「はぁぁぁ……よりにもよって……ガミザミかよぉ……!」
甲高い鳴き声が、湿った洞窟の壁にむなしく反響した。小さなハサミをだらんと地面に落とし、青い甲殻の背を岩肌に擦りつけるようにして、ガミザミはぺたんと地面に寝転がっていた。
気持ちは完全に沈んでいた。底なしの憂鬱。信じられない。いや、信じたくない。
「せめて、リオレウスとかさ……ラギアクルスとかさ……そういう“格”のあるやつでよかったじゃん……なんでよりによって、雑魚中の雑魚……小型甲殻種なんだよぉ……!」
ぶつぶつと独り言を呟くたびに、喉の奥から「ギチチ……」という金属の擦れるような音が漏れた。ガミザミ特有の声帯――というか器官の鳴き声だ。それすらも自分に思えてイラつく。現実逃避したい一心で、四本の脚をぎこちなく使って地面をごろごろと転がった。甲殻が岩肌を削る音が響く。ガリッ、ガリッと不快な音。それでもどうでもよかった。
身体は頑丈だというのに、心は打たれ弱い。今の彼は、ただの「絶望に打ちひしがれた小型モンスター」にすぎなかった。
――と、その時。
ガミザミはぴたりと動きを止めた。
腹が……鳴った。
「……あ、腹減ってんのか。そっか……食わなきゃ……死ぬよな。俺……」
深くため息を吐く……ような仕草をしたが、甲虫には肺も鼻もない。ただ、彼の中にある“元人間”としての感覚がそう錯覚させただけだ。
空腹。内臓が軋むような鈍い不快感。甲殻の内側から何かが「食え」と叫ぶ。そうだ、生きなければならない。この身体でも。この世界でも。食わなきゃ、何も始まらない。
「うわぁ、マジかよ……めちゃくちゃ腹減ってんじゃん……」
苦し紛れに笑いながら、彼は頭を掻こうとした。が、ハサミしかない。当然のように甲羅をカチカチと挟むだけで、何の意味もなさなかった。思わずハサミをぶんぶん振り回して苛立ちを紛らわせる。
「日本じゃ冷蔵庫開ければ何かあったのに……あれにどれだけ助けられてたか、今になってわかったわ……」
ぶつくさ呟いても、ここには冷蔵庫も、レトルトも、コンビニもない。ただの岩と湿気と、静寂だけ。カップ麺の存在が、今はもう神に思える。
しかし、こうしていても餓死するだけだ。
「仕方ねぇ……とりあえず、なんか……食えるもん探すしかねぇか……はぁ……マジでつらい……」
鈍重な甲殻を揺らしながら、彼はぎこちない足取りで立ち上がった。小さな身体に宿ったわずかな気力が、空腹という現実に背中を押された。
そして、ガミザミは歩き出した。かつて人だった意志を引きずりながら、四本の脚で岩肌を這う。甲殻が軋むたび、ギシギシと鈍く音を立てる。ときどき足を滑らせ、ずるりと尻をつく。だが、それでも進むしかない。
地面に這い蹲り、小石をひっくり返し、岩の割れ目に鼻先(のような部位)を突っ込む。苔のようなものをつついてみたり、時には羽音を立てる小さな虫を咥えて、思わず「うえぇ……」とハサミを震わせたりもした。口なんてついてないから、咀嚼の感覚も喉越しもわからない。ただ、食べるという行為を“している”のだと理解するだけだ。
それでも――一歩を、確かに踏み出したのだった。