 

 

 

なんとか──本当に「なんとか」だった。

僕は判定でギリギリ勝利を収めた。

試合終了のゴングが鳴った瞬間、膝が笑っていた。

 

セコンドの剣崎さんが無言で水を差し出してくれ、

松田さんが「よくやったぞ、チビペガサス……」と目元をぬぐっていた。

藤堂さんは両手を組み、「アーメン……」と祈っていた。

 

そして──

 

「すごい!かっこよかったじゃない!」

母さんが客席から駆け寄ってきた。

満面の笑み、柔らかい香り。

そして──全力のハグ。

 

「ちょっ……まっ……母さん……っ」

観客が見てる!後ろに剣崎さんと松田さんがいる!

 

でも、母さんの顔は無邪気そのもので。

「ほんとに、ほんとに頑張ったのねぇ」

小さく拍手しながら、僕の肩をポンポン叩いてくる。

ああ、なんて母さんって母さんなんだろう。

 

──その時。

背後から“目に見える緊張”が伝わってきた。

 

松田:歯ぎしり中(小刻みに震えてる)

剣崎:冷静な顔だが拳がギュッと握られてる

藤堂:なぜか竹刀を取りにいこうとするフリをしてる

 

会場の空気が、なぜかピリピリしている。

「さっきの試合よりこっちのほうが緊張感あるんじゃ……?」

と誰かが小声で言っていた。

 

「さ、次は高橋くんの試合だね、応援しなくちゃ!」

と母さんが言って、みんなで観客席を見渡した──

 

……ん?

 

……あれ?

 

……もう試合終わってる……?

 

「た、高橋……」

視線の先で、ヘッドギアを脱いで帰ってくる高橋がいた。

 

「終わったの!?え、うそっ、ちょっと、いつ!?」

 

「……まぁ、ちょっと前にね……」

どこか虚ろな目をしていた。

 

「すごいじゃない、どうだったの!?」と母さん。

「……うん、まぁ、出られただけでよかったよ」

と遠くを見つめながら言う高橋。肩を落とす。

 

「す、すまん……完全に見落としてた……」

「……僕も……ハグの衝撃が……」

 

母さんが「あら、ごめんなさいね、私のせいで」って微笑むと、

高橋は「ううん、来てくれてうれしかったです」って、やけにいい声で返していた。

 

──結果として、

高橋の試合は誰にも見られておらず、

写真すら残っていないという悲劇だった。

 

その夜、高橋のSNSに上がった投稿はこうだった。

 

「出場しました! 結果は……まあ、それなりに。来てくれた人、ありがとう!(※誰もいない)」

 

コメント欄に、母さんのアイコンがぽんと出ていた。

 

「よく頑張ったわね☺️また応援行くからね 」

 

──そして、その“また”が、また何かを巻き起こすことを、

僕たちはまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

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