……いぎぃぃ……ッ! あだっ……だ、だだだ……!
全身に走る痛みで脚が折れるかと思った。いや、違う。もう折れててもおかしくねぇ。だがまだ動ける……! いや、動けてるのが不思議なくらいだ。
戦いの最中はここまで痛まなかった。鋏を振るうたび、脚を踏みしめるたびに確かにダメージは蓄積していたはずなのに、今になって洪水みてぇに押し寄せてくる。
「……あぁ……そうか……」
自嘲混じりに喉を震わせる。
人間で言うアドレナリンだとか、そういうやつだ。蟹の場合、なんて呼ぶんだったか……おくと……ぱみん? そんな感じの物質が体を無理やり動かしてたんだろう。それが切れちまったから、この有様。ああ、痛ぇ。ちくしょう、戦ってる最中は麻痺してただけだったんだな。
だが、倒れている。俺じゃねぇ。奴だ。
眼前には泥に沈んだドスファンゴ。猛牛じみた突進を繰り返した巨体は、今やただの肉塊。赤黒い血を流し、痙攣すらもうない。勝ったのは俺だ。痛みを噛み殺し、脚を引きずりながらも前へ進む。やることは一つ――解体。
鋏を振り下ろす。硬い革にザクッと刃先が食い込み、肉が裂ける感触が返ってきた。何度も繰り返してきた作業だ。だが今日は違う。息を吸うたびに肋が悲鳴を上げ、腹に力を入れると傷がうずく。普段の半分の速度でしか進まねぇ。
「……はぁ……はぁ……クソッ……住処に戻って……回復薬飲んでからやればよかった……」
後悔しても遅い。解体は待ってはくれねぇ。
目の前の素材はすぐ腐る。雨も降り出すかもしれねぇ。ここでやるしかねぇんだ。
血の匂いに混じって、自分の体液の匂いもする。泥に垂れたのが赤か黒か、それすら判別できない。思考は鈍い。鋏の動きも鈍い。だが止まらねぇ。
「……そういや……」
作業の最中、ふと脳裏をよぎった。
爆発骨瓶――持ってこなくてよかった。あんな危険物をヤドに抱え込んだまま籠ったら、ドスファンゴの突進を受けた瞬間に俺ごと爆散してたに違いねぇ。
「……はっ……笑えねぇ冗談だ……」
声が掠れ、笑ったつもりが血が滲んだ。
それでも鋏は動く。
時間をかけ、泥に汚れ、痛みで手元が震えながらも、剥ぎ取りを続ける。厚い革が剥がれ、重たい肉を避け、大牙へと鋏を伸ばす。
「ぐっ……これが……硬ぇな……!」
必死に引き抜く。大牙は獲物の象徴だ。使い道があるかどうかは二の次だ。戦った証として、どうしても手に入れておきたい。脚に力を込め、軋む音を無視しながら、鋏で根元を削ぎ落としていく。ゴキリ、と嫌な音がして、牙がようやく外れた。
汗と泥にまみれた顔を上げる。視界に転がるドスファンゴの亡骸。まだ皮の一部が残ってはいるが、必要なものは剥ぎ取った。
「……はぁ……ッ、終わった……か……」
どれほどの時間が経ったのかもわからない。だが、胃がぎゅるりと鳴った瞬間に思い出す。そうだ、肉だ。
ずしりとした塊を抱え、鋏を突き立てる。血の匂いに混じる生臭さに、思わず顔を背けそうになる。それでも、勝者の権利だ。力を振り絞り、切り分け、口へと運ぶ。
「……あばよ、ドスファンゴ……」
咀嚼しながら呟く。苦味と鉄の味、そして勝利の実感がようやく胸を満たす。