湿った土の匂いが鼻を刺す。
洞窟の中にはひんやりとした空気が漂い、天井からは時折、ぽつりぽつりと水滴が落ちる音が響く。音の反響が、異様に静かなこの空間をより一層際立たせていた。
カツ、カツ、と小さな脚音。
青い甲殻に覆われた身体を這わせながら、俺は洞窟の中を慎重に移動していた。
(……とにかく、食い物を見つけないと……)
現実逃避している場合じゃない。腹が減ってきた。感覚としては人間だった頃よりも鋭敏になっているようで、空腹感がまるで警報のように鳴り続けている。
まずは探索だ。洞窟の構造を把握しなければどうにもならない。
薄暗い中、壁伝いに歩きながら、足元の石をひとつひとつ慎重にどけていく。小さな昆虫が数匹、うごめいていた。
(……お、おぉぉ……こういうの、食うのか?)
思わず脚を引く。が、空腹がそれを許さない。観察してみれば、どうやらこの虫、どことなくエビっぽいフォルムをしている。しかも動きが遅い。そしてデカい
(……ま、まぁ……モンハン世界の虫って美味かったりするのかもしれないし?)
自分を無理やり納得させる。
カサ、と音を立ててハサミを伸ばし、一匹を捕らえる。
「……うっ……くせぇ……」
だが、覚悟を決めて口に入れる。
……む。
(……あれ? 意外と……いける?)
香ばしいような、海老の殻を炙ったような風味。
まるで焼きエビの甲羅をバリバリやってる気分だ。
(……ガミザミだからか? 味覚変わってんのか……?)
虫に対する嫌悪感が徐々に消えていく。
これは、案外イケるな。
それからしばらく、俺は石の裏を丹念に探しながら、次々と虫をつまみ食いした。まるでポテチ感覚で食ってる自分に気づいたとき、思わず甲殻の額を殴りそうになった。
(……ダメだ。人として大事な何かを失っている気がする……)
だが、命には代えられない。俺はもう、二足歩行のホモ・サピエンスではないのだ。四脚歩行の甲殻種、ガミザミ。それが現実。
洞窟内をさらに奥へ。
ふと、湿地に近い場所に出ると、地面が柔らかくなり、前方に小さな池のようなものが現れた。
(お、魚いるじゃん!)
水面には数匹の魚影が揺れている。
やはり水は命の源。食料が集まりやすいということか。
(よし、いっちょ捕ってみるか!)
ガミザミの脚を器用に使い、水辺へ静かに近づく。
ハサミを開いて、タイミングを見計らい……バシャッ!
「っく……逃げた……!」
見事に失敗。
(……ま、まぁ初回はこんなもんだよな。気を取り直して……)
2回目、3回目……結果は惨敗。
水の抵抗でハサミの動きが鈍る上に、魚の方が圧倒的に速い。
(チクショウ、なんでこんなにトロいんだ俺の体……)
とはいえ、まだガミザミとしての動きに慣れてないのが大きい。脚の使い方、ハサミの角度、水の抵抗――考えることが多すぎる。
(……魚は一旦あきらめよう。虫のほうがマシだ……)
池を後にし、再び岩場へ。
その後もしばらく虫を漁り続け、ようやく腹が満たされてくる。
(うん……こうしてみると、案外、何とかなるもんだな……)
まだこの世界で何をすればいいのか、目標なんてまるでない。
けれど、こうして生きていく術を身につければ、少しずつ先も見えてくるのかもしれない。
立ち止まって、俺は改めて天井を見上げた。
どこからともなく落ちる水滴が、青い甲殻を撫でていく。
(……さて、次は……どうするかな)
この世界のどこかに、俺の進化の道があるはずだ。
鎧裂ショウグンギザミ――あの姿になる日まで。
(そのためには、まず……俺は、生き延びなきゃならないんだ)
ギリ、とハサミをかみ合わせ、俺は再び動き出した。