才禍を継ぎし碧き瞳の灰兎 作:醜い蛭子
前話の七年前を八年前へと改稿しましたので報告させて頂きます。
第01話 都市ーオラリオー
やっぱり都会の空気は違う。
凡そ七年ぶりにオラリオを訪れて俺が一番最初に抱いた感想はそんなだった。
『竜の谷』で四年、何もないような山奥で三年。
それに加えて絶賛
後半は可愛い
それが漸くおっさんの料理以外に娯楽がないような生活から抜け出してきた訳だが、かと言って今のオラリオが醸し出す空気が心地良いかと聞かれれば答えはNOだ。
何と言うか街全体の空気が重く淀んでいる。
世界の中心と言われるだけあって人通りはそれなりにあるものの、道行く人の誰もが沈んだ顔をしていた。
これは姉さんが予想していた通り。
前に俺がオラリオにいた頃つまり
しかし真意は別として圧倒的な力を持つファミリアが頂点に君臨していた故に、本当に悪意を持っていた者達に対してはある種の牽制になっていたらしい。
そのファミリアが二つ同時に解散してしまった今となっては、その小悪党共が好き放題やっているだろうというのが姉さんの予想だった。
そんな姉さんが俺に下した
『
……姉さんもすっかり親バカになったものである。
まぁ俺としても別れる前にワンワン泣いていた
とはいえ姉さんの話だとその小悪党──
恩恵を受けた人間は自分自身の経験が必要不可欠とはいえ、普通の人間とは違って
中には魔法を発現している者までおり、いくら厳しい修行を積んでいても何の対策も無しに突撃するのは流石に無謀と言えた。
そこで目には目を、歯には歯を、そして恩恵には恩恵をといった感じで俺はジジイからオラリオにいるという神友の紹介状を預かっている。
あんまり他人の力を頼るのは気が進まないものの、この世界がそんな傲慢が許されるほど甘くない事は理解してるつもりだ。
という訳で俺は寄り道もせずにヘルメスとかいう神のファミリアの
だがそんな出鼻を挫くように微かだが確かに人の悲鳴が俺の耳に届いた。
「くそっ、本当に治安が悪いんだな」
悲鳴が聞こえてきたのは、俺が今いる大通りから逸れた路地裏の先。
しかし周りの人間は聴覚に優れた獣人でさえも特に気にした様子はなく、どうやら俺が偶々聞き取れただけで悲鳴の主までそれなりに距離があるようだ。
空耳という可能性はひとまず除外するとして、さてどうすべきか?
見た感じこの路地裏はかなり入り組んでいるようで、道なりに進んでも目的地に辿り着けるか定かでなかった。
そうなると選べる道は一つだけ。
俺は力任せに地面を蹴り上げて大きく跳躍すると、更に目の前の建物の壁を蹴ってその屋上へと躍り出る。
そのまま建物の間を飛び越えながら悲鳴が聞こえた方角へ一直線で。
やがて建物の間隔が少し開けた場所まで辿り着き、上から覗き込むと
武装した猫人の男とヒューマンの男が二人。
そしてその三人がヒューマンの少女を力ずくで地面に押さえ付けてロープで縛り上げている。
その下衆な笑みも含めて男達がカタギの人間でないのは火を見るより明らかで、恐らく人攫いといった所だろう。
(しかし三人となると、俺一人でいけるか?)
闇派閥かどうかは別としてもオラリオで悪事を働いているような連中が、恩恵なしに好き勝手やっていると考えるのはあまりに都合が良すぎる。
身のこなしからして上級冒険者とは思えないものの、それを今ある情報だけで判断するのも早計だ。
精々この時点で確認できるのは猫人が鞭、ヒューマンがそれぞれ短剣を装備している事くらい。
相手の戦力が未知数なのに対して護身用の片手剣一本で何が出来るかと問われれば、少なくとも正面から戦うのが得策でない事だけは間違いなかった。
幸い目の前の獲物に集中しているせいか感知能力が高い筈の猫人も俺の存在に気付いている様子はない。
だとすれば上手いこと距離を取りつつ行き先を突き止めて助けを求めるというのが、俺に出来る事の無難な落としどころだろう。
そうと決まれば今は息を潜めて事の成り行きを見守る他ない。
今襲われている真っ只中である少女の心情を思えば気の毒だとは思うが、商品とする予定の相手にそこまで手荒な真似はしない筈である。
だが抵抗が予想以上に強いのか男達は用意していたズタ袋に少女を入れるのに四苦八苦しているようで、しまいには手を振り上げて少女を殴り始めた。
『男なら女を救え。そしてそのまま何か良い感じになって、心も体も手に入れろ』
ベルと違って俺にとってのジジイは良くて遠い親戚程度の感覚であり、そのふざけた戯言に感銘を受けた事など一度もない。
それがこのタイミングでこんな言葉を思い出すなんて自分の下心が浮き彫りになったみたいで嫌になるが、それはそれ。
どんなにスケベであろうとジジイがこの世界で誰よりも英雄について知っている事は確かであり、真には受けなくても俺はジジイの話にはいつも耳を傾けていた。
そしてジジイが語っていた英雄譚に登場するどの英雄をも俺は越えなければならない。
そんな英雄が目の前で苦しんでる人を後で助けると言って放置して良い筈がなかった。
予想していた形とは随分異なるとはいえ、俺は剣を構えると初めてとなる冒険の第一歩を踏み出す。
……そんな風に思っていた時期もありました。
俺は四肢の腱を深く切られて身動きできずに地面を這いつくばる人攫い達を見下ろしながら深く溜息を吐く。
死闘を覚悟して突っ込んだは良いものの、終わってみれば傷一つ負うことなく結果は楽勝。
あれこれ想定していたのが馬鹿らしくなるくらい拍子抜けで、どうやらオラリオでも下振れの連中だったらしい。
ただ魔法の存在はやはり無視出来ないので喉は念入りに潰しており、これなら憲兵に引き渡す時も特にトラブルにはならないだろう。
そうなると問題は襲われていた少女の方だった。
こんなに簡単に事が済むなら俺がさっさと助けに入ってさえいれば、この子も余計な怪我をせずに済んだ筈だ。
俺は猿轡と彼女の手足を縛り付けていたロープを外してやると、せめてもの謝罪にと持っていたポーションを手渡す。
「……ありがとう」
しかし酷い目にあったばかりの彼女の前では口が裂けても言えないが、こうして見ていると人攫いに目を付けられるのも妙に納得してしまう。
多分年齢は俺と同じくらい。
俺の燻んだ灰色とは似ているようで全然違う艶のある銀色の髪をしているが、その先端から所々に淡い翠色がメッシュ掛かった少し不思議な髪色をしている。
そして澄んだ空色の瞳をした顔付きは間違いなくヒューマンの中でも群を抜いた美人であり、透明と形容するのがしっくり来るような雰囲気をした少女だった。
それに……。
「あの、もしかして私の顔に何かついてる?」
するとポーションを飲み終えた少女が上目遣いでそう尋ねてきたので、俺は思わずたじろいでしまう。
もしかして不躾な視線を送ってしまっていただろうか?
さっき変にジジイの言葉を思い返してしまったせいか、別に疚しい事はないのに妙に罰が悪く感じられた。
「いや、俺が助けに入るのが遅くなったせいで怪我までさせちまって悪かったなって」
嘘でも何でもない本音なのに、俺の口から出た言葉は何故だか誤魔化すような声音になっていた。
勝手に俺が気まずさを感じる中、少女の方はというと俺の言葉を受けてキョトンとした表情を浮かべる。
「何で助けてくれたアナタが謝るの?それにポーションまで恵んで貰って、それじゃあ私の立つ瀬がないわ」
「そうかな?」
「そうよ」
そして俺と少女の間で自然と笑いが零れた。
取り敢えず少女の方も精神的ショックは少ないようで一安心だ。
というか今もすぐ傍で喉を潰されて呻き声しか上げられない人攫い達が血を流して這い蹲っている状況を考えれば、想像よりもずっとタフな気質の持ち主なのかもしれない。
「それに謝らなきゃいけないのは私の方よ。本当は何かお礼をしなくちゃいけないのに、オラリオに来たばかりでその……持ち合わせが殆どなくて」
確かに言われてみると少女が来ている服は旅に適した軽装であり、それも所々の汚れが落ち切らない状態のままだ。
かく言う俺も似たり寄ったりといった服装である。
どうも俺と同じお上りさんらしい。
そうなると確かに出身地次第では多少の荒事に動じない胆力を持ち合わせている事も納得できる。
「そんなの気にすんなって。それより早くここを離れよう。俺もあんまり詳しい訳じゃないが、どうにも今のオラリオは色々ときな臭いみたいだ。取り敢えず大通りまで送っていくから、そこからは」
そこまで言いかけて、俺は咄嗟に少女の事を背中に庇う。
地面と空気を伝わる僅かな振動。
何者か、しかも複数人がこちらに向かってきている。
それもかなりのスピードであり、今から逃げても少女を連れては振り切れそうにない。
もし人攫いの仲間だった場合、そう何度も拍子抜けするような幸運はあるまいと迎撃体勢を取った俺の前に現れたのは……。
「あれ、これってどういう状況?」
そう呟いた赤髪のヒューマンに続いて金髪のエルフと更に二人のヒューマンが駆け込んでくる。
そしてその全員が女の人だった。
多分赤髪の女は俺より少し年上くらいで、金髪のエルフは多分に漏れず見た目じゃ年齢の見当がつかない。
そして残る二人のヒューマンは青系の髪色に顔立ちも似ているので、恐らく姉妹か何かだろう。
背の高い方は見た目こそ若々しいが何と言うか如何にも大人の女性といった雰囲気で、逆に少し背が低い方はこの子も俺とそんなに変わらない年齢に見える。
まだ安心できる状況ではないとはいえ、どうやら人攫いの仲間という感じではなさそうだ。
話が通じない相手という訳でもないようなので取り敢えず俺は状況を説明しようとするが、俺が口を開く前に赤髪の女が高らかに言葉を放った。
「成る程!美しくて偉大な私に成敗される事を恐れて、その前に自分から捕まる準備を済ませてたって訳ね!」
前言撤回。
何だか効果音が聞こえてきそうなくらいに強烈なウィンクと共に、赤髪の女は全く意味が分からない事を口走る。
いや、美しいという点だけは納得出来なくもないけど……。
ちょっと理解が及ばない主張を前にして固まってしまう中、残るヒューマンの内恐らく姉だと思われるヒューマンの女性が前に進み出た。
「アリーゼ、あんまり突拍子もない事を口にするな。慣れている私達は兎も角、他の者は混乱しかねん」
アリーゼという名らしい赤髪のヒューマンを窘めるようにそう言うと、ヒューマンの女性は改めて俺達の方に向き直った。
「すまない、連れが失礼をした。私はガネーシャ・ファミリアのシャクティ・ヴァルマという。見たところ二人ともオラリオに来たばかりのようだが、間違いないか?」
ガネーシャ・ファミリアという派閥には俺も聞き覚えがあった。
確か前に俺がオラリオにいた頃から、街の治安を守る憲兵のような役割を担っているファミリアだった気がする。
取り敢えず今度こそ本当に警戒を解いて良さそうだと、俺も少し肩の力が抜けた。
そして俺が少女の服装を見てそう思ったように、このシャクティと名乗ったこの女性も俺達の格好を見てそう判断したのだろう。
俺達が頷いたのを確認すると、次にシャクティの目は腰に差した俺の剣へと留まった。
「そうか、来て早々に災難だったな。それともう一つ確認したいんだが、あの連中を倒したのは君という事でいいのかな?」
堅苦しい口調であるもののシャクティの言葉に何かを咎めるような意思は感じられず、別に隠しても仕方ないので俺は何があったか掻い摘んで説明する。
それを聞いてシャクティは僅かに何かを考えこむような様子を見せたが、それを遮るように別の声が割って入った。
「お姉ちゃん、倒れてる奴らの中にジュラまでいるよ!」
「なにっ!?」
するとシャクティは驚いた様子で、すぐに俺が倒した人攫いの様子を確認しにいく。
何となくその動きを目で追うと、その検分に立ち会っていた金髪のエルフと目が合った。
しかし何やら怪訝な視線を向けられている気がする。
別に敵意を向けられているという感じはしないが、何かを観察しているようなそんな視線。
だが俺が不審に思っている事をあっちも察したのかエルフはすぐに視線を逸らし、そのまま俺達を除いた四人でゴニョゴニョと密談を始める。
暫くその様子を眺めいたものの余り時間を無駄にしたく無かったので、俺はおずおずと声を掛けた。
「あの、何か問題でも?」
「あぁ、すまない。そういう訳ではないんだが、この猫人は悪名が知れた人攫いでね。その首にはギルドから賞金も懸けられてるんだよ」
「ソイツが賞金首?」
俺は思わず疑念の声を上げる。
戦闘能力が大した事無かったのは別としても、コイツ等は女の子一人捕まえるのにも四苦八苦していた。
あの手際の悪さを見るに、とても賞金を懸けられる程の人攫いには思えない。
あるいは……。
「どうかした?」
いつの間にか後ろから隣に移動して並んで立っていた少女に俺は目を向ける。
別に人攫いの方法に詳しい訳ではないものの、普通に考えれば意識のある人間をそのまま連れ去るというのはリスクも難易度も高い筈だ。
少なくとも俺だったら無理やりズタ袋に入れようとする前に意識を奪う。
もしそれが出来なかったの理由があるのだとすれば……。
「それにしても先を越されちゃったね、リオン」
「アーディ、それは違う。これ以上ジュラの手による被害が出ないなら、それは喜ぶべき事だ」
あれこれ考えていると、そんな会話が耳に入ってくる。
どういう意味だと疑問に思うと同時に、不意に耳元から声を掛けられた。
「リオンもオラリオに来たばかりの頃にジュラに攫われかけた事があったの。だからアーディの言う通りリオンも自分でジュラを捕まえたかったって気持ちが無かったと言えば嘘になるかもしれないけれど、それでも私達は
さっきの訳の分からない発言が嘘だったと思うくらい真っ直ぐな言葉をアリーゼから告げられて、妙にむず痒く感じてしまう。
しかし、それ以上に……。
(ち、近い)
ちょっと鼻で息を吸っただけで、何だかアリーゼからは良い香りがしてくる。
それに今更だがこの場にいるのは見事なまでに美女と美少女ばかりだ。
いくら姉さんで美人に慣れているとはいえ、やはり身内と他人じゃ全然違う。
意識した途端に居心地の悪さを覚えて、取り敢えず事も解決したみたいなので俺は本来の目的に戻る事にした。
「そ、それじゃあ用もあるんで俺はこれで」
「ちょっと待ちなさい。さっきも言ったがジュラには賞金が懸かっている。ギルドへの保証人は私がなるから、一緒に来てくれないか?」
シャクティにそう呼び止められて俺は僅かに逡巡するが、すぐにそれに対する答えを見つけた。
「だったらその賞金はこの子にあげてくれないか?」
「え?」
「俺は一応伝手があってオラリオに来たから、すぐに生活に困ることはない。それに賞金首を倒したって言っても、不意を突いただけで傷一つ負ってないしな。だったらそれまで簡単に捕まらずに持ち堪えてた君にも、報酬を得る権利はある筈だ」
「そんな、これ以上アナタに何か施して貰う訳にはいかないわ」
「それなら君の生活が落ち着いた後で、何か礼をしてくれれば良いからさ。そのでこの後の安全も含めて、この子の事を頼んで大丈夫か?」
「もちろん君がそれで構わないなら、それくらいの便宜を図ることは可能だ」
ちょっとカッコつけ過ぎのような気もするが、多分俺の言ってる事もあながち的外れではない筈だ。
賞金首となる程の人攫いが簡単に少女を連れ去る事が出来なかった理由。
例え恩恵がなくともエルフの中に魔法が使える者が存在するように、先天的に何か力を有している人間がいてもおかしくはない。
推測の域を出ないもののリオンという名のエルフは今も何やら少女の方に意味深な視線を送っている。
もしかしたらさっきも俺じゃなくて少女の方を観察していたのかもしれなかった。
とにかくこれで話もついたので今度こそこの場を離れようとするが、その前に少女に服の裾を掴まれた。
「あの、私の名前はセレネ・シルフィード。今日のお礼は絶対にさせて貰うから」
そういえば自己紹介のような事はしてなかった事を思い出し、俺も自分の名前を告げる事にする。
「俺はノクス、ノクス・ハッシュだ。お互いオラリオに居ればまた会う機会もあるだろうから、その時は今日の礼を楽しみにしてるぜ」
あんまりセレネが負い目を感じる事がないよう最後にそう付け加えて、その場を走り去る。
これが俺がオラリオに帰ってきた初日の記憶。
そしてこれから共に死線を潜る事になるアストレア・ファミリアとガネーシャ・ファミリアとのファーストコンタクトであった。