――ざらついた甲殻の表面を、自分の爪先でこすってみる。
ゴリッ、と耳障りなほど硬い音が返ってきた。以前の甲殻とは明らかに違う。2度目の脱皮を終えた俺の身体は、ところどころ金属を思わせる黒味を帯びた色に変わっていた。青とも灰色ともつかぬ、渋い光沢が差す。湿気の多い沼地の光を受けて、かすかに鈍く輝くその様子は、まるで鉱石そのものが身体に沁み込んだかのようだった。
いや、実際に沁み込んでいるのだろう。ここまで生きてくる中で、俺は数え切れないほどの鉱石を噛み砕き、飲み込んできた。マカライト、鉄鉱石、運良く見つけたドラグライト。硬くて口の中を切り裂きそうになる代物を、何度も砕いて胃袋に収めた。あれが血肉となり、甲殻に混ざり込んだ結果が今の身体――そう考えれば合点がいく。
「……これで、少しは頑丈になったってことか?」
自分で呟きながら、試すように片方のハサミを叩き合わせてみた。カン、と高い金属音が響く。かつての軽い乾いた音ではない。もしや、この甲殻ならブルファンゴの突進を正面から受け止めることすらできるかもしれない。あの猪じみた怪物の巨体と真正面からぶつかり合っても、俺の身体は砕けない――そう錯覚させるほど、今の殻には自信が宿っていた。
もちろん、過信は禁物だ。俺はまだガミザミ、弱き小型の一匹にすぎない。だが、あの頃の俺とは違う。力なき存在から、一歩だけ進化したのだ。
さらに――
口の奥から込み上げる刺激的な匂いに、俺は思わず顔をしかめた。殻の変化だけではない。毒だ。以前よりも濃く、ねっとりとした粘性を帯びた液体が、喉の奥に集まりつつある。俺は試しに、鋏の刃先へとフッと毒を吹きかけた。紫黒の液体が霧のようにまとわりつき、刃が不気味な艶を帯びる。
「……いいな」
鋏に毒を仕込める。それだけで、攻撃の幅は一気に広がる。いくら相手が分厚い皮膚を持っていても、傷を一つ付けさえすれば、毒が流れ込み、じわじわと動きを鈍らせる。俺の小さな力でも、敵を倒せる道が
殻の硬化と、毒の強化。二つの変化を得た今、俺の心に芽生えるのは――欲だ。
もっと硬くなりたい。もっと強くなりたい。
鉄やマカライトでこの変化が訪れるのなら、さらに上の鉱石を食えばどうなる? 火山でしか手に入らないと噂される珍しい鉱石を、もしも取り込むことができたら……俺の殻は、もはや鋼鉄すら凌ぐ強度を得るのではないか?
想像するだけで、身体の奥から熱がこみ上げる。ガミザミという脆弱な存在のまま終わる気など毛頭ない。俺はもっと先へ進みたい。ショウグンギザミ――そしてさらに上の二つ名個体の堂々たる姿に近づくために。
だが問題は、火山の場所だ。この沼地を出た先、どこへ向かえば火山があるのか、俺には分からない。まだ成体になる前に無謀な旅に出れば、道半ばで力尽きる危険もある。それでも、いつかは必ず辿り着く。その決意だけは胸に刻まれていた。
――硬くなった殻をもう一度爪でこすり、俺は小さく息を吐く。
ここからが始まりだ。弱き蟹では終わらない。鉱石を喰らい、毒を研ぎ澄ませ、いつかは誰もが恐れる存在へ――。
そんな未来を夢想しながら、俺は再びハサミを打ち鳴らした。カン、と金属がぶつかる音が、湿った洞窟の奥に響き渡る。