立派なショウグンギザミ目指します!   作:ルミナリー

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2度目の脱皮

――脱皮の時期がやってきた。

 

 身体の奥からじわじわと広がる圧迫感。殻の内側に溜まっていく熱気。これが合図だと、もう俺にはわかる。前は突然押し寄せる違和感に慌てふためき、訳もわからぬまま殻を割り、痛みに呻きながら必死に抜け出した。あの時の自分は、ただ弱い生き物でしかなかった。

 

 あの「痛み」と「失敗」を思い出すと、今でも甲羅の奥がじんわりと疼く。全身を針で刺されるような鋭さと、筋肉を剥がされるような鈍さが混じったあの感覚。耐え切れずに力を抜き、ぷにぷにの身を晒したままその場でぐったり。疲労と安堵が入り混じったまま眠りに落ち、気づけば――

 

「……はぁ、あれは黒歴史以外の何物でもねえな」

 

 寝相の悪さから背中を岩に押し付けてしまい、まだ柔らかい甲羅が見事に凹んだ。あの瞬間の「ピシリ」と潰れる音が、いまだに耳の奥にこびりついている。

 

 新しい殻に身を包んでからも、そのヘコミは残り続けた。水辺で身体を磨いても、虫を腹に詰めても、どうしても消えない不格好な影。水面に映った自分の背を見ては、心臓の奥がチクリと痛んだ。強くなるために生まれ変わったはずなのに、そこには“敗北の痕”が残っていた。

 

 だが、今回は違う。俺はもう、あの時の俺じゃない。

 

 脱皮の感覚にはだいぶ慣れてきた。最初に走る鋭い痛みも、今ではまるで服の締め付けを解くような窮屈さの解放に変わった。硬い殻を割り、ずるりと身体を解き放つ瞬間はむしろ心地よく、ふわりと軽くなる。

 

「ふぅ……悪くないな。この感じ、嫌いじゃねえ」

 

 ぷにぷにの体を晒すことにも、もう抵抗はない。むしろ「今のうちにやってしまえ」という気持ちの方が強い。失敗を恐れる気持ちより、前の失態を上書きしたいという渇望の方が勝っていた。

 

「よし……今度こそ、前のヘコミも直してやる」

 

 柔らかい新しい殻は、指先――いや、ハサミの根元で押せば弾むように沈む。その感触を確かめながら、俺は少しずつ背中に力をかけていく。前回の歪みを、ゆっくりと、確実に矯正する。

 

 ふにゅ、ぷに、と頼りない手応えが続く。だがそれは同時に、俺が自分の形を握っている証拠でもあった。まるで陶芸家が歪んだ器を丁寧に撫で直し、理想の曲線を刻み込むように。背中を、未来を、自分の手で調律していく。

 

「ぐっ……! おいおい……ここはちょっと痛ぇな……」

 

 ヘコミを押し戻す瞬間だけは、どうしても鈍い痛みが走る。まるで骨が軋むような、奥の奥まで響く不快な疼き。だが俺は笑った。

 

「こんなの……我慢できねぇよな」

 

 前はただ翻弄されるだけの苦痛だった。だが今は違う。自分で選び、自分で受け入れている痛みだ。この少しの犠牲が、新しい俺を作る。強い甲殻を形作る。その確信があるから、耐えることができる。

 

 やがて、少しずつ盛り上がっていく背の形が、前よりも滑らかで、力強いものへと変わっていった。水面に映した自分の背は、もう以前のように不格好ではない。

 

「……へっ、案外悪くないだろ」

 

 にやりと笑う。黒歴史を塗り潰し、俺は俺を作り直した。脱皮はただの成長じゃない。弱点を削ぎ落とし、自分を「整える」儀式なんだ。

 

 そして俺は次に待つ戦いを想像する。毒の刃を振るい、敵を切り裂く未来を。新しい殻に宿る力を信じて。

 

「さあ……次は、もっと強ぇ俺を見せてやる」

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