「お母さん、無自覚美人です 大学生編」   作:松田義和

6 / 28
第五章 ユニコーン

講義が終わり、キャンパスの隅にあるベンチで、僕と高橋はいつものように缶コーヒーを飲んでいた。

木漏れ日がちらちらと揺れて、初夏の風がシャツの裾をふわりと揺らす。

 

「なあ、お前実家に帰ってたんだよな?」

 

高橋が唐突に切り出した。

 

「うん。ゴールデンウィークだったし、ちょっとだけ」

 

「……お母さん、元気そうだった?」

 

(またその話か)

 

「まあ、あいかわらずだよ。庭の草むしりして、張り切ってた」

 

「そっか……」

 

高橋は缶を一口飲んだあと、視線を遠くへ向けた。

 

「なんかさ……会ったときのこと、たまに思い出すんだよ」

 

「……え?」

 

高橋はずっと落ち着かない様子で、しきりに僕に話しかけてきた。

あの日以降、どこかフワついてるというか、ひとつテンポがズレているというか──。

 

「……なんか、柔らかい人だよな。話し方とか、目線とか」

 

「うちの母さんが?」

 

「うん。あれだけなのに、なんか……妙に覚えてる」

 

高橋はぽりぽりと自分の後頭部をかいた。

 

「変な意味じゃないってのはわかってるけど……」

 

「まあ、母さんって、放っとけないタイプではあるかも」

 

「うん。なんつーか、“ああ、この人と並んで歩く人、幸せだろうな”って、思っちゃったんだよな」

 

その一言に、思わず言葉が詰まる。

 

「……バカじゃねぇの」

 

「バカだよな、俺」

 

高橋はそう言って笑った。

だけど、あの笑いはたぶん、本気だった。

 

「……なあ、今度また実家帰ったらさ。お母さんに、よろしくって伝えといてくれない?」

 

「……お前、何者だよ」

 

「通りすがりの、ペガサスの親友、ユニコーンだよ」

 

言ってから、「あ、やべ」と自分で笑う高橋。

 

──やっぱり、どこか母にやられてる。

 

僕はふと、昨夜届いた“写真”のことを思い出した。

送ってきた張本人は、あいかわらず何気なく笑ってるだけだろうけど……。

 

彼女の無自覚な破壊力は、どうやら距離を置いても健在らしい。

 

 

ある土曜の午後。僕は大学の課題で使う資料を探すため、自室のノートパソコンを開いていた。

作業の合間にふとスマホを繋ぎ、写真のバックアップを開始する。

Wi-Fiが遅いせいで思ったより時間がかかっていて、暇つぶしにベッドに寝転がっていると──

 

「よう、いるかー?」

 

不意にドアがノックされ、高橋がひょっこり顔を出した。

 

「ノート貸してくれ、例の講義のやつ」

 

「はいはい、ちょっと待って」

 

僕は机の引き出しを開けてノートを探す。

その間、高橋は勝手知ったる様子で机の前に座り、PCの画面をチラ見した。

 

──それが、運の尽きだった。

 

「……おい」

 

「ん?」

 

「……このフォルダ、“おふくろ”って書いてあるけど……開いていい?」

 

「は?」

 

振り返った瞬間には、もう遅かった。

 

「うっ……あれ……なにこれ……」

 

高橋が椅子にもたれかかったまま、わずかに目を見開き、無言でフリーズしている。

僕は飛びかかるようにパソコンの前に走った。

 

「おいバカ!勝手に開くなって言っただろ!」

 

「言ってねぇし……!」

 

「……いや、だからって!」

 

画面には昨夜、母が何気なく送ってきた1枚の写真が大写しになっていた。

洗面所の鏡越しに、リネンシャツを軽く羽織り、わずかに濡れた髪を無造作にかき上げている母。

頬に少しだけ光が反射して、まるで雑誌の1ページのように“自然で綺麗”だった。

 

「……これ、まじでお前の母さん……?」

 

高橋が絞り出すように言った。

 

「そ、そうだよ……」

 

「ごめん……俺、いまちょっと呼吸整えてる……」

 

「なんでだよ」

 

「目が……心が……追いつかない……」

 

高橋は額を押さえて、文字通り崩れ落ちそうになっていた。

 

「いや、お前前に会ってんじゃん、母さんに。今さらなにを」

 

「いやいやいや、あのときは“生”だったから……ある意味防御できたんだよ。だって周囲もあったし……」

 

「……防御?」

 

「でもこれは違う!一対一!フルスクリーンで直撃食らったら、そりゃもう……」

 

高橋はぶつぶつ言いながら、僕のベッドに倒れ込み、天井を見上げた。

 

「……お前、あの人と毎日暮らしてたのか。すげえな、尊敬する」

 

「なんの尊敬だよ」

 

「いやもう、普通に目合わせられない気がしてきた……」

 

「やめろって」

 

その日はしばらく、高橋はまともに立ち上がれなかった。

 

そして翌週のキャンパスで、僕はなぜか“母親美人伝説”の火種が再燃していることを知ることになる──

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。