乾いた殻を脱ぎ捨て、背負っていた頭骨もついでに刷新し、俺は一回り大きく、硬くなった気がしていた。
沼地の風が違って感じる。湿気に負けない、乾いた自信が背甲に染み込むようだった。
「よし……行ってみるか、外の世界に」
地面を蹴る鉤爪に、泥がべちゃりとまとわりつく。沼地の奥――そこはまだ俺が知らぬ領域。
生まれてから今日まで、この巣のような洞窟に籠もっていた俺が、今、初めて“探索”という名の冒険に乗り出す。
ぬかるむ地面を慎重に進む。体はまだ完全には慣れていない。
けれど、歩ける。螯もよく動く。視界も広くなった気がする。
湿った空気の中、岩陰に潜みながら沼地の景色を眺めると、そこにはいた。
――アプトノスの親子だ。
大きな個体と、二回りも小さい子供。皮膚は岩のような灰褐色で、背中には黒い縞模様が走っている。首は長く、頭には後ろへ伸びる冠のような突起。そう、パラサウロロフスのようなシルエットだ。
四足でぬるり、ぬるりと歩きながら、水辺に顔を近づけ、優しく鳴く。
「へぇ……本当にいたのか、あの噂の“ハンターの生肉製造機”……」
狙いやすくて、反撃してこなくて、数も多い。そりゃ狩られるわけだ。
でも、今の俺がどうこうできる相手じゃない。親はでかすぎるし、子供だって警戒心が強そうだ。
「ふーん、意外と可愛いじゃねぇか……」
俺は岩陰からひょこりと顔を出し、螯を顎に添えて観察する。
親アプトノスが、湿地の一角で体を休めた。子供が水辺ではしゃぎ、ぴちゃぴちゃと水を蹴る。
ああ、平和な風景。モンスター界にもこんなほのぼのした時間が――
――ズズ……ッ!!
突風。
「ん?」
風じゃない。空気が裂けた。
見上げた空に、何かが燃えていた。
それは巨大な影。翼を広げた王の姿。空の覇者、赤き火竜――リオレウス。
「ッ……リ、リオ……!?」
見間違いではなかった。
灰と赤の鱗を纏い、口元からかすかに煙を噴き、空を滑るように飛んでくる。まるで狩りに来た猛禽。
目が合った気がして、思わず身体を縮こまらせた。心臓がガタガタと騒ぎ、甲殻が小刻みに震える。
(おいおいおい、まじか……嘘だろ……あんなの、どうやって勝つんだよ……)
呼吸を潜める。地面に伏せ、影の中に逃げ込みたい衝動を抑える。
その瞬間だった。
空からの突撃――ズドォンッ!!!という爆音と共に、地面が揺れた。
「うわっ……!」
驚いて顔を上げると、目の前で一匹のアプトノスの子供が、風ごと空へ吸い上げられていた。
巨大な鉤爪に捕まれ、あっけなく宙へ持ち上げられる。
子供アプトノスが悲鳴のような声をあげる――が、それはすぐに火に包まれる羽音にかき消された。
「………………」
言葉を失った。
親アプトノスが絶叫した。鈍重な体を振り回し、空へ向けて吠える。
だが、どうすることもできない。飛べない者が、飛ぶ者に勝てるわけがない。
リオレウスは悠々と旋回し、掴んだまま沼地の端へ飛び去っていった。
――子供の鳴き声は、もう聞こえなかった。
「……わぁ。アプトノスが……空、飛んでるぅ……すごーい……」
乾いた声が口から漏れた。感情などこもっていない、ただの言葉。
身体が震えていることに気づいたのは、ずっと後だった。脚がガクガクと震えて、地面を踏みしめるたびに爪先がめり込んだ。腹が冷える。甲殻の隙間から汗が流れ、硬い外殻の内側を這い回るような感覚。
「――探索……だ。そう、探索……今日は、張り切って、ええと……うん、頑張るんだぞ、俺」
声を出さなければ、自分が壊れそうだった。
だから、言葉にした。ひとつひとつ、絞り出すように、強がりの仮面を貼り付けて。
「うん……何も、見てない。俺は……なにも、見てないから」
背を向ける。まだ温かい血の匂いを背後に感じながら、歩き出す。
視線は前を向いていた。だが心は、ずっとあの空を見上げていた。