――バッギャァアアアアアンッッ!!!
湿地を震わせ、雷鳴のような轟音が響いた。瞬間、俺の背中を覆っていたヤドが粉砕される。甲殻が割れ、砕け散った破片が雨のように飛び散り、泥と共に空中で弾けた。
重たい衝撃は確かに全身を襲った。骨が軋み、肺が潰れそうになる。視界が白く霞み、意識が遠のきかける。だが――その一撃は致命にはならなかった。
「……っぐぅ……ッ!」
俺は呻きながらも立っていた。殻が砕け散ったからこそ、突進の力は逃げ場を見つけ、俺の身体を潰しきれなかった。流線型の姿勢で受け流したことも幸いしたのだろう。もし殻が健在だったら、奴の全体重が一点に叩きつけられ、俺は肉ごと粉砕されていたに違いない。
「……助かった……いや……生き延びた、か……!」
胸は灼けるように痛み、脚は震え、鋏の感覚すら曖昧だ。それでも――俺は、動ける。
泥に散らばったヤドの残骸を見やる。あれは俺の誇りであり、守りであり、力の象徴だった。長きにわたり背にしてきた家は、もうない。だが――その喪失は、不思議なほど心を縛らなかった。むしろ背負うものを失った今の身体は軽く、羽根でも生えたように自由だった。
「……ヤドなんざなくても、まだ戦える……ッ!」
目を上げると、ドスファンゴがいた。
巨体を揺らし、泥の上に立つ姿は依然として巨大だ。しかしその足取りは明らかにおぼつかない。脇腹に食い込んだ傷からは毒が染み出し、体内を巡っている。先ほどまでの突進の勢いも、今では空回りするように鈍っている。
それでも奴の眼は俺を射抜いていた。
縄張りを荒らす小さな外敵を決して許さないという執念が、血走った瞳に宿っている。
その執念と闘志が奴をまだ立たせているのだ。
「どうだぁッ! 耐えきったぞ、俺はッ!」
胸に渦巻くのは歓喜と闘志。殻を失い、なお立っている自分への驚きと誇りが爆ぜる。敗北の絶望に沈んでいた心は、今や歓喜に染まっていた。
「ごらぁッ!! ここからは俺の番だぁ!!!」
泥を蹴った。殻を捨てた俺の身体は驚くほど軽い。ヤドの重みがなくなった分、跳躍は鋭さを増す。筋肉が唸り、脚が泥を裂き、俺の身体は宙を舞った。
眼下にドスファンゴの巨体。その頭部は泥まみれで、毒に酔ったように揺れている。鼻息は荒く、牙の間から濁った息を吐き出す。その姿はすでに獣の末路。だが、油断はしない。奴はまだ、俺を殺す力を残している。
「終わらせてやる……!」
ドスファンゴの瞳が俺を見上げた。
そこに宿るのは、怯えか、それとも最後の怒りか。だが、俺に迷いはなかった。
「――あばよ、ドスファンゴォ!!」
咆哮と共に、両の鋏を振り下ろす。
鋭い音を立てて、鋏は巨獣の脳天に突き立った。硬い甲皮を貫き、骨を割り、奥へ奥へと潜り込んでいく。血潮が噴き上がり、泥と混じって雨のように降り注ぐ。
「俺の勝ちだぁぁぁああああああッ!!!」
絶叫と共に、さらに力を込めて鋏を深く押し込む。巨体が痙攣し、大地が震える。振り乱す身体に振り落とされまいと、俺は鋏を突き立てたまま必死に食らいつく。血と泥に塗れ、視界は赤と茶色に染まる。
――やがて、振動が弱まっていった。
ドスファンゴの咆哮は喉に詰まり、濁音のような呻き声へと変わり、それさえも途切れた。
巨体が崩れ落ちる。泥を割り、震動を走らせながら、静かに動きを止めた。
俺は鋏を引き抜いた。血潮に濡れたその刃先は、戦いの終焉を告げる旗のように輝いていた。
「……勝った……俺が……勝ったんだ……!」
胸の奥から込み上げるのは、歓喜と安堵と、そしてほんのわずかな寂寥。背を守っていたヤドはもうない。だが、殻を失ってもなお生き延び、勝利を掴んだこの身こそが――俺の新たな誇りだった。
泥に横たわるドスファンゴの死骸。その巨体を前に、俺は鋏を高々と掲げた。
湿地の空気を切り裂くその音は、勝者の証として、空へと響き渡った。