・・・しばらく経ち・・・
「……よし、いこう!」
胸の奥に灯った火は、まだ小さく、今にも風に消えそうだった。
だけどそれでも、俺は歩き出した。目の前の地面に一歩ずつ──
ゴシャッ!!!
「うぐッ……ッがあああああああああッ!?」
殻の腹に叩きつけられるような衝撃。地面が横へ走る。
世界が回転し、土と石が目の前に迫って──次の瞬間、俺は派手に吹き飛ばされていた。
地面に叩きつけられ、仰向け。脚が宙を泳ぎ、バタバタと動く。
殻がひっくり返った。空が逆さまだ。何が起きたか、わからない。
けれど──
「フゴッ」
その低い唸り声とともに、俺の視界に映ったのは、やつだった。
ブルファンゴ。突進しか脳のない、全身筋肉の肉塊。
あの、生態系の汚点。無慈悲な突進魔。狙い澄ましたように飛びかかってきた、ロケット生肉──!
「この、クソッタレがぁぁああああああああああああああ!!!!!」
殻をばたつかせて体勢を戻し、ズザッと立ち上がる。脚が震えていた。怖い。けれどそれ以上に、腹が立った。
せっかく心の整理がつきかけてた。踏み出そうとしてたんだ。未来へ。前へ。
それを……それをッ!
「貴様のせいでッ! 俺の“よしいこう!”を無駄にしやがったなコラァァアアア!!!」
脚が地面を叩き、螯が広がる。怒気に震える刃が閃く。
目の前の筋肉豚に、何もかもぶつけたかった。恐怖も、絶望も、弱さも、全部。
ガガッ、ズシャッ、ガキン!ガッ!
何度も叩きつける。殻の鈍重な質量がブルファンゴを打ち据え、螯が肉に喰い込む。
やつの呻き声が出る前に、俺の叫びが空に響いていた。
「フザけんなッ!今俺がどんな気持ちで立ち上がったと思ってんだよォオオ!!」
──ガキィン!
最後の一撃が、頭蓋を貫いた。
ブルファンゴの身体がピクリともしなくなる。静寂。風だけが通り抜ける。
俺は、はぁはぁと荒く呼吸を繰り返しながら、その場に立ち尽くしていた。
目の前には、息絶えたブルファンゴの屍。
「……っ、は、あれ……俺、いつの間に……」
震えが残る螯を見下ろす。
怒りで我を忘れていた。気づけば、倒していた。
「……ったく、余計な手間かけさせやがって」
足元のブルファンゴの亡骸を、苛立ち混じりの眼差しで見下ろす。
体温がまだ残っている。鼻先から泡の混じった息が漏れ、尻尾が微かに痙攣している。
命は、今消えたばかり。つまり──食える。
「……せっかく倒したんだ。食わなきゃ損だろ」
ブチブチと音を立てて、螯が筋肉に噛み込む。
脂肪に覆われた肉は硬い。けど、芯の奥に、旨みが詰まってるのがわかる。
ガリッ……グシャッ……ズルッ。
──食った。噛んだ瞬間、濃い、濃すぎる野生の味が口内に広がる。
血と脂と、生命の暴力的な主張。
その中に確かにあるんだ、ほんのわずかに、焼けば絶対うまくなると確信できる“香り”。
「……ッく……クセぇ、けど……イケる……」
グチュ、ズルズル……バキバキ……。
ハサミが骨を割り、内臓を引きずり出す。臭気が鼻を衝くが、慣れた。
それより、胃が空いてた。虫とキノコだけじゃ限界だった。
だから──
「……うめぇ……うめぇぞ……フゴフゴ鳴いて突っ込んできた分には見合ってるよ、お前……」
ガミザミの腹が膨れ、気持ちが落ち着いてくる。
ブルファンゴの血でハサミが赤黒く染まっていた。
けど、気にしない。どうせすぐまた汚れる。
「ふぅ……」
食い終え、満腹に近づいた胃袋を感じながら、改めて空を見上げる。
あのレウスが飛んでいった方角。
ブルファンゴの臭気と脂をまとったまま、ガミザミは再び歩き出す。
血で泥に塗れた足跡を、後ろに残しながら。