「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

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第二十三話 ヤツの名は!

それは、学内がようやく秋の余韻から抜けきったある日のこと。

僕らボクシング部に、一通の封筒が届いた。

 

──差出人:東都大学ボクシング部

──宛名:聖ノ原大学ボクシング部御中

──文面:

 

「スパーリングマッチを希望する。

我が部の切り札を送る。貴学に相応しい“目覚め”を与えるために。」

 

……なんだこれ、厨二病か?

 

「な、なんだこの……カッコつけた文体は……」

高橋が手紙を読みながら顔をしかめる。

横で松田さんは何やらそわそわ、剣崎さんは黙って読み終え、ひとこと。

 

「来るか……東都の切り札が。」

 

「知ってるんですか!?」

 

「……いや、知らない。でも強そうだなとは思った。」

 

さすが剣崎部長、ブレない。

 

そして、その切り札は、三日後にやってきた。

 

午後の道場。

扉が開いた瞬間、風が吹いた(気がした)。

 

現れたのは──

 

銀髪(脱色)。

白い上下のジャージ。所々に金色の刺繍。

拳に包帯を巻いた男。

口数は少なく、目が細くて鋭い。

 

「……ここが、聖ノ原の道場か」

低くてクールな声。

 

高橋が僕の耳元でささやく。「あいつ……明らかに主人公顔じゃない?」

 

僕は思った。「むしろ、ラスボス寄りだよ……」

 

「俺の名は十文字真(まこと)。人呼んでブラッディクロスのシン!」

「なるほど……」とみんな頷いたが、剣崎さんだけは「語呂がいい」と冷静にコメント。

 

松田さんは早くも興奮してる。

 

「よし、受けて立つ! 誰が出るんだ!?」

 

「俺が出よう」

 

イマイチ影の薄かったスーパースター剣崎潤部長が立ち上がった。

 

そして、波乱のスパーリングが、幕を開ける──!

 

 

 

 

午後三時、道場は緊張感に包まれていた。

 

対峙するのは、聖ノ原大学の氷の司令塔・剣崎部長と、

東都大学が誇る銀狼の刺客・“シン”。

 

ふたりは無言でグローブを合わせ、

視線だけで火花を散らす。

 

「……始めっ!」

高橋の声で、スパーリング開始!

 

パァンッ!!

 

開幕早々、鋭いジャブを放つ剣崎。

それを滑らかにスウェーでかわすシン。

 

「おお……レベル高い……」

松田が思わず唸る。

 

「……シン、冷静だな」

高橋も口を押えて感心している。

 

が──

 

「みんな〜!冷たい麦茶と塩大福、持ってきたわよ〜 」

やってきたのは母さんだった。道場の戸口から、朗らかに手を振る。

あ、3日前に今日スパーリングやるってLINEしたんだっけ。

 

まさか来るとは。

 

「ちょっと、母さん、来るなら来るって」

 

ピタッ……。

 

拳を交えたまま、ふたりの動きが止まる。

 

「……」

 

「……」

 

「──ちょ、母さん!? いま試合中!!」

僕はあわてて走り寄る。

 

「あら、ごめんなさい。でもちゃんと水分補給しなきゃダメよ?」

そう言って、ふんわりとした白いブラウスの袖をまくりながら麦茶を差し出す母さん。

 

──その瞬間だった。

 

シン、グローブを外して正座。

 

「……俺に、その……麦茶を……いただけますか」

 

「え? ああ、はいどうぞ♪」

 

「……ありがとうございます……」

ゴクリと一口飲むシン。汗が一筋、こめかみを流れる。

 

「……うまい……そして……癒される……」

 

剣崎「……続けますか?」

 

シン「……いや、今日はやめておこう……この敗北感は、拳のせいじゃない……」

そっと立ち上がるシン。その目には達観すら浮かんでいた。

 

高橋「完全に戦意喪失してるな……」

 

松田「女神恐るべし……」

 

剣崎「麦茶、強い……」

 

母さんは何も知らず、全員に塩大福を配って歩く。

 

そのあと、シンは土産を両手に提げて、深く一礼しながら帰っていった。

 

「……あの人は、何者なんだ……」

 

シンのつぶやきが、なぜか風に乗って聞こえた気がした。

 

数日後、東都大学ボクシング部の公式ブログに、こんな投稿があったという──

 

「敗北。拳ではなく、慈愛に。

人は、強さとは何かを知るために拳を握る。

だが、時にその答えは“麦茶”の中にある。

俺は今日、ひとつの悟りを得た。

女神は、聖ノ原にいた──

あの方こそは我が流派に伝わる慈母の星。」

 

僕は思った。

 

……これは、またひとり増えたな。

 

 

 

 

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