──大学に入って、進路の話を真面目に考えるようになった最近。
ふと、あの秋の三者面談のことを思い出した。
高校三年生の秋。
受験シーズンに向けて、進路希望調査票とにらめっこしながら、毎日のように担任から「そろそろ覚悟決めろよ」と言われていた頃。
あの日は、そんな中で迎えた三者面談だった。
母さんが学校に来るのは、たぶん中学以来だったと思う。
だから、僕は少しだけ心配していた。……いや、正直に言うと、覚悟していた。
母さんの“場をざわつかせる力”を。
午後の面談スロットに合わせて、母さんは校門をくぐってきた。
いつもと変わらない、控えめで清楚な雰囲気。
落ち着いたグレージュのブラウスに、紺のロングスカート。
髪はゆるくまとめていて、目立つ格好ではないはずなのに、廊下を歩くだけで、すれ違う先生や生徒がちらちらと振り返っていた。
「失礼します」
母さんが柔らかく扉を開けて面談室に入ると、担任の安藤先生は……なんていうか、挙動不審になった。
椅子から立ち上がるタイミングを間違えてバインダーを落とし、「ど、どうもお越しいただいて、あっ、ありがとうございます」と、語尾が震えていた。
僕はというと、机に視線を落として「ほらな」と心の中でため息。
先生は一応、成績や模試の話をしようとしたものの、目がしょっちゅう母さんの顔にいってしまっては、慌てて資料に視線を戻す、を繰り返していた。
「進路ですが……第一志望は……ええ……チャレンジ枠にはなるかと思いますが……」
明らかに、話が頭に入っていない。というか、入ってないのは僕じゃなくて先生の方だ。
「先生、緊張されてます?」
母さんが、何の気なしにそう言って小首を傾げると、安藤先生は文字通りビクッと跳ねた。
「いっ、いえ! いや、その……ええと、いつも生徒から……えーと、“お綺麗なお母さん”って……」
それ以上は聞かずにくれ……と思っていたけど、母さんはあいかわらずにこにこしていて、なんなら少しだけ楽しそうだった。
「大丈夫です。うちの子、ちょっとのんびりしてるけど、やる時はちゃんとやるんです」
その一言に、なぜか安藤先生の背筋が伸びて、「はいっ、そうですね! やりますよね! やってくれますよね!」と、なぜか気合の入った声を出していた。
その後、面談を終えて校門を出る時、母さんがふとつぶやいた。
「先生、ちょっと可愛らしかったわね。あたふたしてて」
「やめてくれよ……」
僕は半分本気でうめいたけど、母さんは肩を揺らして笑っていた。
……あれからもう数年。
あの頃より少しは“大人”になったと思いたいけど、いまだに母さんが何気なく話題に出ると、誰かしらが動揺するのは相変わらずで。
きっと、母さんの“ざわつかせ力”は、これからも変わらないんだろうな──なんて、思う秋の夜だった。