才禍を継ぎし碧き瞳の灰兎   作:醜い蛭子

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第03話 再会ーセレネー

 其処彼処に転がる灰色の岩石に、壁も床も天井も岩盤で形成された空間は何処か湿った空気が漂っている。

 迷宮(ダンジョン)に潜り始めること一週間、俺は最初の死線(ファーストライン)とも言われる『中層』の入り口である13階層を目前に佇んでいる。

 今の俺が迷宮に潜る目的はあくまで恩恵によって目覚めた自分の力に慣れること。

 しかしそれが上層のモンスターを相手にするだけでは不十分である事はこの一週間で既に察しがついていた。

 ちなみに昨日まではファミリアの先輩達が持ち回りで迷宮に同行してくれていたのだが、今日からは単独行動(ソロプレイ)だ。

 皆が口を揃えて言うには少なくとも上層においては教える事がもう無いらしい。

 実際に迷宮の探索における基本的な知識は姉さんやおっさんから教わっていたし、モンスターと対峙しても12階層までの間に身の危険を感じた事は一度もなかった。

 だが単独行動が許されているのはあくまで上層だけで、13階層に潜る事を決めたのは俺の独断専行である。

 ファミリアから与えられたダンジョンに潜っていられる猶予は一ヶ月。

 その間に力を使いこなすだけでなく、可能な限り経験を積んで能力を伸ばしておきたかった。

 

「……来たな」

 

 13階層の開けた空間(ルーム)を繋ぐ通路はまるで一本道のようになっており、壁の脇の所々には更に下の階層へと繋がる落とし穴まである。

 上層と比べて通路の幅そのものは広くなっているが光源は乏しく、その先まで完全に視認する事は難しい。

 基本的にこういった動きが制限される通路での戦闘は下策とされており、俺はまだ階層の入り口に陣取っているから良いものの前と後ろからモンスターに挟み撃ちなんて可能性もあった。

 だからモンスターと戦う際はルームで迎え撃つのがセオリーだが、まるで中層に初めて足を踏み入れた洗礼が如く通路の先から俺に向かって殺気が迸ってくる。

 

「【響きて威よ】」

 

 俺の第一の魔法である【リソナーレ】。

 音の付与魔法である【リソナーレ】は全身を高密度の高周波が包み込む事によって活性化させ、俺の力と俊敏を大きく上昇させた。

 俺とて未踏の階層にソロで挑むに当たり可能な限りの情報は頭に叩き込んできたし、決して舐めて掛かる事はしない。

 ここまで温存してきた魔法を解放し、ダンジョンからの洗礼を迎え撃つ。

 そして暗闇の先から現れたのは、禍々しい口元に炎を携えた大きな犬型の魔物ヘルハウンドの集団だった。

 ヘルハウンドと戦う上で気を付けなければならないのはその強靭な脚力が生み出す機動性の他にもう一つ、上層のモンスターには存在しなかった特徴の遠距離攻撃を可能とする火炎放射だ。

 ならばその機動性も封じる意味合いも兼ねて距離を潰すべく俺は剣を抜いて接近戦を仕掛ける。

 【リソナーレ】が齎した力は一度の踏み込みでヘルハウンドとの間合いを詰め、更におっさんから受け継いだ雷霆が如き轟斬を「拡張」させた。

 横薙ぎの一閃。

 その一振りで六体のヘルハウンドは同時に身体を上下に分断されて、魔石だけを残して塵となり消え行く。

 だが魔石を回収する間もなく、戦闘は未だ継続中だ。

 薄暗い洞窟が夕焼けのように真紅に染まったかと思うと、無数の火炎放射が一つに束なり炎の奔流となって俺に押し寄せる。

 通路の更に奥深くには一目見ただけでは数を確認出来ない程に大量のヘルハウンドが待ち構えていた。

 中層に突入して早々にまさかの『怪物の宴』(モンスター・パーティー)

 怪物の宴は特定の地帯でしか起こらないと聞いていたのだが、どうにも異常事態に巻き込まれてしまったらしい。

 あるいは迷宮に入ってまだ一週間という初心者()が中層にソロアタックを仕掛けようとしている愚行に対して、迷宮そのものが蔑視されていると判断した怒りによるものか?

 いずれにせよ通路そのものを埋め尽くさんばかりの炎を前にして、俺が取れる選択肢は数少なかった。

 この状況において普通に考えれば、選ぶべきは逃げの一択。

 幸いここはまだ13階層の入り口であり、すぐ後ろにある階段を上がれば12階層に逃げ帰る事も可能だ。

 しかし不思議と俺の足が後ろを向く事はなかった。

 上層でも魔力のアビリティを伸ばす目的もあって魔法は使っていたものの、わざわざ中層に潜る決断をした通り余り使いこなせている感覚はなかった。

 それが今は一転して俺の勘が正しかった事を証明するように、【リソナーレ】が身体に馴染んでいくのを感じる。

 やはり例え鍛錬の一環だとしても、適度な緊張は必要不可欠のようだ。

 その事を肌で実感できた今となっては俺の中から引き返すという選択肢は消え失せ、俺がすべきは困難に立ち向かうのみ。

 迫りくる炎に対して俺は剣を上段に構えると、真下に向かって振り下ろす。

 【リソナーレ】のもう一つの効果である、動作に連動した衝撃波の発生。

 剣筋に沿うようにして発生した衝撃波は炎を引き裂いて俺の身を守ると同時に、大群の先頭にいたヘルハウンドの数匹を纏めて吹き飛ばした。

 殺傷能力そのものはそこまで高くないものの、攻防を同時に行えるこの衝撃波はかなり使い勝手が良い。

 ただしより洗練された動きを実現する為には、やはり実戦による経験が必要な事を肌身に感じた。

 御誂え向きに目の前には大量の獲物が待ち受けており、俺は若干怯んだヘルハウンド達の隙を突く為に一気に斬り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はこんなもんにしとくか」

 

 立ち塞がるモンスターを悉く撃破して俺は14階層へと繋がる下り階段へと辿り着いたが、言葉にした通り今日はここで切り上げる事にする。

 理由は単純で精神力(マインド)の消耗が激しいからだ。

 【リソナーレ】はかなり燃費の良い魔法であるものの、流石にずっと発動したまま階層を駆け抜けるのは些か無理があったらしい。

 実際のところ最初に遭遇した『怪物の宴』を除けば、本当に魔法を必要とするタイミングはそこまで多くなかった。

 中層にソロで挑む上での力業による安全策だったとはいえ、結果としてかなり効率の悪い事になってしまっている。

 だが今日の経験を通じて13階層を普通に踏破する為に必要なリソースは凡そ把握出来たので、明日はもっと先に進む事が十分に可能な筈だ。

 ついでに言えば鍛錬を積むにしても13階層は俺にとってあまり精神的に宜しい場所ではなかった。

 別にモンスターの強さや地形といった問題ではなく、ヘルハウンドの他に襲い掛かってくるモンスターのアルミラージ。

 どうもあの姿を見るとベルの事を思い出し、何やら矛先が鈍ってしまう。

 帰りはアルミラージに遭遇しない事を願いつつ、俺はオラリオに向かって踵を返す。

 しかしダンジョンが冒険者の都合の良い願いなど聞き入れる筈もなく、多数のアルミラージを経験値の糧として若干気が滅入りつつも俺は13階層の脱出に成功した。

 そのまま12、11階層も適当にモンスターを蹴散らしつつ一気に抜けると、濃い霧が立ち込める10階層へと突入する。

 上層とはいえ10階層では『怪物の宴』が発生したりオークといった大型の魔物も生息するので、一応は気を抜かぬまま慎重に歩を進める。

 やがて階層の中ほどまで進んだ辺りで、前方から人の声が聞こえてきた。

 

「例えモンスターの図体が大きくなったからといって、これまでと対処の仕方が変わる訳ではありません。しっかりとモンスターの動きを見極め、必要最低限の動きで躱す事で体力の温存に努めなさい」

 

「は、はい!」

 

 どうやら昨日までの俺と同じく、先輩の冒険者による新人への指導が行われているようだ。

 気を散らして邪魔するような事になっては悪いので、俺は少し迂回するように距離を取って先へ進もうとする。

 だが横目に見えた冒険者達の姿が見知った顔だったので、俺は思わず足を止めた。

 

(あの子、冒険者になったのか)

 

 俺の視線の先でオークと対峙するのは、先日人攫いから助けたセレネだった。

 そのすぐ傍ではリオンと呼ばれていたエルフがその様子を見守っている。

 確かアリーゼという赤髪の少女が自分とリオンはアストレア・ファミリアだと名乗っていたので、どうやらセレネもそこに入団する事になったらしい。

 そして多少の縁があったという事もあって、俺もアスフィからアストレア・ファミリアがどんなファミリアであるか話を聞いていた。

 正義を司る女神アストレアの下、闇派閥から人々を守る為に自警団のような役割を担っている事。

 眷属の全員が女性であり、しかも華があるので民衆から広く支持されているという事。

 しかし決して色物という訳ではなく、眷属の全員が正義という確かな信念に基づいて活動しているという事。

 アスフィ以外のメンバーもアストレア・ファミリアについて語る言葉に深い信頼が感じられ、アストレア・ファミリアが皆にとってどんな存在であるか垣間見れた気がした。

 しかし正義の味方として人々から称えられるという事は同時に闇派閥にとって目障りな存在である事を意味する。

 その事を考えるとセレネが選んだのは中々茨の道であるように思えた。

 

(だけどそんな事は俺が心配するまでもない事か。だからこうして新人にも厳しめの教育を施してるだろうな)

 

 10階層の攻略に必要とされる基準ステイタスはLv.1のE~C。

 俺自身の事を棚に上げるようだが、普通なら恩恵を受けて一週間かそこらで辿り着ける能力ではない。

 事実セレネはあくまでオークの攻撃を躱す事だけに専念しており、まだ10階層のモンスターを倒せる程の力は有してないようだ。

 それに加えて完全な一対一のこの状況は恐らくリオンが作り出したもので、セレネの事を見守りながらも常に周囲の様子を警戒している。

 それもあってオークに集中しているセレネと違ってリオンは完全に俺の存在に気付いており、今は手出し無用である事を目配せで伝えてきた。

 この分なら万が一という事もあり得ないだろう。

 だがいくら万全の環境が整えられた上での教育とはいえ、自分の何倍にも及ぶ体躯を持つオークを相手にしてもセレネはまるで怯んだ様子が見られない。

 初めて会った時に感じたようにセレネはやはり相当な胆力の持ち主のようで、オークの動きが鈍重であることを踏まえたとしてもリオンの指示通りギリギリのタイミングで回避を続けているのを見るに動体視力も相当に良いらしい。

 こうして確認できた範囲でもセレネに冒険者としての資質がある事は間違いないようだ。

 

「今日はここまでにしましょうか」

 

 暫くの間オークとセレネの攻防が続いた後、リオンはそう言って一太刀の下にオークの事を切り伏せた。

 その一撃は冒険者にありがちなステイタスに頼った力任せなものと異なり、洗練された太刀筋はリオンが何かしらの戦闘訓練を積んでいた事を伺わせる。

 一方のセレネは流石に緊張の糸が切れたのか、ヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

 そんなセレネに対してリオンは労うように持っていた水筒を手渡している。

 

「よく頑張りましたね、セレネ。やはりアナタには見所がある」

 

「ありがとう、リュー」

 

「しかし所詮はオーク。明日からは素早いモンスターとの戦闘も交えつつ、対処の仕方が偏らないように訓練を積んでいきましょう。その後は11階層のシルバーバックに対応できるようになれば、取り敢えずは上層の立ち回りとして合格点といった所です」

 

 やはりアストレア・ファミリアでは中々ハードな訓練行程を課しているようだ。

 シルバーバックはオークと同等の体格を持つ事に加えて、猿型の魔物なだけあって動きもそれなりに素早い。

 確かにシルバーバックの動きを見極められるまでに成長出来れば、少なくとも上層のモンスターから致命傷を負う可能性もグッと減るだろう。

 

「さて、ハッシュさん。アナタの事もお待たせしてしまいましたね」

 

 リオンが俺に向かってそう言うと、セレネが凄い勢いで振り向いた。

 

「ど、どうして、アナタがここに?」

 

「どうしても何もダンジョンにいるという事はハッシュさんもアナタと同じ冒険者になったという事でしょう?」

 

 リオンの歯に衣着せぬ物言いに俺は思わず苦笑いを浮かべる。

 

「ちょうど帰り道に姿を見かけたから、挨拶だけでもと思ってな。随分と頑張ってるみたいだけど、とにかく元気そうでよかったよ」

 

「あれから私も一応は空いてる時間でアナタの事を探してたんだけど、中々見つからなくて。アナタの方は元気だった?」

 

「お陰様で、取り敢えず今の所はな」

 

 すると俺とセレネの再会の挨拶が終わるのを待っていたのか、リオンが改めて俺に対して向き直って挨拶を述べた。

 

「ハッシュさん、先日はジュラの捕縛に協力して頂きありがとうございました。改めまして私の名はリュー・リオン、アストレア・ファミリアの末席に連なる者です。今は先達としてセレネの指導に当たっています。アナタの事はアンドロメダからも話に聞いてます」

 

「アンドロメダ?あぁ、副団長の事か」

 

「彼女にしては珍しく少し興奮した様子で、オラリオに良い兆しが訪れたかもしれないと。あの人攫い共をいとも容易く打倒したと知った時からその兆候は感じていましたが、成程アンドロメダの言う通り確かな逸材が現れたようだ」

 

 そう言うリオンの視線はヘルハウンドの火炎放射のせいで所々が煤汚れた俺の服やドロップアイテムが詰められたバックパックに向いていた。

 まず間違いなく俺が中層に行った帰りである事は勘付かれているだろう。

 しかしあのアスフィからそうも期待を寄せられているとは、少し意外である。

 最初の時こそ恩恵を受けたばかりという事実に反する戦闘力に驚かれたものの、それ以降は俺に対する態度もずっと平静だった。

 一緒にダンジョンに潜った時のやり取りも何処か事務的なものであり、リディスの構いっぷりと比べると実は俺にとっては寧ろやり易い相手だったりする。

 だが裏でそんな風に思われているのを知った途端にやる気が出るのは我ながら少し単純過ぎるか?

 そしてそんな俺とリオンの会話をセレネは隣で聞いていたのだが、突然何かに気付いたように声を上げた。

 

「あれ?もしかしてリューはノクスが何処のファミリアか知ってたの?」

 

「えぇ、ハッシュさんが所属しているのはヘルメス・ファミリアです」

 

「そんな!私がノクスのことを探しているのを知ってたのに、どうして教えてくれなかったの?」

 

「恩人に早く再会したかったという思いは理解できなくはありません。だが自分で冒険者となる事を決めた以上、アナタが何よりも優先すべきは自分の身を守る術を身に着ける事だ。それ以外の些事にかまけている暇はないのでは?」

 

「それは確かにそうだけど」

 

「それにアナタは生活が落ち着いてから礼をすると約束していたではないですか?けれど今のアナタはまだ駆け出しで、稼ぎも少ない。半ば居候の身ながら、どうやって礼を尽くすと言うのです」

 

「ウグッ」

 

 リオンの言葉が正論だったのか、セレネは図星を刺されたように項垂れる。

 まぁ俺としては本当に礼を期待していた訳ではないので、こうして互いに元気な姿を見れただけでも良しといった感じだ。

 

「……ですがセレネがまだアストレア様の眷属になる前の事だったとはいえ、末妹の恩人に礼を尽くさないとなればファミリアの名折れ。ハッシュさん、この後のご予定は?」

 

「いや、特にはないけど」

 

「だったら私達と一緒に食事でもどうですか?」

 

 正直男一人で女性と食事というのは気が進まないが、ヘルメス・ファミリアとアストレア・ファミリアは闇派閥に対抗する上で協力関係にあるらしい。

 今後も行動を共にする機会はあるかもしれないし、このタイミングで二人と再会したのも何かの縁だろう。

 リオンの提案に表情を明るくするセレネを見てるいると何だか本当の姉妹みたいだという感想を抱きつつ、折角なので俺はご相伴に預かることにする。

 だがリオンの言う「私達」というのが何を指しているのか、この時の俺はまだ理解していなかった。




次回投稿は盆明けになります。
暫くお待ち頂けると幸いです。
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