立派なショウグンギザミ目指します!   作:ルミナリー

30 / 56
猪突猛進!!

――あっぶねぇ!!

 

巨体が飛びかかるように突っ込んできた瞬間、反射で泥に体を投げ出した。腹をすりむく勢いで前のめりに転がり、湿った地面が皮膚を焼くように擦れていく。背後を切り裂く轟音、破壊の奔流が駆け抜ける。ほんの一寸でも遅れていたら、俺の殻は木片のように粉砕され、血肉ごと大地に撒き散らされていただろう。

 

「っはぁ……っ、かすった……?」

喉がひゅうひゅう鳴り、心臓が胸骨を叩き割らんばかりに暴れる。振り返る余裕すらなく、耳には木々がへし折れる重音が響き、湿地の空気が揺れる。

 

振り向くよりも早く、奴は再び踏み込んできた。ドスファンゴ――その猛進は止まることを知らない。鼻息は熱風のように湿地を震わせ、血走った瞳は獲物を逃がす気配すらなかった。泥に立つ巨体はまるで怒りの塊。突進、それだけしか能がないはずなのに、その単調さが恐怖を倍加させる。

 

「間髪入れずに突っ込んできやがる……! こいつ……!」

単純だ。やっていることはただの突進。だが――その質量と迫力が、他のどんな技よりも圧倒的に命を刈り取る。普通の突進なら、一歩余裕を持って避けられる。だがこいつは違う。ほんの一歩遅れれば肉片。早すぎても巨体が軌道をねじ曲げ、避けたつもりの空間を貫いてくる。逃げ場がない。

 

俺は鋏を構え、呼吸を整えた。泥に踏み込み、瞳の奥に獰猛な獣の動きを焼き付ける。

(見切れ……必ず隙はある……! 恐れるな……!)

 

再び巨体が地を割り、突進してくる。地面を削る蹄の音が雷鳴のように迫り、瞬きすら許されない。俺は牙を視界に収めたまま、泥を蹴って横へ飛ぶ。

 

「っしゃ……!」

かすめただけ。背後で牙が地面を抉り、水飛沫と泥が全身に降りかかる。体を濡らす冷たささえ、生の実感を強めた。心臓が破裂しそうだが――避けた。確かに避けられたのだ。

 

「よし……やれる……やれるぞ!」

震える声が湿地に弾ける。泥を踏みしめ、巨体を迎え撃つように腰を落とす。

 

二撃目、三撃目。牙が唸り、地面が裂け、泥と血の臭気が混じり合う。俺は必死に転がり、巨体をかわし続ける。恐怖と同時に、少しずつ“見える”感覚が芽生えていた。鼻息の変化、肩の揺れ、泥の跳ね方。奴の突進は直線的で、読み切れる――そう思えた。

 

「……フッ、デカいだけじゃねぇか。読み切れる……!」

余裕すら口にして、鋏を構え直す。

 

その瞬間。

 

巨体が泥を割り、牙が迫る。いつも通りだ――そう思った俺は、ためらわず飛び退いた。避けた――確かにそう思った。

 

……違う。

 

奴は慣れたかのように、突進の軌道をねじ曲げてきた。質量の暴力が横滑りするように進路を変え、俺の回避を追いかける。

 

(――はっ!? やばっ……!)

 

次の瞬間、世界が、ごしゃぁ!!と音を立てて弾けた。轟音と衝撃が全身を蹂躙し、甲殻がめり込み、呼吸が押し潰される。体は宙に舞い、重力に叩きつけられて泥を割った。

 

「……ぐ、はっ……!」

視界がぐらつき、耳が遠のく。吐き出した息が泥を震わせ、鉄臭い血の味が口内を満たす。

 

立ち上がることすら許されず、影が覆いかぶさってきた。荒い鼻息と共に、ドスファンゴの影が揺れる。血走った眼光は、逃げ損ねた虫けらを正確に射抜いていた。

 

たった一度の読み違え――それだけで、死はすぐ隣に迫る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。