立派なショウグンギザミ目指します!   作:ルミナリー

29 / 56
キングロケット生肉

――腹が減った。

 

湿地に差し込む日差しはじっとりとした熱気をまとい、泥の表面に虹色の油膜を浮かべていた。俺はその上を、ざぶざぶと甲殻を軋ませながら歩いていた。

 

目の前にいるのはブルファンゴの群れ。短気で鈍重、そして食うと旨い。狩り慣れた相手だ。

 

「ほれほれ、突っ込んで来いよ」

俺は両の鋏をわざと泥に叩きつけ、カチンと音を鳴らした。挑発にのった一頭が鼻息荒く突進してくる。

 

――ドゴォッ!

 

地響きを立てて突っ込む巨体を、俺はひょいと横へ飛んでかわす。泥を跳ね散らしたまま勢い余って突っ込んだ奴の首筋へ、すかさず鋏を突き立てる。

 

鉱石を喰って研ぎ澄ませた刃が、肉を容易く切り裂いた。傷口に毒が染みこみ、巨体は短い痙攣の後に崩れ落ちる。

 

「……ったく、やっぱ楽勝だな」

俺はカチリと鋏を打ち鳴らし、腹を裂いた肉に食らいついた。濃厚な血と脂が舌に広がる。

「んー……やっぱブルファンゴは最高のごちそうだぜ。歯ごたえもたっぷり……噛みごたえあって、力が漲ってくる」

 

次々と襲い掛かる奴らをさばいていくのも、もう日課のようなものだった。突進を横に逃げて、鋏で斬りつけ、毒を浴びせて倒す。俺の殻はもうブルファンゴ程度じゃ傷一つ入らねぇ。鉱石で強化された甲殻が衝撃を受け止めるたびに、自分が一歩ずつ「ただの雑魚」から抜け出しているのを実感する。

 

「ふぅ……おいおい、どんどん弱く見えてきたな。これじゃ狩りというより作業だぜ」

余裕の笑みを浮かべ、鋏についた血を振り払う。

 

だが、その時だった。

 

――ドスン。ドスン。

 

重い足音が湿地を震わせる。最初は遠く、だが一歩ごとに確実に近づいてくる。

ブルファンゴたちが一斉にざわめき、俺を置き去りにするように逃げ出した。恐怖に突き動かされた群れは、我先にと水しぶきを上げ、四方八方に散っていく。

 

「……あ? なんだよお前ら、まだやれるだろ。……いや、違うな」

 

ただの仲間割れじゃない。血の匂いに集まった程度の相手でもない。これは――格が違う。

 

俺はその足音に、自然と背甲を震わせていた。

湿地の奥から吹き抜けてきた風に、獣臭と土の匂いが混じる。

 

――縄張りを荒らした愚か者を始末しに来る。

そんな本能的な確信が、冷たい針のように背中を走った。

 

「まさか……来やがったのか……」

 

木々をへし折り、泥を抉り、ついに姿を現す影。

白いたてがみを逆立て、巨牙を剥き出しにした怪物。

 

「……ドスファンゴ……!」

 

思わず鋏がカチリと鳴った。

 

俺の視線を、奴は真っ直ぐに受け止めていた。怒気を纏った双眸が燃えるように血走り、鼻息ひとつで湿地の空気を震わせる。

 

「……は、ははっ……格が違ぇ……ブルファンゴとは別物だ……」

 

湿地を支配する王が、侵入者である俺を睨んでいた。

 

――空気が一変した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。